【僕のヒーローアカデミア】志村転弧ヒーロールート トロフィー【IF..】獲得チャート 作:ぃぃぃぃん
子どもを育てることに、
「あ、あの……、ヒーローって、どんなことしてるの?」
私は驚きながらも答えた。
任務の話を、少しだけ。誇張も装飾もなしに。
すると彼は、まるで宝物のように、その言葉を覚えていく。
それが日課になった。朝の会話、夜のおかえり。
彼は毎日、笑顔で私を迎えるようになった。……そのたびに、私は救われていた。私がまだ、誰かの役に立てると思わせてくれた。ヒーロー社会の治安を守るため、何人も殺してきたというのに。2ヶ月後、「お味噌と柚子と鮭」を買ってきてほしいと頼んだのも、ただの思いつきだった。だが、転弧は一生懸命メモを握りしめ、途中まで一緒に歩いた道をしっかり戻ってきた。
迷わず買って、袋を両手にぶらさげ、帰ってきた彼の姿を見ていた。
「おかえり。無事に買ってこれたな。」
声をかけると、ぱっと顔を輝かせて、ご褒美をねだった。まだこういう所は年齢相当だと感じ取れた。
「ご褒美は?」と聞かれて、私は──彼を抱きしめた。子どもの体温は案外高いのだが、苦になるようなものではなかった。私の腕の中で、彼の小さな肩が震えた。
「……あったかい。」
小さな声でそう呟いた転弧の手は、私の服の裾をぎゅっと掴んでいた。私はその小さな背中を優しく撫でる。
抱きしめる腕は決して強くない。でも、それが転弧にとっては初めての「安心」の形だった。
「……いい子だ。ちゃんとできたな。」
ナガンの声が頭の上で響いて、転弧はこくんと頷いた。それから、少しずつ。彼は成長した。体も、心も、言葉も、優しさも。数日後、任務から帰った私を、彼はじっと見ていた。疲れが顔に出してしまっていたのかもしれない。ごまかすつもりだった。
「……? どうした、そんなに見つめて。」
けれど、彼は言った。
「なんかね、泣きそうな顔してる?」
……心の奥を、ひゅうと風が吹き抜けたようだった。
私は大丈夫と言いかけて、止まった。彼が、私の顔を見上げたまま、声をかけた。
「……よく見てるな。私は大丈夫だ」
「お仕事、ヒーローだけじゃないの?」
「……あ、あぁ。まぁ、な。さて、夕飯にするぞ、転弧」
無理矢理会話の話題を切り替える。しかし、彼は待ったをかけた。そして、そのまま、声を張り上げた。普段めったに大きな声を出さないため、少し驚いた。
「ま、待ってよ! 泣きそうな人ほっとけないよ……!」
「……だから、私は泣いて──」
「だって、火伊那さんが、助けてほしそうな顔してた!!」
──本当は、ずっと誰かに言ってほしかったのかもしれない。あの地獄のような日々を。ヒーローでありながら、人を殺してきたこの手を。矛盾と、苦しみと、もう戻れない場所から、それでも手を伸ばしてほしかったのかもしれない。私は話した。あの日々を、苦しみを、後悔を。転弧は、一言も遮らず、ただ聞いてくれた。目をそらさず、逃げず、否定せずに。子ども相手にらしくない事をしたと、今でも覚えている。……彼は、私にとっちゃ既にヒーローだった。そして、彼が提案する。
「テレビの人に言ってみれば?」
「……ハハッ! そりゃあ良い!
