【僕のヒーローアカデミア】志村転弧ヒーロールート トロフィー【IF..】獲得チャート 作:ぃぃぃぃん
7月の終わり、じっとりとした空気をまといながらも、蝉の声が活気をくれる夕暮れ間近。転弧は、スマホに届いたメッセージを見ていた。
『暇なら来い。場所送ったぞ。』
発信者はルミ。文面だけなら誘いというより命令に近い。だが転弧は、すでに上着に腕を通していた。
「……行くか。」
指先で位置情報をタップし、目的地を地図に表示させる。場所は繁華街から一本外れた、古びた商店街の裏通りだった。
暖簾をくぐると、そこには和の趣を残した小さな甘味処。中には着物を着た年配の女性店員が1人、涼やかな笑みを浮かべて迎えてくれた。転弧が座ると、声を掛けてきた。
「おや、いらっしゃい。暑かったでしょう。冷たいお茶でもどうぞ。」
手際よく淹れられた煎茶が、転弧の前に置かれる。器もまた涼しげで、見た目からしてほっとする。
「……いただきます。」
店の奥から、「おーい」と手を振るルミの声。今日はヒーロー活動ではないのか、ラフなTシャツにデニムだった。
「遅ェよ。もう一杯目、飲み終わるとこだった。」
「五分前には着いてるからいいだろ。」
「私が一番に来てただけだっつーの。」
ルミが椅子に腰を下ろすと、ふたりの間に自然と静かな時間が流れる。転弧は何気なく店内を見回した。レトロな内装に、甘味の甘い香り。どこか懐かしい空間だった。
「最近オープンした店なんだと。」
そう切り出す彼女に、転弧は頷くだけだった。
「……なんだよ、その目は。私だってこういう店、行くぞ?」
「別に。似合わないとは言ってねェ。」
「でも思ってただろ。どうせゲーセンとか、ラーメン屋だって。」
「思ってねェよ。」
ムッとした表情を浮かべるルミに笑いがこみ上げる。こうしていると、やっぱり彼女との距離感は心地いい。
先程の店員が声をかけてきた。
「お飲み物はどうなさいますか?」
「このままでお願いします。」
「はい、分かりましたよ。メニューも置いとくね。」
ルミが噴き出すように笑った。
「渋いな〜。女と来てんのに、追加注文ナシ?」
「甘いもんには渋いもんだろ、普通。」
「……言うじゃねぇの。」
小さく笑いながら、ルミは抹茶のパフェに手を付けた。
それからの時間は、自然と会話が弾んだ。共通の知り合いの話、最近の情勢への愚痴、そしてどうでもいいようなニュースの話題まで。
気がつけば、空は茜色に染まり始めていた。
「じゃ、そろそろ……。」
店を出た転弧が背を向けようとした、その瞬間。
ぐい、と腕を引かれた。
「まだ付き合えよ。話し足りねえぞ!」
「……どこだ?」
「うち。近ェからな!ほら、行くぞ!」
選択肢はなかった。強引な手に引かれ、そのままルミの自宅へ向かう。
途中、特に会話はなかった。だが沈黙が気まずいとは思わなかった。静かな街の灯りと、ルミの歩調。それだけでよかった。
「おう、上がれ。」
ルミの部屋は意外にも整っていた。転弧が座ったソファの横に、飲みかけの缶コーヒーが置かれているくらい。
「んで。続きな。」
「話ってなんだ?……待て、なんか近くねぇか?」
「なんでもいーだろ?別に困んねえだろ。」
ルミが、ふと近づいてきた。いつの間にか彼女に押し倒されていた。
「なあ、転弧。お前、私のことどう思ってんだ?」
その声には、どこか迷いが混じっていた。
「まさか、またすっとぼけるつもりじゃねぇだろうな……?ただの付き合いでこんなこと許すのか?」
数秒間沈黙した後、転弧が口を開く。
「……………お前が好きだ。こんな奴でも良いなら、恋人になって、ほしい…。」
声に出した瞬間、ルミの目が驚きに見開かれ、頬がみるみる赤く染まっていく。
「……っへへ、そーかよ!いいぜ!」
照れ笑いを浮かべながら、ルミは勢いよく身を寄せた。
「なら……今日だけは、良いよな?」
肩越しに囁かれる声は、さっきまでの彼女とは違っていた。
転弧は何も言わず、ただその存在を受け入れた。
しばらくの間、ふたりきりの夜が静かに流れていった。
翌朝、転弧が事務所に顔を出すと、出迎えたのは秀一の怪訝な視線だった。
「おいおいおいおい、転弧お前……!!」
「……何だ。」
「
「……何かついてるか?」
「んなレベルじゃねぇ!!キスマーク!ついてんぞ!」
さらに仁が横から割り込む。
「コイツら…プルスウルトラしたんだ!!そうだよ!」
「意味わからん。」
「超えちまったんだ!
