✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中)   作:CABIN.

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夜明けを報せる暁が、まだ眠る王都の街並みに色を差す頃。
静寂の修練場に、空を切る木剣の音だけが響いていた。





✦第2章 ──宮廷騎士──
《第13話》雛鳥


 

 

「……ふっ……ふっ……!!」

 

振り下ろされる度、木剣は朝霧を裂いて風を巻く。

駆け足を終えた後、都合百度の、生身による素振り。

"騎士見習い"レイヴが、自ら課した日課である。

 

「……よくやるよ。生身で素振りしてなんか変わるかね」

 

壁際のベンチに寝そべった同い年の同僚──ジョナサン=セントマンは、持ち込んだ毛布にくるまって大きな欠伸をした。

 

朝から修練場に向かうことが面倒故、修練場で寝る。

横着も甚だしいが──そんなジョナサンにさえ勝ち越せない現状を打破するべく、今日もレイヴはもがいていた。

 

──変わる。

 

ジョナサンの言葉に、レイヴが胸中で応える。

レイヴを追い抜いて騎士試験を突破していった者達の中には、確かに──生身の鍛錬は全く行わなかった、と豪語する者も多い。

 

騎士試験の突破だけが目的なら、必ずしも必要ない。

結果に直結する部分だけ掻い摘むことを、要領の良さと言うのかもしれない。

 

それでもレイヴは、承知の上で木剣を振るう。

 

……戦闘体の操作感覚は、生身の延長線上にある。

試験を突破して騎士になった後も、道は果てなく続く。

……翼持つ才に追い付く為には──何年でも、何十年でも、天高く煉瓦を積み上げること!

 

 "口にしたからには、その夢、しっかり追いかけろよ"

 

──はいっ!

 

追憶のアルマに力強く応えて、レイヴは尚も剣を振る。

柱の隙間を漏れ出した朝日が、火照った頬を照らした。

 

 

──────────

 

 

それから、しばらくして。

修練場の中央には、ようやく揃った騎士見習い達が整列し、先任騎士の言葉に耳を傾けている。

 

──正騎士が持ち回りで行う"先任騎士"制度は、見習い達にとって、"その日の朝がどの程度厳しくなるか"を決定するルーレットのようなものだ。

 

何人かの見習いが、"今日ははずれ"と目配せを送り合っていた。

 

「──騎士試験もそう遠くない、各々精進するように。……以上、定例伝達終わり」

「「はっ!」」

 

騎士見習い達が、不揃いに敬礼を返して持ち場へと戻っていく。

その様子を、先任騎士──イリーナはどこか遠い目で眺めていた。

 

「……うへぇ、先任騎士イリーナさんかよぉ……」

「おれは逆に楽しみだわ。お前、今日もやられるぞ〜」

「うるせぇよ」

 

ひそひそと話す同僚達を横目に、レイヴはイリーナの様子に小さく首を傾げる。

 

……なんか、元気ないな。

レイヴはそんな事を思った。

 

元々口数の多い印象はないが──寡黙の内にも普段なら感じる、突き離すような冷たさと厳正さを欠くような。

 

「……今日の相手はレイヴか。まぁ、"当たり"だな」

 

レイヴが振り返る。

ジョナサンが、気怠げに呟きながら戦闘体に換装する。

 

「──で、いつ出るんだ? "素振りの成果"」

「……出来れば今日が良いな」

 

訓練用トリガーを握りながら、レイヴは挑戦的な笑みを浮かべた。

 

 

──────────

 

 

──私にも、こんな時期があったな。

 

疎らに訓練を始めた見習い達を眺めながら、イリーナが目を細める。

 

正騎士への登竜門、騎士試験の突破を目指す日々。

先輩達に容易く打ち負かされ、弱さに打ちひしがれた夜もあったが──あの頃は、まだ騎士への無垢な憧れだけで立ち上がれたように思う。

 

あの頃に比べれば、遥かに強くなった。

憧れだけでは背負えない現実も見てきた。

……少しは、前に進めただろうか?

