✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
ニアが"鷹の翼"に接触した頃。
「──ほんっとなんなのあの人は!」
交流艇乗り場の玄関に立つミレディ=エンシェントは、靴底で床を叩きながらぶつぶつ文句を零していた。
✦十分前──
「あっ! ちょっと用事を思い出しちゃったので、ミレディさんは先に向かっといて貰えますかね?」
間もなく交流艇乗り場につこうとした頃。
ニアが、わざとらしく手を叩きながら言った。
「……いやいや、離れたら護衛の意味ないでしょ? それなら私も──」
「──それが、離れる意味のある用事でして」
言葉を遮られたミレディは、怪訝な表情でその笑顔を見つめる。
……離れる意味のある用事って何よ。
「……次の便までそんなに時間ないけど」
「大した時間はかかりません。──二十分で戻りますから!」
騎士としての矜持、護衛としての責任。
様々な思考がミレディの中で交錯する。
好き嫌いは、一旦脇に置いて。
ミレディが認識する"使節卿の突飛な行動"は、事が済んで振り返ってみれば論理的に正しかった、と言う事が多い。
……必要な説明を、面白がって省くけど。
既に遠く離れたニアの背中に、ミレディは大きな溜息を溢した。
──────────
✦王都北地区 裏路地──
「──やめた方がいいですよ、ミハエルさん」
ニアが、懐のトリガーに手を伸ばしたミハエルに呼び掛ける。
「……お前を始末するのに数秒もかからない」
「その数秒のトリオン反応に気付かないほど、今の騎士も落ちぶれてはいませんよ」
「気付いたとして、私達に勝てる気でいるのか」
裏路地のじめじめとした湿気が、掌に汗を纏わせる。
──ふと、ミハエルの前にハイルディンの腕が伸びた。
「挑発に乗るな」
ミハエルの言葉通り、生身のニアを始末することは容易 い。
仮に周辺の騎士が駆け付けたとしても、戦闘になればまず"鷹の翼"が勝つだろう。
……だが。
仮にニアが"鷹の翼"の計画を察知していたなら、それをそのまま王宮に伝えればそこで終わっている。
殺害されるリスクを背負ってまで、わざわざ直接接触してきた理由は──。
ハイルディンは、ニアを睨みつけたまま口を開いた。
「説得にでも来たのか? それとも宣戦布告か?」
「──順を追って話しましょう」
後ろ手を解いたニアが、人差し指を立てて言う。
表情に反して冷ややかな目が、僅かに細まった。
「第一に、ハイルディンさん。貴方が"鷹の翼"を率いていること、実は発足当初から知っていました」
ハイルディンがぴくりと眉を動かす。
……何処から情報を──。
「乱星国家とのパイプを持っているのは、貴方がただけではありませんからね」
内心の問いに、ニアが応えた。
ハイルディンは、目の前の"にやけ面"が、外交を司る"使節卿"であることを思い出す。
「第二に、こちらの目的ですが──耳寄りな情報がございまして」
「……情報?」
「はい。──まずは、こちらを」
ニアが徐に腕輪を撫でると、呼応するようにひとつの映像が投影された。
戦場の記録。
裏路地が、阿鼻叫喚の叫び声と血に染まった。
「……数日前、傭兵国家ノティアスは"神の国"に大敗を喫しました」
「──!?」
ハイルディンが、連なる影達が、大きく目を見開く。
「彼らは故郷を放棄し、巡航艇の大群で一斉にこちらへ向かっています」
沈黙が、場を支配する。
「……勿論──彼らの目的は、貴方がたへの協力ではありません」
映像の出力を停止したニアは、ハイルディンと視線を合わせた。
その表情に、もう笑みは浮かべていない。
「終末は、神の国によってではなく──彼らによって訪れます」
ハイルディンの右手が、無意識に額の汗を拭った。
──────────
✦一年前──
「──どうにもお気楽が過ぎるな、この国は」
リゾーマの観光街、民宿の一室。
窓から観光客を眺めていた旅客──ノア=ローランドは、何処か苛立ちを含んだ声で言った。
「防衛設備も、トリオン兵も見当たらない。……あんたら、侵攻を受けたことがないのか?」
窓枠で頬杖をつきながら、ノアは呆れたようにハイルディンを見る。
「……ある。二十年近く前には、この一帯も焼け野原になった」
……業火の記憶を辿る度、古傷が疼いてならない。
椅子に腰掛けたまま、ハイルディンは小さく俯いた。
「だったら尚更、痛みを忘れるには早すぎるな」
「……忘れていない。──ただ、目を背けている」
ハイルディンが、一際大きな溜息を溢す。
……かつて、大戦の最前線に立った"獅子王"は──。
王子が、王女が誕生し、王妃に先立たれ。
その度に平和主義へと傾倒していった。
「滅びるまで目を背け続けるつもりか? 羽休めで翼を折るようじゃ本末転倒だ」
「全面的に同意する。──故に、ノティアスと手を組みたい」
立ち上がったハイルディンが、ノア──ノティアスの依頼窓口に強い視線を送る。
ノアは、その瞳の奥に燻り続ける炎を見た。
……俺達としちゃ、報酬が貰えりゃそれで良いんだが。
「取り次ぎはするよ。とは言え──」
幾らか逡巡したノアは、また窓の外へ視線を戻す。
危機意識も、備えもない、それでも安穏な日常。
戦火にしか生きられないノティアスの傭兵達にとって、それはいっそ眩い光のようにも思えた。
……平和施策で盲目になった彼らにとってみれば、ハイルディンの行動は──。
「……独断で国家の方針に背けば、別の軋轢を生むぞ。そりゃ反逆者のやり方だ」
ハイルディンが、静かに瞼を閉じる。
「反逆者で構わん。……仮に現体制を破壊してでも──俺が、この国を立て直す」
"……今のままでは、この国は悲惨な終末を迎えるわ"
今は亡き王妃の涙が、ハイルディンの脳裏に過ぎった。
【登場人物】
✧ノア=ローランド(当時25)
リゾーマに滞在する旅客。
ノティアスの民で、傭兵業の窓口を担当する。
【用語解説】
✧乱星国家
固定の軌道を取る"惑星国家"と対になる存在。
星そのものが船のように自由な軌道を取る。
ノティアスもこの内のひとつ。