✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
宮廷十騎制度の発表により、王宮がざわつく正午。
鐘の音が響く中庭には、切り取られた様に穏やかな時が流れていた。
「──ははぁ、そうですか。それで平手打ちを?」
レイヴは、隣に座るソフィに相槌を打つ。
倒れたソフィの介抱、並びに王女脱走事件への状況提供を皮切りに、レイヴは時折ソフィと言葉を交わす仲になっていた。
「……そうなんです……。私とした事が、柄にもなく取り乱してしまって……」
顔を覆って俯くソフィに、レイヴは苦笑いを浮かべる。
厨房で見かけた時点からただならぬ様子で、レイヴにとってソフィはむしろその印象の方が強かった。
「……あはは……。でも、仲直り出来たなら良かったじゃないですか」
「はい。ただ──王女様、すっかり塞ぎ込んでしまって」
ソフィは、遠い目で舞い散る花びらを眺めた。
──────────
✦昨晩、ピュロン王宮寝室──
「……ごめんなさい、ソフィ……」
寝室と、廊下。
扉一枚を挟んで背中合わせのまま、アイルが泣き疲れた声で言った。
「……いえ……私こそ、王女様に手をあげるなんて……侍女失格です」
ソフィもまた、掠れた声で応える。
「……怖かったの。でも、ソフィのところに、帰らなきゃって──お兄様が、走れって言ってね、それで、イリーナがいてね……」
鼻をすすりながら、思考も纏まらないままで、アイルは必死で胸の内を言葉にする。
……どれほどつらい思いをされたのだろう。
頷きながら、自身さえしっかり見張っていればと、ソフィもまた涙を零す。
憧れた王都で誘拐未遂に巻き込まれ、市民達から冷たい言葉と視線を無遠慮に浴びせられたアイル。
過労で倒れるほどの疲労を残したまま王宮を走り回り、吹き荒ぶ寒風の中でアイルを待ち続けたソフィ。
双方が限界を迎えるのも無理からぬこと。
互いが互いへの自責で塞ぎ込み、もはや言葉も疎らになった頃。
「……ソフィが、どんなに私のこと、大事にしてくれてるか……分かってたのに……ごめんなさい……」
「……王女様……」
徐々に視界が狭まり──ソフィは、扉に背を預けたまま眠りに落ちた。
──────────
✦ピュロン王宮 中庭──
「……朝から、何度かノックしてもお返事が無いんです……」
また俯いてしまったソフィに、レイヴは幾つか言葉を選んで──結局、何も言えなかった。
王家も、侍女も、色々あるんだなぁ……。
レイヴは、傍を通り過ぎた花びらを一枚掴んで、それをまた風に返した。
……その点、騎士見習いは気楽なものだ。
バタバタと過ごしてはいても、結局自分のことしかしていないんだから──。
「──ソフィさん。……俺、もっと頑張ります」
ソフィは首を傾げた。
「……はい?」
「ああ、ええと──」
会話になっていなかった。
レイヴは、慌てて言葉を取り繕う。
「倒れるくらい頑張って、それでも王女殿下のことを想ってて──凄いなと思ったんです。……だから、俺も頑張らなきゃなって」
ソフィが、ぽかんと口を開く。
しばらくして、ソフィは柔らかく笑った。
「励ましてくれてるんですよね。ありがとうございます」
「あ、いや、その……」
レイヴが赤面してわたわたと手を動かす。
その様子をしばらく眺めて、ソフィは静かに立ち上がった。
「──頑張りましょうね」
風にソフィの髪が揺られ、花の香りが広がる。
ぺこりと頭を下げて、ソフィは屋内へと歩いていった。
「……綺麗な人だなぁ……」
誰もいなくなった空間を、ただ眺める。
レイヴは、しばらくの間そうして呆けていた。
──────────
✦ピュロン王宮 騎士集会場──
──束の間の、休息。
そのつもりで集会場を訪れたイリーナは、扉を開くなりその場で固まった。
「ごきげんようイリーナちゃん」
受付嬢のペネロペ=パンナコッタが、明らかに感情が籠もっていない棒読みで言う。