秀一が肩を震わせて笑う。
「は〜〜、やりやがったなぁ転弧ォ……!」
「……うるせぇ、崩壊させんぞ。」
そう言って、転弧はデスクに向かう。だが、耳まで赤く染まっているのはごまかせなかった。
そして、スマホに一通のメッセージが届く。
──『私に黙って死ぬなよ』
転弧はそれに、短く返信を打った。
──『ああ』
送信を終えると、どこか背筋がすうっと伸びるような気がした。
八月の強い陽射しが地面を焦がす中、転弧は事務所の電話の音に顔を上げた。スピナーが応対し、すぐに険しい表情を見せた。
「雄英高校の林間合宿での案件、だとよ。」
その一言に、事務所にいた面々──コンプレス、トゥワイス、そして転弧自身の空気が変わった。冷房の効いた部屋が一気に冷え込んだようだった。エリはこてんと首を傾げている。
「警察からか?」
転弧の問いにスピナーはうなずく。
「そうだ。……全員で来いってさ。」
目的地は警察署。制服姿の警官たちの視線を一身に浴びながら、4人は重苦しい沈黙のまま会議室に通された。すでにオールマイト、グラントリノ、シンリンカムイなど名の知れたヒーローたちが集まり、テーブルの上には作戦図と衛星写真が並べられていた。さらにはミルコまでもが何故か加わっていた。
「ヴィラン連合のアジトと思われる場所を特定した。林間合宿での奇襲、並びに拉致された生徒を奪還するため、連合幹部の一斉確保を行う。」
警察官の言葉に、ヒーロー達は無言でうなずいた。全員が一枚岩というわけではない。だが、この任務だけは、失敗するわけにはいかない。
数日後の夜、突入部隊は集結した。バーを冠した連合のアジトに。雄英高校の記者会見の終了と同時に突入する算段だ。
首魁の死柄木弔、ワープゲートの個性を持つ黒霧、蒼炎を操る荼毘という男、他2人のメンバーが中にいることが予想された。
だが、こちらには切り札がある。
「トゥワイス、行けるか?お前と
リーダーの声に、トゥワイスは二つの親指を掲げて応える。コンプレスも微笑して頷く。
「問題ナシ!任せろ、リーダー!」
その瞬間、シンリンカムイが二人に分裂する。木の蔓が天井から地面から無数に伸び、オールマイトの登場に動揺したヴィランたちを一斉に拘束していく。コンプレスが動き、圧縮するべく近づいたときだった。
「オマエが!!嫌いだ!!!!」
甲高い絶叫とともに、バーの奥で何かが爆ぜた。泥のような黒い物質が死柄木弔の口から吐き出され、部屋を這いずるように広がっていく。
「…こりゃヤベェぞ!トゥワイス、シンリンカムイ!絶対ソイツ離すなよ!!」
コンプレスが叫ぶ中、転弧の視界が揺れた。ぐにゃりと空間が歪み、足元が沈んだかと思うと、次の瞬間、景色が一変していた。
廃墟だった。瓦礫の山、朽ちた鉄骨、割れた窓ガラス。バーではない。ここはどこだ? スピナーたちの気配もない。
転移の個性。そう直感した。誰の、何のために?
耳を澄ますと、すぐ近くで爆音が鳴った。何かが激しくぶつかり合う音に彼は駆け出した。建物の隙間をすり抜け、崩れかけた階段を駆け下りる。
瓦礫を押しのけたその先で、2人の人物が火花を散らしていた。
片や、鋼のような筋肉を誇る金髪の男──オールマイト。
片や、マスクをつけた異様な気配の大男。
「あれが……オール・フォー・ワン……!」
喉が乾いた。グラントリノ曰く、自分の祖母を殺した仇、全ての始まりの元凶。
オールマイトが叫ぶ。
「オール・フォー・ワン!!今日こそ貴様の全てに決着を付ける!!」
男は笑うように言い返した。
「寂しん坊だなぁ!5年ぶりなんだぜ!?オールマイト!!」
転弧は迷わずに全速力で彼らの後を追った。
オールマイトが
「オールマイト……?」
民衆の問いかけに応える余裕すらなく、オールマイトは血を吐きながらも、それでも敵から目を逸らさなかった。
(今しかねェ!)
