✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
──夕刻。
屋上を離れたアイルとソフィ、それからフォニーは、王宮内へと続く階段を降りていた。
『──隠し通した気でいたのはお前だけだ』
「……言えよ、フォニー」
武器庫から盗み出したトリガーの一件。
フォニーは最初から二つ目の存在に気付いていたが──あえて黙っていたのだそうだ。
……ソフィに渡されたトリガーは、"来たる十歳の誕生日に"と、クラウスからアルマに贈られる予定のものだった。
肩を落としたアルマは、恨めしげにソフィを見る。
「──で、お前は言うなよソフィ」
「黙って持ってたら私が叱られるじゃないですか」
『そもそも王家が盗みを働くな』
十年近くも昔の話で双方から諌められ、アルマが溜息を零す。
「……そもそも僕のトリガーだったのかよ」
『クラウスが大層落ち込んでいたな。──何から嘆けば良いのか、と』
「父さんは言えよ。……もう良い。──じゃあ、やっぱ返せソフィ」
「嫌です」
ソフィが、ぷいっ、と顔を逸らした。
『……"気付かれた時用"などと宣っていたらしいが、最初からソフィへの贈り物のつもりだったのだろう』
「黙れフォニー。……もう覚えてない」
頭を掻きながら言うアルマを横目に、ソフィは静かに微笑んだ。
──その、直後。
視線を廊下に戻したソフィが、不意に立ち止まった。
アルマもまた、その隣で足を止める。
……二人の視線の先に、こそこそと中庭に向かおうとする、ひとりの少女の背中があった。
「──アイル!」
小さな背中が、アルマの呼び掛けにびくりと跳ねた。
……ぎこちなく振り返ったアイルは、その場に立ち尽くしたまま──腕に掛けた羽織をもじもじと弄る。
「王女様──」
「……これ……」
駆け寄ったソフィに、アイルが羽織を差し出した。
……優しい手付きでそれを受け取ったソフィは、その幼い勇気に目を細める。
「ありがとうございます」
──目を合わせられず、俯くアイル。
その頭に、暖かな掌が乗せられた。
「……ちゃんと返せて偉いな」
頭をわしゃわしゃと撫でながら。
妹の小さな成長に、アルマが告げる。
「……アイル──お前が無事で良かった」
溜め込んでいた二人への呵責から開放され、ぽろぽろと安堵の涙を零すアイルのその傍で。
ソフィはアルマに、アルマはソフィに。
互いに視線を送り合った後、今日一番の笑顔を見せた。
『兄は最後まで返さなかったと言うのに』
──フォニーの余計な一言で、アルマに再び火がついた。
──────────
✦ピュロン王宮 修練場──
──同時刻。
夕刻の修練場には、昼下がりの静寂など知らぬ気に異様なざわめきが広がっていた。
「……な、なんだぁ……?」
場を埋め尽くす見習い達。
雑務を終え、自己鍛錬に励もうと修練場の扉を開いたレイヴが、ぱちくりと瞬きした。
その姿に気付いた同期生──ジョナサンは、腕を組んだ姿勢のままで小さく手をあげる。
「皿洗いは終わったのか」
「またどやされたけどね。……どうしたのこれ」
「──さぁ」
なんとなくその場にいただけのジョナサンからは何の情報も得られず──苦笑いを返したレイヴは、騒ぎの中央に視線を送る。
──言い争う二人の正騎士と、それを宥める本日の先任騎士、イリーナの姿。
「ちょ、ちょっとすみません」
レイヴは、野次馬を掻き分けて中央に近付いた。
「──決めたのは団長か? それとも宮廷五官か?」
騒ぎのうちの一人──騎士、セイル=ランページが、隣に佇むもう一人に問う。
「……だから知らんって。おれに聞くな」
問われた騎士──シーザー=クリケットが、呆れたように頭を振って応えた。
「いずれにせよ随分と節穴のようだ。──貴様如き昼行灯がボクより上だと? 撤回して貰いたいね」
「称号なんか要らんよ、おれも。……とは言え、おれが辞退したって代わりはお前じゃないだろ」
「ほう? ──では、実力を示そうか」
「やってみろよ」
「二人ともやめろ! 見習いに示しが付かない!」
"実戦用"戦闘トリガーを握る両者に、空気がひりつく。
仲裁に入るイリーナの声も二人には届いていない。
一触即発の雰囲気に、ざわめきが更に広まった。
……騎士同士の私闘は御法度なのに。
どうすることも出来ず、あわあわと狼狽えながら──レイヴが、一日を振り返る。
どこもかしこも、宮廷十騎の話題で持ち切り。
是非も賛否も様々だったが、いずれにせよ。
制度の発足が、騎士達の矜持を全力で揺さぶった。
……そりゃ、こうもなるよ──!
