✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
「……行ってくる」
ぽつりと、イリーナがセイルの背中に言葉を投げた。
しかし返事はない。
「不本意なのは分かってる。でも──シーザーを見ててやって欲しい」
──静かに、扉の閉まる音がした。
✦ピュロン王宮 騎士集会所──
戦闘体は破壊され、この非常時に出撃すら出来ない。
隣で寝息をたてるシーザーの顔を眺めながら、セイルはひとり自責の念に押し潰されていた。
……何をしてるんだ、ボクは。
私闘で戦う術を放棄し、そうまでして得たのは──完膚無きまでの敗北のみ。
何の為に騎士を志したのか。
……少なくとも、こんな想いをする為では無かった。
──────────
✦八年前 修練場──
セイルが、騎士見習いとなってすぐの頃。
先任騎士と見習い達の、模擬戦闘訓練。
「──ぬるいっ!!」
「ぐえっ!!」
時の先任騎士──ガルシア=エヴァンスの当て身に吹き飛ばされた見習いのひとりが、勢い良く転げた。
「訓練で及び腰じゃ話にもならんぞ! 次!」
見習い達が体を震わせ、おろおろと互いに目線を送り合う。
「……いや、勝てる訳ないじゃん……」
「イジメだよこれ……」
力の差は歴然。
その場の誰もが二の足を踏む。
「どうした! 骨のある奴はおらんのか!」
ガルシアが声を張り上げても、どよめきだけが広がる。
そんな中──。
「──セイル=ランページ、行きます!」
ふと、セイルが手をあげて叫んだ。
「……ランページ?」
ガルシアが眉を動かす。
初めて見かける、まだ幼い新米見習い。
ただ、その名に、顔つきに、良く知る面影があった。
「──ジェイクの倅か!」
「はい! 顔も知らないですけど!」
力一杯叫ぶ少年に、ガルシアが顔を綻ばせる。
大戦で惜しくも散ったジェイク=ランページは、かつてガルシアの好敵手だった。
「よし、ならば手加減せん! 全力で来い!!」
「はいっ!」
「……いや、手加減はしろ。殺す気か」
腕を組んで眺めていたミハエルが、呆れながら諌める。
──剣戟が交差する。
まだ拙い立ち回りで、何度となく転げ回りながら、それでもセイルは果敢にガルシアへと挑んだ。
……それから、しばらくして。
「──鍛錬して出直してこい、セイル!」
「……あ、ありがとう……ございました……」
投げ飛ばされたセイルが、大の字になる。
自身が生まれる前に亡くなった父を、顔も知らない。
それでも──父は、騎士として勇敢に戦ったのだと。
命を賭けてこの星を守ったのだと、母から何度も聞かされてきた。
……ボクも、そうありたい、そうなりたい。
今はまだ遠く霞んでいても、いつかその背中に並び立って──。
「──次!」
「……ミレディ=エンシェント、行きますっ!!」
「ようやく覚悟が決まったか! 全力で来い!」
また、剣戟の音が修練場に響く。
──セイルの霞む視界に、ふと同期生の顔が割り込んだ。
「……大丈夫?」
心配そうに水を差し出す少女──イリーナに、セイルが慌てて上体を起こす。
「──へ、平気さ、このくらいは。ありがとう」
「どう致しまして。……加減って言葉を知らないのよ、あの人は……」
ガルシアに視線を移したイリーナが、呆れたように溜息を零す。
水を受け取りながら、セイルはその横顔をただ眺めていた。
──────────
✦ピュロン王宮 騎士集会所──
「……ボクは何の為に騎士になったんだろうな。──なぁ、シーザー」
イリーナが去った扉を一瞥して、セイルが項垂れる。
……戦闘体の再生成まで、あと何時間かかるだろう。
有事に動けない騎士に、何の意味があるのだろう──。
「知らんよ、そんなもん」
ふと、そんな声が返った。
はっとしたセイルは、目を開いたシーザーに視線を戻す。
「……起きてたのか」
「今起きた。──通信がうるさい」
上体を起こしたシーザーが、大きく背伸びする。
「おれが寝てる間に何があった?」
「……ボクが知る訳ないだろう。貴様に戦闘体を破壊されたせいで通信が聞こえないんだから」
「そう言えばそうか」
憎まれ口を叩きながら、セイルはまた自己嫌悪に囚われた。
……自分で蒔いた種だって事は分かっていて、それでも──。
あの日。
遅れてやってきたシーザーの、ガルシアとの熱戦も。
それを眺める、イリーナの眼差しも──。
いつだって、セイルの劣等感を刺激して止まない。
……だから、ボクは貴様が嫌いだ。
「……詳しくは知らないが──ガルシアさん達が、王都で暴れているらしい」
「なんだそれ。イリーナは?」
「もう、出撃したよ」
シーザーが、項垂れるセイルに視線を送る。
……通信に意識を傾ける限り──戦況は、混沌を極めていた。
「──じゃあ、おれも行くか」
「夜警明けじゃなかったのか」
「熟睡したらマシになった」
騎士剣を生成しながら、シーザーがあっけらかんと言う。
「……半端なコンディションで戦場に出るな。死ぬぞ」
「だからだよ」
シーザーが肩を回す。
「相手がガルシアさん達で、イリーナが本気出せる訳ないだろ。──あいつ、なんだかんだで甘いから」
横をすり抜けようとする肩を、セイルが掴む。
食い込んだ指に、シーザーは目を細めた。
「なんだよ。離せ」
「……貴様が、気に入らない」
「そんな事言ってる場合か?」
「──分かってる!」
セイルが叫んで、それから──指先の力を緩める。
……自身の無力に、セイルは胸が締め付けられた。
「……イリーナを必ず連れ帰れ、昼行灯。……頼む」
「任せろ」
今度は、シーザーがセイルの肩を叩く。
扉を見据えた目は、もう"昼行灯"のそれではなかった。
『団長、おれも出ます』
『シーザーか。分かった、油断するな』
『はい』
──また、扉の閉まる音がする。
項垂れたまま、セイルは歯を食い縛っていた。
【登場人物】
✧ジェイク=ランページ
息子の顔を見る事なく大戦で散った騎士のひとり。
ガルシアやミハエルと肩を並べる豪傑だった。
✧セイル=ランページ(20)
シーザーとの私闘に敗北したジェイクの一人息子。
宮廷十騎にこそ選ばれなかったが、彼もまた有力な騎士。