✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
王宮の昼下がり。
昼食を取り終えたアルマは、"第四席"クラリスへの闘志を静かに燃やしていた。
「トリガーが戻ったらまずは親善試合だな」
パシンと拳を叩いたアルマが、廊下を歩きながら息巻く。
「……どうせなら試合の結果で入れ替える感じで良くないか? "宮廷十騎"」
『それはお前が決めることではない』
淡々と応えて、フォニーはアルマを覗き見た。
……表情はいつもの様子に程近いが──。
「……そう心配するな、フォニー」
視線に気付いたアルマが、向き直って笑う。
「──叱られ慣れてる」
『お前はその事実を心配した方が良い』
「はは、違いない」
……後悔、反省、焦燥、自責──。
僅かな声色の差に滲むそれらに気付きながら、フォニーは決して指摘しない。
『──まずは"禊"を済ませることだな』
「ゆっくり考えるよ。……どうせ、しばらく暇になりそうだ」
背伸びをするアルマから、フォニーは緩やかに視線を外した。
……抱えたものの重さを、決して周囲に悟らせまいとする。
そうして軽口を叩く癖が、もう随分と板についていた。
『──暇を持て余す前に、"禊"を済ますべき相手がいるだろう』
不意に、フォニーがそう告げる。
「……ん?」
アルマは、小さく首を傾げた。
──────────
✦ピュロン王宮 屋上──
──屋上から眺める景色は、何処までも澄んでいる。
四方に広がる王都の街並みは荘厳で、彼女にとっては郷愁を併せ持つ。
……羽織を、王女様に預けたままだ。
風の冷たさが身に沁みて、ソフィは思い出した。
灰色の幼少期。
暖かさに怯え、寂寥に涙した遠き日。
……ああ、私はあの日も、この場所で──。
目を細めたソフィが、景色に過去を重ねた時。
「──おい、分かったから離せ!」
『こうでもしないと逃げ出すだろう』
「捕縛トリガーを主に使うな! 主従を弁えろ!」
『いつもの事だろう』
背後から、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる声。
フォニーに投げ出されたアルマが、ソフィの前で尻餅をついた。
「………王子様? フォニーも」
ソフィに見下ろされたアルマは、ばつの悪そうな表情で視線を逸らす。
「………威厳の欠片もないな」
『いつもの事だ』
「解体するぞお前」
……背は伸び、声変わりしても──。
記憶の面影が、景色に重なる。
──私は、あの日も。
この場所で、こうして彼を見ていた。
──────────
✦九年半前──
ソフィがフィエリア王家の侍女となり、王都を離れ。
更に何年かが過ぎた頃。
「……ぐすっ……」
初夏の早朝。
その日、十歳の誕生日を迎えたソフィは──屋上の隅に蹲り、ひとり涙を流していた。
ソフィの養父母は、決して彼女を大切にはしなかった。
思い出す姿には、いつも怯えと恐怖を伴った。
……それでも──誕生日になると、家が、恋しくなる。
"誕生日おめでとう、ソフィ"
"これで侍従試験が受けられるわ。立派な侍女になるのよ"
……例え、それが仮初めの祝福だったのだとしても。
フィエリア家に取り入る為の"道具"に向けた言葉だったとしても。
幼いソフィにとって、王都で過ごした最後の誕生日は。
そこに暖かさを、愛を信じた──世界の、全てだったから。
……でも、いつまでも泣いてちゃ駄目。
私は、もう、王女様の専属侍女なの。
王女様が起きる前に帰らなきゃ。
ソフィが、そう自らを律した時──。
「──おいっ! 返せよっ!」
『勿論だ。──これは私が返しておく』
「違うっ! 僕に返せって言ってんだよ!」
『お前はこれでも振っていろ』
「……ってぇ……! フォニー! お前覚えてろよ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる声。
慌てて涙を拭って立ち上がったソフィは、見覚えのある背中をそこに見た。
「……王子様?」
「うわ、ソフィ」
フォニーから投げつけられた木剣を拾い上げ、立ち上がったアルマは──ばつの悪そうな表情で、視線を逸らした。
「なにしてるんですか」
「……武器庫からトリガー盗んだら、バレて持ってかれた。ははは」
「本当になにしてるんですか」
悪びれもせずに笑うアルマに、ソフィがしかめっ面をする。
──ふと、アルマが真面目な表情で言った。
「僕ももう兄ちゃんだから、アイルが大きくなる前に強くなりたいんだよ。でも──」
ふてくされたアルマが、木剣を振るう。
幼い手足で、懸命に。
「──十歳まではトリガー禁止なんだってさ」
がっくりと項垂れて、アルマが木剣を放り投げた。
……懸命に、兄であろうとするが故の、焦燥。
ソフィは、何も言わず見ていた。
「……だから──」
「え」
懐から何かを取り出したアルマが、不意にそれをソフィに投げ渡した。
慌てて伸ばしたソフィの掌に、トリガーが着地する。
「それ。ソフィにやるよ」
「私にですか? これ、どこで──」
「へへ、バレた時用にもいっこかっぱらってたんだ」
……呆れた。
取り上げられることまで折り込み済だったアルマに、ソフィは溜息を溢す。
「……また叱られますよ、もう」
「ははは、慣れてる」
アルマは朗らかに笑って、それからソフィに背を向けた。
「……おまえ、きょうで十歳だろ? 誕生日おめでと」
「──!」
ソフィの心臓が、どきりと跳ねる。
……私の誕生日、覚えて──。
「……あ……ありがとうございます」
目を丸くするソフィを横目に。
木剣を蹴り上げたアルマが、それを掌で器用に回して掴んだ。
「アイルのこと頼むぞ 僕が強くなるまでは」
──────────
✦ピュロン王宮 屋上──
吹き抜けた風が、アルマを急かすように沈黙の輪郭を撫でた。
「……ソフィ。……なんと言うか──」
……心配かけて悪かった、とは思ってる。
にしても、いきなり謝るのも収まり悪くないか?
そもそも、最近は時折アイルの様子を聞く位で──。
口八丁が代名詞のアルマも、珍しく言葉を詰まらせて頭を掻く。
「──王子様。……すみませんでした」
ソフィが、唐突に深々と頭を下げた。
……声が、涙ぐんでいる。
それに気付いたアルマは、深妙な面持ちで俯いた。
「……なんで、お前が謝るんだ」
「──言いつけを、守れませんでした」
“アイルのこと頼むぞ”
在りし日のアルマの言葉が、ずっと──彼女の胸に刺さり続けていた。
「私が、しっかり見守っていれば、王女様が傷つく事も、王子様が無理をする事も──」
大粒の涙が、屋上の床を濡らす。
……静かに瞼を閉じたアルマは──少し遅れて、あの日を思い出していた。
「なのに、私は、結局、あなたに頼る事しか──」
「──"僕が強くなるまでは"、って約束だったろ」
遮ったアルマの言葉に、ソフィが小さく顔を上げる。
「……もう、妹を守れる位には強くなった──つもりでいた」
涙を溜めた瞳を見つめて──今度は、アルマが頭を下げた。
「……ひとりで背負わせて、心配かけて──ごめん」
「……っ……」
ソフィの瞳から、より一層の涙が溢れ出る。
……ひとりで背負っているのは──あなたの方でしょう。
「……もっと、強くなるよ」
返事は無い。
それでも、ソフィの嗚咽が収まるまで──。
アルマは、静かに隣で佇んでいた。
【用語解説】
✧侍従試験
王都の民が王宮に仕える手段のひとつ。
両親の同意を前提に満八歳から受けられる。