✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中)   作:CABIN.

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戦線の外縁、暗夜の鐘楼塔。
柱の影に身を隠した狙撃手──キース=アシュフォードは、狙撃銃を抱えて小さく息を吐く。





《第29話》狙撃手

 

 

『──騎士が一人そちらに向かっている。今は撃つな』

 

無線機から、ミハエルの声がする。

柱から半身を乗り出したキースの瞳は、暗闇の中──王都方向から高速で接近する騎士の影を捉えた。

 

「見えてる。──迎撃する」

『戦闘体の反応速度を侮るな。方向さえ分かっていれば撃たれてからでも躱せる』

 

キースが、眉間に皺を寄せる。

 

「なら、どうすれば良いんだ」

『──諦めて離れるまで、身を隠しておけ』

 

ミハエルの言葉に、キースが俯く。

……あんたこそ、俺の狙撃を侮ってるんじゃないのか?

 

「……隠れん坊よりも狙撃の方が自信あるぞ」

『良いから隠れてろ』

「……了解」

 

渋々了承したキースは、静かに螺旋階段を降りた。

 

 

──────────

✦王都北地区 鐘楼塔付近──

 

 

……撃ってこないな。

 

あえて"狙い易くする為に"屋根の上を跳んでいたアルバートは、迫る鐘楼塔を見上げて胸中で呟く。

 

虚空に浮かぶ地形図はまるで無反応。

トリオン反応を隠蔽する類の装置か、既にそこにいないのか。

 

『──団長、鐘楼塔に着きます。最終観測地点を送って下さい』

『すぐに送らせる。警戒しつつ索敵しろ』

『了解』

 

手短な会話の後、すぐに観測地点が送られる。

平面図では階層まで判断できないが──数分前には、まだ鐘楼塔にいたようだ。

 

アルバートは、高速で光点の残滓に接近しつつ思考を巡らせる。

この距離から建物に邪魔されず狙撃するには、ある程度の高さが必要──そして、周囲にある高台は鐘楼塔だけだ。

 

掩護射撃を継続するつもりなら、鐘楼塔内部に潜んでいる可能性が高い。

潜んでいなければ、それはそれで狙撃は止まる。

地上階から、虱潰しに追い詰めていけば良い。

 

鐘楼塔の前に立ったアルバートが、絢爛な正面扉のノブを何度か上下させる度──何重にも張られた鎖が、裏側でガシャガシャと音を立てる。

 

……なるほど、来客お断りって訳か。

アルバートは、静かにノブから手を離し──。

 

「お邪魔しまーす!」

 

──扉ごと、容易く蹴り壊した。

 

──────────

✦鐘楼塔 螺旋階段──

 

 

──鉄扉の吹き飛ぶ音が、階下から響いてくる。

吹き抜けから睨みつけたキースは、容易く侵入してくる軍靴の音に小さく舌打ちした。

 

……鎖程度じゃ、時間稼ぎにもならないか。

確かに侮れない。

 

「すみませーん! 誰かいませんかー!」

 

──気の抜けた呼び掛けが反響する。

……馬鹿にされてるのか? それともこいつが馬鹿か?

眉間に皺を寄せながら、キースが踊り場へと抜けた。

 

──────────

✦鐘楼塔 一階──

 

 

内側からの締め切りからして、敵の存在は明らかで──しかし、何の反応もない。

 

……全く、嫌になるな。

早くミレディの顔を見て安心したいものだ。

 

「こちらアルバートってもんですがー!」

 

内扉を次々に蹴り壊しながら、アルバートは肌に纏わりつく暗闇を振り払うように叫んだ。

 

 

──────────

✦鐘楼塔 四階──

 

 

「……ミハエル、アルバートって奴を知ってるか?」

 

依然続く、間の抜けた呼び掛け。

息を潜めながら、キースが無線機に問う。

 

『アルバート=フォルマッジオか? 知っている』

「こいつ馬鹿なのか? 下でずっと叫んでるぞ」

 