 

「──らしくない顔してんなぁ」

 

ふと、隣からそんな声がする。

視線だけをそちらに向けると、見慣れた顔がそこにあった。

 

「やっぱ、昨日なんかあったのか?」

 

イリーナの同期──シーザー=クリケットが、見習い達を眺めながら言う。

気安く肩に置かれた手を払い除けて、イリーナは小さく首を振った。

 

「……余計なお世話だ。持ち場はどうした?」

「非番だよ。羨ましいか?」

 

払い除けられた手をひらひら振って、シーザーがにへらと笑う。

イリーナは、明らかに不機嫌な様子で眉間に皺を寄せた。

 

「……顔に拳がめり込む前に視界から消えろ」

「なんでそうすぐ暴力に頼るかね、お前は。しとやかにしてりゃ器量は良いのに──おっと」

 

振り上げられた拳に即座に反応したシーザーが、半歩飛び退く。

拳を緩めたイリーナが、そのまま手の甲で払うような仕草を見せた。

 

「……まぁ、そっちのがらしくて良いわ。じゃあな〜」

 

シーザーが、またにへらと笑って扉の奥へ消える。

 

……本当に何をしにきたんだ、あいつは。

イリーナは大きな溜息を零した。

 

──気遣われたことが分からぬほどイリーナは鈍感ではないが、気遣いそのものが癪に障る。

シーザーもまた、かつての"見習い"イリーナに煮え湯を飲ませた"天賦"のひとりだ。

 

……また、水をあけられるか──。

イリーナが、静かに瞼を閉じた。

 

 

──────────

✦昨日、夕刻──

 

 

「王子殿下のみが審議に掛けられるのは許容できません、団長!」

 

エルゼンの背中を追ったイリーナは、苦悶の表情でそう叫んだ。

 

「陛下の裁定に、お前の許容は必要ない」

「……っ……」

 

歩みを止めず、振り返ることすらせず──エルゼンが応える。

イリーナは唇を噛みながら、それでもその背を追った。

 

「……しかし……! 王子殿下を現場に向かわせた責任は私にあります! 処罰を与えるなら、どうか私を──」

 

エルゼンが、歩みを止めて振り返る。

向けられた瞳の圧に、イリーナは言葉を詰まらせた。

 

「……王子には、王家としての立場で王政評議に向かって頂く。──お前の処遇は、団長である私が決定する事だ」

 

……異論を挟む余地もなく、正しい。

王子殿下を庇い立て出来るほどの力も、立場も、その権利も──持ち合わせていない。

 

「……私は……」

 

沈黙して俯くイリーナを一瞥し、エルゼンは正面に視線を戻した。

 

「──別示まで、イリーナ=ベルベットへの王都巡察任務の命を解く。……騎士としての在り方を、今一度見直されよ」

「……は」

 

遠ざかってゆく団長の背中に、イリーナは力なく頭を下げた。

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 修練場──

 

 

「──七本目だっけ?」

 

ジョナサンの剣が、尻餅をついたレイヴの眼前に突き付けられた。

 

気怠げな瞳、横着な態度。

だが──。

 

……強い……!

 

手合わせする限りの肌感覚で、最も騎士に近い男。

才能と言う残酷は、いつもレイヴの行く末を阻む。

 

「……まだ、六本だよ。ジョニー」

 

レイヴが、転がった訓練剣を拾って立ち上がる。

その目は、まだ死んでいない。

 

「そうか」

 

軽やかに跳ねながら、ジョナサンが首を鳴らす。

 

「じゃあ──あと四回、転がっとけ」

 

トン、と大きな着地音がして、ジョナサンが構える。

大きな深呼吸をして、レイヴもまた構えを取った。

 

 





【登場人物】
✧ジョナサン=セントマン(16)
 レイヴと同期の騎士見習い。
 やる気は無いが、突出した才能の片鱗を覗かせる。


【用語解説】
✧訓練用トリガー
 騎士見習い達に手渡される武器トリガー。
 簡易な戦闘体、訓練剣及び小盾を生成する。

✧訓練剣/小盾
 見習い達の基本装備。
 直撃しても戦闘体が破壊されない仕様。
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