✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中)   作:CABIN.

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王宮の昼下がり。
昼食を取り終えたアルマは、"第四席"クラリスへの闘志を静かに燃やしていた。





《第17話》約束

 

「トリガーが戻ったらまずは親善試合だな」

 

パシンと拳を叩いたアルマが、廊下を歩きながら息巻く。

 

「……どうせなら試合の結果で入れ替える感じで良くないか? "宮廷十騎"」

『それはお前が決めることではない』

 

淡々と応えて、フォニーはアルマを覗き見た。

……表情はいつもの様子に程近いが──。

 

「……そう心配するな、フォニー」

 

視線に気付いたアルマが、向き直って笑う。

 

「──叱られ慣れてる」

『お前はその事実を心配した方が良い』

「はは、違いない」

 

……後悔、反省、焦燥、自責──。

僅かな声色の差に滲むそれらに気付きながら、フォニーは決して指摘しない。

 

『──まずは"禊"を済ませることだな』

「ゆっくり考えるよ。……どうせ、しばらく暇になりそうだ」

 

背伸びをするアルマから、フォニーは緩やかに視線を外した。

 

……抱えたものの重さを、決して周囲に悟らせまいとする。

そうして軽口を叩く癖が、もう随分と板についていた。

 

『──暇を持て余す前に、"禊"を済ますべき相手がいるだろう』

 

不意に、フォニーがそう告げる。

 

「……ん?」

 

アルマは、小さく首を傾げた。

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 屋上──

 

 

──屋上から眺める景色は、何処までも澄んでいる。

四方に広がる王都の街並みは荘厳で、彼女にとっては郷愁を併せ持つ。

 

……羽織を、王女様に預けたままだ。

風の冷たさが身に沁みて、ソフィは思い出した。

 

灰色の幼少期。

暖かさに怯え、寂寥に涙した遠き日。

 

……ああ、私はあの日も、この場所で──。

目を細めたソフィが、景色に過去を重ねた時。

 

「──おい、分かったから離せ!」

『こうでもしないと逃げ出すだろう』

「捕縛トリガーを主に使うな! 主従を弁えろ!」

『いつもの事だろう』

 

背後から、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる声。

フォニーに投げ出されたアルマが、ソフィの前で尻餅をついた。

 

「………王子様? フォニーも」

 

ソフィに見下ろされたアルマは、ばつの悪そうな表情で視線を逸らす。

 

「………威厳の欠片もないな」

『いつもの事だ』

「解体するぞお前」

 

……背は伸び、声変わりしても──。

記憶の面影が、景色に重なる。

 

──私は、あの日も。

この場所で、こうして彼を見ていた。

 

 

──────────

✦九年半前──

 

 

ソフィがフィエリア王家の侍女となり、王都を離れ。

更に何年かが過ぎた頃。

 

「……ぐすっ……」

 

初夏の早朝。

その日、十歳の誕生日を迎えたソフィは──屋上の隅に蹲り、ひとり涙を流していた。

 

ソフィの養父母は、決して彼女を大切にはしなかった。

思い出す姿には、いつも怯えと恐怖を伴った。

……それでも──誕生日になると、家が、恋しくなる。

 

 

 "誕生日おめでとう、ソフィ"

 "これで侍従試験が受けられるわ。立派な侍女になるのよ"

 

 

……例え、それが仮初めの祝福だったのだとしても。

フィエリア家に取り入る為の"道具"に向けた言葉だったとしても。

幼いソフィにとって、王都で過ごした最後の誕生日は。

そこに暖かさを、愛を信じた──世界の、全てだったから。

 

……でも、いつまでも泣いてちゃ駄目。

私は、もう、王女様の専属侍女なの。

王女様が起きる前に帰らなきゃ。

 

ソフィが、そう自らを律した時──。

 

「──おいっ! 返せよっ!」

『勿論だ。──これは私が返しておく』

「違うっ! 僕に返せって言ってんだよ!」

『お前はこれでも振っていろ』

「……ってぇ……! フォニー! お前覚えてろよ!」

 

ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる声。

慌てて涙を拭って立ち上がったソフィは、見覚えのある背中をそこに見た。

 

「……王子様?」

「うわ、ソフィ」

 

フォニーから投げつけられた木剣を拾い上げ、立ち上がったアルマは──ばつの悪そうな表情で、視線を逸らした。

 

「なにしてるんですか」

「……武器庫からトリガー盗んだら、バレて持ってかれた。ははは」

「本当になにしてるんですか」

 

悪びれもせずに笑うアルマに、ソフィがしかめっ面をする。

──ふと、アルマが真面目な表情で言った。

 

「僕ももう兄ちゃんだから、アイルが大きくなる前に強くなりたいんだよ。でも──」

 

ふてくされたアルマが、木剣を振るう。

幼い手足で、懸命に。

 

「──十歳まではトリガー禁止なんだってさ」

 

がっくりと項垂れて、アルマが木剣を放り投げた。

……懸命に、兄であろうとするが故の、焦燥。

ソフィは、何も言わず見ていた。

 

「……だから──」

「え」

 

懐から何かを取り出したアルマが、不意にそれをソフィに投げ渡した。

慌てて伸ばしたソフィの掌に、トリガーが着地する。

 

「それ。ソフィにやるよ」

「私にですか? これ、どこで──」

「へへ、バレた時用にもいっこかっぱらってたんだ」

 

……呆れた。

取り上げられることまで折り込み済だったアルマに、ソフィは溜息を溢す。

 

「……また叱られますよ、もう」

「ははは、慣れてる」

 

アルマは朗らかに笑って、それからソフィに背を向けた。

 

「……おまえ、きょうで十歳だろ? 誕生日おめでと」

「──!」 

 

ソフィの心臓が、どきりと跳ねる。

……私の誕生日、覚えて──。

 

「……あ……ありがとうございます」

 

目を丸くするソフィを横目に。

木剣を蹴り上げたアルマが、それを掌で器用に回して掴んだ。

 

「アイルのこと頼むぞ 僕が強くなるまでは」

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 屋上──

 

 

吹き抜けた風が、アルマを急かすように沈黙の輪郭を撫でた。

 

「……ソフィ。……なんと言うか──」

 

……心配かけて悪かった、とは思ってる。

にしても、いきなり謝るのも収まり悪くないか?

そもそも、最近は時折アイルの様子を聞く位で──。

 

口八丁が代名詞のアルマも、珍しく言葉を詰まらせて頭を掻く。

 

「──王子様。……すみませんでした」

 

ソフィが、唐突に深々と頭を下げた。

……声が、涙ぐんでいる。

それに気付いたアルマは、深妙な面持ちで俯いた。

 

「……なんで、お前が謝るんだ」

「──言いつけを、守れませんでした」

 

 “アイルのこと頼むぞ”

 

在りし日のアルマの言葉が、ずっと──彼女の胸に刺さり続けていた。

 

「私が、しっかり見守っていれば、王女様が傷つく事も、王子様が無理をする事も──」

 

大粒の涙が、屋上の床を濡らす。

……静かに瞼を閉じたアルマは──少し遅れて、あの日を思い出していた。

 

「なのに、私は、結局、あなたに頼る事しか──」

「──"僕が強くなるまでは"、って約束だったろ」

 

遮ったアルマの言葉に、ソフィが小さく顔を上げる。

 

「……もう、妹を守れる位には強くなった──つもりでいた」

 

涙を溜めた瞳を見つめて──今度は、アルマが頭を下げた。

 

「……ひとりで背負わせて、心配かけて──ごめん」

「……っ……」

 

ソフィの瞳から、より一層の涙が溢れ出る。

……ひとりで背負っているのは──あなたの方でしょう。

 

「……もっと、強くなるよ」

 

返事は無い。

 

それでも、ソフィの嗚咽が収まるまで──。

アルマは、静かに隣で佇んでいた。

 

 





【用語解説】
✧侍従試験
 王都の民が王宮に仕える手段のひとつ。
 両親の同意を前提に満八歳から受けられる。
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