✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
──ディモフィル街道に、剣戟が乱れ飛ぶ。
交戦を開始したロレンスとマービンは、かつての恩師──。
"鷹の翼"、ガルシアの猛攻に、必死で食らいついていた。
✦王都北地区 ディモフィル街道──
──両腕で振り下ろされる、ガルシアの剣閃。
全体重を込めた唐竹割りが、マービンの重盾を容赦なく軋ませる。
……重、すぎる……!!
マービンが思わず呻いた。
弾き返そうと踏み込んだ石畳が、圧力に耐え切らず砕ける。
繰り出される一撃が、尽く必殺。
小手先では貫けぬ"重装手"の鎧も──この威力を前にしては、薄紙も同然。
騎士として積み上げてきたあらゆる経験が、マービンの脳裏で警鐘を鳴らし続けていた。
『そのまま耐えてろ!』
内部通信で、ロレンスが叫ぶ。
軽快な足捌きで側面を取った"遊撃手"ロレンスが、更に一歩回り込んでガルシアの背に斬撃を伸ばした。
──剣から離れたガルシアの左手が、騎士盾を豪快に振り回す。
「──ぬるいわっ!!」
衝突音を伴って、一撃は容易く弾かれた。
つられて体勢を崩したロレンスは、直後、自身に襲い来る横薙ぎを視界に捉える。
「おわっ──」
咄嗟に後方へ飛び退いたロレンスの鼻先を掠めて、唸りをあげる剣先が通り過ぎた。
……あっぶねぇ──!!
肝を冷やしたロレンスと、圧力から解放されたマービンの視線が交差する。
盾を持たぬ遊撃手にとって、両足が浮いたこの一瞬は──即死の間合。
『──カバーッ!』
『分かってる!』
ロレンスを追う構えに入ったガルシア目掛け、剣を抜こうとしたマービンは──。
──振り向いたガルシアからのひと睨みで、本能的に重盾を構えて飛び退いた。
マービンの心臓が、跳ね上がるように脈打つ。
その視線だけで、真っ二つに両断された自身の映像が過ぎった。
……攻撃に移ったら、終わってた──。
「もう一度言うぞ、小童共」
同時に間合いの外まで退いた二人をそれぞれに一瞥して、ガルシアが息を吸い込む。
「──いい加減、覚悟を決めろっ!!」
響きわたる叫び声が、二人の頬を叩いた。
……切断された片足の断面。
尚も漏出するトリオンの残滓、重心の崩れた構え。
それですら迸る、この威圧感。
『……片足でこれかよ』
『嫌になるな』
……仮に、クラリスがガルシアの足を削っていなければ──。
マービンは重盾ごと一撃で叩き切られ、ロレンスもまた、追撃に両断されていたかもしれない。
細く長い息を吐いた二人が、同時に構えを取り直す。
ガルシアが、その構えから感じ取った通り。
この七年間、二人はそれぞれに幾多の経験を積んできた。
その力量は、見習い当時とは比べるべくもない。
──だからこそ、ロレンスは、マービンは。
今になって、ようやくその思い違いに気が付いた。
"あのおっさん、マジで手加減ってもんを知らねぇ"
当時の彼らを容易く締め上げた、記憶の中のガルシアでさえ。
過去、一度たりとも──。
……"本気"だった事など、無かったのだと。
──────────
✦王都北地区 市街地──
……まだ、この辺りは避難が始まっていない。
街道を目指して街並みの屋根を駆けるイリーナは、眼下でざわつく市民達の声に耳を傾ける。
「──今日はやたらと騒がしいな」
「なんだろうね、さっきから」
遠くから時折響く轟音に、市民達が首を傾げていた。
……戦線が此処まで拡大しない根拠はない。
今のうちに、避難を促すべきだろうか?
