「────────!!!???」
『のおおああぁぁ!!!!!?????』
落下している。石像以外の光源のない真っ暗闇を真っ逆さまに、ただ落ちる。
「すごいね、これ──!!!」
落下という言葉とそれに伴う浮遊感、新たな2つを得て少女が覚えたのは喜びだった。
しかし直後に高所からの落下が死の可能性を持つことを知って「もしかしてこれ危ない?」と少しの不安が胸中で渦を巻く。
「石像、これってどこまで落ちるの??」
変わらず光を放ち続ける石像に問いかける。
「·····石像?」
しかし、返答がない。少女が再び呼びかけようとすると····
『キュロロのリネの野ぬ!????』
「!?」
石像の言葉とは思えない叫びが頭の中を打ち鳴らした。
頭に響いた様子のおかしい石像の声で意識を占有するものが喜びから石像への心配に塗り替わった。
振り返って石像を見て、声を投げかける。
「大丈夫!?」
『グガゴギガグゴビビピピィィィィ!!!!』
(聞こえてなさそ·····って、え?)
黒く、特異な形をした石像は現在も光源として使える程の緑の光を纏っている。その光が今、少女には強く揺らぎながら石像から離れていっているように見えた。
(待って)
あれが離れれば取り返しがつかない。魔法を使った時のような本能による確信が少女を走り抜ける。沸き立つ焦燥感に駆られて石像へと手を伸ばす。
(···っ! 遠い!)
少女の手が空を切る。落下の間に距離が離れすぎていた。どれだけ伸ばしても届かない。空中での正しい体の動かし方など分からない。何もできない。
(魔法がある! 思い出せ思い出せさっきは······)
力の流入、収束、変換、移動。記憶を手繰り、全ての工程を辿り直す。最中で直面する間違いは本能が正し、変換の感覚にまで到達する。変換した力は再び掌へと。
「できた!」
雫が出現する。青光を秘める雫は輝きを放ちながら重力に従うように上へと流れていく。雫と少女は感覚的な繋がりがあった。身から離れた新たな四肢を動かすような感覚で指向と射出のタイミングを彼女の意思で決定している。
少女は上へ離れる雫と自分、石像の位置関係を首を振って確認すると
「多分、だいったいここらへん!!」
即座に二つ目の雫を生成し、同時に二つの雫を真逆の指向で弾けさせる。雷撃は衝突し、余波は少女を石像へと向かって吹き飛ばした。
(痛っ····! だけど届く!)
激突の衝撃を間近で受けた右の掌が激しく痛み手を抑える。その甲斐あって少女と石像の距離はあと少し。雷撃での加速は石像を通り越して余りある程だった。光は既に大部分が離れている。加速で受ける痛みはかなりのものでもう一度行えば少女は咄嗟に両手を伸ばせなくなくなる。次はない。
「———掴んだ!」
左手が石像を捉えた。体を引き寄せて足を引っ掛けて離れないように固定する。
(けど、これ、どうしよ!??)
さらに離れようとする光を前に抑え込む方法が思い付かない。だが最早時間はない。
「うわー! 戻れー!!!」
破れかぶれに光の塊に左の平手を叩き付ける。手の平を押し返す感触、光の位置が石像へと戻った。
「え、やった?」
『む、う·····童か?』
「戻った!」
『戻った? 一体なんのことじゃ』
「石像の光がどっか行きそうで危なかったんだよ。なんとかなって良かったぁ」
『そんなことが····一体———』
ぐん、と少女と石像が左に逸れる。
「次は何!?」
『引力じゃと!?』
さらに逸れる。突如現れた左への引力が少女たちを引きずる。なにをすることもできずに身を任せていると、
バキ、と軽い衝撃が襲う。直後、液体にしては固く、固体としては柔らかく響く何がが少女たちと激突した。
「わわ!??」
勢いのままそれに全身を沈み込ませた少女たち。痛みはない。包まれるような感覚に満たされて、段々と意識が朧気になっていく。
『何じゃ、この感覚———な』
突如、意識が明確になった。
暗がり景色が一変する。夕暮れを思わせる橙が波を打つようにゆらりゆらりと揺らめいている。ただそれだけの光景がどこまでも続いていた。
『これは····』
「綺麗····」
唐突な変容を前にして少女から溢れたのはそんな言葉。変化への疑問よりも感動が先に湧き上がった。
城は少女に圧倒的威容で殴りつけるような強烈な感動をもたらしたがこれはそれとは少し異なるものだった。通常ありえない、という点で衝撃的ではあるが少女は未だ目覚めて間もない。知識の正誤で揺さぶられるのは好奇心でしかない。
まるで水中のように揺らめく景色にはガラスのように透き通る何かがある。空間を区切るように、あるいは何かを構造するように薄い板のような形で複数ある。それは塗りたくった色の濃淡のようにも見える。美麗な絵画の内側にいるような不可思議な空間。
少女はそれを形容する言葉は持たない。だから自分の心を見ていた。複雑に沸き立つ感情の動きを附分けて一つ一つを確かめて反芻する。それをただ繰り返す。自らの心の動きに浸っていた。
『魔法による空間変異というやつか? ····気を付けよ童。魔法の準備を····その傷はどうした!?』
「傷?」
石像の声で雫同士の衝突で傷んだ右手のことを思い出し、確認してみると右手は赤い血に濡れていた。暗がりから抜け出した今、傷の具合がよく見える。細かな切り傷が幾重にも刻まれている。しかし痛みは薄い。
「わー、あっかい」
『そうか、先の···我が···すまぬ···』