軽く言ったのかもしれない。けれど、それが私を前に進ませてくれた。翌日、公安の不正が世に出た。そして私は、辞表を提出した。
夜、帰宅すると、転弧はすでに眠っていた。安心したような顔で。私は、彼の枕元に座って、そっと髪を撫でた。
ありがとう。
……本当に、ありがとう。
そんな出来事から10年後、転弧は本当にヒーローとしての第一歩を進むことになる。
世界は、醜かった。
少なくとも、
生まれつきの異形型。皮膚は硬質でざらつき、目は常人より鋭く、手足には鱗が浮かんでいた。子供の頃から、「気持ち悪い」と言われ続けた。無邪気な好奇心が、無邪気な残酷さに変わる瞬間を、何度も目の当たりにしてきた。中学にも上がれば、陰口だけじゃ済まない。机の中に押し込まれた両生類の写真、ロッカーに貼られた「ヤモリ男」の落書き。教師だって、見て見ぬふりだ。家に帰っても、親は黙っているだけ。声を荒げても、心配されたのは「学校で問題を起こすな」という一点だった。
そうして、部屋のドアは閉ざされた。
気がつけば、外に出る意味を見失っていた。
でも、ネットだけは違った。
姿も、肌も、声すら出さずに済む。必要なのは操作と反射神経だけ。だから、ネトゲにはまった。誰よりもプレイ時間を費やし、誰よりも勝ちにこだわった。せめて、ネットの中では“普通”になりたかった。誰かに「すげぇ」って言われたかった。
最初にそのプレイヤーを見たとき、なんだコイツ、って思った。
立ち回りが違う。連携も、間合いも、全部読み切ってる。そういう上手い奴って、基本イキってるんだけど、そいつは違った。ただ静かに、着実に敵を撃ち抜いていく。俺が陰に隠れて芋ってたところを、横からスッと援護してくれたことすらある。
あ、ヤバい、コイツ本物だ。
そう思った次の瞬間、頭を撃ち抜かれてた。ゲームオーバーの文字が出る前に、プレイヤーネームだけは忘れないようにメモしてた。なんか、負けた気しねぇから。
それからしばらくして、そいつからフレンド申請が届いた。
ああ、やっぱ見てたんだ、俺の動き。それで、誘われるままに何戦か付き合って──気づいたら、毎日の楽しみができてた。こんな見た目で、外にも出れず、ヤモリだとか爬虫類だとか言われて、鏡もろくに見れない俺が。誰かと何かをすることに意味を見出すなんて。ある日、いつも通り遊んでたとき、ヒーローになりたいと語ってたから何気なく聞いた。
『へぇ、お前ヒーロー目指してんのか。いいのか? こんなトコいて』
そのときは本気で言ったわけじゃなかった。どこか、皮肉のつもりだった。……でも、返ってきた言葉は真っ直ぐだった。
『あの時、助けてもらったから。今度は俺が誰かを助ける番だって思ってる』
なに言ってんだこいつ、って思った。でも、届いたチャットは、やたら心に響いた。
『お前もなろうぜ? ヒーローにさ』
……言われて、笑った。
『ハァ!? 無理に決まってんだろ! 異形型だしどうせ悪口しか言われねぇよ!』
それはもう、即答だった。何百回、何千回も頭ん中で言い聞かせてきた。ヒーローなんてのは人間の中の「選ばれた誰か」がなるもんだって。少なくとも、俺じゃない。
でも、そいつは違った。
『関係ねぇ。誰かのために立ち上がったら、それがヒーローだって俺は思う。』
『……なんでそんなこと言えるんだよ!』
そのとき、気づいた。こいつ、マジなんだ。こっちの顔も、正体も知らないくせに、本気で、俺のことをヒーローにしたいって思ってる。
『…………なんか、すげぇな。顔も知らねぇのにお前にそう言われるとこんなひきこもりでもやれる気がしてきた。俺も、誰かのヒーローになれるのか!?』
『そうだ』
たった一言。だけど、それがまっすぐで、強くて、心に刺さった。
『ああ、そうか。ありがとな、お前のおかげで、俺、なんかやる気出てきた』
そのあと、ぽつりと訊いた。
