縁が切れねば
不運あれども
死することなどなからんや
日が暮れかけ、遠くまで続く赤い海岸線。
その景色が一望できる高台の上を、黒い燕尾服を着崩して身につけた軽薄そうな男がふらふらと千鳥足で歩いていた。
「良い夕日だなー。めんどくせぇなぁ……仕事したくねぇなぁ」
「えーっと、今回の任務は……これから5時間後に開催される予定の裏オークションに潜入。その後 機密事項 の否定者を保護すること、だったか?」
男はそこまで言うと大きなため息をつく。
男の目には濃い隈が出来ており、明らかに体調不良の面持ちでブツブツとうわ言のように言葉を呟き続けている。
「なんでオレが否定者を回収しなくちゃあいけないんだよ、もっと別の人選とかさぁ。タチアナちゃんと似た状況だし、ビリーとかいんだろ……オレらのボスは本当に何考えてんだか」
男は黒スーツの内ポケットから葉巻きを取り出し火をつける。紫煙の揺らめきと赫く輝く夕日を背景に男は黄昏ながら後ろへと振り返り、目下に見える街の光を眺めつつ言葉を発した。
「……にしても 機密事項 の否定者ねぇ。……アレと随分相性のよさそうな能力だなぁ。
しょうがねぇ、倉庫の肥やしにしとくのもアレだし気ぃ乗らないけど行くとしますかぁ……ふぁ〜あぁ、ねむ……」
徐々に沈みゆく日の中で、男の胸に存在する大鎌の型を模した銀のペンダント。それが夕日を反射してキラリと輝き……次の瞬間には男の姿はその場から消失していた。
「…………」
薄暗い牢屋の中、大人がギリギリ2人寝転べるかどうかという狭い鉄の檻の中に、その少女はいた。
メイド服を着る黒髪黒目の少女。
部屋の隅に蹲っているため断定は出来ないが少なくとも高校生にはなっていないだろうという小さな背丈の女の子である。
このぐらいの年頃の少女であれば牢屋という半密室空間……それも照明も天井に吊るしてある切れかけの豆電球一つとなれば不安と恐怖で泣き出してもおかしくはない。
しかし、この少女は大声で叫ぶこともなく……その年頃の少女が持つであろう当たり前の――『不安』や『恐怖』などの感情が紛失しているかの様な全てを諦めた表情で顔を伏せっていた。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
少女の白磁の如き肌に一筋の涙が伝う。
無表情ながら虚空に向かって謝罪し涙を流すその様子は不気味でありながらも、それまでずっと無表情で何も言葉を発することのなかった少女にまだわずかだが確かに存在する人間性を表していた。
ギギー
「っと、此処でいいんですかい?」
「ああ。商品用の倉庫はここだ、覚えとけよ」
暗い牢屋の入り口が開き、二人の男が暗い部屋へと粗暴な足取りで踏み込んでくる。
その男達は同じ色、模様のバンダナを身につけており、おそらくは同じグループ――それも無法者のような犯罪者であろうことが伺えた。
「よっと…………にしても、何ですか?コレ」
立場がもう一人の筋骨隆々の男よりも低いのだろうか、謙った口調で話す若い男は自分達の抱えている人間大の大きさの袋包みを地面に降ろした。
「……こいつぁ、オークションに入り込んできたどっかの組織のスパイだとよ。どうせ、このオークションの
「へぇ、出品を?」
「まぁな、金持ち共の考えることなんざ分からないって訳だ。
……無駄口叩いてねぇでさっさと次の荷物を運ぶぞ。……出来高制でただでさえ給金がすくねぇんだから……」
そんな会話をする男たちを横目に少女は自身の目の前に置かれた大きな袋包みを一瞥する。
その袋包み――その中身の人間のことを少女は考えたのか、少女の眼が少し悲しげなものへとなり、また「ごめんなさい」と何かに向けて謝罪し続ける様になってしまった。
それから、数時間が経った頃。
少女は喉が疲れ果てたのか延々と続いていた謝罪の言葉は一旦止まっていた。
疲れからか眠りかけていた少女の目の前で、人が入っていると男たちに言われていた袋包みが突如として動き始める。
「……ッ!?」
勢い良く袋を突き破り、現れたのは――黒い燕尾服を身に纏う怪しげな白髪の男。
男というよりかは青年といった方が正しいかもしれない外見の彼は眠たげに瞬きを繰り返しつつ背伸びをして欠伸をした。
「ふあぁ〜……いやー、久々によく眠れた……。もう、
目を擦っていた青年が辺りの異変にようやく気が付いたのか挙動不審にキョロキョロと周りを見渡す。
「___あ゛!?……何処だココ!?」
「………………商品用のコンテナ」
大声で叫ぶ青年に呆れたような口調で少女は答える。
ここでようやく青年は少女のことに気が付いたのか怪しげな視線で少女のことを見、何かに気が付いてこめかみの部分を押さえ唸った。
