✦亡国のフィエリア ─Another_WORLD TRIGGER─(統合中) 作:CABIN.
"お前もフィエリア王家だ"
アルマは、書斎を飛び出す直前にフォニーから告げられた言葉を思い返す。
意味するところを、理解したつもりだった。
必然下るであろう独断への懲罰にも覚悟はあった。
……だが──。
「違うのっ! お兄様も、イリーナも! 私が勝手に飛び出しちゃったから、それで、危ない目にあって──!」
アイルが、まだ無垢な妹が、震える身体を必死で抑え、民衆の前に乗り出して叫んでいる。
「……王女殿下……」
イリーナは力なくアイルに手を伸ばしたが、掌は虚しく虚空を掴んだ。
「──危ない目ぇ!? 私はお前に本もくれてやった! 沢山の玩具も見せてやったっ! それなのにお前はっ!
王家なら思い込みで民を傷つけていいのかっ!?」
どよめき。
幼い王女の叫びは僅かに民衆の呵責を揺さぶったが、それもすぐバストーラの扇動に飲まれた。
「……王家はいいよな。子供なら、王家なら何をしても許されるのか?」
「国民がどれだけつらい生活をしてるかなんて知らないんだろう」
──理解、出来ていなかった。
「……お願い……!! 信じてっ……!!」
向けられる侮蔑と失望の視線、それに必死で抗うアイルの姿に、アルマは表情を歪めた。
王家と言う特別も。
容易く揺蕩う民衆心理も。
それらを利用してみせる狡猾さも──。
「わしはっ! わしはただ、善意でぇっ!!」
大仰な演技は更に加速する。
ぼろぼろと大粒の涙を零し、腹が痛むとのたうち回りながら、バストーラは叫んだ。
……僕は、何一つ──。
視界は霧掛かり、槍を握るアルマの手が緩んだ時。
「──ええ、そうですとも、バストーラ殿!」
唐突に口を開いたのは──。
アルマの手で縄を握られたマリナスだった。
目を見開いたアルマがマリナスを見遣るが、マリナスは真剣な瞳でじっとバストーラを見つめている。
「我々は、ただ──王女を誘拐して売りつけようとしただけだと言うのに!」
「──!?」
「………は?」
困惑。
あまりにも唐突な発言に、民衆も、バストーラも、アルマ達も、その場の誰もが固まった。
「……な、な、何をデタラメな事をっ!?」
「あと少しで目的は果たされたと言うのに、まさかこれほど迅速に対応されようとは! 騎士の力を見誤っておりましたな、バストーラ殿っ!!」
「……マリナス、お前──」
言いかけたアルマに、マリナスが目配せする。
「……こうなってしまった以上、我々"鷹の翼"も、貴殿との密約は打ち切らざるを得ないでしょうな!」
「──ち、違う! 違うぞっ!」
バストーラが滝のような汗をかきながら否定するが──。
ほんの少しのきっかけで燃え上がり、正義の美名に酔い、責任や根拠などまるで問わずに延焼する。
民衆心理なるものが、いかに短絡的で脆く、無責任に揺蕩うものか。
他ならぬバストーラ自身が、最も良く理解していた。
──猜疑の目は、いとも容易く掌を返す。
「……誘拐……? でも、言われてみれば怪しい」
「騎士だって、流石に理由なく暴力は振るわんよなぁ」
アルマが、イリーナが、アイルが。
三者三様の面持ちで、呆気に取られている。
「──マリナスッ!! 貴様ぁっ!! 裏切るのか!!」
「はて、裏切ったのはどちらでしょうな。……鷹の翼は、断じて──」
大袈裟に首を振った後、マリナスは鋭い目でバストーラを睨み付けた。
「──貴様のような小悪党の道具ではないっ!!」
──────────
遡ること、数日──。
"鷹の翼"、集会場。
「……はてさて、あの様な輩──信じて良いものですかな」
マリナスが、肩を竦めながら問う。
鷹の翼"統率者"──ハイルディンは、静かに振り返ると、真っ直ぐにマリナスの目を見た。
「俺が、奴を信じたように見えたのか? マリナス」
マリナスもまた、その瞳にじっと視線を向ける。
……ああ、このお方は。
その鈍色の瞳に、まだあの日の──燃え盛る業火を映している。
──"このバストーラ、僭越ながらもっ! "鷹の翼"の崇高な意志に共鳴し、是非是非ご助力したくっ!"
……歯の浮くような台詞をぬけぬけと。
マリナスは、その声を掻き消すように首を左右に振った。
「──滅相もない」
「金勘定でしか物事を測れん密売人風情が、訳知り顔で共鳴などと。……虫唾が走る」
吐き捨てたハイルディンが歩みを進める。
マリナスもそれに続いた。
「……だが、背に腹は代えられん。トリガーの調達経路は必要だ」
「では、要求通りに私があの輩の護衛を?」
「監視だ。……目的の為なら──豚畜生にも、幾らか餌はくれてやる」
──────────
マリナスがアルマに敗北した直後──。
ピュロン王都、裏路地。
「マリナス。──お前、なんで騎士団を離れた?」
縄を掴んだまま前を歩くアルマは、友人とでも話すような口調でマリナスに問いかけた。
「……早速尋問ですかな」
「いや。単なる興味だよ」
先程の戦闘を思い返しながら。
アルマは、自身の思考を言葉でトレースする。
「──夢破れた騎士崩れ、なんて腕じゃなかった」
"一瞬の油断が──命取りでしょうよっ!!"
「僕が集中を切らした瞬間、黙って斬り掛かれば終わってた筈だ。……それに──」
不意に立ち止まり、アルマがマリナスに向き直る。
「──お前が、アイルを庇おうとしてたから」
マリナスが目を見開く。
「庇う? 何故そう思われたのです?」
「……お前があのタヌキの"用心棒"なら、タヌキが逃げ出した時点で追うべきだし──お前、ゴロツキ共の射線がアイルに被らないように調整してたろ?」
……この男、あの多対一の局面でどこまで──。
啞然とするマリナスの表情を、アルマは淡々と眺める。
"──行かせるなっ!!"
……マリナスが焦りを見せたあの瞬間。
あの瞳は確かに、アイルを"追うべき獲物"ではなく、"守るべき弱者"として映していた。
「──今でも騎士なんだよ、お前の振る舞い。……そんな奴が、なんで騎士団を離れたのかと思ってさ」
「……恐悦至極ですが──いやぁ、買い被りが過ぎますなぁ」
「だんまりかよ。まぁ良い、尋問で吐かせる」
「おお、恐ろしい。どうか御手柔らかに」
歩き始めたアルマの背中に、マリナスが続く。
……今でも騎士──か。
マリナスは、自嘲気味に笑った。