転弧は地面に手をついた。五指で接した瞬間、爆発的に地面が崩壊する。崩れたアスファルトがオール・フォー・ワンを包むように飲み込み、煙と瓦礫が空中に舞い上がった。
だが、その中心で男は笑っていた。
「おいおい、空気を読んでくれよ!せっかく平和の象徴の秘密が世間にバレたんだ!もっと浸らせてもいいんじゃないのかい?」
余裕たっぷりに立ち上がる男の姿。転弧の五指で砕かれたはずの地面が、まるで無傷だったかのように再生していく。個性の応酬、それ以上の恐怖がそこにはあった。
転弧は即座に間合いを取り、構える。男の次の動きを予測するために。
「君には目をつけてたんだぜ? 志村転弧くん。何せ志村菜奈の孫だ!利用しない手はないだろう?」
祖母の名を口にされたとき、彼の中の何かがざわついた。祖母の名を知っている。いや、それだけではない。オール・フォー・ワンの声音には確かな確信と、残酷な期待が滲んでいた。
だが転弧は、冷静に目の前の脅威だけを見ていた。耳を傾ける必要はない。言葉など──
「ナガンに保護されたと聞いて諦めていたんだが、丁度良い!耳寄りな情報を教えてあげよう!」
その言葉が、意識に杭を打った。
「君が産まれたのはオールマイトに嫌がらせをするためだ。大変だったんだよ? 長女は育ちすぎていたし、目立つ行動は取れなかった!そこで君が産まれたんだ!」
(何を──言っている……?)
テンコの意識が急速にノイズを帯び始める。遠くで音がしていた。戦闘の音か、自分の鼓動か。
「産まれた時に君の個性因子を抜き取り、ヒーローは悪いものだと父親の抑圧を増進させた。…ああ、そうだ。みっくんとともちゃんだったね!」
(……まさか……!)
「彼らにも指示しておいたのさ。君がトラックに轢かれかけた二人を助けるように動け、とね。」
トラック。覚えている。あの後、一緒にヒーローごっこをして、みっくんに『転ちゃんはオールマイトみたいだ』って言われたっけ──
「頃合いを見て、ドクターの施設に合った個性から、可逆性を取り払い、破滅に向かう粗悪なコピーを君に与えた!!」
理解が追いつかない。世界がぐらりと傾く。あの時発現した個性が、与えられたもの? 破滅に向かうコピー?
自分の個性、みっくん、ともちゃん、父さん……全部この男の手の内だったというのか? 自分の人生は……最初から……全部?
転弧の身体が止まった。攻撃の手が、足が、思考が止まる。
(動け…動け動け!……動けよ、志村転弧……!)
心が叫んでも、肉体は従わなかった。吐き気が込み上げ、膝が崩れる。意識が寸断されるような錯覚。
その時──転弧の動きがピタリと止まった。
スピナーたちが捕らえた死柄木弔──改め、
立ち尽くす彼の頭上で、オール・フォー・ワンの巨大な腕が振り上げられる。
「そうさ! あの家の悲劇も! 苦痛も! 全部僕が与えたんだ!! 君は産まれるべきではなかった! ヒーローを目指す道理もないんだ!! 志村転弧!君は何も選んじゃいない!!」
轟音が鳴り響いた瞬間、頭に衝撃が走り、視界が真っ赤に染まる。
全身が空を舞い、背中から崩れたビルに叩きつけられる。骨が軋み、指の関節が砕ける音が聞こえた。
(指が……動かねェ……クソッ!)
個性が発動できない。血が滲む瞳の先で、オールマイトが立ち上がろうとしていた。誰かの大声が遠くから響いてくる。
(なんだ……誰か……いるのか?)
世界がぐにゃりと歪む。頭が重い。視界が霞む。同時に急激な眠気が襲ってくる。
(眠い…………。)
「………!Mr.!ミルコ!全身の骨がイかれてる!心音も微弱だ!」
誰かの声が聞こえる。次第に彼の身体から力が抜けていく。
(なにもわからない。もう、どうでもいい。疲れた……。)
そして
志村転弧は、目を閉じた。