✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
──ピュロン王宮、宮廷騎士集会場。
何人かの騎士達が思い思いの時間を過ごすのを横目に見ながら、受付嬢は退屈げに欠伸をひとつ。
今日も、王宮は呆れるほどに平和だった。
「……あら?」
ひとりでに開いた──かのように見えた扉の隙間から、可愛らしい耳がついた小さな球体がひょこりと顔を出す。
「ごきげんよう、フォニー。珍しいわね」
受付嬢のペネロペ=パンナコッタは、欠伸を噛み殺して言った。
『……ペネロペ、エルゼンに繋いでもらいたい。──火急だ』
「団長に? 待ってね」
フォニーの耳がパタパタと動くのを見ながら、ペネロペが机に置かれた装置を起動する。
空間に浮かび上がった騎士達のリスト、その最上部に綴られた騎士団長の名は、暗く塗り潰されていた。
「生憎だけど、回線が繋がってないみたいね」
ふあ、と再び欠伸をして、ペネロペが言った。
──繋がっていない?
フォニーの中枢回路が疑問を呈した。
戦闘体に換装されてさえいれば、王都中の何処にいたとしても通信回線の構築は可能な筈。
フォニー自身が構築したシステム故に、その点については間違いない。
『エルゼンは定期巡回中の筈だろう。公務中に戦闘体を解除していると言うのか?』
「さぁ。それか、お忍びでリゾーマにでも遊びにいってるんじゃない?」
興味を失った声でペネロペが言う。
『お前と一緒にするな』
「私だってしないわよそんなこと。今だってこうしてちゃんと受付に──ふぁ」
呆れたフォニーが身体を揺する。
『……まぁ良い。ではイリーナに──』
「──フォニー殿、こちらにおられましたか!」
廊下側から、フォニーを呼ぶ声。
振り返ると、執事のひとりが駆け寄ってきた。
「陛下が、フォニー殿をお呼びです」
『……クラウスが?』
フォニーが、耳を僅かに上下させた。
──────────
✦ピュロン王宮中枢 政務殿──
綺羅びやかな装飾を施された円卓と、高々と掲げられたフィエリア王家の紋章旗。
その円卓を取り囲む華美な椅子に、"国家の中枢"達が腰掛けて言い争っていた。
「──騎士団長は不在ですけれど。王妃のお言葉に照らせば、どのみち軍備増強が優先ではなくって?」
──典礼卿 イシア=ネメセト
「その資金が突然降って湧くとでも? 私は反対だ、これ以上の課税はいらぬ破綻を招く!」
──歳出卿 ブラン=エスペラント
「民の声より死者の遺言を優先されてはたまりませんな、典礼卿。感情ではなく前例と論理に照らして頂きたい」
──司法卿 ロワール=カランビック
「その発言は地雷でしょ、ロワールさん……まぁ、一旦落ち着きましょうよ。──ねぇ、カンデラ殿?」
──使節卿 ニア=ハドリー
「……ううむ、確かに……陛下、まずは争点の整理を」
──尚書 カンデラ=パリストン
最も華美な椅子に腰掛けた国王──クラウス=フィエリアは、遠い記憶を遡るように天井を仰いで瞼を閉じる。
……国家とは、かように脆く不安定なものだろうか。
──再び目を開いたクラウスは、言い争いを続ける典礼卿と司法卿を手の動きで制した。
「……それぞれの意見は尊重しよう。その上で──お前たちがすべきは、"主張の押し付け合い"か? それとも"意味ある議論"か?」
沈黙。
国家の中枢たる彼ら──"宮廷五官(ペンタルコン)"の混乱と焦燥は、国家に生じた歪と軋み、その不協和音の現れである。
「そりゃあ、すべきは議論でしょう。──彼らがしたいのは押し付け合いなんでしょうけど」
「なんですって?」
「ニア=ハドリー! 陛下に向かってなんだその態度は!」
使節卿の発言に、また円卓がざわめき始めた時──。
混沌を極めた空気を遮断するように、扉の開く音が響いた。
『すまない、遅くなった。──用件を聞こう、クラウス』
──記譜官 フォニー
──────────
✦王都西地区 商店──
ずれた時を刻む古時計が、今になってもう一度正午を告げる。
無機質な鐘の音が、アイルには酷く不気味に響いた。
「絵本もあるよぉ。玩具も、花も──なんでも」
「……っ……!」
──また、この感覚。
後退りながら、アイルはかたかたと震えていた。
景色が、流れ込んでくる。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよぉ」
古物商が、異様なほど口角をつりあげた。
煩雑な店内のその影に、何人もの、人の気配がする。
「……いや……来ないで……」
羽織を握りしめたアイルの頬を一筋の涙が這った、その時──。
──雷轟。
「──!?」
古物商が、アイルが、そう錯覚する程の衝撃音と共に、入り口の扉が突然弾け飛んだ。
飛来した扉が店内の商品を乱雑に薙ぎ倒すと、長年蓄積された埃が一斉に舞い上がる。
「……けほっ……!!」
──何だ……!?
古物商が入り口に向き直ると──。
光で成形された槍の穂先が、眼球間近に迫る。
「邪魔だ、どけ」
「ひっ……」
視界を遮っていた古物商が尻餅をついたことで、アイルの目に、その"原因"が映った。
「……お兄様っ……!!」
「悪い、遅くなった。──帰ろう、アイル」
──若獅子 アルマ=フィエリア
【登場人物】
✧ペネロペ=パンナコッタ(27)
宮廷騎士集会場の受付嬢。
安穏な空気を好み、やる気はいまいち。
✧クラウス=フィエリア(42)
双星ピュロンの国王。
"獅子王"の異名を持つ大戦の英雄。
✧イシア=ネメセト(41)
国家の儀礼を司る"典礼卿"。
宮廷五官唯一の女性。
✧ブラン=エスペラント(50)
国家の財政を司る"歳出卿"。
王政に携わる者の中でも最古参。
✧ロワール=カランビック(45)
国家の規律を司る"司法卿"。
立場上、イシアとの仲がやや険悪。
✧ニア=ハドリー(31)
国家の外交を司る"使節卿"。
宮廷五官の最年少者。
✧カンデラ=パリストン(42)
国家の総務と行政文書を司る"尚書"。
国王と同年代で旧知の仲。
✧フォニー(??)
アルマの教官改め、国政を記録する"記譜官"。
記録のみでなく助言や総括も担当する。
【用語解説】
✧宮廷五官(ペンタルコン)
国家の中枢を担う五名の総称。
数名がクラウスの戴冠以前から拝命。
✧政務殿
宮廷五官の定位置。
国政に係るあらゆる議論が飛び交う。