✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
俄に困惑が広がる、王宮の一角。
その騒ぎも知らぬ気に、黙々と作業を続ける技師達。
"宮廷技術局"の工房で、ひとりの男が鼻歌を歌う。
「──そうだ、局長。"あれ"、うまく機能したんですよ」
騎士達の通信を聞きながら。
上機嫌な男が、老年の"局長"に声をかけた。
✦ピュロン王宮 技術局工房──
「──くだらんもんばかり作りよってからに」
機嫌の悪い技術局長──ソロモン=バミューダは、男の鼻歌に苛つきながら応える。
……全く、此奴は──。
技術局を、遊び場かなにかと勘違いしとる。
宮廷五官は、何故このような男を副局長に。
「発展は、いつだって自由な発想から始まるもんです。──実際役に立ちましたし!」
自身の開発した"新作"が、想定通り機能した。
それも、極めて珍しい実戦の場で──。
副局長──ラチェット=クランカは、満面の笑みで尚も鼻歌を歌った。
──────────
✦数十分前 ピュロン王宮 回廊──
「──お急ぎみたいですね、副団長」
応援要請直後。
修練場から飛び出したマクセルを、ラチェットが呼び止める。
「ラチェット。悪いが、お喋りしている時間は無さそうだ」
「そんな副団長に、ちょうどお誂え向きの新作が完成したんですよ」
マクセルが、怪訝な表情を浮かべる。
……また、妙なトリガーの実験台にする気か。
「後にしてくれ」
「──戦闘体とは言え、今から走って間に合いますか? 遊撃手ならまだしも、重装手の速度で」
マクセルがぴくりと眉を動かす。
……既に、ミレディは交戦を開始している。
──彼女ほどの腕の持ち主が、応援を要請する状況。
おそらく、生半可な相手では無い筈。
「だから急いでるんだ」
「北地区ですよね? ──運良く、そちらに向けて仮設置してたとこです」
ラチェットの親指が、すぐ傍の中庭を示した。
「──試作・"戦闘体発射台(カタパルト)"。ひとっ飛びですよ」
……発射台?
マクセルは、その突飛なアイディアに怪訝な表情を浮かべたが──。
──結局。
時間に圧されてラチェットの才能に賭けたマクセルは、中庭の怪しげな装置に乗り込み──。
直後、北地区へと"射出"された。
「──大成功!」
超高速で離れる副団長の影に、ラチェットは満足げに呟く。
そのすぐ後ろ、マクセルを追って走ってきたクラリスが、その光景に目を輝かせた。
「あら、あらあらなんですのそれ。楽しそうですわ」
「あー、ごめんクラリス。試作品だから色々制約あるんだよね。──まぁ、君なら自分で走っても間に合うでしょ」
「残念。──戻ってから私も試しますから、それ!」
名残惜しげに発射台の横を通り抜けて、クラリスもまた王都へ飛び立ったのだった。
──────────
✦ピュロン王宮 技術局工房──
「再使用に時間が掛かり過ぎるのは量産すれば良いとして──今のとこ、重盾を噛ませないと戦闘体が破損しちゃうんですよね」
ラチェットは、埃まみれの机に設計図を広げる。
「なんちゅう危ないもんを。空中で換装が解けたら即死じゃろうが」
忙しなく手を動かしながら、ソロモンがラチェットを睨み付ける。
「その点も踏まえて改良していきますよ。──技術局の威信に賭けて!」
「技術局は関わっとらんわ。お前個人の暴走じゃ!」
──工房の作業は、夜通し続く。
──────────
✦王都北地区 ストルク公園──
……なんか、見覚えのある光景ですわ。
クラリスは、遠景のリゾーマを背に高速で向かってくるアルバートに、中庭から"射出"された出発前のマクセルを重ねた。
──直後、アルバートが公園に着地する。
「……無事で良かった……ミレディ!」
「何度も叫ばないで下さいよ! 恥ずかしいから!」
安堵で力が抜けたアルバートの呼び掛けに、ミレディは顔を背ける。