「ああ、そういえばそうだった……やっぱ寝不足は駄目だな。よりにもよって敵地で眠るとか……笑い話にもならんぞこんなの。……しかも目の前の嬢ちゃん外見からしてターゲットじゃねぇか、どうしてこうも立て続けに起きんだよ、俺が頭を悩ませる状況がさぁ!?」
「……?」
小さな声でぼやく青年を少女は不思議そうに見つめる。
そんな少女に対し青年はできるだけ優しそうな声を出すように努めて言葉を発した。
「……あ~、嬢ちゃん。君は……どうして、こんな所にいるんだ?」
「…………」
少女は青年を見つめるだけで、口を少しも開こうとしない。
発言を間違えたかと思い、少女の方をちらちらと見て焦るように青年は急いで口を開く。
「そうだな……取り敢えず自己紹介でもするか。
俺の名前はハジョウ・リント。んで、嬢ちゃんは?」
青年――リントが少女へと笑いかける。
そんなリントを見つめる少女は静かに、小さく口を開いて今にも消えそうな声で声を発した。
「カトリナ……」
「へぇ、んじゃ取り敢えずリナって呼ばせてもらうぜ。
……そんでだが、無理はしないで良いんだ。まぁ、君にも事情ってのがあると思うからな……まぁ出来ればって感じで___」
「…………、した」
「ん?」
「私は……友達を殺した……。私をここから出したいなら放っておいて。もう、ここで死ぬつもりだから……」
少女――カトリナの口から一つの言葉が漏れ出るようにして発せられる。
その声はあらん限りの『絶望』と『諦念』が込められており、その発言が冗談でも何でもないただの真実なのだろうと感じられた。
そのカトリナの表情を見てリントの顔が曇る。
だが、数瞬後には何かの
「……うん、じゃあお仲間だな」
「え……?」
カトリナが初めてリントの眼を直視する。
その眼はどこか物悲しげで……遠く、過去を見つめていた。
「俺も親代わりの人を死なせて……いや、殺してしまったことがある。
自由で、豪快で、馬鹿みたいに猪突猛進で……優しい人だった。もういないけどな」
リントがつらそうな笑顔を作って笑いかける。
そんなリントをカトリナは見て……先ほどまでの絶望した悲愴な表情ではない、どこか優しさの籠った悲しげなものへと変化した。
「……まぁ、悲しい話はこんぐらいにしとこうぜ。なぁリナ、お前なんか好きな食べ物とかあるか?」
「……アップルパイ」
「おお、旨いよなアレ。俺も好きだぜ!」
リナと出会って早5日……未だ俺とリナは牢屋の中にいた。
まぁ、その間に警備のアホが起きている俺に驚いて騒ぎ出して、化け物を見るかのような目でロープぐるぐる巻きにされたりあったが……些細なことだ。
俺として一番重要なのは……こいつだな。
「リナ、お前ここから出たらどうするとかあるか?」
「……何度も言ってるでしょ、私はここで死ぬ。私に生きている価値なんて……ない」
「はぁ……」
5日間色々あったから、リナとは滞りなく会話できるぐらいの仲には成れた……だが、このリナの「オークションに出て死ぬ」という考え方は変えられなかった。
「なぁ、なんでそんなに頑ななんだよ。まだお前には先があるんだ。こんなところで……」
「分からないの……親しい人が自分のせいで死んだときの苦しさが――死んでしまうような心の苦しさが……」
……分かるさ、俺もそうだったからな。神のクソ野郎にぶち込まれたこの能力のせいで……だが、俺にはまだ
ああ、
そうとくれば、俺のすることなんて決まったことか。
俺は胸の大鎌型のペンダント――否、
手首から血があふれる。動脈を傷つけたのか信じられないくらいの量の血が鉄製の床に滴り落ちた。
「ちょッ、リント……何をしてッ!」
リナが俺のもとに近寄ってくるが、血の出ていない方の手で制して近づかせないようにする。
こっちに来て、万が一俺の血に当たっちまったら……
俺は俺の血液。それを手で握り、水遊びをするかのように牢屋の入り口にぶっかける。
すると、入り口が血の掛けた先の金属から滲むように茶色に代わっていく。
「なぁ、リナ」
「……な、なに」
ん?何でリナの奴真っ青になって……。
あ、そうだった。手首をこうやってリスカすんのってだいぶ異常だった……これも、
まぁ、いい。
この言葉を届けられたら俺としてはそれでいいしな。
「元はお前をここから連れ出すという
俺は俺のエゴで、俺の意思でお前を救う」
「俺はお前をここから救出して幸せな最期を見せてやる。それこそ俺は
リントの能力は自身の血液をかけた対象の性質を中途半端なものへと歪ませる
鉄は硬さを失い、砂のように崩れ
原型を留めないほどに劣化してゆく
「だからな……」
あらゆる存在――森羅万象が持つ確かな理、その完全性をリントは否定する
「
ハジョウ・リント。彼は他対象強制発動型の否定能力――『
「さあ、祭りだ!ぶっ飛ばしていくぜ!!」