「3歳くらいの時まで母親がいたんだが、ある日突然姿を消しちまってな。そこから時がたって4歳くらいの時だな。その前から親父に虐待されてた。殴る蹴るは当たり前、炙られたスプーンかなんかを当てられることもあった。保育園にも行ってなかった。ギャンブルで金が無くて、その日を食い繋ぐのが精いっぱいだった…のが親父だ。俺には何にもくれねぇから飲食店の生ごみを漁る毎日だった。」
目を閉じて克明に刻まれている記憶を淡々と語っていく。あんまり思い出したくもないが、話すと言ったからにはもう後には引けない。
「そんな中に、一筋の希望みたいな…生きる楽しみに会ったんだ。俺と同い年くらいのウマ娘。名前はなんでか教えてくれなかったけど、公園の片隅で縮こまってた俺なんかに優しくしてくれて、会うたびに遊んでくれた。今思えば…アレが初恋だったんだろうな。…言わせんな恥ずかしい」
「おめぇが勝手に言ったんだろ」
「それもそうか。話を戻して…家に帰れば理不尽にぶん殴られ、辛くても、あの子と遊んでる時は楽しかった。そんな生活が1年続いたある日、その子が言ったんだ」
『康くんのお家に行きたい!』
『え…でも…僕の家、汚いし何もないよ?』
『いいの!康くんと一緒なら何をやっても楽しいだろうし!』
「お家デートって奴だ。ただその時はどうにかして断ったんだ。あんな家にあの子を上げるわけにはいかない。クソ親父に会ったらどうなるか分からん。とにかく守りたかったんだ。だが来る日も来る日もそうやってせがまれたんだ。それで仕方なく連れていく事にしたんだ…それが良くなかった」
「何が…あったんですか?」
「…チッ」
「ご、ごごごめんなさい!」
スぺが呟くように聞く。それに対して舌打ちで答えてしまった。仕方ねぇだろ。一番思い出したくないことを喋ろうとしてるんだから。誰にも喋らないだろうと思ってたから、言葉にするのに時間が掛かってしまう。
「すまんスぺ、そんなつもりで舌打ちしたんじゃないんだ。その日、親父はパチンコに行ったばっかりだったし、すぐには帰ってこないと考えた。だから連れて行ったんだ。あの子は嫌な顔することなく家に上がってくれた。でもその日に限って、親父が早く帰ってきやがった。そして…俺にとって最大に悲劇が始まった」
『なんだぁ~康?ガキの分際で女なんか連れ込みやがって!』
『痛い痛い!ごめんなさい!ごめんなさい!』
当たり前のように殴られた。普段から殴られて耐性は付いてたはずなんだが、その時は異常に痛かった気がする。痛みをこらえ、丸くなっていると、あの子が割って入ってくれた。
『おじさん止めて!自分の子供になんでこんなことするの!』
あの時は嬉しかったなぁ。守られたのなんか久しぶりだったからさ。その嬉しさも、親父の言葉で一気に冷めちまったんだ。
『自分の子だぁ?あの女が勝手に拾って来たガキなんかどう使おうが俺の勝手だろうが!』
俺、捨てられてたらしいんだわ。つまり、生まれたことを誰にも祝福されなかった存在だ。母親は優しくしてくれてたからさ、ボクはお母さんから生まれたんだって信じてたから一気に絶望の淵に叩き落されたよ。
『でも、今日まで一緒に暮らしてたんだから少しは愛情はあるでしょ!?』
『愛情?愛着ならあるなぁ。俺のストレス発散にピッタリな道具だからなぁ!』
また蹴られた。鈍い音がしたから多分折れたんだろうなぁ。
「康くんをいじめないで!」
その瞬間だった。その子が親父に向かってタックルしたんだ。しかしさすがはウマ娘、子供ながらにその衝撃は原チャリと正面衝突並。親父の顔面は見事に壁に埋まったんだよ。…今思い返すとちょっと面白いな。現代アートになった親父を尻目に俺の方を心配してくれた。
『康くん大丈夫!?』
『う、うん…大丈夫。君は?』
『私は大丈夫!それよりも康くんだよ!あんなに蹴られて…痛かったでしょ?』
『大丈夫、大丈夫だから。君まで叩かれちゃうから早く帰ってよ』
『康くん…なんで逃げないの?』
ハッとしたよ。よく考えたら、親父のいない間に逃げるなりなんなり出来たはずだ。言われるまで考えもしなかったんだよ。