「……え、ええ……御機嫌斜めのようですね」
目が死んでいる。
理由はイリーナが固まった理由と同じだろう。
──それはもう、宴会場かと錯覚するほどの大騒ぎ。
普段の荘厳で静けさ漂う空気など欠片も残っていない。
……あてが外れたな。
そう、踵を返そうとしたイリーナは──。
騒ぎの中心に、見覚えのある顔を見つけた。
「宮廷十騎っ!! 第九席!! シーザァァァ!!」
「──かっけぇぇ!! 似合わねぇえっ!!」
「……なぁ。……おれさ、夜警明けなんよ……」
「寝るな寝るな"第九席"!! あっはっはっ!!」
……何をやっているんだあいつらは。
一瞬介入を躊躇ったイリーナは、しかしその場に足を踏み入れた。
「おい。もう少し静かに出来ないのか」
「は……お、おお、イリーナ」
騒ぎ立てていた騎士のひとり──ロレンス=テレジアが、明らかに目を泳がせて応えた。
途端、なんとも言えない空気が漂う。
「ああ、いや──悪い、騒ぎすぎた。い、行こうぜ」
親指で促して、そろそろと騒乱の元凶達が離れてゆく。
溜息を溢したイリーナが、半ば寝落ちしている"見知った顔"を見据えた。
「非番じゃなかったのか?」
「……助かった……ナイスアシスト」
千鳥足で椅子にもたれ掛かったシーザーが、ぐったりとした様子で親指を立てる。
「……何があった?」
「……夜警明けなんだよ……」
「それはさっき聞いた」
──────────
✦ピュロン王宮 修練場──
「──ぷはぁっ……!!」
見習い達の去った修練場。
シーザーは、手渡された水を一気に飲み干した。
「……ふぅ……一周回って眠くなくなったわ」
「お前の眠気はどうでも良い」
「水より冷たいなお前」
イリーナとシーザーの二人だけが残された空間。
暫くは、無言の空間が流れていた。
「──もう一度聞く。何があった?」
再度訊ねられたシーザーは、イリーナの表情に微かな心配の色を感じ取る。
「……騒ぎたいお年頃なんだよ、あいつらは」
頭の後ろで腕を組みながら、シーザーが欠伸をする。
イリーナもまた、その言葉に配慮を感じ取った。
「──話せ」
無言の圧。
俯いたシーザーが、小さく息を吸う。
「……今朝、"宮廷十騎"なる制度が出来たんだとさ」
イリーナが、眉間に皺を寄せて詳細を促す。
シーザーは、それ以上何も言わなかった。
"宮廷十騎っ!! 第九席!!"
……ああ。
記憶を遡ったイリーナは、その名称とロレンス達の態度から、配慮の理由に思い至った。
「──お前が、騎士の九番手か」
シーザーは、一瞬驚いたように目を丸くしたが──すぐ、観念した様に笑う。
「……笑えるよな」
「──笑わない」
その即答に、シーザーが横目でイリーナを見る。
イリーナは、ただ誰もいない修練場を見ていた。
「お前の才能も、努力も、隣で見てきた。──笑わないわよ」
シーザーは、何か言いかけて口を開き、そのまま小さく首を振った。
「──それで、私は選ばれなかったと」
「……さぁ」
「気を遣うならもう少し上手く誤魔化せ」
イリーナがシーザーの肩を小突く。
シーザーは、力無く笑った。
「……納得いかないんだよ、イリーナ」
「何が」
「お前が、おれより下で良い訳ないのに」
……皮肉や嫌味ではない事は分かる。
それでも──イリーナは、息を詰まらせる。
シーザーの顔を見ることが出来なかった。
「……お前は、周りが、お前自身が思ってるよりも、凄い奴なのに──」
鼻孔に痛みが走った。
イリーナは、涙が溢れそうな感覚を必死で抑える。
……お前が、言うな。
ふと肩に寄り掛かった重みに、精一杯の毒を吐く。
ずっと、私の前を走ってきた癖に──。
「……お前が、私の下で良い筈ないだろ──」
誰もいない、修練場。
穏やかな寝息と、鼻を啜る音だけが響いていた。
【登場人物】
✧ロレンス=テレジア(20)
シーザーやイリーナの同期にあたる騎士。
すぐ騒ぐのでペネロペに嫌われている。