✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中)   作:CABIN.

3 / 37


意識の輪郭は曖昧で、景色が静かに移ろっている。
これは夢だ──そう、すぐに気が付いた。





《第2話》泡沫の夢

 

 

「──早く準備なさい、ソフィ」

 

呼びかけられ、物陰からひょっこりと現れた少女は──記憶よりもずっと貧相で、しかし幸せな笑顔を浮かべている。

 

「わたし、おひめさまみたい……!」

 

小さなエプロンドレスがふわりと舞う。

 

ほんの少しだけ、夢を見れる気がしていた。

──そんな年頃だった。 

 

「──ソフィッ!」

 

 叫び声。

 少女は、その小さな体を一層縮めた。

 

「……ごめんなさい」

「浮かれるなと何度言えば分かるんだ! お前は今日からフィエリア王家の侍女なんだぞ!?」

「……ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

養父は、気に入らないことがあるとすぐに癇癪を起こした。

養母は何も言わず、感情のない目で私を見ていた。

 

──息の潜め方と、謝り方。

あの頃、それだけが私の生きる術だった。

 

 

──────────────────

 

 

「──君の両親は、とても素敵な夫婦だったんだよ」

 

執事長が、蓄えた白髭をさすりながらしみじみと言った。

幼い私は、涙をこらえて俯いている。

 

「──いや、"彼ら"のことじゃない。すまないね、配慮が足りなかった」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「……ソフィ」

 

しわくちゃの、けれど大きくて温かい手が、ぽろぽろと涙を流す少女を優しく撫でた。

 

「つらかったろう。これからは、もう──ここが、君のお家だ」

 

──その暖かさを、今でも覚えている。

 

 

──────────────────

 

 

「王子様、お召し物が」

「いいよ 襟なんかどうなってても」

「いけません」

「なぁ、そんなことより一緒に遊ぼうぜ」

「遊びません。王子様は、私とは身分が違いますから」

「つまんないやつだなぁ あと、アルマでいいよ」

 

──王子様は、昔から垣根のない方だった。

 

 

──────────────────

 

 生まれたての王女が、目の前で泣いている。

 どうやってあやせば良いのか、誰も知らなかった。

 

 泣き疲れて眠るまで、無我夢中であやした。

 穏やかなその寝顔を崩すまいと毛布をかけた。

 

 目を醒ました王女様は、太陽みたいに笑った。

 

──私は、ただそれだけで、この方のために生きようと思った。

 

──────────────────

 

 

「……私が、王女様の専属侍女ですか? でも──」

「私が推薦したんだ。頼んだよ、ソフィ」 

 

──執事長は、柔和な笑顔で言った。

 

 

──────────────────

 

 

「ねぇ、ソフィ? 私、街に出てみたいの」

 

屋上から見下ろす、王都の街並み。

王女様の目には、好奇と羨望と、それから──。

……ほんの少しの、諦め。

 

──私は、言葉に迷った。

 

王女様が抱える閉塞感も、陛下の言葉なき想いも、

世界への好奇心も、王都の影に燻る反感も。

 

その全てを知りながら、私は。

 

「──いつか、一緒に行けたら良いですね」

 

……そんな風に、濁した。

 

 

──────────────────

 

 記憶の狭間で揺れていた。

 ふと、誰かの声が聞こえた気がして──。

 

 柔らかな光の揺り籠が、そっと意識を揺り起こす。 

 

 徐々に覚醒する意識のさなかで、誰かが──はっきりと、私の名前を呼んだ。

 

 

──────────────────

✦ピュロン王宮 執事長室──

 

「……ん……」

「──ソフィ!」

 

見慣れた天井。

覚醒し始めた意識が、ソフィの瞼を薄っすらと開いた。

 

その隣で、老齢の執事長──シルバ=コミュールは、安堵の溜息を溢す。

 

「目を覚ましたか……。良かった」

「……シルバさま?」

 

どうやら、身体を揺すられていたらしい。

肩に、柔らかな掌の体温が残っていた。

 

夢の記憶は曖昧だが、ずっとその暖かさを感じていたような──。

 

「──そう呼ばれるのも随分久しぶりだな」

 

感慨深げに言うシルバに、数秒遅れではっとしたソフィは──赤面して、ひとつ咳払いをした。

 

