✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
「──昔──貴様──気に入らな──。仮に団長──だとしても──」
……何言ってんだか、分かんねぇよ。
シーザーは、周囲の雑音と断続的な耳鳴りに襲われながら──敵意を剥き出しにするセイルの姿を眺めていた。
瞼を閉じる。
より一層、耳鳴りは強くなる。
……長く、起きすぎた。
うたた寝程度じゃ回復しない、極度の疲労感。
何を言ってもこいつはどうせ納得しない。
……早く、終わらせて帰ろう──。
「──に認めら──、結局は貴様──」
「──もう、御託は良いよ。……換装しろ、セイル」
「──!? ────」
イリーナが何か伝えようとしている。
シーザーは、かろうじてそれだけを理解して──。
「……トリガー、起動(キネソン)」
──静かに、戦闘体を纏った。
──────────
✦6年前──
「──"副作用(サイドエフェクト)"?」
見習い時代。
時の先任騎士──アルバート=フォルマッジオから個別呼び出しを受けたシーザーは、聞き覚えのないその単語を復唱した。
「ああ。──優れたトリオン能力を持つ者にのみ、稀に出現する特殊な力をそう呼ぶ」
ぼんやりと思考を回したシーザーは──ぽかんとした表情で、アルバートを見つめ直す。
「……なんか、おれに関係する話ですか?」
気の抜けた表情で言うシーザーに、アルバートは苦笑いを浮かべる。
「……まるで頓着がないな。──生活していて、他人と違うと思うことは?」
「……あー……。大体寝不足ですね」
「いやもっと……何かこう、ないのか。──本旨以外でもだいぶ特殊だぞ、君は」
普段こそぼんやりとして見えるが──生まれ持つ非凡は明らか。
数回の実技指導だけでも、アルバートは確信していた。
幾らか逡巡したシーザーは──ふと、その感覚の一端を口にする。
「……時計の音が気になって」
「時計?」
「はい。寝るとき、気になりません?」
「──まぁ、分からないでもないよ」
「一度意識しちゃったらおしまいで、段々大きくなるんですよ──針の音が、心の中で」
「……誰にでもあること、と言いたいけれど──」
アルバートが、暫しの間考え込む。
……あぁ、まただ。
シーザーが、こめかみの疼きを押さえる。
……修練場で、バカみたいに騒ぐ奴らの声が──。
「──それだ、君の"副作用"」
「……はい?」
思い至って呟くアルバートに、シーザーの意識が戻る。
「──戦闘訓練中、君にはどんな景色が見えてる?」
「どんな、って……普通ですよ」
そう応えた直後。
先程のセイルとの模擬戦を振り返ったシーザーは、ふと思い出した。
「──急に、周りが静かになる。……いや、違うな……相手から届く音が、大きくなる……気がしますね」
「……うん、辻褄が合うな。普段の君の様子からも」
シーザーが首を傾げる。
アルバートは、あまりにも"戦闘向き"なその天賦に──軽い、嫉妬を覚えた。
同時に、その名が示す通りの──大きすぎる、"副作用"を憂いた。
「……おそらく、君は──」
──その日。
シーザーが生まれ持った特異なその感覚に。
──"一極集中体質"、と言う名が付いた。
──────────
✦ピュロン王宮 修練場──
──野次馬の雑音が、煩い。
イリーナが、まだ何か叫んでいる。
"その体質は、強力な分だけ──同量の代償が、君自身を蝕んできただろう"
疲労と耳鳴りで拡散する意識の中で、シーザーは──あの日のアルバートの言葉を思い出していた。
時計の針を、ざわめく木々を、意識しちゃ駄目だ。
そう意識する程に、かえって存在は大きくなる。
そうして寝不足に陥り、"集中の焦点"が拡散すれば──。
今度は、不規則に四方から飛び込む情報に襲われる。
……思考は霧散し、何一つ、制御が効かなくなる。
そうなった日の訓練成果は、酷いものだった。
……だから、嫌いなんだよ。