──ふと。
レイヴの肩に、無遠慮な肘が乗せられる。
「──なに? あの人ら、試合すんの?」
若干の興味を示したジョナサンが、あまりに場違いな声で気怠げに言った。
──────────
✦ピュロン王宮 政務殿──
「……いやぁ! 予想以上の反響ですね〜」
揺さぶられたのは、騎士達だけではない。
「──ああ、案文確認は済ませた。修正が済んだらすぐに公文書の発簡交付に移れ」
「……徽章の意匠は二案でいいわ。授与式の日程はエルゼンと調整して頂戴。それから──」
「給与の件なんぞ後回しでよいわ! さっさと防衛費調整結果と答弁書を持ってこんかっ!!」
"使節卿以外の"宮廷五官は、他人事然とした騒ぎの張本人を咎める余裕すらなく調整に奔走していた。
「……ああもう、無理じゃあっ!! ──陛下はいずこへぇ!?」
どれだけ手際よく捌いても、文書が積み上がる速度は処理を上回り──"尚書"カンデラは、ついに悲鳴をあげた。
「──では、私めはリゾーマの視察がございますので! 皆さん、お体にはお気をつけて〜!」
声高らかに宣言したニアが、にこにこと手を振って立ち去る。
「「……おのれ、ニア=ハドリーッ!!」」
誰からともなく発せられた叫び声が、政務殿に轟いた。
──────────
✦ピュロン王宮 寝室──
「……そう言えば。──まだ、礼を言ってなかったな」
アイルとソフィを見送った、その後。
自身のベッドに腰掛けながら、ふと、アルマがそんなことを言う。
窓際に浮かんでいたフォニーが、その言葉に振り向いた。
『何の件だ』
「昨日のだ。お前がエルゼンを呼んでくれたんだろ? 助かったよ、お陰で場が収まった」
──直後、不意に訪れた沈黙。
アルマは、数秒待ってフォニーに視線を移した。
「……どうした?」
『──呼んでいない』
「ん?」
『正確には──応援を要請しに向かったが、繋がらなかった』
「……繋がらなかった?」
……アルマが、怪訝な表情を浮かべた。
──────────
✦ピュロン王宮 牢獄──
地上にて、俄に騒ぎが広がる頃。
王宮の地下に埋められた牢獄で、男が僅かに眉を動かす。
……軍靴の反響。
硬質な壁に乱反射するそれが自身に近づくにつれ、男は、その発生源に意識を集中させた。
「……"反逆者"に、何の御用ですかな。──団長殿」
荘厳な鎧を纏って現れたエルゼンに、男──マリナス=アークレイは静かに問う。
「──そう呼ばれる筋合いはないと伝えた筈だ」
毅然とした態度。
一切の迎合を許容しないその振る舞いに、マリナスは尚も屈する事なく視線を送る。
……流石は、"三英傑"が一人。
醸す雰囲気が良く似ておいでだ。
「密売人が口を割った。やはり──"鷹の翼"を率いているのはハイルディンか」
──沈黙。
"騎士の頂点"と"元騎士"が、視線をぶつけ合う。
「……この国を終わらせるつもりか、マリナス」
「滅相もない。──袂を分かっても志は同じですよ、"団長殿"」
──────────
✦"鷹の翼"本拠地──
「──揃ったな」
黄昏の影に、トリオンを燃やす燭台がひとつ。
炎の影に揺られる同志達を一瞥した"統率者"ハイルディンが、静かに立ち上がった。
「予定通り、計画は今夜決行だ。……異論のある者は」
──有無を言わさぬ迫力。
誰もが押し黙る中で、ひとつの影──カッツェ=シュヴァルツが徐に手をあげる。
「マリナスさん、まだ王宮っぽいすけど。どうします?」
純粋な疑問。
そこにさえ厭わしさを感じたハイルディンは、眉間に皺を寄せて背を向けた。
「……いかなる拷問を受けたとて、マリナスは口を割らん。リゾーマを優先する」
「そっすか。ちなみに、騎士の連中とかちあった場合は?」
興味も無さげに言うカッツェに苛立ちを募らせながら、ハイルディンが出口へと歩を進める。
「最悪の場合、全面抗争も厭わん。──再生譚の幕開けだ」
影が、一斉に蠢いた。
【登場人物】
✧セイル=ランページ(20)
シーザーの見習い同期だが、騎士試験で遅れを取った。
正騎士としては一期後輩にあたる。
✧マリナス=アークレイ(44)
アルマに敗北し投獄された"鷹の翼"構成員。
優れた剣の腕と矜持を内に秘める元騎士。