『う、うん。そうだね…こんな家、出てってやる』
あの子のおかげで、ようやく自由を手に入れられる…はずだった。
『そうと決まれば早く行こう!…康くん?』
『ごめん…上手く立てないや』
『ケガ!?やっぱりコイツのせい!?私が助けてあげるから、一緒に行こう?』
『うん…ありがとう』
『ううん、康くんの為だもん。これくらいお安いご(ザシュ)よ…う……』
突然のことだったよ。その子の腹から血が滲み始めたんだ。そのまま俺の方に、言葉もなく倒れたんだ。その背中にはナイフが刺さってて、現代アートになっていた親父が代わりに立っていた。
『ガキ如きが…!俺に逆らいやがって!ぶっ殺してやるよ!』
刺さってたナイフを抜いて俺に向かって歩いてくる。俺は頭が真っ白になってたんだろうな、動くことが出来なかったんだ。
『死ねぇ!』
ナイフが突き立てられる。その時漸く、今際の際になって初めて動くことが出来た。だが避けるには不十分で、そのナイフは俺の左肩に深々と突き刺さった。すまんな、ウオッカ、スカーレット。あの時ヒクイドリに蹴られたって言っただろ?あれは嘘だ。
『いったい……ぐすっ……ひぐ…』
『じたばたすんじゃねぇ!……いや?このままいたぶって殺してやるかぁ?』
その邪悪な笑顔を見て悟ったよ。俺はここで死ぬんだなって。それと同時に、嫌だ、こんな所で死にたくない。そう思っていても現実は非情だ。ナイフが俺の肌を滑り始める。線が増えるたびにナイフを、肌を、床を赤く染めていった。声も出さずに耐えたせいか、大胆な事をしやがった。俺の右耳を切り落としやがった。それでも反応しなかったから飽きたみたいでな。
『反応がねぇとやっぱつまらねぇな。もう殺すか』
ナイフが振り上げられる。そこで俺の命はそこで終わる……はずだった。
『康くんを…いじめるな!』
『うぐぅ!この死にぞこないが!』
あの子が親父を突き飛ばしたんだ。だが弱々しかった。気絶させるには至らず、そのまま取っ組み合いになった。だが体格の違いはいかんともしがたく、すぐに抑え込まれちまった。
『仕方ねぇ、お前から殺してやるよ!』
捕まった後も抵抗してたんだが、あの子は左耳と尻尾を落とされた。俺はそれをただ見ていることしかできなかった。そして…。
『いい加減にくたばりやがれ!』
『ガッ……カハッ……!』
凶刃が、その子の喉を捉えたんだ。でもその子は諦めなかった。最後の力でナイフを奪い取ってみせたんだ。そのナイフが俺の手元に転がってきた。
『ハァ…手こずらせやがって…さぁ康、次はお』ザク
「そこからの事は、よく覚えてない。あとから聞かされたのは、親父は30か所以上刺されていたこと。偶然通りがかった人が聞こえてきた悲鳴とかで警察に通報したこと。俺がナイフを持って薄ら笑いを浮かべてたこと。そして…遺体は何故か、親父のモノしかなかったこと」
「それっておかしくないですか?ウマ娘の子の…遺体も無いと」
「その通りだグラス。俺もおかしいって今でも思ってる。実際切り落とされた耳と尻尾は現場にはあったんだ。だが遺体だけが消えている。不思議な事もあるもんだ。ゾンビみてぇだろ?…まだちょっとだけ続くぞ。そんな中でも、はっきりと覚えてることがある。
あの子の名前だ。死の間際に教えてくれたんだ。『幸せに生きて』って遺言を添えてな。あの子の名前は…桜上吉花」
その名前を言った途端、約4名に反応があった。あの時見舞いに来たであろう4人だ。
「これで俺の昔話はこれで終わりだ。どうだ、つまんなかったろ?」
全員俯いて、何も言ってくれない。えぇ~酷い。折角話したのに。
「さて、ここからは確認の時間だ。シーナ、シュヴァル、ヴィブロス、ジェンティル。お前らがあった奴は間違いなく桜上吉花って自分で言ったのか?」
「う、うん。奥沢さんの自称恋人だって言ってたけど」
「マジ?こわぁ。恋人を名乗る不審者って知ってる奴でも怖いな。…次。そいつは俺がさっき言った通り、左耳と尻尾が無かったか?」
