✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
意識の輪郭は曖昧で、景色が静かに移ろっている。
これは夢だ──そう、すぐに気が付いた。
「──早く準備なさい、ソフィ」
呼びかけられ、物陰からひょっこりと現れた少女は──記憶よりもずっと貧相で、しかし幸せな笑顔を浮かべている。
「わたし、おひめさまみたい……!」
小さなエプロンドレスがふわりと舞う。
ほんの少しだけ、夢を見れる気がしていた。
──そんな年頃だった。
「──ソフィッ!」
叫び声。
少女は、その小さな体を一層縮めた。
「……ごめんなさい」
「浮かれるなと何度言えば分かるんだ! お前は今日からフィエリア王家の侍女なんだぞ!?」
「……ごめんなさい、ごめんなさい……」
養父は、気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起こした。
養母は何も言わず、感情のない目で私を見ていた。
──息の潜め方と、謝り方。
あの頃、それだけが私の生きる術だった。
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「──君の両親は、とても素敵な夫婦だったんだよ」
執事長が、蓄えた白髭をさすりながらしみじみと言った。
幼い私は、涙をこらえて俯いている。
「──いや、"彼ら"のことじゃない。すまないね、配慮が足りなかった」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「……ソフィ」
しわくちゃの、けれど大きくて温かい手が、ぽろぽろと涙を流す少女を優しく撫でた。
「つらかったろう。これからは、もう──ここが、君のお家だ」
──その暖かさを、今でも覚えている。
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「王子様、お召し物が」
「いいよ 襟なんかどうなってても」
「いけません」
「なぁ、そんなことより一緒に遊ぼうぜ」
「遊びません。王子様は、私とは身分が違いますから」
「つまんないやつだなぁ あと、アルマでいいよ」
──王子様は、昔から垣根のない方だった。
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生まれたての王女が、目の前で泣いている。
どうやってあやせば良いのか、誰も知らなかった。
泣き疲れて眠るまで、無我夢中であやした。
穏やかなその寝顔を崩すまいと毛布をかけた。
目を醒ました王女様は、太陽みたいに笑った。
──私は、ただそれだけで、この方のために生きようと思った。
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「……私が、王女様の専属侍女ですか? でも──」
「私が推薦したんだ。頼んだよ、ソフィ」
──執事長は、柔和な笑顔で言った。
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「ねぇ、ソフィ? 私、街に出てみたいの」
屋上から見下ろす、王都の街並み。
王女様の目には、好奇と羨望と、それから──。
……ほんの少しの、諦め。
──私は、言葉に迷った。
王女様が抱える閉塞感も、陛下の言葉なき想いも、
世界への好奇心も、王都の影に燻る反感も。
その全てを知りながら、私は。
「──いつか、一緒に行けたら良いですね」
……そんな風に、濁した。
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記憶の狭間で揺れていた。
ふと、誰かの声が聞こえた気がして──。
柔らかな光の揺り籠が、そっと意識を揺り起こす。
徐々に覚醒する意識のさなかで、誰かが──はっきりと、私の名前を呼んだ。
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✦ピュロン王宮 執事長室──
「……ん……」
「──ソフィ!」
見慣れた天井。
覚醒し始めた意識が、ソフィの瞼を薄っすらと開いた。
その隣で、老齢の執事長──シルバ=コミュールは、安堵の溜息を溢す。
「目を覚ましたか……。良かった」
「……シルバさま?」
どうやら、身体を揺すられていたらしい。
肩に、柔らかな掌の体温が残っていた。
夢の記憶は曖昧だが、ずっとその暖かさを感じていたような──。
「──そう呼ばれるのも随分久しぶりだな」
感慨深げに言うシルバに、数秒遅れではっとしたソフィは──赤面して、ひとつ咳払いをした。
「……失礼しました、執事長」
「ふふ、訂正しなくとも良いのに」
ようやく意識がはっきりして、ソフィが起き上がる。
……私は、何をしていたんだっけ。
中庭で王女様に羽織を預けて、それから──。
「レイヴくんが、廊下で倒れていた君をここまで運んできてくれたんだよ」
聞き慣れない名前。
……それよりも──。
「……私、倒れて……」
「ここ最近、働き詰めだろう? ……ソフィ、君は少し休みなさい」
「──!」
記憶の断片が繋がるにつれ──ソフィの顔が、みるみる青ざめていく。
……あの後、貨物の受け取りを任されて──。
「──執事長、王女様はどちらへ……!?」
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✦"王都行き"定期輸送便──
「──わぁっ……!」
馬車の荷台、幌の隙間から、アイルの瞳が宝石のように輝いた。
正門の跳ね橋を抜けた先。
広がる、華やかな城下町。
果物を売る露天商、人混みの喧騒、立ち並ぶ建物──。
屋上から眺めていた、知らない世界。
アイルにとって、全ての景色が刺激的だった。
……でも──。
"いつか、一緒に行けたらいいですね"
いつだったかソフィにかけられた言葉が、アイルの心をちくりと刺す。
「……ソフィ、怒るかな……」
別の仕事に向かってしまった背中を思い出したアイルは、ふるふると頭を振った。
……ううん、遊んでくれないソフィが悪いの。お兄様も。
私が中庭にいなくたって、気にもしないわ。
──また、何かがちくちくと心に刺さった。
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✦ピュロン王宮 中庭──
──この中庭は、吹き抜けを通る風がとても心地良い。
気温には不釣り合いな額の汗を拭って、青年──レイヴは、誰もいなくなったベンチに腰掛けた。
騎士見習いの一日は長い。
朝の稽古に始まり、兵舎掃除に給仕の手伝い、学問を挟んで、それから──。
「……はぁ……」
まだまだ、騎士への道は遠く霞んでいる。
レイヴはため息交じりに空を見上げた。
──"王子殿下に至っては、十三の頃には騎士試験に合格なさったんだぞ!"。
朝の一件の、その後。
ゴードンはそう言って、陰口を叩く見習い達を一括した。
──俺は、もう十六になるのに。
レイヴが、ひとり猛省する。
鳴かず飛ばずで四年半。
これで騎士団長になろうなんて──。
「……くよくよするな。"夢は追うもの"だろ、レイヴ!」
頬を叩いて、レイヴが独りごちる。
それは、あの日──アルマにかけられた言葉だった。
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✦三年前──
「──将来の夢は! エルゼン団長のような、立派な騎士団長になることですっ!」
所信表明の日。
沈黙に、どっと笑いが巻き起こった。
「団長ぉ!? お前がぁ!?」
「あっはっは! 夢見てんなよ!」
笑い転げる同僚達に、レイヴは酷く赤面する。
おろおろと観衆を泳がせた視線が、アルマを捉えた。
猫のように、時折ここを訪れる王子殿下。
……よりにもよってこんな日に──。
目が合ったアルマが、レイヴに歩み寄る。
「騎士団長ね」
「……あ、いえ……俺は、その……」
しどろもどろに応えるレイヴの胸を、アルマの拳がとんと叩いた。
「上等。──口にしたからには、その夢、しっかり追いかけろよ」
俯いていたレイヴが、顔を上げる。
アルマの瞳には、嘲笑も、卑下もなかった。
「エルゼンの前に。まずは騎士になって──僕に勝ってみろ」
そう、不敵に笑って、また──。
アルマは、"教官殿"に連れ去られるのだった。
【登場人物】
✧シルバ=コミュール(68)
ピュロン宮廷執事長。
古くから王家に仕える穏やかな老人。
✧エルゼン=ハワード(45)
宮廷騎士団長。
大戦で活躍した英雄のひとり。