「……失礼しました、執事長」

「ふふ、訂正しなくとも良いのに」

 

ようやく意識がはっきりして、ソフィが起き上がる。

 

……私は、何をしていたんだっけ。

中庭で王女様に羽織を預けて、それから──。

 

「レイヴくんが、廊下で倒れていた君をここまで運んできてくれたんだよ」

 

聞き慣れない名前。

……それよりも──。

 

「……私、倒れて……」

「ここ最近、働き詰めだろう? ……ソフィ、君は少し休みなさい」

「──!」

 

記憶の断片が繋がるにつれ──ソフィの顔が、みるみる青ざめていく。

……あの後、貨物の受け取りを任されて──。

 

「──執事長、王女様はどちらへ……!?」

 

 

────────────────────

✦"王都行き"定期輸送便──

 

「──わぁっ……!」

 

馬車の荷台、幌の隙間から、アイルの瞳が宝石のように輝いた。

 

正門の跳ね橋を抜けた先。

広がる、華やかな城下町。

 

果物を売る露天商、人混みの喧騒、立ち並ぶ建物──。

 

屋上から眺めていた、知らない世界。

アイルにとって、全ての景色が刺激的だった。

 

……でも──。

 

 "いつか、一緒に行けたらいいですね"

 

いつだったかソフィにかけられた言葉が、アイルの心をちくりと刺す。

 

「……ソフィ、怒るかな……」

 

別の仕事に向かってしまった背中を思い出したアイルは、ふるふると頭を振った。

 

……ううん、遊んでくれないソフィが悪いの。お兄様も。

私が中庭にいなくたって、気にもしないわ。

 

──また、何かがちくちくと心に刺さった。

 

──────────────────

✦ピュロン王宮 中庭──

 

 

──この中庭は、吹き抜けを通る風がとても心地良い。

 

気温には不釣り合いな額の汗を拭って、青年──レイヴは、誰もいなくなったベンチに腰掛けた。

 

騎士見習いの一日は長い。

朝の稽古に始まり、兵舎掃除に給仕の手伝い、学問を挟んで、それから──。

 

「……はぁ……」

 

まだまだ、騎士への道は遠く霞んでいる。

レイヴはため息交じりに空を見上げた。

 

──"王子殿下に至っては、十三の頃には騎士試験に合格なさったんだぞ!"。

 

朝の一件の、その後。

ゴードンはそう言って、陰口を叩く見習い達を一括した。

 

──俺は、もう十六になるのに。

 

レイヴが、ひとり猛省する。

鳴かず飛ばずで四年半。

これで騎士団長になろうなんて──。

 

「……くよくよするな。"夢は追うもの"だろ、レイヴ!」

 

頬を叩いて、レイヴが独りごちる。

それは、あの日──アルマにかけられた言葉だった。

 

 

────────────────────

✦三年前──

 

 

「──将来の夢は! エルゼン団長のような、立派な騎士団長になることですっ!」

 

所信表明の日。

沈黙に、どっと笑いが巻き起こった。

 

「団長ぉ!? お前がぁ!?」

「あっはっは! 夢見てんなよ!」

 

笑い転げる同僚達に、レイヴは酷く赤面する。

おろおろと観衆を泳がせた視線が、アルマを捉えた。

 

猫のように、時折ここを訪れる王子殿下。

……よりにもよってこんな日に──。

 

目が合ったアルマが、レイヴに歩み寄る。

 

「騎士団長ね」

「……あ、いえ……俺は、その……」

 

しどろもどろに応えるレイヴの胸を、アルマの拳がとんと叩いた。

 

「上等。──口にしたからには、その夢、しっかり追いかけろよ」

 

俯いていたレイヴが、顔を上げる。

アルマの瞳には、嘲笑も、卑下もなかった。

 

「エルゼンの前に。まずは騎士になって──僕に勝ってみろ」

 

そう、不敵に笑って、また──。

アルマは、"教官殿"に連れ去られるのだった。

 





【登場人物】
✧シルバ=コミュール(68)
 ピュロン宮廷執事長。
 古くから王家に仕える穏やかな老人。

✧エルゼン=ハワード(45)
 宮廷騎士団長。
 大戦で活躍した英雄のひとり。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。