「あ~…頭痛が痛い」
暫く数字は見たくない。人にモノを教えるなんてやっぱ柄じゃあない。…やばい、こんなことを思おうものならお前なんでトレーナーになったんだよと言われかねない。それを言われると正直弱いが…まあそれなりに理由があるんだよ。
「ッざけんなてめぇ!もう一回言ってみろ!」
「何回でも言ってやるよ、そんなんだからシリウス先輩に見放されるんだよ!」
おっ、喧嘩か?野次馬魂に火が付くってもんだ。さて、どの教室からだぁ?
ガシャン、ドゴン! バンドングシャン!
前言撤回、やっぱり帰ろう…え?これほんとに喧嘩?殺し合いの間違いじゃあねぇのか?ただ目星は付いた。この教室だ。…やべぇ、覗きたくねぇ。
「ヤバいって…私シリウスさん呼んでくる!」
1人が慌てて教室を出て扉を閉めることなくどこかへ走っていく。俺にも気づかないあの慌てっぷり、この中で一体何が起こってるんだ?もうこうなったら覗いてみるしかねぇだろ…じゃないと物語が進まなさそうだ。中の人たちにバレないようにそぉおっと覗いてみると…。
「あんな奴、こっちから願い下げだ!アイツだって元を正せばお嬢様なんだから見下してるの決まってるだろ!?」
「確かに先輩は厳しいけどそれでも私達を見放したことは無かったし!」
「それはお前が媚びまくってるからだろ!」
っと、鹿毛と栗毛のウマ娘が口汚く罵り合いながら殴る蹴るの応酬。ウマ娘同士だからか、殴っても痕になるくらいのものか…アレを俺が食らったらまず間違いなく死ぬわな。…鹿毛の方のスカート、何か入ってるな。十中八九光物だろう。
「あ、そこの人!お願いします、あの二人を止めてください!」
お、誰か止められそうな人がようやく来たのか。どんなのが来たのかを見るために振り向くと何故か誰もいなかった。おかしいなと思いながら目線を戻すと誰かを呼んだ子と目が合ってしまう…。
「え、俺?」
「貴方しかいないじゃないですか!何とかできませんか!?」
「お前とんでもない人選ミスしてるって気付いてるか!?人間がウマ娘に勝てる訳ないだろ!」
「そんなことは百も承知です!どんな手を使ってでもねじ伏せてください!」
「おう上等や!あの二人の後はおどれをいてこましたるわ!」
この野郎をボッコボコにするために、成り行きとは言えあの二人を止めないといけなくなってしまった。さて、どうするべきか。声を掛けて制止できるのならもう既に終わってるし…あ、あのバカども!ふざけやがって!
「やるしかねぇ!」
二人が右腕を大きく構え、そのまま同時に殴りに行く。流石にあの威力だとケガじゃ済まなくなる!頼む、間に合え!間に合わせるんだよぉ!