彼らが巻き込まれる可能性と、不必要な混乱を生む可能性。
それらを秤にかけて逡巡したイリーナは、後者をより重く見た。
……いや、これは本心を偽っている。
"同期達の安否を優先し、彼らの万が一を見過ごす"。
そして、その決断を無意識に正当化している。
自身の本音をそう分析して、イリーナは首を振った。
──応援要請の通信を聞いてから。
正体不明の震えが、今も止まらない。
……私は、何を恐れているんだろう。
力及ばず死ぬ事か、間に合わず友を死なせる事か。
それとも──恩師を、手に掛ける事か。
どれでもないのかもしれない。
あるいは、その全てなのかもしれない。
"騎士としての在り方を、今一度見直されよ"
騎士団長の言葉が、心で何度も繰り返されている。
冷静でない事は、自分が、一番分かっている。
──それでも。
乱雑に駆け巡る葛藤の渦とは裏腹に、彼女の足は最速で街道を目指していた。
──────────
✦王都北地区 ディモフィル街道──
──剣戟が加速する。
その度に、ロレンスとマービンの戦闘体には手傷が増えてゆく。
いい加減、覚悟を決めろ。
何度も、何度も──。
ガルシアは、自身にそう言い聞かせていた。
──剣を交える度、記憶の幻影が視界を覆う。
鼻の奥に、鈍い痛みが走る。
"そうやって考えなしに突っ込むな!!"
盾に走る衝撃が、雛鳥の成長を直接伝えてくる。
そうだ。
敗色濃い難敵にも、その目で向かっていけ。
"──重装手だろうが! すぐに退こうとするな!!"
鎧に届かなかった刃先が、幻影だけを裂いた。
そこで冷静になれるのが、お前の長所だ。
もっと打ち込んでこい。
まだ、剣筋が荒いぞ。
反撃の意志が弱すぎる。
そうだ。
それで良いんだ──。
「……昔っから──すぐ、顔に出るんだよなぁ。あんたはさぁ!!」
力任せの鍔迫り合いに、火花が迸る。
幻影に割り込んで──眉間に皺を寄せたロレンスが、悲痛な声で叫んだ。
「だから嫌いなんだ!! そんな顔する位なら、最初から悪役ごっこしてんじゃねぇよっ!!」
──ロレンスの前蹴りが、ガルシアの腹に突き刺さる。
……この足では、重心が戻せん──!
衝撃で後方に弾け飛んだガルシアは、咄嗟にロレンスの追撃に備える。
──背後に、気配がした。
「……そろそろ──覚悟、決めて貰っていいすかね」
咄嗟に身体を捻ったガルシアの首筋を、守勢一方だったマービンの剣閃が掠める。
どうにか片手をついて身を翻したガルシアは、ロレンスの追撃を剣で制した。
「いつまでも格上ぶってんじゃねぇぞ、オッサン!!」
「一応、仕留める気なんで」
鼻を擽る痛みが、いつの間にか消えていた。
──代わりに、腹の奥底から、笑いが溢れてくる。
目の前に立つのは、幻影などではなく──本物の、実力者達。
死の淵にこそ湧き上がるその高揚感を、ガルシアはよく知っていた。
「……くくっ……」
格上ぶるな、か。
……戦火の熱さも知らん、"終戦世代"が──。
「──一丁前な事を抜かすなっ!!」
「うるせぇ!! ──騎士をナメんじゃねぇっ!!」
平和の中で、よくぞ、此処まで育った。
……だが──。
「小童二人が、容易く越えられる壁と思うなっ!!」
──ガルシアの叫びに混じって。
ロレンスとマービンの背後から、軍靴の着地音がした。
決して、ガルシアへの警戒を解きはしない。
視線を"敵"へと預けたまま──二人が、にやりと笑った。
「……では──」
ロレンスの肩を押し除けて姿を現す、見覚えのある──しかし、見違えた姿。
……ああ、お前もまた、こんなにも──。
「三人ならどうでしょうか。……"先生"」
騎士剣を静かに引き抜き──ロレンス達の隣に並び立った彼女に、ガルシアは鋭い視線を送る。
「……確かめてみろ!! ──イリーナ=ベルベットッ!!」
ディモフィル街道に、咆哮が響いた。