「はい。残っていた右耳が偽物かと疑いましたが、動き方が本物のそれだったので…そういう事だったんですね」
「最後、吉花の左目の下あたりに逆三角形みたいな形のほくろが2つあったか?」
「…はい。桜上さんは可愛くて気に入ってるって言ってました」
俺が知る限りの吉花と絞れる特徴に全てはいと答えた三姉妹。間違いない、ほぼ本物だ。
「では私から。奥沢さん、桜上さんにどのようにして私たちのスケジュールを教えたんですの?」
「は?」
スケジュールを?教えた?なんで?幽霊に?どうやって教えるんだよ。
「桜上さんが私たちのトレーニングスケジュールを知ってたんです。その時は奥沢さんが教えていたと思ってたんですが…」
「無理無理無理、出来る訳ないじゃん。んな幽霊と喋れる訳ないじゃん。俺の中で半分幽霊認定してるカフェじゃないんだからさぁ」
「はい?」
「…兎にも角にも、亡霊は何故か実体を持って存在している。皆、見つけたら俺に連絡してくれ。色々と…話したいことがあるからな。エル、そのとんかつ貰うぞ」
ながらで許可も無しにとんかつを指でつまみ一口でもぐもぐ頂く。うめぇな。いい豚さんを使っているな。
「あー!楽しみに取っておいた端っこの部分を!何てことをするんデスか!?」
「話し疲れたんだよ。良いじゃねぇか。食い放題なんだし。どうせおかわりするだろ?」
「奥沢さん。桜上さんの事で……言うべきことがあります」
「どうしたカフェ、そんなに改まって」
カフェが人込みをかき分けて俺の前に出てきた。オカルトチックな話をしたからな。カフェなら何かしらのヒントをくれるだろう
「私が、他の人には見えないものが視えるのはご存じですよね」
「ああ」
「奥沢さんの中に……何かが視えるんです。うっすらとしていて……それでも確実に存在しています。それが何かまでは……分かりませんが……」
「……怖い事を言うな。まるで俺が憑かれてるみたいじゃねぇか(ガリッ!)…ッ!?……!!?」
「…!大丈夫ですか!?」
手で制しながら口の中で突然発生した異物ととんかつを舌で器用に仕分けする。マジで無から発生した。正体を掴めないままとんかつを飲み込み、異物単体を手のひらに吐き出す。
「…歯が抜けた」
「え?歯?」
「…ッはぁ~~すっきりした!実はさぁ、上歯の犬歯あたりの永久歯が乳歯を押しやるように出てきちゃっててさぁ。それが抜けないで10年ほったらかしで気持ち悪かったんだよ。最近になって野菜の繊維っぽいのが歯と歯茎の間に入ってムカつくからいい加減歯医者いこうかなって思ってたから手間が省けたわぁ」
この年で乳歯が抜ける奴も珍しいんじゃねぇの?取っとこうかしら。…いや要らねぇや。捨てちまうか?…いや待てよ。習慣に習うか。上の歯だから…。
「おい貴様、何を考えている?」
「おぉエアグルーヴ、いい所に来た。今花壇の片隅って空いてる?」
「空いてても使わせるわけないだろうたわけ!」
「やべぇバレた!」
逃走開始。俺はこの歯を何としてでも埋めないといけないんだ!捕まるわけにはいかねぇんだよ!
「…やっぱり、いつもの奥沢さんですね」
「だね。シーナちゃんもそう思うよね」
周囲の雰囲気が良くなっていくのを感じる。あともう一押しといった所か。
「奥沢君にどんな過去があれ、今私たちの前にいるのは陽気で社交的な奥沢君だ。あの一件もたづなさんを守ってのことだ。奥沢君は普段通りに接してくれている訳だし、皆も普段通りに接さないか?時間はかかるかもしれない。でも、皆理解して欲しい」
「そうだねー。皆分かってると思うけど康くん大抵の事気にしないからいつも通りでいいと思うよ?」
後ろから、突然聞こえてくる声。それは、私が聞いたことのない声だった。
「…あれ、みんなどうしたの?」
周りがざわめく。私も心のざわめきを抑えながら振り向く。そこには。
「皆なんか…お化けを見るような目で見るけど…」
「一応…聞いておこう。君は何者かな?」
「え~さっき康くんが言ってたじゃん!私だよ私!桜上吉花!康くんの自称恋人!」
死んだと言われていた本人が、いるのが当たり前のように椅子に座っていたのだ。