✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
戦線の外縁、暗夜の鐘楼塔。
柱の影に身を隠した狙撃手──キース=アシュフォードは、狙撃銃を抱えて小さく息を吐く。
『──騎士が一人そちらに向かっている。今は撃つな』
無線機から、ミハエルの声がする。
柱から半身を乗り出したキースの瞳は、暗闇の中──王都方向から高速で接近する騎士の影を捉えた。
「見えてる。──迎撃する」
『戦闘体の反応速度を侮るな。方向さえ分かっていれば撃たれてからでも躱せる』
キースが、眉間に皺を寄せる。
「なら、どうすれば良いんだ」
『──諦めて離れるまで、身を隠しておけ』
ミハエルの言葉に、キースが俯く。
……あんたこそ、俺の狙撃を侮ってるんじゃないのか?
「……隠れん坊よりも狙撃の方が自信あるぞ」
『良いから隠れてろ』
「……了解」
渋々了承したキースは、静かに螺旋階段を降りた。
──────────
✦王都北地区 鐘楼塔付近──
……撃ってこないな。
あえて"狙い易くする為に"屋根の上を跳んでいたアルバートは、迫る鐘楼塔を見上げて胸中で呟く。
虚空に浮かぶ地形図はまるで無反応。
トリオン反応を隠蔽する類の装置か、既にそこにいないのか。
『──団長、鐘楼塔に着きます。最終観測地点を送って下さい』
『すぐに送らせる。警戒しつつ索敵しろ』
『了解』
手短な会話の後、すぐに観測地点が送られる。
平面図では階層まで判断できないが──数分前には、まだ鐘楼塔にいたようだ。
アルバートは、高速で光点の残滓に接近しつつ思考を巡らせる。
この距離から建物に邪魔されず狙撃するには、ある程度の高さが必要──そして、周囲にある高台は鐘楼塔だけだ。
掩護射撃を継続するつもりなら、鐘楼塔内部に潜んでいる可能性が高い。
潜んでいなければ、それはそれで狙撃は止まる。
地上階から、虱潰しに追い詰めていけば良い。
鐘楼塔の前に立ったアルバートが、絢爛な正面扉のノブを何度か上下させる度──何重にも張られた鎖が、裏側でガシャガシャと音を立てる。
……なるほど、来客お断りって訳か。
アルバートは、静かにノブから手を離し──。
「お邪魔しまーす!」
──扉ごと、容易く蹴り壊した。
──────────
✦鐘楼塔 螺旋階段──
──鉄扉の吹き飛ぶ音が、階下から響いてくる。
吹き抜けから睨みつけたキースは、容易く侵入してくる軍靴の音に小さく舌打ちした。
……鎖程度じゃ、時間稼ぎにもならないか。
確かに侮れない。
「すみませーん! 誰かいませんかー!」
──気の抜けた呼び掛けが反響する。
……馬鹿にされてるのか? それともこいつが馬鹿か?
眉間に皺を寄せながら、キースが踊り場へと抜けた。
──────────
✦鐘楼塔 一階──
内側からの締め切りからして、敵の存在は明らかで──しかし、何の反応もない。
……全く、嫌になるな。
早くミレディの顔を見て安心したいものだ。
「こちらアルバートってもんですがー!」
内扉を次々に蹴り壊しながら、アルバートは肌に纏わりつく暗闇を振り払うように叫んだ。
──────────
✦鐘楼塔 四階──
「……ミハエル、アルバートって奴を知ってるか?」
依然続く、間の抜けた呼び掛け。
息を潜めながら、キースが無線機に問う。
『アルバート=フォルマッジオか? 知っている』
「こいつ馬鹿なのか? 下でずっと叫んでるぞ」
キースが苛ついた様子で悪態をつく。
……こんな奴、至近距離でも当ててやる。
『──いや、相当の切れ者だ。おそらく何らかの意図がある』
僅かに目を見開いたキースが、小さく首を振る。
……どんな意図がありゃ敵に呼び掛けるんだよ。
──────────
✦鐘楼塔 ニ階──
「すみませーん!」
アルバートの声が、鐘楼塔に反響する。
螺旋階段を登りながら、アルバートは不意に沈黙した。
……案外、我慢強いな。
挑発に乗って一発撃ってくれれば楽なんだが──。
足元の暗闇に視線を落としたアルバートは、微かに月光を反射する糸をあえて踏み抜く。
──途端、糸に括られた鈴が、シャラシャラと華やかな音で声の反響を掻き消した。
接近を察知する為の簡易罠。
こちらから叫んでいる以上、それ自体は無害だが──。
"吹き抜け"の螺旋階段に設置されていたと言う事実が、雄弁に物語る。
これは、逃亡の為ではなく迎撃の為に敷かれた罠だ。
狙撃手なら、高所の有利を知っている。
暗闇の中でも、この音だけを頼りに当てる自信がある。
こちらの反撃は届かず、こちらを見下ろせる狙撃地点。
身を隠すにしても、反撃を視野に入れて必ずその周囲に陣取る。
そして──。
こちらからわざわざ位置を報せる行為に苛ついている。
同時に、そんな奴からの奇襲はないと油断している。
……お前は、きっとそう言う奴だ。
状況からそう推測したアルバートは──吹き抜けを一気に跳び上がり、四階の踊り場に着地した。
──耳鳴りする程の、甲高い射撃音が響く。
着地と同時にすぐさま回避に移ったアルバートの耳を、狙撃弾が掠めた。
「──この奇襲にすら反応するのか。良い腕だ」
「……っ!!」
……この距離ですら避けんのかよ──!
残響鳴り止まぬ鐘楼塔で、キースが踵を返して駆け出す。
──が、速度差は歴然だった。
一瞬で間合いを詰めたアルバートが騎士剣を抜く。
「──っ」
咄嗟の回避動作も遅すぎた。
剣先の軌道は、キースの胸を裂き──。
──鮮血が、月明かりに舞った。
「!?」
……こいつ、生身──!?
騎士剣を振り抜いたアルバートの思考が、一瞬止まる。
「……っの野郎──!」
激痛に顔を歪めながら、キースが狙撃銃を構える。
冷たい銃口は、すぐにアルバートの戦闘体を捉えた。
──レーダーに映らない狙撃手。
戦闘体相手には何の足しにもならない、鎖による封鎖。
簡易トリオン銃、流通の事前情報。
……何故、"その可能性"を考慮しなかった?
遅滞する時間軸の中で、アルバートは停止した思考を懸命に呼び戻すが──。
──それよりも早く、また甲高い音が響いた。
アルバートの脇腹に、風穴が開く。
同時に勢い良く吹き出したトリオンの残滓が、キースの傷口を淡く照らした。
「……へへ──今度は、当てたぜ」
「……お前……」
戦闘体の損傷を気にする余裕もなく、アルバートが手を伸ばす。
流血する傷を押さえながら千鳥足で窓へ駆け寄ったキースは、振り返る事もなく飛び降りた。
……まだ、生身の、人間の感触が──。
『……すみません団長、逃しました。……狙撃手は──戦闘体に、換装してません』
顔を歪め、騎士剣を落としたアルバートが、力なく報告する。
──射撃音の残響と、狙撃手の血痕だけがその場に残っていた。
【登場人物】
✧キース=アシュフォード(19)
"鷹の翼"に加担する狙撃手。
生身のまま、狙撃型の簡易トリオン銃で戦っていた。