✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中)   作:CABIN.

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宮廷十騎制度の発表により、王宮がざわつく正午。
鐘の音が響く中庭には、切り取られた様に穏やかな時が流れていた。




《第16話》憧憬

 

「──ははぁ、そうですか。それで平手打ちを?」

 

レイヴは、隣に座るソフィに相槌を打つ。

倒れたソフィの介抱、並びに王女脱走事件への状況提供を皮切りに、レイヴは時折ソフィと言葉を交わす仲になっていた。

 

「……そうなんです……。私とした事が、柄にもなく取り乱してしまって……」

 

顔を覆って俯くソフィに、レイヴは苦笑いを浮かべる。

厨房で見かけた時点からただならぬ様子で、レイヴにとってソフィはむしろその印象の方が強かった。

 

「……あはは……。でも、仲直り出来たなら良かったじゃないですか」

「はい。ただ──王女様、すっかり塞ぎ込んでしまって」

 

ソフィは、遠い目で舞い散る花びらを眺めた。

 

 

──────────

✦昨晩、ピュロン王宮寝室──

 

 

「……ごめんなさい、ソフィ……」

 

寝室と、廊下。

扉一枚を挟んで背中合わせのまま、アイルが泣き疲れた声で言った。

 

「……いえ……私こそ、王女様に手をあげるなんて……侍女失格です」

 

ソフィもまた、掠れた声で応える。

 

「……怖かったの。でも、ソフィのところに、帰らなきゃって──お兄様が、走れって言ってね、それで、イリーナがいてね……」

 

鼻をすすりながら、思考も纏まらないままで、アイルは必死で胸の内を言葉にする。

 

……どれほどつらい思いをされたのだろう。

頷きながら、自身さえしっかり見張っていればと、ソフィもまた涙を零す。

 

憧れた王都で誘拐未遂に巻き込まれ、市民達から冷たい言葉と視線を無遠慮に浴びせられたアイル。

過労で倒れるほどの疲労を残したまま王宮を走り回り、吹き荒ぶ寒風の中でアイルを待ち続けたソフィ。

 

双方が限界を迎えるのも無理からぬこと。

互いが互いへの自責で塞ぎ込み、もはや言葉も疎らになった頃。

 

「……ソフィが、どんなに私のこと、大事にしてくれてるか……分かってたのに……ごめんなさい……」

「……王女様……」

 

徐々に視界が狭まり──ソフィは、扉に背を預けたまま眠りに落ちた。

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 中庭──

 

 

「……朝から、何度かノックしてもお返事が無いんです……」

 

また俯いてしまったソフィに、レイヴは幾つか言葉を選んで──結局、何も言えなかった。

 

王家も、侍女も、色々あるんだなぁ……。

レイヴは、傍を通り過ぎた花びらを一枚掴んで、それをまた風に返した。

 

……その点、騎士見習いは気楽なものだ。

バタバタと過ごしてはいても、結局自分のことしかしていないんだから──。

 

「──ソフィさん。……俺、もっと頑張ります」

 

ソフィは首を傾げた。

 

「……はい?」

「ああ、ええと──」

 

会話になっていなかった。

レイヴは、慌てて言葉を取り繕う。

 

「倒れるくらい頑張って、それでも王女殿下のことを想ってて──凄いなと思ったんです。……だから、俺も頑張らなきゃなって」

 

ソフィが、ぽかんと口を開く。

しばらくして、ソフィは柔らかく笑った。

 

「励ましてくれてるんですよね。ありがとうございます」

「あ、いや、その……」

 

レイヴが赤面してわたわたと手を動かす。

その様子をしばらく眺めて、ソフィは静かに立ち上がった。

 

「──頑張りましょうね」

 

風にソフィの髪が揺られ、花の香りが広がる。

ぺこりと頭を下げて、ソフィは屋内へと歩いていった。

 

「……綺麗な人だなぁ……」

 

誰もいなくなった空間を、ただ眺める。

レイヴは、しばらくの間そうして呆けていた。

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 騎士集会場──

 

 

──束の間の、休息。

そのつもりで集会場を訪れたイリーナは、扉を開くなりその場で固まった。

 

「ごきげんようイリーナちゃん」

 

受付嬢のペネロペ=パンナコッタが、明らかに感情が籠もっていない棒読みで言う。

 

「……え、ええ……御機嫌斜めのようですね」

 

目が死んでいる。

理由はイリーナが固まった理由と同じだろう。

 

