✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中)   作:CABIN.

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アルバートの瞳に、十年前の記憶が重なる。

王女アイル=フィエリアの生誕祭。
祝賀の熱に揺れる王都。

まだ、未来が希望に満ちていた頃。

奇しくも、今と同じこの場所で──。
アルバートは、子供たちの笑い声と、人々の笑顔に包まれていた。




《第34話》追憶

✦十年前 ストルク公園──

 

 

「……初任務でこれは、荷が重いですよ」

 

騎士の姿に、大はしゃぎで手を振る子供たち。

北地区の増強警備に充てられた新米騎士──アルバートは、異様にぎくしゃくとした動きで手を振り返した。

 

先輩騎士──マシュー=ハイネケンは、その様子を見て思わず吹き出す。

 

「トリオン兵かお前は? どんだけ緊張してんだ」

「……いやぁ……どうもこう言う雰囲気苦手で」

 

腕を組んだマシューが、柔らかい目を後輩に向けた。

 

「お前が初任務かどうかは関係なく、市民はお前を騎士と見るんだぞ。──どかっと構えときな」

「ありがとうございます。お陰で余計緊張してきました」

「なんでだよ」

 

マシューがずるりと姿勢を崩す。

……全く、こいつは──。

 

「……まぁ、今は誰も彼も王妃のお言葉に夢中だからな。──誰もお前を気にしてないよ」

 

そこかしこに、王女の生誕を心から喜ぶ王妃──マリア=フィエリアの声が響き渡っている。

大人達は皆、恍惚の面持ちで王妃の声に耳を傾けていた。

 

「それはそれで傷つきますね……俺が緊張しない程度に見守ってて欲しいです」

「面倒くせぇなぁこいつ」

 

マシューが頭を掻いた、その直後。

 

「わぁあっ!!」

 

──不意に、遠くから叫び声が響いた。

二人の視線が、同時にその方向へと動く。

 

王都の祝宴へと続く、長い下り坂。

 

祝杯用の酒を運んでいた荷車が突如制御を失い、坂道を怒涛の勢いで下り始めていた。

 

「避けてくれぇっ!」

 

倒れ込んだ商人が叫んだ。

坂の中腹で遊んでいた子供達は、ぽかんとそれを眺めている。

 

「──止めるぞ!」

「はい!」

 

風を巻いて荷車へと急ぐマシューの背中に応えて、アルバートもまた石畳を蹴りつけた。

 

……マシューさんなら、制止は任せて問題ない。

アルバートは、流線の景色で思考を巡らせる。

 

だが──急激に制止すれば、慣性に従って大量の酒瓶が飛び出す。

戦闘体ならなんでもないが、子供達はそれが当たっただけでも大怪我に繋がってしまう。

 

マシューは荷車へ、アルバートは子供達へ。

それぞれが、一直線に駆けた。

 

……が──。

軋む荷車の車輪が、摩擦に耐え切らず破損する。

バランスを崩した荷車は、不格好に転がりながら木辺と酒瓶を勢い良く宙へと放り投げた。

 

即座に反応したマシューが、跳び上がった空中で騎士剣に手を添える。

──高速で飛散物全てを裁断した剣閃の軌道を、葡萄酒の飛沫が彩った。

 

「──そっちじゃねぇっ!!」

 

マシューが叫ぶ。

目の前の子供たちを庇って背を向けていたアルバートが、はっとして振り返る。

 

──ぽかんと口を開く子供たちの、視線の先。

 

転がり落ちる荷車と子供たちの間に割り込んだひとりの少女が、幼い手を一杯に広げていた。

 

「──!?」

 

……まだ、着地が──。

空中で慣性に流されながら、マシューが少女に視線を送る。

瞳に一杯の涙を溜めながら、少女はそれでも強い眼差しで荷車を睨んでいた。

 

──衝突音が、裏路地に響く。

 

衝突の勢いでバラバラに弾け飛んだ荷車は、間一髪で少女を抱き抱えたアルバートの戦闘体に幾つもの木片を浴びせた。

 

「ナーイス、アルバート!」

 

着地したマシューが、アルバートに親指を立てる。

 

……危なかった──!