キースが苛ついた様子で悪態をつく。

……こんな奴、至近距離でも当ててやる。

 

『──いや、相当の切れ者だ。おそらく何らかの意図がある』

 

僅かに目を見開いたキースが、小さく首を振る。

……どんな意図がありゃ敵に呼び掛けるんだよ。

 

 

──────────

✦鐘楼塔 ニ階──

 

 

「すみませーん!」

 

アルバートの声が、鐘楼塔に反響する。

螺旋階段を登りながら、アルバートは不意に沈黙した。

 

……案外、我慢強いな。

挑発に乗って一発撃ってくれれば楽なんだが──。

 

足元の暗闇に視線を落としたアルバートは、微かに月光を反射する糸をあえて踏み抜く。

──途端、糸に括られた鈴が、シャラシャラと華やかな音で声の反響を掻き消した。

 

接近を察知する為の簡易罠。

こちらから叫んでいる以上、それ自体は無害だが──。

"吹き抜け"の螺旋階段に設置されていたと言う事実が、雄弁に物語る。

 

これは、逃亡の為ではなく迎撃の為に敷かれた罠だ。

 

狙撃手なら、高所の有利を知っている。

暗闇の中でも、この音だけを頼りに当てる自信がある。

こちらの反撃は届かず、こちらを見下ろせる狙撃地点。

身を隠すにしても、反撃を視野に入れて必ずその周囲に陣取る。

 

そして──。

こちらからわざわざ位置を報せる行為に苛ついている。

同時に、そんな奴からの奇襲はないと油断している。

……お前は、きっとそう言う奴だ。

 

状況からそう推測したアルバートは──吹き抜けを一気に跳び上がり、四階の踊り場に着地した。

 

 

──耳鳴りする程の、甲高い射撃音が響く。

 

 

着地と同時にすぐさま回避に移ったアルバートの耳を、狙撃弾が掠めた。

 

「──この奇襲にすら反応するのか。良い腕だ」

「……っ!!」

 

……この距離ですら避けんのかよ──!

残響鳴り止まぬ鐘楼塔で、キースが踵を返して駆け出す。

 

──が、速度差は歴然だった。

一瞬で間合いを詰めたアルバートが騎士剣を抜く。

 

「──っ」

 

咄嗟の回避動作も遅すぎた。

剣先の軌道は、キースの胸を裂き──。

 

 

──鮮血が、月明かりに舞った。

 

「!?」

 

……こいつ、生身──!?

騎士剣を振り抜いたアルバートの思考が、一瞬止まる。

 

「……っの野郎──!」

 

激痛に顔を歪めながら、キースが狙撃銃を構える。

冷たい銃口は、すぐにアルバートの戦闘体を捉えた。

 

──レーダーに映らない狙撃手。

戦闘体相手には何の足しにもならない、鎖による封鎖。

簡易トリオン銃、流通の事前情報。

 

……何故、"その可能性"を考慮しなかった?

遅滞する時間軸の中で、アルバートは停止した思考を懸命に呼び戻すが──。

 

──それよりも早く、また甲高い音が響いた。

 

アルバートの脇腹に、風穴が開く。

同時に勢い良く吹き出したトリオンの残滓が、キースの傷口を淡く照らした。

 

「……へへ──今度は、当てたぜ」

「……お前……」

 

戦闘体の損傷を気にする余裕もなく、アルバートが手を伸ばす。

流血する傷を押さえながら千鳥足で窓へ駆け寄ったキースは、振り返る事もなく飛び降りた。

 

……まだ、生身の、人間の感触が──。

 

『……すみません団長、逃しました。……狙撃手は──戦闘体に、換装してません』

 

顔を歪め、騎士剣を落としたアルバートが、力なく報告する。

──射撃音の残響と、狙撃手の血痕だけがその場に残っていた。





【登場人物】
✧キース=アシュフォード(19)
 "鷹の翼"に加担する狙撃手。
 生身のまま、狙撃型の簡易トリオン銃で戦っていた。
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