✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中)   作:CABIN.

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「──総員、気を付けっ!」

場の空気を割く号令に、"宮廷騎士見習い"たちの一糸乱れぬ動き。

「王子殿下臨場、敬礼っ!」

見習い達の視線がアルマに注がれる。
扉の取っ手に手をかけたまま、アルマは小さく苦笑した。




✦第1章 ──英雄の系譜──
《第1話》王家の務め


 

 

「……訓練中だろ? 続けてくれ、息抜きに来ただけだから」

 

手のひらで払うように言い添えると、列の先頭にいた先任騎士──ゴードン=シュタイナーが一歩前へ出る。

鋼のような声音が、静寂を断ち切った。

 

「王子殿下を無視するなどとっ! 不忠、不敬の極みにございます!」

「……暑苦しいな。あと、アルマでいい」

「何を! 滅相もない!」

「……分かった、じゃあ命令だ」

 

溜め息を吐き、アルマが静かに目を合わせる。

 

「“僕に構うな。訓練を続けろ”」

「──はっ! 総員、稽古始めっ!」

 

掛け声につられて、再び鍔鳴と声が響き始める。

何人かはまだふらりと現れたアルマを横目に見ていたが、すぐにゴードンの怒号が飛んだ。

 

「……どうにも、“こっち”が肌に合うな」

 

壁に背を預け、アルマはまだ未熟な剣の軌跡を追う。

 

──幼い頃から、この空気が好きだった。

 

熱気に包まれた訓練場、硬質な剣の交錯音。

"騎士試験"合格にはまだ遠い、雛鳥の群れ。

 

アルマが、自然と疼く身体を抑えていた──その時。

 

「……とっ……と、わぁっ!」

 

アルマの足元に、情けない声を伴ってひとりの騎士見習いが転がり込んできた。

咄嗟に足を引いたアルマの目前で、泥だらけの青年が大の字になる。

 

「脇が甘いな、レイヴ」

 

青年──レイヴ=グリモアは、隣に立つアルマの言葉で、途端に表情を引き締めた。

 

「し、失礼しました! 殿下!」

「だから、アルマで良い」

 

差し出された手をおずおずと取ったレイヴは、身を起こすやいなやぺこりと頭を下げた。

 

「はは……毎度お恥ずかしい姿を……」

 

照れ笑いを浮かべるレイヴを一瞥して、アルマは──ふと、にやりと唇を持ち上げた。

 

「──いい機会だ。少し、手本を見せてやろうか」

「えっ」

 

レイヴがぎょっとした表情で声を漏らす。

懐から"小型の機器"を取り出したアルマは、それをくるりと一回しして握った。

 

「いや、あの、相手も見習いですし──」

「経験に学べば良いさ。アルマ=フィエリア、推して参る!」

『──参るな』

 

突如。

アルマの背中に鈍い衝撃が走る。

 

「おわっ──!」

 

今度はアルマが転がる番だった。

 

『随分と長い"目醒し"だな、アルマ。まだ講義は終わっていない』

 

聞き慣れた声。

いきなり背中に衝突した異物の正体は──。

 

「…………。いやはや、参ったな、"教官殿"」

 

 

──────────

 

 

それから、ものの数十秒。

仮にも王家の嫡男が、情けない格好でずるずると引きずられていく。

 

「……軽薄と言うかなんと言うか……」

「確かに腕は立つが、立ち振舞があれじゃあ」

 

“教官殿”にずるずると引き摺られていく王子を眺めながら、騎士見習いたちがぽつぽつと言葉を交わす。

 

──そんなこと、ないと思うけどな……。

 

胸中の反論を言葉にはせず、レイヴはアルマを一瞥する。

ひらひらと手の甲を振って視線に応えたアルマが、重厚な扉の締まる音と共に視界から消えた。

 

「──貴様ら! 誰が休んで良いと言った!」

 

 

ゴードンの怒号。

レイヴを含む見習い達が、慌てて姿勢を正す。

 

「たるんどる、掛かり稽古、5本追加っ!!」

「「──はっ!」」

 

