✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中)   作:CABIN.

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"けれど、ある日
 マリルの目に 黒い影が映りました。

 それは、星が落ち、空が沈む
 まだ誰も知らない、ずっと先に起こる
 悲しい未来の景色でした。

「なんで、こんな景色が見えるんだろう」
「きっと、星が『助けて』って言ってるんだよ!」

 そう言って、ダリルは
 マリルの手を ぎゅっと握りました。"──
 
        ──【童話】マリルとダリル




《第4話》手を取る影

✦王都西地区 裏路地──

 

 

「おじさまは、本屋さん?」

 

古物商の後に続きながら、絵本を脇に抱えたアイルが訊ねる。

古物商は、相変わらずにこにこと笑っている。

 

「なんでも屋さんだよ。お店には本以外にも色々あるからねぇ」

「本当? お花もある?」

 

──とんでもない商品が転がり込んできたものだ。

 

「ああ、あるとも」

 

目を輝かせるアイルとは対照的に、

 

「ところでお嬢ちゃん。──お名前は?」

 

その問いに、アイルがたじろいだ。

……バレちゃ駄目だから──。

 

「……ソ、ソフィ」

 

アイルは、咄嗟に浮かんだ侍女の名を名乗る。

 

「そう。じゃぁ、お店に行こうか、ソフィちゃん」

 

古物商の笑顔が静かに濁った。

 

 

──────────

✦王都西地区 市街──

 

 

……何処にいった、アイル──。

アルマが、焦燥を抑えて街を疾駆する。

 

「──あれ、アルマ王子じゃない?」

「本当だ」

 

市民たちは、その様子をただ奇異の目で見ていた。

 

『──アルマ』

 

ふと、アルマの脳内に聞き慣れた声が響いた。

──トリガーによって造られる戦闘体には、トリオンを介した内部通信機能が備わっている。

 

『フォニーか』

『今更遅いが、あまり目立つな。状況が悪くなるぞ』

『……分かってる』

 

闇雲に訊ねて回れば、王女の失踪をいたずらに広めるだけ。

だが──時間が経てば経つほど、アイルの身に危険が生じる可能性は高くなる。

 

 "お兄様!"

 

アルマの脳裏に、中庭で手を振る妹の姿が過ぎった。

 

『──ソフィからの言伝がある。輸送隊曰く、本日の定期馬車が積荷を下ろしたのは"プラユス広場"だそうだ』

『……礼を言っておいてくれ』

 

広場に降りたとして、アイルなら──。

市民や商人達が行き交う市街中央は避け、裏通りへ。

 

──一足飛びで建物の屋根に飛び乗ったアルマは、風の如くプラユス市街を目指した。

 

 

──────────

✦王都北地区 鐘楼塔──

 

 

──アルマがプラユスを目指し始めた頃。

王都北端、"鐘楼塔"の高台。

 

「……戦火が遺した爪痕も、僅か二十年でこれだ」

 

眼下に広がる町並みは、今日も安穏な空気に包まれている。

目を細めた男──"鷹の翼"統率者・ハイルディンが、額の古傷を擦った。 

 

「──頭ぁ、"西の業者"から連絡が」

 

髭面の男が、梯子からひょっこりと顔を出す。

ハイルディンは、目線だけを僅かにそちらへ向けた。

 

「内容は」

「なんでも──『王女を拾った』とかって」

 

途端、ハイルディンの目付きが鋭くなる。

状況は全く分からないが、それが事実なら──。

 

「……欲に溺れる豚め」

 

ハイルディンは、脳裏に過ぎった"薄ら笑いの貼り付いた古物商"に小さく吐き捨てる。

 

「──余計な真似はするなと伝えておけ」

「へぇ」

 

──ハイルディン達のすぐ頭上。

巨大な鐘が、大きな振動を伴って正午の報せを奏で始める。

 

その音色は、瞬く間に王都へと広がっていった。

 

 

