「お盆どこに行こうかなぁ」
お盆休みまでまだ結構ある。担当がついているトレーナーは休日返上でトレーニングを見ているんだろうが、俺はフリーだ。同期の奴らを尻目に休日を謳歌させてもらおう。トレーナーとしていかがなものかというものはあるが、急いては事を仕損じるとも言う。
さてどこに行こうか。登別の湯、草津の湯、白浜の湯、別府の湯…候補はいくらでもある。ここから行先を絞るのがまた楽しいんだよ。旅行雑誌でも見て検討するか。ガムをくっちゃくっちゃしながら歩いてたら遠征支援委員会なるものを見かけた。あそこに行けばそれっぽいのが手に入るだろう。
という訳で、ほい着いた。創作ってスゲ~。一応ノックしてから入ることにする。
コンコン
「おーい、誰かいるか?」
返事がない。留守か?ノブをひねってみると開いたので不法侵入することにする。さて、お目当てのもんは手に入るかな?
「北海道、群馬…大分どこだ?……あったあった。…白浜ってどこだ?」
にしてもなんでこの部屋誰もいないのに窓もカーテン閉めてないわ鍵もかけてないわ…五十年前の田舎か?そんなことを思いながらスマホで白浜温泉を調べる。成程和歌山県か。…おぉこれだ。お目当てのものは入手できた…が、持ち出していいものなのかは疑問だ。
「誰かいれば聞けたんだけどなぁ」
「…何奴だ」
「ヒュイ!?」
ビックリした。純粋にビックリした。まーさか人がいるとは。…おい、いたならノックした時対応してくれよ。パツキンの脚がグンバツなチャンネーさんよぉ。
「お、驚かせるんじゃあねぇぜ。でもちょうど良かった。コイツってよぉ、持ち帰ってもいいもんなのか?」
雑誌をひらひらとさせながら聞いてみる。…が、何故かそいつは目を閉じ、椅子に座ったまま何もしゃべらない。スリープモードに入ったか?とりあえず再起動してみるか。
「…おい、聞いてんのか?」
「礼儀がなっていないな」
「は?」
困惑する中で金髪が続ける。
「先に問うたのは余である。疾く答えよ」
「…チッ」
なんだコイツ。ぶん殴ってやろうか。だが俺は大人だ。拳を抑えて代わりに名刺をくれてやるとする。
「ほらよ、俺の名刺だ。じゃあ順番通り俺の番だ。コイツは持って帰ってもいいのか?」
「……」
返事がない。いや返事しろよ。質問に答えてやったんだぞ、おめぇの方こそ礼儀作法知ってんのか?
「なぁ、おい」
「下がれ下郎。王たる余に対して不遜であろう」
……ヤバい、頭痛が痛くなってきた。何を言っているのか今世紀最大級に理解できない。コイツ今なんて言った?王たる余って言ったのか?とんでもない異常者がここにもいてしまった。こうなったら言ってやろう。
「たかが女子高生の分際で何言ってんだおめぇ」
「礼儀も知らねば蛮勇にもなろうな」
「あぁ?」
そいつは静かに息を吸うと、この部屋を覆わんとする…否、この形容すら生ぬるい程の圧力を放つ。
「余はオルフェーヴル。万物全てを統べる王である」
「うっ……わぁ…」
なんつうバケモンだよ。こんな奴がトレセンにいたのかよ!というか、どんだけ気性難なんだよ、コイツを制御できる奴なんていんのか?だが、退かんぞ俺は!
「へぇ、王様っていうのは質問にも答えてくれないのかい?俺はただこれを持って帰ってもいいかって聞いているだけなんだがなぁ?」
「答えるも答えぬも余の気分次第。貴様は余の機嫌を損ねた…それだけのことよ」
「あーはいはいさいですか」
これ以上は禅問答だろう。よく分からないままだがもう持って帰ってしまおう。
「じゃ、これは持ってくぜ。委員会のウマ娘が来たら持ってかれたって言っといてくれ。もっとも、このお願いすら拒否されそうだが」
オルフェーヴルは黙ったまま目を閉じ、横になる。コイツ、寝ようとしてやがる。カーテン開けっぱだったって事は俺が来るまでこの場で寝ていたという事か。…ちょっと報復。カーテン閉めてやれ。
「…貴様、何をする気だ」
「カーテンを閉めてやろうとな。気が利くだろう?」
「要らぬ気遣いだ。疾く去ね」
「あいよぉ!」
そう言いながら勢いよくカーテンを閉じて逃げるように部屋を出ようとノブに手をやろうとすると、タイミング悪くドアが開けられる。
「あ、終わった」
体勢を崩した俺はドアを開けたウマ娘に突っ込んでいく。避けてくれ、避けてくださいお願いします。
「おっと」
願いが通じたのかそのウマ娘は軽やかにジャンプして避ける。俺がどうなったかって?
「いってぇ!!」
壁とごっつんこだ。
「おや、大丈夫ですか?」
「これ位ならどうってことないさ。ただくそ痛いってだけ」
「それはそれは…お大事になさってくださいね。それとそちらの雑誌ですが、委員会の備品として置いているので持ち出しはご遠慮いただけると」
「あ、はい。じゃあここで見ます」
くっそ、備品だと分かっていたらこんな目に合わなかったのに…。全てはアイツのせいだ。そういう事にしておこう。
「そこの、余の機嫌を取る機会を与える。茶を淹れてみよ」
「うるせぇなぁ自分で淹れりゃあいいじゃあねえか見たとこ道具は揃ってんだからよぉ!」
ここまで横暴されたらブチギレ不可避である。
「まあまあ、オルのお願いを聞いてあげてください。ああ見えても甘えん坊なんです」
「錯乱坊の間違いじゃねぇのか?」
「…フフッ言葉遊びの上手い人だ。ついでで申し訳ないのですが、私の分も入れていただけませんか?」
「はぁ?なんで」
俺がそんな事を…と言おうとした瞬間に、横腹に冷たいものが刺さる。それはさっきのウマ娘の指だった。だったのだが、およそナイフを突き立てられたような感覚に襲われる。
「お願い、出来ますか?」
「はい」
あれ、この人怖いぞ?逆らってはいけないタイプの人だぞ?
「お茶を飲みながら、貴方の旅程を提案致しますよ。…申し遅れました。私、遠征支援委員会の委員長をしているドリームジャーニーと申します。どうぞお見知りおきを」
どうやら俺は知らないうちに龍の巣穴へ入ってしまったようだ。命だけは助かっているといいなぁ。
「…なんだこれは、色がついているだけの水を余に飲ませるか」