バヂイイィィィィンッ
「…あーくそ!だから嫌だったんだよ喧嘩止めるのなんてよぉ!」
結果を先に言えば、何とか間に合った。だが片手でウマ娘の全力パンチを受け止めたのは本当に良くない。受けた瞬間に両腕の筋が一気に伸びた気がした。これが肉離れってやつか。もうね、マジで死ぬほど痛い。泣きたい。
「は?アンタ誰?」
「てめぇ邪魔してんじゃねぇよ!」
栗毛は困惑している。鹿毛の方に至っては邪魔スンナである。止めた甲斐が全然ない。泣くか。
「アイツにね、お前らを止めろって言われたから止めたの。だからね、これだけ言わせてくれ。…どっか違うところでやってくれ」
「それだけ?」
「うん、それだけ。じゃ、俺帰るから。サランパスってまだあったっけか」
頼まれたことはやり終えたので自分の部屋に戻ることにする。さっきの奴をボコボコにしたいが、もうそれどころじゃない。悪化したら病院行きだな。
「待てよてめぇ…」
「やだよ、俺はもうくたくたなんだ…っ!!?」
バチンといい音が鳴る。それは俺の頬から発せられたものだった。鹿毛のビンタが俺を襲ったのだ。口の中が切れたな。血の味がする。
「…あ?」
「これからって事に邪魔しやがって!てめぇが憂さ晴らし相手になってくれんのか!?」
…
……
………
…………やるか
「いいぜ、それがお前の挨拶だってんだな?」
「てめぇにはこれで十分だろ?」
「ああ、十分だ。…ああ悪い、こっちの挨拶が遅れたな。俺は…」
左手で名刺を出しそのまま差し出す…動作そのままに名刺をマジシャンがトランプを飛ばすように鹿毛の右辺りに投げる。
「ぐえ…ぇぇ…」「こういうもんだ」
それと同時に距離を詰め、左に躱した奴の首に右手をあてがいそのまま掴み上げる。
「ちょっ、あんた何やってんの!?」
「いや、だって…ビンタされたから…やられたんやったらやり返す、倍返しやで!ってあっただろ?」
「それなんか違う奴だし!」
「はな…せ…くそやろう…!」
「ほらよ」
言われた通りに放り投げるように放してやる。鹿毛はその場に倒れ込んで喉を押さえて咳をする。
「ゴホッ…!」
「まだ消化不良だろ?来いよ。懐に入れてるそれ、使っていいからよ」
そう言うと目を見開き、次の瞬間には眉間にしわを寄せて怒りをあらわにしながらやっぱりというか、忍ばせていたバタフライナイフを抜く。…おい風紀、俺を取り締まってないで先にこういうのを取り締まれよ。
「なめやがって…!ぶっ殺してやるよぉ!」
右から袈裟で斬りかかるのを左手で受け止め、俺から見て半時計に回してそのまま相手の右手を掴む。空いてる俺の右手を奴の右掌にねじ込みナイフを奪い取り、合気の要領で宙へ浮かせ、そのまま地面にたたきつける。そしてナイフを奴の首に当てる。
「さて、どうだ?これから死ぬっていう気分は?」
「お前、マジに殺す気かよ!人殺しになるぞ!」
「おおまじか、そんな事心配してくれるのか?」
その問いに対して、笑顔を張り付け答えを返す。
「安心しろよ…一人殺すも二人殺すも一緒だ」
「ヒッ…!」
ほおら、奴さん恐怖に顔をゆがませ始めた。それをガン無視してナイフを横に引き始める。
「そこまでだ」
「…ハハハ、運のいい」
肩を叩かれ、水入りとなる。全く、いいタイミングで来るねぇ、どっかで見てたか?
「アンタがシリウスか。下のモンの教育はどうなってんだ?」
「悪かったな。そいつは放牧してたんだが、何を勘違いしたのか、柵を突き破って野生化しちまった。後はこっちの仕事だ」
「おう、後は任せた。俺はサランパス貼らねぇと。あと鑑定団の録画みないと」
「さて、なんでこんな事になった?」
「…アンタには関係ないだろ」
「関係ない訳がないな。こうやって首突っ込んでんだからな」
「こんな時だけ先輩面しやがって!教えてくれたのは最初の方だけ!その後は私が何聞いても自分で考えろの一点張り!そんな奴が今更なんの関係があるんだよ!」
「私が重視してるのは自主性だ。何でもかんでも先生だのトレーナーだのに頼るような奴に未来なんかねぇと思ってる。…だがお前は違う」
「…は?」
「教えたのは確かに最初だけだが、お前はそれを元に自分で考えるようになった。余程の壁にでもぶち当たらなけりゃあそのまま置いとこうと思ったが、また誰かに噛み付いたら面倒だ。手元に置いといてやるよ。…噛み付くなら私に噛みつきな?」
その日以降、件の鹿毛ウマ娘とシリウスシンボリがよく競り合うようになったのはまた別のお話。