──それはもう、宴会場かと錯覚するほどの大騒ぎ。

普段の荘厳で静けさ漂う空気など欠片も残っていない。

 

……あてが外れたな。

そう、踵を返そうとしたイリーナは──。

騒ぎの中心に、見覚えのある顔を見つけた。

 

「宮廷十騎っ!! 第九席!! シーザァァァ!!」

「──かっけぇぇ!! 似合わねぇえっ!!」

「……なぁ。……おれさ、夜警明けなんよ……」

「寝るな寝るな"第九席"!! あっはっはっ!!」

 

……何をやっているんだあいつらは。

一瞬介入を躊躇ったイリーナは、しかしその場に足を踏み入れた。

 

「おい。もう少し静かに出来ないのか」

「は……お、おお、イリーナ」

 

騒ぎ立てていた騎士のひとり──ロレンス=テレジアが、明らかに目を泳がせて応えた。

途端、なんとも言えない空気が漂う。

 

「ああ、いや──悪い、騒ぎすぎた。い、行こうぜ」

 

親指で促して、そろそろと騒乱の元凶達が離れてゆく。

溜息を溢したイリーナが、半ば寝落ちしている"見知った顔"を見据えた。

 

「非番じゃなかったのか?」

「……助かった……ナイスアシスト」

 

千鳥足で椅子にもたれ掛かったシーザーが、ぐったりとした様子で親指を立てる。

 

「……何があった?」

「……夜警明けなんだよ……」

「それはさっき聞いた」

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 修練場──

 

 

「──ぷはぁっ……!!」

 

見習い達の去った修練場。

シーザーは、手渡された水を一気に飲み干した。

 

「……ふぅ……一周回って眠くなくなったわ」

「お前の眠気はどうでも良い」

「水より冷たいなお前」

 

イリーナとシーザーの二人だけが残された空間。

暫くは、無言の空間が流れていた。

 

「──もう一度聞く。何があった?」

 

再度訊ねられたシーザーは、イリーナの表情に微かな心配の色を感じ取る。

 

「……騒ぎたいお年頃なんだよ、あいつらは」

 

頭の後ろで腕を組みながら、シーザーが欠伸をする。

イリーナもまた、その言葉に配慮を感じ取った。

 

「──話せ」

 

無言の圧。

俯いたシーザーが、小さく息を吸う。

 

「……今朝、"宮廷十騎"なる制度が出来たんだとさ」

 

イリーナが、眉間に皺を寄せて詳細を促す。

シーザーは、それ以上何も言わなかった。

 

 "宮廷十騎っ!! 第九席!!"

 

……ああ。

記憶を遡ったイリーナは、その名称とロレンス達の態度から、配慮の理由に思い至った。

 

「──お前が、騎士の九番手か」

 

シーザーは、一瞬驚いたように目を丸くしたが──すぐ、観念した様に笑う。

 

「……笑えるよな」

「──笑わない」

 

その即答に、シーザーが横目でイリーナを見る。

イリーナは、ただ誰もいない修練場を見ていた。

 

「お前の才能も、努力も、隣で見てきた。──笑わないわよ」

 

シーザーは、何か言いかけて口を開き、そのまま小さく首を振った。

 

「──それで、私は選ばれなかったと」

「……さぁ」

「気を遣うならもう少し上手く誤魔化せ」

 

イリーナがシーザーの肩を小突く。

シーザーは、力無く笑った。

 

「……納得いかないんだよ、イリーナ」

「何が」

「お前が、おれより下で良い訳ないのに」

 

……皮肉や嫌味ではない事は分かる。

それでも──イリーナは、息を詰まらせる。

シーザーの顔を見ることが出来なかった。

 

「……お前は、周りが、お前自身が思ってるよりも、凄い奴なのに──」

 

鼻孔に痛みが走った。

イリーナは、涙が溢れそうな感覚を必死で抑える。

 

……お前が、言うな。

ふと肩に寄り掛かった重みに、精一杯の毒を吐く。

ずっと、私の前を走ってきた癖に──。

 

「……お前が、私の下で良い筈ないだろ──」

 

誰もいない、修練場。

穏やかな寝息と、鼻を啜る音だけが響いていた。

 





【登場人物】
✧ロレンス=テレジア(20)
 シーザーやイリーナの同期にあたる騎士。
 すぐ騒ぐのでペネロペに嫌われている。
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