思わず呼吸を止めていたアルバートは、マシューに親指を立て返し──はっとして、懐の少女に視線を送った。

 

「……大丈夫!? 怪我は!?」

 

少女がその言葉ではっと我に返り、視線を背後の子供達に送る。

 

呆気に取られている子供達の無事を確認して──安堵のため息を溢した少女が、騎士達を真似て親指を立てた。

 

「……いや──君に聞いたんだよ」

 

アルバートの言葉に、一瞬きょとんとした表情を浮かべた少女は、やはりニッコリと笑う。

 

「だいじょうぶです。おにいさんが守ってくれたから」

 

……躊躇いもせず他者の為に身を呈し、迷いなく自身よりも他者を気遣う。

 

「──ありがとうございます」

 

頭を下げた小さな身体は、まだ震えていて──。

言葉にならない感情がアルバートを包んだ。

 

──その日、初任務を終えたアルバートは。

本人の了承を得る事もなく、街角で出会った少女の騎士編入を宮廷五官に嘆願する。

 

騎士アルバートにとっての、始まりの日。

それが、少女──ミレディ=エンシェントにとっての始まりでもあった。

 

 

──────────

 

 

──正直なところ。

他者の才能を見出す事に長けたアルバートが、どう贔屓目に見ても。

 

騎士見習いミレディは、こと戦闘に関して──秀でた才能は、何一つ持たなかった。

 

いつも修練場を転げ回り、ガルシアの指導に怯え。

 

数年後に"終戦世代"の少年少女が迎え入れられ、その更に一年後、ガルシア達が騎士団を離れても──彼女は、まだ見習いを続けていた。

 

──それでも、アルバートは。

彼女を甲斐甲斐しく支え、事あるごとに激励し。

曇りのない瞳で、彼女の羽化を信じた。

 

騎士にとって最も必要な素養は、最初から全て持っていた。

勇気も、慈愛も、諦めない心も。

 

彼女の緩やかな成長を、躍進を、騎士試験の合格を、誰よりも喜んだのはアルバートだった。

 

……その彼女が、今、自ら死地へと向かってゆく。

アルバートの無意識がその背に手を伸ばし、しかし意識がそれを抑えた。

 

止められない。

初めて出会った時から──その姿こそが、アルバートにとっての彼女そのものだったから。

 

「……生きて、帰ってきてくれ。ミレディ──」

 

アルバートの言葉が、公園に小さく響く。

その余韻は、夜の帳に儚く消えた。

 

 

──────────

✦王都北地区 裏路地──

 

 

アルバートが力無く項垂れる頃、ミレディは元来た道を──始まりの上り坂を、全速力で遡っていた。

 

狙撃は既に抑えられ、街道への最短経路は別にある。

それでも彼女は、この道を選んだ。

 

…副団長が遅れを取る筈はないけど──。

 

……狙撃手がそうであったように、あの伏兵の少女もまた、おそらくは生身。

いかに異質な兵器をもってしても、戦闘体と──ましてやマクセル=イェーガーと争って無事で済む道理がない。

 

願わくば、誰も傷つかないで欲しい。

自身に銃口を向ける相手にさえ、ミレディは本心からそう願っていた。

 

『副団長! 状況を教えて下さい!』

 

まだ、彼らの姿が見えない。

表情に焦りを浮かべて、ミレディがマクセルに問う。

 

──数秒の、沈黙。

 

 

『……説得を試みたが──既に"無力化"した。こちらも交流艇へ向かう』

 

 

暗い声が、ミレディの脳内に響いた。

 

 





【登場人物】
✧マリア=フィエリア(当時28)
 双星ピュロンの王妃。
 アイル生誕の一年後にこの世を去った。

✧マシュー=ハイネケン(当時18)
 アルバートの先輩騎士。
 ノリは軽いが確かな腕を持つ。
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