✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
風の冷たさは、想像よりも骨身に染みる。
王政評議を終えた夜、王宮の屋上。
アルマは、ひとり星を見上げていた。
"夜になると、ふたりは丘の上に座り、
星空を見上げて、小さな声で願います"
今朝方の"読み聞かせ"が、ふと頭を過ぎる。
煌めく満天の星々、そのどれもが──人を、国家を、運命を乗せて暗闇を巡る世界。
……この双星の光もまた、彼らに届くのだろうか。
アルマは、そんな事を思った。
『眠れないらしいな』
聞き慣れた声に、アルマが振り返る。
声の主──フォニーは、定位置を主張するようにアルマの隣で浮かんだ。
「……アイルの付き添いを任せた筈だ」
『クラウスからは"全て"私に任せると仰せつかっている』
王政評議での王からの一言を引用し、フォニーはアルマからの指示を容易く上書きしてみせる。
苦笑したアルマは、しかしその"フォニーらしさ"に安堵を覚えた。
『そもそも、それは私が担うところではない。──アイルには、専属の侍女がいるのだから』
「……まぁ、それはそうだ」
……しっかりと、仲直り出来ただろうか。
アイルも、ソフィも──。
──脳裏を過ぎったのは、涙を流す二人。
アルマの胸が、また少しざわついた。
「……つくづく、勉強になったよ」
壁に背を預けて、アルマは本心から呟く。
痛みの"経験"が、実感を伴った教訓をアルマに刻んだ。
マリナスが、エルゼンが、宮廷五官が──父が。
彼らがそれぞれに積み上げた、経験の連鎖を"歴史"と呼ぶのなら。
アルマは、紡いだ賢者よりも、積んだ愚者をこそ愛するが──。
"世界は、お前が愚者のままでいることを許さない"
他ならぬフォニーの言葉を、アルマは正しく理解した。
"偉そうな奴らだとは思ってたけど。ついに暴力に頼りだしたか"
"……王家はいいよな。子供なら、王家なら何をしても許されるのか?"
「王家は──歴史を紡ぐ、賢者でなければならない」
"王家の軽々な独断ひとつが、どれ程の影響を及ぼすことか"
"どれだけ、心配したと思っているんですかっ!!"
「自ら痛みに晒される、愚者であってもならない」
"経験"を身に刻んだ故の教訓。
フォニーは、岐路に立つ王子を見つめた。
『王家としてはそうだ。だが──』
今度は、アルマがフォニーを見つめる。
『立場や手段はともかく。他者の為に不利益を厭わず飛び出した精神性は──極めて英雄的な、お前の長所だ』
「……英雄……か。程遠いな」
素直に受け止めきらず、アルマは枯れた笑いを浮かべて俯く。
ふと、フォニーが言い淀んだ。
……確かな英雄的資質、だからこそ──。
『──アルマ。母トリガーの講義を覚えているか』
「……? 今朝の話だ、流石に忘れない」
『"読み聞かせ"は、フィエリア王家にとって歴史の序文だとも伝えたな』
「……ああ」
要領を得ないフォニーの確認に、アルマが困惑を浮かべる。
伝えるべきか否か、逡巡したフォニーは、意を決した。
『──言葉通りの意味だ』
「……何がだ? さっきから何を──」
『全てがだ。……童話、マリルとダリルは──』
──────────
"黒い影が、もう空のすみに 近づいています。
とめられるのは、マリルとダリルだけ。
「だいじょうぶ」
マリルとダリルは 手を取り合い、
うなずき合って、それに飛びこみます。
マリルとダリルは 光につつまれて
黒い影を払いのけました──"
──────────
『百五十年前、この双星の為に命を投げ出した──マリル=フィエリアと、ダリル=フィエリアの生涯だ』
"軌道を共有する双星など、他に前例がない"
"人体が生み出すエネルギー、トリオン"
"そして、それを現象に変換するトリガー”
記憶の濁流に飲まれ、足元が崩れる感覚。
"これが、この大地、この星そのものを形成している──母トリガーだ"
"……暖炉の炎と、理屈は同じ筈だ"
「……双子の英雄は……マリルとダリルが」
幼い頃の、亡き母の声が──アルマの思考を焼き切った。
"マリルとダリルは、大好きな星に生まれ変わり、いつまでもみんなを見守るのでした"
「──ピュロンと、リゾーマなのか」
『そうだ。故に彼らは英雄として名を遺し、フィエリア家はその日から王家となった』
浅くなった呼吸の音だけが、世界を覆っている。
フォニーは、何も言わず空を見上げた。
『……夜の暗闇に降る、星々全てが──そうやって、歴史を紡いでいる』
力なく手摺に腰掛けたアルマも、フォニーの目線の先を追う。
星々は、相も変わらず儚げな煌めきだけを返した。
……その歴史の終着点が僕ならば──。
「……僕は、どうすればいい」
返ってくる答えは明らかで──それでも。
瞼を閉じたアルマは、その答えをフォニーに委ねた。
『それを決めるのが、王家の務めだ』
「……そう、言うと思ったよ」
今朝と、同じ答え。
アルマが、運命を受け入れるように大きく息を吸う。
「……もしもこの星が危機に陥った時は──僕も、同じようにするべきか? そうあらねばならないのか?」
『……お前は、双星と獅子王を共に継ぐ、この星で最も純粋な英雄の系譜だが──』
フォニーは、逡巡を経て、静かに身体を揺した。
『"英雄の最低条件は生還"だ。──私が決めることではないが、命を投げ出すような真似はするな』
「……それは、僕がフィエリア王家だからか?」
『違う』
自嘲気味なアルマの問いを、フォニーが否定する。
『──お前が、アルマだからだ』
アルマが、大きく目を見開き、やがて柔らかく笑った。
……その言葉は──。
「……はは。──相変わらず、手厳しい」
……呪縛さえ、言い訳にはさせないと言うこと。
まだ夜の帳が降りた王都を見下ろし──アルマは、その瞳に炎を灯した。
【登場人物】
✧マリル=フィエリア
伽話の住人改め、最初の王家。
命と引き換えにピュロンを生み出した。
✧ダリル=フィエリア
マリルの双子の弟。
マリルと手を取り合い、リゾーマとなった。