✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
『──クラリスがやられた。一時撤退戦に入る』
マクセルからの、クラリス撃破の一斉通信。
報せを受けた王都中の騎士達が、一様に驚愕する。
……あの、クラリスが──。
✦3年半前 修練場──
「──そこまで! 八対ニ、勝者クラリス!」
試合終了を報せる、審判の声。
「……流石は正騎士。初めて二本も取られましたわ」
ヒュン、と細剣を振って、当時まだ十ニ歳だったクラリスが敗者を見下ろす。
修練場に、どよめきが広がっていた。
……見習い期間、僅か三ヶ月。
才能で言えば騎士の中でも──。
愕然とした表情でその姿を見上げた敗者──オリバー=ローゼスは、諦観の交じる笑顔を浮かべて立ち上がった。
「……騎士試験突破、おめでとう。素晴らしい才能だ」
「恐縮です。良い試合でした、先輩」
オリバーとクラリスが、健闘を称え合い握手を交わす。
……その華奢で幼い掌からは、想像もつかない戦力。
物見遊山で騎士試験を見学に来ていた騎士達も、驚愕にあんぐりと口を開いていた。
「……王子で一年だったっけ?」
その様子を眺めていた騎士──シーザーが、隣に立つロレンスに訊ねる。
半年ほど前、アルマと同時期に騎士試験を突破したロレンスは、その当時を思い出して口を開いた。
「八ヶ月くらいじゃなかったっけな」
隣に立つシーザーと、超新星の少女。
それらを交互に眺めた後、ロレンスは虚空に視線を送る。
シーザーですら、騎士試験を超えるまでに二年。
……俺に至っては、四年近くかかった道を──。
軽々と踏み越えてゆく、眩い光。
「──勝ち越しで突破か」
背後からの声。
振り返ったシーザーとロレンスは、声の主──イリーナに視線を合わせた。
「お、サボりか?」
「お主も悪よのぉ」
「お前らと一緒にするな」
二人の背中をパシンと叩いて、イリーナもまた喧騒を眺める。
選抜騎士との一騎打ちとなる最終試験の合格基準は、十本先取制で三本以上。
イリーナが知る限り。
ここ数年で最終試験を勝ち越したのは、シーザーと、アルマの二人のみ。
……選抜騎士の運と噛み合わせにも依るが、僅か数ヶ月で正騎士相手に八対ニとは──。
「……彼女も、お前と同類か」
「多分な」
華やかな所作で観衆に笑顔を振りまくクラリスを眺めながら、シーザーとイリーナが言葉を交わした。
──────────
──"超直感"。
クラリス=フランソワの持つ副作用は、後にそう名付けられた。
潜在意識が認識したあらゆる情報を思考さえ介さず処理し、"直感"として出力する。
取り込んだ情報が増える度、彼女の直感は冴え渡ってゆく。
天性の戦闘体操縦技術も相まって、それから一年と経たず──彼女に触れられる騎士は、次第にいなくなっていった。
──────────
✦王都北地区 ディモフィル街道──
……やってしまいましたわ。
ミレディに抱えられたクラリスが、無力さに歯を食い縛る。
「ミレディ! 先に行け!」
襲い来る狙撃と剣斧をかろうじて凌ぎながら、マクセル達が裏路地を目指す。
ミレディが、小さく頷いて走った。
……この位置なら、狙撃はない。
射線と"鷹の翼"三人の位置を確認したマクセルが、振り向きざまに重盾を構える。
「──必ずまた会おう、ハイルディン」
言葉と共に、マクセルは構えた重盾を蹴り飛ばした。
ハイルディンが大斧でそれを弾いた次の瞬間、視界の先には──もう、マクセルはいなかった。
「……追うか?」
「いや、まだ増援が来る。──此処で迎え撃つ」
ミハエルの確認に、大斧で石畳を叩いたハイルディンが応える。
片足のガルシアが、ようやく二人に追い付いた。
──────────
✦王都北地区 裏路地──