夜警も、騒がしい場所も──。
「──シーザーッ!!」
「──!」
自身の名を呼ぶイリーナの声が、シーザーの"焦点"を引き戻した。
換装し終えるや否や飛び掛かったセイルが、眼前に迫っている。
──硬質な音が、雑音を切り裂いた。
刺突剣による突進。
シーザーの剣との接点、込められた力任せの圧力が、掌に振動を、脳に警鐘を届けた。
「──けしかけておいて呆けるな。……まさにそれだ! ボクは貴様の全てが気に入らないっ!!」
……今度は、その声がはっきりと聞こえる。
鍔迫り合いの感触も、正しく体に伝わる。
「……夜警明けなもんで。悪いね」
……ああ、世界から──音が、消えていく。
──セイルは、途端に背筋が凍るような感覚を覚えて後方へと飛び退く。
……ほんの一瞬で、冷や汗が吹き出した。
見習いの頃から、貴様はそうだ。
この感覚を、何度も──。
──無音の、世界。
深い集中の海に落ちたシーザーの瞳は、もう、ただセイルだけを見ていた。
「……っ……!! ──せやぁああっ!!」
叫び声をあげて、セイルが突進する。
五月雨のように突き出される刺突剣が果敢にシーザーへと向けられ──しかし、ことごとく空を切った。
……直前まで止めようとしていたイリーナでさえ、その光景に戦慄する。
イリーナは、セイルの力量を良く理解していた。
他ならぬ自身が、見習い時代から──彼の刺突剣捌きに、圧倒される側だったのだから。
騎士としての経験を経て、セイルの剣捌きはますます研ぎ澄まされている。
……それを──ほとんど、"躱してすらいない"。
突き出される刺突剣の軌道を、ほんの僅かな剣先の接触のみで逸らしている。
──脱力したまま突き出された騎士剣に尽く邪魔をされ、攻撃が全く届かない。
その事実が、セイルを更に激昂させた。
「……貴様ばかりがっ! ──その、与えられただけの天賦でっ!!」
刺突。
切り下ろし。
当て身。
セイルがあらゆる手段を講じて尚──。
いなし、初動以前に鍔を抑え、容易く払う。
……シーザーは、その場から──一歩も動いていない。
その場にいる全員が固まっていた。
ぼんやりと眺めていたジョナサンでさえも、息を飲んだ。
──垣間見る、宮廷十騎の片鱗。
……格が、違う。
見習い達が、レイヴが、一様に"騎士になった自身の姿"を見失う程の──。
「……天賦ね」
ぽつりと、シーザーが声を漏らした。
「──!?」
ほんの一瞬前まで間合いの外にいたシーザーが──瞬きひとつする間で、突如至近距離に現れる。
ほとんど怯えに近い反射でセイルが後退ろうとした時──。
セイルの目には、音もなく自身の胸を貫いたシーザーの剣が映った。
──セイルの戦闘体が、淡い光を放ちながらヒビ割れ、爆散する。
生身を放り出されたセイルが、ガチガチと歯を鳴らした。
……ボクだって、死ぬ気で、努力してきたんだ。
貴様のような昼行灯に負けない為に。
騎士になるまでも。……なってからも──。
なのに、貴様ばかりが全てを持っている。
……全てを持っていく──。
「……ボクと貴様で──一体、何が違うって言うんだ!!」
「……知らんよ、そんなもん」
「ふざけるな! こんな、こんな──!!」
騎士剣をどうにか鞘に収めて、シーザーがその場に座り込む。
慌てて駆け寄るイリーナが視界の端に映って、また──セイルの声が遠退いていく。
……そんなに欲しけりゃ、くれてやれりゃ良いのに──。
「シーザー!? おい、しっかりしろっ!!」
肩を揺さぶられる感覚と、どうしてか落ち着く声。
……それだけの、世界。
それすらも遠退かせて、限界を迎えたシーザーは、拡散し切った"焦点"を微睡みに溶かした。
【登場人物】
✧アルバート=フォルマッジオ(当時19)
シーザー達の先輩騎士。
見習いの才能を見抜く事に長けた人格者。
【用語解説】
✧副作用(サイドエフェクト)
優れた才能を持つ者にのみ稀に顕現する特異体質。
人間が本来持つ能力の延長線にある。