✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
"けれど、ある日
マリルの目に 黒い影が映りました。
それは、星が落ち、空が沈む
まだ誰も知らない、ずっと先に起こる
悲しい未来の景色でした。
「なんで、こんな景色が見えるんだろう」
「きっと、星が『助けて』って言ってるんだよ!」
そう言って、ダリルは
マリルの手を ぎゅっと握りました。"──
──【童話】マリルとダリル
✦王都西地区 裏路地──
「おじさまは、本屋さん?」
古物商の後に続きながら、絵本を脇に抱えたアイルが訊ねる。
古物商は、相変わらずにこにこと笑っている。
「なんでも屋さんだよ。お店には本以外にも色々あるからねぇ」
「本当? お花もある?」
──とんでもない商品が転がり込んできたものだ。
「ああ、あるとも」
目を輝かせるアイルとは対照的に、
「ところでお嬢ちゃん。──お名前は?」
その問いに、アイルがたじろいだ。
……バレちゃ駄目だから──。
「……ソ、ソフィ」
アイルは、咄嗟に浮かんだ侍女の名を名乗る。
「そう。じゃぁ、お店に行こうか、ソフィちゃん」
古物商の笑顔が静かに濁った。
──────────
✦王都西地区 市街──
……何処にいった、アイル──。
アルマが、焦燥を抑えて街を疾駆する。
「──あれ、アルマ王子じゃない?」
「本当だ」
市民たちは、その様子をただ奇異の目で見ていた。
『──アルマ』
ふと、アルマの脳内に聞き慣れた声が響いた。
──トリガーによって造られる戦闘体には、トリオンを介した内部通信機能が備わっている。
『フォニーか』
『今更遅いが、あまり目立つな。状況が悪くなるぞ』
『……分かってる』
闇雲に訊ねて回れば、王女の失踪をいたずらに広めるだけ。
だが──時間が経てば経つほど、アイルの身に危険が生じる可能性は高くなる。
"お兄様!"
アルマの脳裏に、中庭で手を振る妹の姿が過ぎった。
『──ソフィからの言伝がある。輸送隊曰く、本日の定期馬車が積荷を下ろしたのは"プラユス広場"だそうだ』
『……礼を言っておいてくれ』
広場に降りたとして、アイルなら──。
市民や商人達が行き交う市街中央は避け、裏通りへ。
──一足飛びで建物の屋根に飛び乗ったアルマは、風の如くプラユス市街を目指した。
──────────
✦王都北地区 鐘楼塔──
──アルマがプラユスを目指し始めた頃。
王都北端、"鐘楼塔"の高台。
「……戦火が遺した爪痕も、僅か二十年でこれだ」
眼下に広がる町並みは、今日も安穏な空気に包まれている。
目を細めた男──"鷹の翼"統率者・ハイルディンが、額の古傷を擦った。
「──頭ぁ、"西の業者"から連絡が」
髭面の男が、梯子からひょっこりと顔を出す。
ハイルディンは、目線だけを僅かにそちらへ向けた。
「内容は」
「なんでも──『王女を拾った』とかって」
途端、ハイルディンの目付きが鋭くなる。
状況は全く分からないが、それが事実なら──。
「……欲に溺れる豚め」
ハイルディンは、脳裏に過ぎった"薄ら笑いの貼り付いた古物商"に小さく吐き捨てる。
「──余計な真似はするなと伝えておけ」
「へぇ」
──ハイルディン達のすぐ頭上。
巨大な鐘が、大きな振動を伴って正午の報せを奏で始める。
その音色は、瞬く間に王都へと広がっていった。
──────────
✦王都西地区 プラユス広場──
「イリーナッ!」
巡察中、遠方から響いてきた正午の鐘に気を取られていた女騎士──イリーナ=ベルベットは、ふいに自身の名を呼ぶ声に振り返った。
「──王子殿下?」
音もなく着地したアルマが、肩で息をしながらイリーナに歩み寄る。
「いかがなさいましたか」
「……アイルが、王宮を抜け出した」
「……な……!?」
「馬車に忍び込んだなら、この辺りにいると思う。何か知らないか」
……王女殿下を見かければ、流石に気付くが──。
イリーナは顎に手を当てて俯くと、巡回中に拾った声を遡り始めた。
──"もっと稼いで帰らないと家内がうるさいんだよ"
──"最近は王都も小競り合いが多いなぁ"
──"ほら、これ! リゾーマのお土産!"
──"安いよ安いよー! とれたて新鮮っ!"
…………。
──"綺麗なドレスだったね〜"
──"宮廷の子かな"
はっとしたイリーナが、顔を上げた。
「──先程、"ドレスを着た少女"の話をしていた者が」
「どっちだ」
イリーナが指差した方向に、アルマの推測が重なる。
──やはり、裏通りか。
「助かる」
「殿下おひとりで向かわれては! 裏路地は──」
咄嗟に制止しようとしたイリーナだったが、振り上げた手の先、既に遥か先にあったアルマの背中は雑踏に消えた。
──────────
✦王都西地区 商店──
木霊する鐘の音が、やがて空へと吸われた頃。
役目を引き継ぐように、木製の扉が軋んで鳴いた。
「……さぁ、どうぞ」
「お邪魔します」
ぺこり、と頭を下げて、アイルは古物商が営む商店へと足を踏み入れる。
「……わぁ……!」
アイルが、またキラキラと目を輝かせた。
古い木と埃の香りが鼻をついたが──所狭しと立ち並ぶ商品は、アイルにとってどれもが新鮮だった。
「なんでも見て良いんだよ」
「ありがとう、おじさま!」
はしゃいだ声で言って、アイルが商品に触れて回る。
ブリキの兵士や、不思議な形の食器。
アイルの手がまだ届かない壁には、古い剣やタペストリー。
「……あ、これ──」
アイルの目が、棚の片隅に置かれたドーム型の置物に留まった。
小さなその世界には、雪の欠片が煌めいて舞い──その中央で、双子の兄弟が手を取り合っている。
アイルは、ふと──幼い頃の"読み聞かせ"を思い出した。
"──そう言って、ダリルは
マリルの手をぎゅっと握りました"
……童話を読みあげる、ソフィの、優しい声。
ずきりと胸が痛んだアイルは、悲しげに目を伏せた。
「……おじさま、ごめんなさい。私、帰らなきゃ──」
──閂が閉じる音。
「ごめんねぇ」
アイルは古物商の顔を見た。
先程までと同じにこにことした笑顔。
けれど──。
「もう、君は帰れないんだよ。"アイルちゃん"」
──それはもう、人間に向ける目ではなかった。
【登場人物】
✧ハイルディン=ベイカー(41)
"鷹の翼"統率者。
額に大きな古傷を負っている。
✧イリーナ=ベルベット(20)
王都西地区を巡察していた女騎士。
【用語解説】
✧プラユス広場
多数の商人や市民が行き交う西地区の中央。
宮廷馬車の停留所のひとつになっている。
✧鐘楼塔
北地区を象徴する大きな鐘を擁する塔。
大戦の戦火を逃れた"平和の象徴"。
✧通信機能
戦闘体に搭載される標準機能のひとつ。
個別、一般、一斉等の対象切替が可能。