修練場が、俄に活気を取り戻す。

腰に手を当てたまま、ゴードンは溜息を溢した。

 

 

──全く、たるんどる。

 

 

ここ最近の騎士見習い達は、そのほとんどが戦火の空気を、恐怖を知らぬ者。

 

……無理もないが──。

大戦から僅か二十年で、この星はすっかりと戦い方を忘れてしまった。

 

抗う術を自ら手放した国。

"習い事"と成り果てた騎士。

 

平和が日常になるにつれ、やがてこの国は──血で積み上げた栄光を、薄ぺらな紙上の伝説へとすり替えてしまった。

 

……国王陛下。この国は、本当に、これで良いのでしょうか?

 

ゴードンが、突き抜けるような青空を見上げた。

 

 

──────────

✦ピュロン王宮 書斎──

 

 

「……全く……こう辱められると威厳の欠片もないな」

 

結局、書斎まで引きずられてしまった。

洋服の埃を払いながら、アルマが恨み節を宣う。

 

『体裁を気にするなら、まずおまえ自身が威厳ある振る舞いをすることだ』

 

肩を竦め、観念したアルマが再び席につく。

 

「困ったことに、ぐうの音も出ない」

『困っているのは私だが』

 

アルマの言葉を軽く流したフォニーが、小さな身体を揺すった。

 

『では、続けよう。……まず、言うまでもないが──この世界は、“トリオン”に全てを依存している』

 

ふと、フォニーが暖炉に視線を送る。

 

『人体が生み出すエネルギー、“トリオン”。そして、それを現象に変換する“トリガー”』

 

熱を伴っていた炎は、フォニーの合図で瞬く間に分解され──暖炉の中で、浮遊する光のキューブへと再構築された。

 

『これらふたつが、我々の文明を支えている』

「……えらく勿体ぶった語り口だけど──」

 

アルマがキューブを指差す。

その動きに呼応したキューブは、暖炉にまたぞろ炎を灯した。

 

「いくら僕でもそのくらいは知ってる」

 

馬鹿にするなと言いたげに、アルマは視線で圧を送る。

 

『失礼。いくらアルマとは言え、虚仮にしすぎたか』

「おい」

『──冗談だ』

 

フォニーが冗談を口にするとは珍しい。

アルマは、ふとそんなことを思った。

 

『では、本題に入ろう』

 

その言葉に空間演算装置が呼応し、ピュロンが急速に拡大されていく。

 

やがて視点が地表を突き抜けて中枢に至った時、そこにはひとつのキューブが鎮座していた。

トリガーと聞いて思い浮かべる、"道具"の規模ではない。

映像でさえ圧倒される、法外な構造体──。

 

『これが、この大地、この星そのものを形成する──“母(マザー)”トリガーだ』

 

 

「……姿を見るのは初めてだな」

 

フォニーが、目を細めたアルマをじっと見つめる。

 

『アルマ。──仮にこれを破壊された場合、この星はどうなると思う』

 

……フォニーが、無意味な前提を挟む筈がない。

──"危機意識と、その備え"。

早朝の言葉を思い出して、アルマは静かに瞼を閉じた。

 

「……"暖炉の炎"と、理屈は変わらない筈だ」

 

頷いたフォニーが、投影図を操作する。

再び遠景に戻ったピュロンは、途端──。

 

 

砂の城を崩すように、暗闇にさらさらと流れ落ちた。

 

 

『──ピュロンもまた、こうなる』

 

アルマが、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

遠景で見る分には単なる現象だが──仮に“こう”なった時、この星に住む民は。

 

『争いが発生し、母トリガーを破壊されれば──我々も"暖炉の炎"と同じ未来を辿る。王家の者として、まずはそれを肝に銘じておけ』

 

実際の争いを経験してきたフォニーの言葉が、鈍重な圧力を伴って書斎に響いた。

 

「そうさせない為に、父さんは恒久の平和を叫んでるんだろ?」

 

フォニーから、返答はない。

その沈黙は、明確な否定の意図を伴っていた。

 

