✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
騒然とする交流艇内部。
──ふと、乗客のひとりが、窓の外へと視線を送る。
夜の暗闇を駆ける交流艇。
主星が放つ蒼白色の光。
淡く照らされる、翡翠色の伴星──。
双星を覆う"欠けた星輪"が、静かにそれらを見守っていた。
✦夜の暗闇 交流艇──
「──リゾーマへの渡航は初めてですか?」
微かな機械音と、ざわめきの中。
相変わらず真意の読めない笑顔で、"使節卿"ニアは二人の少年に言葉を投げる。
「そりゃ、おれらには金も用もねぇもん」
「まぁ、でしょうね」
「……だからこの人敵だって。何普通に喋ってんだよ」
淡々と答える"鷹の翼"の協力者──カッツェの肩を、相方のレオンが小突いた。
「いやいや、協力するって言ってるじゃないですか」
……絶対なんか裏があるだろ。
レオンは、ニアに猜疑の目を向けながら腕を組む。
「王宮側がなんで俺らに協力するんだよ」
「裏路地で話しましたよ、と言うのは置いておくとして──立場を言うなら、君達も別に"鷹の翼"じゃないでしょ」
ニアの指摘に、レオンが言葉を詰まらせる。
──彼らは、鷹の翼が語る思想に興味がない。
政治にも防衛にも、信念にも謀略にも同様に。
生きる為に必要か、単純にそうしたいか。
彼らの行動指針は、いつだってそこにしかなかった。
「あんたが信用出来るかとは別の話だ。すり替えんな」
ビシッと指を指して、レオンが言う。
カッツェの視線を追って窓の外を眺めたニアの笑顔に、僅かな影が差した。
「……君たちが生まれる五年くらい前ですかね。──昔、この双星を巻き込んだ、大きな戦争がありました」
不意に。
ニアが突拍子もない話を始める。
「戦争がようやく終わった頃、ワタシはまだ今の君たちより幼い位の歳で──当時は、君たちと似たようなことをしてました」
ひらひらと視界の端で振るわれた財布に、カッツェがあっと声をあげた。
「──おれの財布! 返せよ!」
「君のじゃないでしょ」
掲げられた財布を取り返そうと、背伸びしたカッツェが騒ぐ。
ひらひらと躱しながら、ニアは言葉を続けた。
「あれから二十年、混乱も、復興も──この双星には、色々とありましたが」
「おい、投げんなよマジで。フリじゃねーからな」
スナップを効かせて投げられた財布を追って、カッツェが乗客の中に飛び込む。
それを一瞥して、ニアがレオンの目を見つめた。
「……今尚、戦災が生み出した歪みは続いていて、王宮から救いの手は届きません。──恨まれても仕方ありません」
"……禊を願います"
王政評議に立つアルマの言葉が、ふとニアの胸中を過ぎった。
「……だから──裏はともかく、協力したいのは本当です」
大騒ぎする乗客と、その元凶になっている相方を一瞥したレオンは──小さく首を振って、ニアを見つめ返した。
「あんたらを恨んではない。……恨めるほども知らないし」
「では、今回で色々と知って貰うことにしましょう。それでいいですか?」
ニアの手が、レオンの前に差し出される。
レオンが、未だ疑いの残る、揺らぐ視線をその掌に落とした。
……カッツェは迂闊な奴だけど──あいつから物を掠め取るなんて、相当の"経験"がなきゃ無理だ。
少なくとも、さっきの話は嘘じゃない、筈。
レオンは、再びニアの笑顔をじろりと睨んだ。
「……騙してたら痛い目に合わせるからな」
「あはは、信用ないですね〜」
手を取り合う二人の身体を、振動が伝う。
──交流艇が、リゾーマの重力圏に差し掛かった。
──────────
✦王都北地区 市街地──
『こちらマクセル、裏路地で伏兵と会敵した。……説得の後、要すれば無力化する』
鐘楼塔を抜け、一目散にミレディの下へと駆けていたアルバートは、マクセルからの一斉通信に歯を食い縛った。
『副団長! ミレディは──!』
『先に行かせた。ストルク公園方向だ』
『すぐに行きます』
アルバートが上空で地形図を開く。
裏路地で留まったマクセルらしき光点。
その傍を離れたもうひとつの光点が、王宮方向へと南下していた。
『──ミレディ! そちらも伏兵に気をつけろ!』
アルバートの呼び掛けに、返事はない。
……無事でいてくれ──!
屋根を力強く蹴りつけて、アルバートが王都上空を駆けた。
──────────
✦王都北地区 ストルク公園──
「……あんなところに伏兵を置いた真意は、何だろ」
伏兵の対処をマクセルに任せ、裏路地を抜け。
王都へと続く道中──ストルク公園へと差し掛かったミレディは、先程の少女を思い出して独り言ちた。
団長の推測が正しければ、そもそも彼らは戦闘をする気が無かった。
……結果、私のせいで──戦闘は始まり、陽動に切り替えたのだとして。
騎士を狙うのなら、クラリスを撃った狙撃手がそうであったように、鐘楼塔のような戦闘の要衝を。
市民を攻撃して撹乱を狙うなら、もっと人通りの多い場所を押さえたい筈。
……逃走に対する、追撃?
戦闘になるかどうかも、逃走を選択するかどうかも、この道を選ぶかどうかも分からないのに──。
「──真意など、ないのでは?」
あっけらかんとした様子で、クラリスが独り言に応えた。
「……ない?」
「先程は不覚を取りましたけれど──鐘楼塔の狙撃手」
クラリスのしなやかな指が、進行方向と反対側、北端に聳える鐘楼塔を指差す。
「既にこともなく対処が済んだのでしょう?」
その先を視線で追ったミレディは、図らずもアルバートの顔を過ぎらせた。
「──う、うん。通信ではそう言ってた」
「それ、おかしくありません?」
「……何が?」
鐘楼塔を指していた指が、静かにクラリス自身に当てられる。
「"四席"を落とす程の脅威、こちらは放置出来ないでしょう? 殲滅にせよ陽動にせよ──切り札の扱いが杜撰過ぎましてよ」
ミレディが、はっとした表情を浮かべた。
……確かに、元騎士以外の全戦力を鐘楼塔に集結させられていれば──。
きっと、狙撃は今も続いていて。
こちらは、その対応に戦力を分散せざるを得なかった筈。
「大戦経験者が、そんなことに思い至らない筈がありませんのに。そうしなかったのはきっと──伏兵達が、それぞれ好き勝手に動いているからですわ」
"……誰?"
"俺が知ってる訳ないだろ。とりあえず逃げようぜ"
──開戦、直前。
そそくさと逃げていった二人組の少年達を、ミレディは思い出した。
……好き勝手に動いているから、かどうかはともかく。
統制に欠けると言う指摘は論理に導かれたもので、そう言う時──彼女の"直感"は、大抵当たる。
「……確かに、有り得る線かもね」
「でしょう。──あら?」
ふと。
クラリスが、再び鐘楼塔方向を見上げた。
リゾーマの光に輪郭を浮かべる鐘楼塔の影、その隣に、高速で接近する小さな影。
「──ミレディーッ!!」
「……げ」
夜の王都に響き渡る、自身の名を呼ぶ声。
ミレディは、思わず声の方向から顔を背けた。
【用語解説】
✧星輪
主星ピュロンと伴星リゾーマを覆う光の円環。
欠けた部分が、リゾーマの軌道を追って回る。
✧ストルク公園
王都北地区に存在する小さな公園。
昼間は子ども達とその親で賑わう。