「心配したんだぞ! どうして返事をしてくれないんだ!」
ミレディは、ぎくりと肩を震わせる。
……アルバートの過保護が、あまりにも煩いので──。
「……アルバートさんの通信、ミュートしてますから」
──ミレディは、技術局に頼んで戦闘体の通信機能を拡張して貰っていた。
……まさか、実戦で合流する事になるなんて思ってなかったし。
「なんて事をするんだミレディ! 俺はこんなに君を心配してるのに!」
「ああもう、触らないで下さい!」
「あらあら」
肩に乗せられた手を身体で振り払ったミレディは──ふと、その姿に目を見開く。
アルバートの脇腹から、淡く光り輝くトリオンが漏れ出していた。
「……それ──」
「──ああ。大丈夫だ、戦闘体は」
一瞬、アルバートが悲痛な表情を浮かべる。
ミレディは、今まで自身に見せた事のないその表情に、僅かばかり狼狽した。
「……長く持ちませんよね。早く王宮に帰って下さい」
片腕で静かにクラリスを下ろして、ミレディが顔を背ける。
クラリスが、両者を交互に見比べて口を開いた。
「なんか、人間バケツリレーの気分ですわ」
「──ミレディ」
素っ頓狂な発言は無視して、アルバートがまたミレディの肩に手を乗せる。
……今度は、振りほどけなかった。
その手の震えに、気が付いたから。
「君は、また戦場に戻るんだろう。──気をつけてくれ、これは実戦だから」
「……あなたに言われなくても分かってます」
──痛覚はなくとも、失った右腕が疼く。
これは、訓練とは違う。
「クラリスをお願いします」
「不束者ですが」
ミレディの左手が、クラリスの背中を押す。
頷いたアルバートは、俯いたまま──。
「……俺は、この戦いが終わったら──騎士をやめようと思う」
小さく、そう溢した。
……本人の通信が聞こえてはいなくても──周りの応答で、事の顛末は理解している。
生身の人間に手を掛ける覚悟なんて、大戦経験者以外、誰にも──。
ふと、ガルシアの顔が脳裏に過ぎったミレディは、アルバートに背中を向けた。
「……勝手にすればいいじゃないですか。でも──」
ミレディが、静かに瞼を閉じる。
……思えばこの人は、昔からずっと。
誰にでも甘くて、お節介焼きで──誰より、争いには向かない人だった。
「──今はまだ、騎士です。任務を全うしてください」
「……ああ、そのつもりだよ」
悲しげに目を伏せるアルバートの隣で。
目を力強く見開いたミレディが、再び北を睨む。
アルバートさんだけじゃない。
……誰も、こんな事望んでない──!!
『こちらミレディ、アルバートさんと合流し、クラリスを引継ぎました。──街道に向かいます!』
『分かった。……貴様も手負いだろう、決して無理はするな』
『──はい!』
通信を終え、ミレディの瞳が背後の二人に戻る。
「無事に帰ってね、クラリス。……アルバートさんも」
「頑張りますわ。──アルバートさんが」
「……俺を心配してくれるのか、ミレディ……!」
感激するアルバートを無視したミレディが、元来た道を駆け出す。
……ああ、あんなにも幼かったあの子が──。
騎士然とした覚悟を纏い、離れてゆく背中。
弱々しく手を伸ばしたアルバートは、遠い記憶をそこに重ねた。
【登場人物】
✧ソロモン=バミューダ(66)
宮廷技術局の局長。
気難しいが腕は確かで、大戦の立役者でもある。
✧ラチェット=クランカ(28)
宮廷技術局の副局長。
様々なトリガーを開発し、騎士達で試しがち。
【用語解説】
✧宮廷技術局
ピュロンを支えるトリオン工学技術者達の総本山。
あらゆる技術が彼らの尽力で成り立っている。
✧戦闘体発射台(カタパルト)
戦闘体を超高速で射出し、目的地に届ける装置。
現状では重装手専用で、再使用に時間を要する。
✧ミュート機能
ミレディの依頼とラチェットの独断で生まれた機能。
連携に支障をきたすので基本的に駄目。