「……ごめんね。私のせいで──」
"貴女がお荷物になりますよ"
"鷹の翼"が追って来ないことを確認しながら、ロレンスの発言を胸中で繰り返したミレディが俯く。
「いえいえ、そのような」
日常の如く、クラリスはミレディに笑い掛けた。
「……ミレディさんのお陰で御三方を崩せましたし──伏兵の件は、私が迂闊でした」
「──いや、その責は僕にある」
重盾を再生成したマクセルが、静かに自責を零す。
……まさか、ここまでの戦力を騎士に向けてくるとは──考えが甘かった。
『……ひとまず、難は逃れた。ハイルディン達は街道に留まっているが──全騎士、伏兵に警戒。狙撃手もいる』
『……狙撃手……!?』
『──ミレディは無事ですか、副団長』
『無事だ。クラリスも怪我はない』
騎士達の通信を聞きながら、ミレディがクラリスに視線を落とす。
……彼女の"超直感"は、予定調和の世界では無敵に等しいが──副作用は、理外の超能力ではない。
知り得ない情報、有り得ない状況に対しては直感が全く作用しない。
何らかの不確実な危機を察しても──言語化不可能故に、自身でさえその予兆を分析出来ない。
物心ついて以来、その直感に深く依存してきたクラリスは──"直感の外側"に対処する術を持たなかった。
「……私は心配には及びませんわ。──副団長の補佐を宜しく頼みます、ミレディさん」
明らかな気遣いの言葉に、ミレディが瞼を閉じ──小さく、しかし力強く頷いた。
「任せて。貴女も無事に帰すから──絶対に!」
──────────
✦ピュロン王宮 政務殿──
その頃、政務殿では。
刻一刻と変化する戦況を、全員が注視していた。
「──弾道を解析しろ」
「はいな」
政務殿に呼び出された案内嬢──ペネロペ=パンナコッタが、エルゼンの指示で入力装置を叩いた。
クラリスが撃たれた地点から逆順に伸びた直線が、王都北地区の鐘楼塔に重なってマーカーを落とす。
「狙撃手は鐘楼台かしらね」
「着弾点からの距離は」
「──九百八十。凄腕みたいね」
……狙撃銃そのものが脅威だが──。
エルゼンが、眉間に皺を寄せた。
「トリオン反応は?」
「待ってね」
──地形図に、過去の反応が時系列順で映されてゆく。
撃発の瞬間以外、レーダーは全くの無反応。
……トリオン反応を遮断する隠密装備か、あるいは──。
エルゼンは、最後の反応に最も近かった青色の光点──最寄りの騎士に、個別通信を繋いだ。
『──アルバート。そのまま鐘楼塔に向かえ、狙撃手はその近辺にいる』
『え!? しかし、ミレディが──』
『無事だとマクセルが応えた筈だ。──行け』
『……えぇ……まぁ……アルバート、了解』
もごもごと難色を示しつつ、アルバート=フォルマッジオが通信を切った。
……戦線が拡大し過ぎる。
眉間を指で押さえながら、小さく息を吸ったエルゼンは──続けて、別の騎士に個別通信を繋いだ。
『状況は聞いているだろう。……緊急故、出撃を許可する。──街道の鎮圧に向かえ』
通信越しの、沈黙。
浅い呼吸の音がして、それから。
『…………イリーナ、了解』
──消え入るような声が返った。
【登場人物】
✧オリバー=ローゼス(当時21)
クラリスの最終試験を担当した選抜騎士。
模範的守衛手として当時から定評がある。
✧アルバート=フォルマッジオ(25)
シーザーの先輩騎士。
戦況よりミレディの安否を心配し続けている。
✧イリーナ=ベルベット(20)
独断専行により巡察任務を解かれた女騎士。
寝落ちしたシーザーを介抱中。
【用語解説】
✧騎士試験
見習いが騎士に至る登竜門。
幾つか項目があり、最終試験では選抜騎士と対決する。
✧選抜騎士
様々な条件で騎士の中から選ばれる最終試験の番人。
十本先取で選抜騎士から三本以上取れば騎士試験合格。