──────────

✦王都西地区 プラユス広場──

 

 

「イリーナッ!」

 

巡察中、遠方から響いてきた正午の鐘に気を取られていた女騎士──イリーナ=ベルベットは、ふいに自身の名を呼ぶ声に振り返った。

 

「──王子殿下?」

 

音もなく着地したアルマが、肩で息をしながらイリーナに歩み寄る。

 

「いかがなさいましたか」

「……アイルが、王宮を抜け出した」

「……な……!?」

「馬車に忍び込んだなら、この辺りにいると思う。何か知らないか」

 

……王女殿下を見かければ、流石に気付くが──。

イリーナは顎に手を当てて俯くと、巡回中に拾った声を遡り始めた。

 

──"もっと稼いで帰らないと家内がうるさいんだよ"

──"最近は王都も小競り合いが多いなぁ"

──"ほら、これ! リゾーマのお土産!"

──"安いよ安いよー! とれたて新鮮っ!"

 

…………。

 

──"綺麗なドレスだったね〜"

──"宮廷の子かな"

 

はっとしたイリーナが、顔を上げた。

 

「──先程、"ドレスを着た少女"の話をしていた者が」

「どっちだ」

 

イリーナが指差した方向に、アルマの推測が重なる。

──やはり、裏通りか。

 

「助かる」

「殿下おひとりで向かわれては! 裏路地は──」

 

咄嗟に制止しようとしたイリーナだったが、振り上げた手の先、既に遥か先にあったアルマの背中は雑踏に消えた。

 

 

──────────

✦王都西地区 商店──

 

 

木霊する鐘の音が、やがて空へと吸われた頃。

役目を引き継ぐように、木製の扉が軋んで鳴いた。

 

「……さぁ、どうぞ」

「お邪魔します」

 

ぺこり、と頭を下げて、アイルは古物商が営む商店へと足を踏み入れる。

 

「……わぁ……!」

 

アイルが、またキラキラと目を輝かせた。

古い木と埃の香りが鼻をついたが──所狭しと立ち並ぶ商品は、アイルにとってどれもが新鮮だった。

 

「なんでも見て良いんだよ」

「ありがとう、おじさま!」

 

はしゃいだ声で言って、アイルが商品に触れて回る。

ブリキの兵士や、不思議な形の食器。

アイルの手がまだ届かない壁には、古い剣やタペストリー。

 

「……あ、これ──」

 

アイルの目が、棚の片隅に置かれたドーム型の置物に留まった。

小さなその世界には、雪の欠片が煌めいて舞い──その中央で、双子の兄弟が手を取り合っている。

 

アイルは、ふと──幼い頃の"読み聞かせ"を思い出した。

 

 "──そう言って、ダリルは

 マリルの手をぎゅっと握りました"

 

……童話を読みあげる、ソフィの、優しい声。

ずきりと胸が痛んだアイルは、悲しげに目を伏せた。

 

「……おじさま、ごめんなさい。私、帰らなきゃ──」

 

──閂が閉じる音。

 

「ごめんねぇ」

 

アイルは古物商の顔を見た。

先程までと同じにこにことした笑顔。

けれど──。

 

「もう、君は帰れないんだよ。"アイルちゃん"」

 

──それはもう、人間に向ける目ではなかった。

 

 





【登場人物】
✧ハイルディン=ベイカー(41)
 "鷹の翼"統率者。
 額に大きな古傷を負っている。

✧イリーナ=ベルベット(20)
 王都西地区を巡察していた女騎士。

【用語解説】
✧プラユス広場
 多数の商人や市民が行き交う西地区の中央。
 宮廷馬車の停留所のひとつになっている。

✧鐘楼塔
 北地区を象徴する大きな鐘を擁する塔。
 大戦の戦火を逃れた"平和の象徴"。

✧通信機能
 戦闘体に搭載される標準機能のひとつ。
 個別、一般、一斉等の対象切替が可能。
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