ナガレボシ短編集   作:ナガレボシ

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制 服

圭子は違和感の中で生活していた。中学生になり、一か月が経とうとしているが、胸の中でつっかえる何かは無くなるどころか、膨らんでいくばかりだった。それが膨らむ感覚はわかるのに、大きくなればなるほど、掴みどころがなくなり、どんどん形がわからなくなっていく。最早最初がどんな形かすら忘れてしまった。ここ最近、『そいつ』の成長は特に早く、今では圭子の生活をも浸食しようと企んでいる。だがいつの間にか圭子は、こいつを他人との間に滑り込ませ、自分はこいつの中に逃げ込みながら生活するようになっていた。 どういうわけかそこは少し落ち着いた。

 

 

 慣れない制服の臭いが、部屋の中に堂々と居座っている。圭子はそれらを無視するように、スーパーファミコンにカセットを差し込み電源をいれる。お父さんに買って貰ったプレイステーションはどうも面白くない。映像がとても綺麗だが、コントローラは持ちづらいし、キャラクターの動きがやたらカクカクしている。圭子はニンテンドー64が欲しかったが、お父さんは、

「数年先では、64より、こちらの方が評価されるぞ」と言っている。何が評価されるのかわからないし、そもそもゲームなんてしたいものをやればいいのだ。しかしニンテンドー64を買うのなら、あと何回くらいおこづかいを貰わないといけないだろう? そんな事を考えていると、画面の中で、自由に空を飛んでいたはずのマントマリオが谷へ落ちた。マリオまで自分をイライラさせるのかと圭子は悔しくなった。同時にまた制服の臭いが鼻に突いた。 

 

 制服は嫌いだ。 寒がりの圭子はそもそもスカートというものがあまり好きではなかった。夏の一番暑い時期になってから、ようやく履くくらいだ。だが中学生になってからは、学校に行く時は必ず制服を着なければならない。臭いも生地のごわごわ感も、未だに慣れないし、肌に合わないし、可愛いとも思わなかった。お母さんに相談してみたが、「そのうち慣れるよ」と返された。そのうちとはいつ?と聞き返してやろうと思ったが、「ああいえばこういう」と返ってきたあとに「そんな事より勉強はしたの?」と続くのはわかっているので、その場は引き下がった。大人はいつも子供の話を真剣に聞いてくれない癖に、自分達の言い分はしっかりと押し付ける。それに逆らおうものなら、おこづかいを減らされたり、ゲームを取り上げられたり、酷い時には夜のおかずに嫌いなものばかり並んだりする。

「あぁ、早く大人になりたいな」

 圭子は声に出さずにつぶやく。

「大人になったら・・・」

 そこから先が何も思い浮かばない。 大人になるって、どういう事だろう? 社会に出て規則に従い、働いてお金を稼げるようになる事だろうか? 規則やルールに文句を言わずに従いながら、笑って生きることだろうか? お父さんやお母さんみたいに子供の言葉に耳を貸さずに、おこづかいや夜ご飯で、自由に操れるようになる事だろうか?

 制服を着て、小学校の時以上に『規則』に縛られるようになった事を実感する圭子は、それが大人へ近づいた証拠だと思っていた。同時に大人に近づいたこの状況が、自分が大人になるという感覚を、何処か遠くへと頬り投げられたような気がした。

 

 小学4年生の時に書いた『将来の夢』という作文では、『大人になったら、看護婦さんになって、たくさんのかんじゃさんを病気から助けたい』と書いた。あの時は、大人とは強くて憧れの存在であり、とても遠い存在だった。にも関わらず今よりも『大人になった自分』がはっきりとイメージ出来ていた。今は大人どころか、中学校を卒業する自分も、高校生の自分もろくにイメージが出来ない。 私はこれからどうしたらいいんだろう? 胸の中でぐるぐる回るその言葉を、圭子はどこに発すればいいのかわからず、再びゲームと向き合うのだった。

 

 

 中学校の朝は小学校よりも早い。圭子は制服の臭いをまとい、眠気と共に学校へ行く。通学路では仲の良い友達同士で、昨日のドラマやバラエティー番組の話をしながら、必要以上に高い声を出している同級生たちがいる。彼女らは教室の中でも、リーダー格の子を中心に置いて、色々な話題で盛り上がっている。圭子もそのグループに入り、当たり障りないような受け答えを心掛けている。クラスでは自分が何をやりたいかより、自分がどのグループに所属しているかの方が大切なのだ。最も圭子にやりたい事などないが・・・。

 

 やりたい事。その単語が圭子にある1人の男子の顔を、嫌でも思い起こさせた。幼馴染の勇也だ。勇也は圭子の近所に住んでいて、幼稚園の時から兄妹のように育ってきた。小学校からずっと野球が大好きで、6年生ではキャプテンを務めていた。中学に入ってからも、勇也は迷う事なく野球部に入り、今では毎日練習に励んでいる。練習がずっとあるようで、一緒に通学する事も、帰る事も殆どなくなった。教室で見る勇也は、まだ夏でもないのに身体中が黒く焼けていて、腕も太くなったように思えた。授業中はよく眠ていて、何度も先生から怒られている。それでも勇也は毎日楽しそうだった。何が楽しそうなのかはわからないが、とにかく勇也はイキイキしていて、とても輝いていた。 なんだかずるい。そして理不尽だ。それとも悔しいのだろうか?いや羨ましいのだろうか? どの言葉も正解のようで間違っているし、間違っているようで外れてはいない。

 

 

 朝の通学路は慌ただしくて嫌いだ。車やバスがとにかくたくさん通り、クラクションの音がうるさい。それに負けまいとするように、学生たちが大きな笑い声をあげて、何やら一生懸命に話している。こんな中にいると圭子ふと、自分が消えてしまったような感覚に襲われる。

 夏の匂いをまとった風が背中を叩く。ふいに廃棄ガスや砂煙といった町の臭いと、制服の臭いが重なり、鼻を突いた。私が制服を着ているのではなく、制服が私を着ているのだ。と思わずにはいられなかった。違和感の正体が、なんだか少しだけ見えたような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 この話は、私が中学1年生の一番最初に国語の授業で読んだ『そこまでとべたら』を意識して作りました。新しい生活が始まり、不安や違和感の中で生活する女子中学生の話です。『そこまでとべたら』は、『私』が自分のやりたい事を見つけけますが、この話の主人公圭子は、疑問半ばでやりたい事がわからないまま終わります。続きがあるとするならば、疑問の中で、仮面をかぶって生活する彼女の姿でしょうね。そして案外、現実とはそういうものではないかと思っています。これから新しい生活を始める方はどうでしょうか?
 時代背景は私が中1の頃を意識しました。『スーパーファミコン』や『ニンテンドー64』、『看護婦さん』『コントローラが馴染まないプレイステーション』などリアルに感じて下されば嬉しいです。
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