✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
アルバートの瞳に、十年前の記憶が重なる。
王女アイル=フィエリアの生誕祭。
祝賀の熱に揺れる王都。
まだ、未来が希望に満ちていた頃。
奇しくも、今と同じこの場所で──。
アルバートは、子供たちの笑い声と、人々の笑顔に包まれていた。
✦十年前 ストルク公園──
「……初任務でこれは、荷が重いですよ」
騎士の姿に、大はしゃぎで手を振る子供たち。
北地区の増強警備に充てられた新米騎士──アルバートは、異様にぎくしゃくとした動きで手を振り返した。
先輩騎士──マシュー=ハイネケンは、その様子を見て思わず吹き出す。
「トリオン兵かお前は? どんだけ緊張してんだ」
「……いやぁ……どうもこう言う雰囲気苦手で」
腕を組んだマシューが、柔らかい目を後輩に向けた。
「お前が初任務かどうかは関係なく、市民はお前を騎士と見るんだぞ。──どかっと構えときな」
「ありがとうございます。お陰で余計緊張してきました」
「なんでだよ」
マシューがずるりと姿勢を崩す。
……全く、こいつは──。
「……まぁ、今は誰も彼も王妃のお言葉に夢中だからな。──誰もお前を気にしてないよ」
そこかしこに、王女の生誕を心から喜ぶ王妃──マリア=フィエリアの声が響き渡っている。
大人達は皆、恍惚の面持ちで王妃の声に耳を傾けていた。
「それはそれで傷つきますね……俺が緊張しない程度に見守ってて欲しいです」
「面倒くせぇなぁこいつ」
マシューが頭を掻いた、その直後。
「わぁあっ!!」
──不意に、遠くから叫び声が響いた。
二人の視線が、同時にその方向へと動く。
王都の祝宴へと続く、長い下り坂。
祝杯用の酒を運んでいた荷車が突如制御を失い、坂道を怒涛の勢いで下り始めていた。
「避けてくれぇっ!」
倒れ込んだ商人が叫んだ。
坂の中腹で遊んでいた子供達は、ぽかんとそれを眺めている。
「──止めるぞ!」
「はい!」
風を巻いて荷車へと急ぐマシューの背中に応えて、アルバートもまた石畳を蹴りつけた。
……マシューさんなら、制止は任せて問題ない。
アルバートは、流線の景色で思考を巡らせる。
だが──急激に制止すれば、慣性に従って大量の酒瓶が飛び出す。
戦闘体ならなんでもないが、子供達はそれが当たっただけでも大怪我に繋がってしまう。
マシューは荷車へ、アルバートは子供達へ。
それぞれが、一直線に駆けた。
……が──。
軋む荷車の車輪が、摩擦に耐え切らず破損する。
バランスを崩した荷車は、不格好に転がりながら木辺と酒瓶を勢い良く宙へと放り投げた。
即座に反応したマシューが、跳び上がった空中で騎士剣に手を添える。
──高速で飛散物全てを裁断した剣閃の軌道を、葡萄酒の飛沫が彩った。
「──そっちじゃねぇっ!!」
マシューが叫ぶ。
目の前の子供たちを庇って背を向けていたアルバートが、はっとして振り返る。
──ぽかんと口を開く子供たちの、視線の先。
転がり落ちる荷車と子供たちの間に割り込んだひとりの少女が、幼い手を一杯に広げていた。
「──!?」
……まだ、着地が──。
空中で慣性に流されながら、マシューが少女に視線を送る。
瞳に一杯の涙を溜めながら、少女はそれでも強い眼差しで荷車を睨んでいた。
──衝突音が、裏路地に響く。
衝突の勢いでバラバラに弾け飛んだ荷車は、間一髪で少女を抱き抱えたアルバートの戦闘体に幾つもの木片を浴びせた。
「ナーイス、アルバート!」
着地したマシューが、アルバートに親指を立てる。
……危なかった──!
思わず呼吸を止めていたアルバートは、マシューに親指を立て返し──はっとして、懐の少女に視線を送った。
「……大丈夫!? 怪我は!?」
少女がその言葉ではっと我に返り、視線を背後の子供達に送る。
呆気に取られている子供達の無事を確認して──安堵のため息を溢した少女が、騎士達を真似て親指を立てた。
「……いや──君に聞いたんだよ」
アルバートの言葉に、一瞬きょとんとした表情を浮かべた少女は、やはりニッコリと笑う。
「だいじょうぶです。おにいさんが守ってくれたから」
……躊躇いもせず他者の為に身を呈し、迷いなく自身よりも他者を気遣う。
「──ありがとうございます」
頭を下げた小さな身体は、まだ震えていて──。
言葉にならない感情がアルバートを包んだ。
──その日、初任務を終えたアルバートは。
本人の了承を得る事もなく、街角で出会った少女の騎士編入を宮廷五官に嘆願する。
騎士アルバートにとっての、始まりの日。
それが、少女──ミレディ=エンシェントにとっての始まりでもあった。
──────────
──正直なところ。
他者の才能を見出す事に長けたアルバートが、どう贔屓目に見ても。
騎士見習いミレディは、こと戦闘に関して──秀でた才能は、何一つ持たなかった。
いつも修練場を転げ回り、ガルシアの指導に怯え。
数年後に"終戦世代"の少年少女が迎え入れられ、その更に一年後、ガルシア達が騎士団を離れても──彼女は、まだ見習いを続けていた。
──それでも、アルバートは。
彼女を甲斐甲斐しく支え、事あるごとに激励し。
曇りのない瞳で、彼女の羽化を信じた。
騎士にとって最も必要な素養は、最初から全て持っていた。
勇気も、慈愛も、諦めない心も。
彼女の緩やかな成長を、躍進を、騎士試験の合格を、誰よりも喜んだのはアルバートだった。
……その彼女が、今、自ら死地へと向かってゆく。
アルバートの無意識がその背に手を伸ばし、しかし意識がそれを抑えた。
止められない。
初めて出会った時から──その姿こそが、アルバートにとっての彼女そのものだったから。
「……生きて、帰ってきてくれ。ミレディ──」
アルバートの言葉が、公園に小さく響く。
その余韻は、夜の帳に儚く消えた。
──────────
✦王都北地区 裏路地──
アルバートが力無く項垂れる頃、ミレディは元来た道を──始まりの上り坂を、全速力で遡っていた。
狙撃は既に抑えられ、街道への最短経路は別にある。
それでも彼女は、この道を選んだ。
…副団長が遅れを取る筈はないけど──。
……狙撃手がそうであったように、あの伏兵の少女もまた、おそらくは生身。
いかに異質な兵器をもってしても、戦闘体と──ましてやマクセル=イェーガーと争って無事で済む道理がない。
願わくば、誰も傷つかないで欲しい。
自身に銃口を向ける相手にさえ、ミレディは本心からそう願っていた。
『副団長! 状況を教えて下さい!』
まだ、彼らの姿が見えない。
表情に焦りを浮かべて、ミレディがマクセルに問う。
──数秒の、沈黙。
『……説得を試みたが──既に"無力化"した。こちらも交流艇へ向かう』
暗い声が、ミレディの脳内に響いた。
【登場人物】
✧マリア=フィエリア(当時28)
双星ピュロンの王妃。
アイル生誕の一年後にこの世を去った。
✧マシュー=ハイネケン(当時18)
アルバートの先輩騎士。
ノリは軽いが確かな腕を持つ。