『……あらゆる国家が、それぞれに思想も信条も目的も異なる。──“争い”とは、それを達成するための“手段”だ』

 

……手段、か。

アルマは、淡々と言い放ったフォニーの言葉を反芻し、小さく俯いた。

 

「……手段というなら──交渉なり、他の"道"もある」

『交渉で済むならそうするだろう。しかし──』

 

フォニーが、再び星間軌道図を俯瞰図に戻す。

 

『既に侵略を決断した国家にとって、和平の主張など何の意味も為さない。事実として──この世界では、今も数多の国家が命を削り合っている』

 

綺羅びやかな星々が、時折赤黒く明滅する。

アルマは、暫しそれらに想いを馳せると、静かに口を開いた。

 

「……仮に交渉で済まない時が来たとして──その時はどうすれば良い?」

 

返ってくる答えは明らかで、それでも。

瞼を閉じたアルマは、その答えをフォニーに委ねた。

 

『──それを決めるのが、王家の務めだ』

 

 

──────────

✦とある星の戦場──

 

 

 

──ほとんどの兵士が、僅か数秒で骸と化した。

 

また、遠くで爆発音が響く。

血の匂いと鉄の味だけが支配する絶望の荒野で、男はなおも悠然と歩み寄るトリガー使いを睨みつけた。

 

「……“星の杖(オルガノン)”の死角が足元という判断、陽動部隊の配置──なかなか、悪くない戦術でした。“傭兵国家”を名乗るだけのことはある」

 

漆黒の外套を纏った老兵は、砂煙を緩やかに払い除けると──日常と見紛うほどの、ひどく穏やかな口ぶりで言う。

 

……この老兵は──。

 

「……しかし──アフトクラトルに手を出すべきではありませんでしたな」

 

──化け物だ。

 

 

──────────

 

 

まだ、“星核”が揺れている。

 

男は、不規則に微動する床を這う。

朦朧とする意識は、もう間もなく永遠に閉ざされるだろう。

 

その確信がありながら、男は自身が垂れ流した血の海でなおも藻掻き、どうにか無線機に手をかけた。

 

「……こちら、急襲部隊……襲撃は失敗、繰り返す、襲撃は、失敗──」

 

掠れた声でそれだけを伝え、男は力なく無線機を手放す。

 

──自惚れていた。

 

男は、血を吐きながら仰向けになる。

……初めから、手を出すべきではなかったのだ。

 

「…………畜生…………」

 

『……"神の国"の異名は伊達じゃなかったな』

『もうノティアスは持たない! 急げ!』

『“神”候補が軒並やられた。どうする』

『──星を手放す他あるまい』

 

 

無線機から響く、阿鼻叫喚の声。

この部屋に、それを聞く生存者はもういなかった。

 

 

 





【登場人物】
✧レイヴ=グリモア(16)
 ピュロン宮廷騎士見習いのひとり。
 才能に乏しく、良く転げ回る。

✧ゴードン=シュタイナー(42)
 本日の先任騎士。
 大戦時代から騎士に殉じる古参のひとり。

✧歴戦の老兵(??)
 アフトクラトルの精鋭。
 "星の杖"と呼ばれる戦闘用トリガーを扱う。

【用語解説】
✧トリオン
 人体の"見えない臓器"で生成されるエネルギー。
 この世界のほとんどを形成する重要な資源。

✧トリガー
 トリオンを変換する装置の総称。
 生活から戦闘に至るまで、あらゆる文明の中枢。

✧母トリガー
 星を形成する巨大なトリガー。
 これを失うと星そのものが消滅する。

✧宮廷騎士
 双星ピュロンの平和と治安を守る騎士の総称。
 騎士試験を経て正騎士となり、騎士団に所属する。

✧先任騎士
 見習い達の教育を担当する宮廷騎士。
 日直制の持ち回りとなっている。

✧ノティアス
 ピュロンから遠く離れた"傭兵国家"。
 "神の国"を強襲したが大敗。

✧アフトクラトル
 ノティアスの襲撃を受けた"神の国"。
 瞬く間にノティアスを制圧。

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