『なあ、お前、名前なんて言うんだ?』
『志村転弧。よろしくな、未来のサイドキック。』
その瞬間、笑った。久しぶりに、ほんとに、心の底から。
『そっか。俺は井口秀一! 一緒にヒーロー目指そうぜ!』
あれから10年経ち、転弧は中学3年生になっていた。私が公安を辞めてカモフラージュのため1カ月の活動休止を発表した後、転弧がヒーローになりたいから鍛えてほしいと頼んできたのだ。小学生の間はコテンパンにやられていたが、最近は雄英のヒーロー科入試が迫っているためか、気合が入っていた。最近は息抜きにやっているゲームで会った友達と一緒にヒーローを目指しているらしい。ヒーロー科入試当日の朝、私は走り込みを終え汗を拭っている転弧に声を掛ける。
「お疲れさん。転弧。いよいよだな」
「おはよ。……こんくらいで緊張してられっかよ」
「言うなぁ。来たばっかの時ゃ、あんなに縮こまってたクセに。」
「いつの話してんだ。年取ると昔の事しか話さな──」
「あんだって?」
「…………なんでもねぇ」
「そうか。んじゃ、朝飯にすっか」
朝食を終え、中学の制服を着た転弧を玄関まで送り、声を掛ける。
「転弧! しっかりやれよ!」
「…………分かってるよ、母さん」
転弧がそう言って扉を閉めた。…………大きくなったな。少し寂しく思ってしまう。
雄英高校、実技試験会場──
バスに揺られ会場に到着した受験生たち。受験生たちは緊張に包まれていた。だがその空気を切り裂くように──
「ハイ、スタートー。」
宣言が響いた刹那。
真っ先に地面を蹴ったのは、白髪に赤い目をした一人の少年だった。
「……え!? 速っ……!」
他の受験生が一瞬ためらう中、志村転弧はすでに戦場に飛び込んでいた。高く跳ねるようにしてコンクリートの壁を蹴り、素早く敵ロボットへ接近。次の瞬間──
ガシッ
その手が敵ロボットの装甲に触れた瞬間、金属が音もなく崩れ、粉のように地面に崩れ落ちる。
「よし、5ポイント!」
彼は嬉しそうに笑った。周囲の敵ロボットを次々と崩壊させながら、まるで遊んでいるような身軽さで走り抜けていく。
──だが、本当の彼の凄さが現れたのはその後だった。
地響き。空気が震えたかと思えば、試験場の端から巨大な0P敵が姿を現した。頭ひとつどころかビル一つ分大きい鋼鉄の巨躯が、ゆっくりと、だが確実に試験場を蹂躙し始めた。
「な、なんだよあれ!?」
「無理だ、逃げろ逃げろ!!」
次々と走り去る受験生たち。その群れの中、転弧は一人、立ち止まった。遠く、崩れた瓦礫の隙間に、脚を挟まれた少女がいた。
「……!」
「動くな! 今助ける!」
「む、無理だよ! 0ポイント相手に立ち向かったって──!」
「うるせぇ! ここで逃げたら、ヒーローじゃねぇだろ!!」
そう叫びながら、転弧は少女を抱え上げた。その手で、慎重に崩れかけた瓦礫を触れ、塵にした。彼女を背負い振り返ったとき、0P敵の鉄拳が振り下ろされようとしていた。
だが、逃げない。
「やってやろうじゃねぇか……!」
地を蹴る。ビルの外壁を足場に、跳躍しながら上昇。その手が、ロボットの腕に触れた瞬間──
ゴシャアアアアッ!!
金属の巨体がヒビ割れ、バランスを崩して倒れ込む。
転弧は少女を背負ったまま、瓦礫の山をすべるように駆け下りた。
「ふぅ……セーフ!」
彼の頬には汗が滲んでいたが、口元には満足げな笑みが浮かんでいた。
助けた誰かの命と、そして“自分の衝動”を押し通した確かな手応えがそこにあった。
試験は、合格だった。
雄英高校の入学式を終え、帰宅した転弧の表情に私は違和感を覚えた。心なしか動きがぎこちない。なにかあったのかもしれないと考え、尋ねる。
「どうした? なんかぎこちねぇぞ。何かあったのか?」
「…………オールマイトに会えたんだ。」
そうか、オールマイトに会えたのか。なら──
「………ハァ!?」
流石に冗談と言って欲しかった。