「なんで謝まるの? ってそれより魔法の準備ってこれ危険なの?」
石像が深刻そうな声色で謝りを口にした。しかし少女にはその深刻さが理解できない。そして、それを理解するよりも気になっている事があった。それは魔法の準備の必要性について。少し前にそれについて話した石像の声には険しさが含まれていた。だが少女にはその必要が感じ取れない。
『···そうじゃな。ここは魔法により歪められた空間じゃ。魔法とは万象を起こし得るもの、動き続ける魔法の中ではどのような事象が起動するかも分からん。相当に危険な状況じゃ』
「万象を起こし得る···」
魔法、少女が使った力。それがどういうものか少女は分かっていない。あるのは自分が魔法を使ったという確信だけだった。
こんなことも出来るんだ。
少女が振るったのは破壊の力だったがこれからは破壊を感じない。万象を起こし得るという言葉からしても魔法の幅広さを感じて少女の好奇心が強く刺激される。
『加えてこの落下じゃ。どうにか勢いを消せぬものか』
魔法の行使はこれで3度目、少女は使用のコツを掴んだようで一連の段階の内の変換の手前で動作を止める。
「とりあえず魔法の準備はできたけど···このまま落ちたら死んじゃうんだよね?」
『でかした。そしてその通りじゃ。我は勿論、人間である主ですら死は免れんじゃろう』
「石像の方が硬そうだよ?」
『人間は生まれ持って複数の魔法により生きておる。思念一つの我より遥かに頑丈なんじゃよ』
「私が魔法で····?」
本能の囁きで存在を認識した魔法、少女が身体を見て回しても同じような感覚はない。
「うーん?」
景色も何も変わりなく、落下は今も続いている。両者は原因を解明できず、ただ流されるまま引力に従って。
『童よ』
「どうかし———」
ゆらり、と翳った。自らの身から石像へと振り返る間に流れた少女の瞳に映る景色が暗く淀んでいた。
「これ、なにが起こって····」
『分からんが魔法が動いたのは確かじゃな。警戒を最大限に引き上げるんじゃ!』
「うん·····これ嫌な感じだ」
暗く、昏く、絵画のように鮮やかだった夕日色はまるで夜を迎えるかの如く染まっていく。
同時に直感でも本能でもない単純な不安が膨らみ上がる。
(でも魔法なら何かできるかも·····! )
「一回撃ってみる」
『そうじゃな、やってみてくれ』
掌に出現する雫、瞬きより速く空間を穿たんと直線に突き進む。そんなただ遠方へ流れようとした雫が迫る黒に触れた途端、消滅した。
「消えた!?」
『なんじゃと!?』
消滅と同時に余波のような物が少女らの全身を打ちつける。
そしてついに黒は少女たちを覆い尽くす、石像の光すら消えた。完全な暗転、そして少女の意識も同じように暗がりの底に転がり落ちた。
「———ぐぁっ!?」
衝撃が全身を走り抜ける。それが少女の意識が再び浮かぶ切っ掛けになった。
「い、た···」
残留する痛みにのたうつと同時に意識が一瞬で覚醒する。全身の感覚が明確になり、右手に激痛が走る。
「痛!?」
跳ねるように身を起こして右手を顔の前に持ってくる。肉が裂け、血の滴る手が瞳に映る。前に見た時よりも血の勢いは減っているどころかほとんど止まっているがその時よりも痛む。
「うわ····そうだった。石像を、ってそうだ! 石像! どこ!?」
『ここじゃ、主の左の先におる』
声に示された方向に振り向くと横たわる石像の姿があった。纏う光も姿にも変わりはない様子を見て安心する少女。
「石像!」
『目が覚めたようじゃの』
「うん! 一体なにがあったの?」
『我も目覚めは落下が終わりに差し掛かるあたりでな。さして状況は分からぬがあの空間に付与された魔法により眠らされておる内にここに流れ着いたのじゃろう。速さが消えたのはあの魔法によるものか、また別のものか。なんにせよ共々無事で良かったのぅ』
「ほんっとにね! 死んじゃうかと思った。痛たた···」
動くたびに右手の傷が痛む。やはり落下の内より遥かに気になる。
『傷が痛むか。せめて血を止めるものでも無いものかのぅ···』
「落ちてるときはあんまりだったのになー。痛た···」
『聞いた話によると人は興奮状態にあると痛覚が麻痺するらしい。そのせいじゃろうな』
「そうなんだー。ずっとでいいのに」
『痛みとは危険信号、とも聞いたの。傷を治さねば命に関わることもある。その可能性が見ずとも分かるのは良いことじゃと思うぞ。我には持ち得ぬものじゃ。だから自らの目で探さねばならんがそれはそれで面倒じゃぞ』
「そっかー、でももうちょっと痛くなくてもいいと思うなぁ」
『それはそうじゃのう。ともかくその傷は早く止めるに限る。見てくれは浅く見えてもの用心に越したことはない。傷を止める、あるいは癒す手立てを探しに行くのじゃ。元々、この場所も安全ではないしの』
安全ではない、という言葉に少女は思考を巡らせる。思い当たったのは自らの魔法で打ち払った災いというもの。前触れこそ分かったものの何もない場所から現れていた。この周囲で現れてもおかしくはない。
「災いが来るかもってこと?」
『それもある。見てみい、周囲の有り様を』
せり立つ赤い物体、地面のヒビ割れから覗く紫、黒い壁、空間そのものが歪められていた夕暮れの異常ほどではないが先刻まで身を置いていた都市と比べて景色は大きく変わっていた。
空は壁のように空間を区切る黒と同質に見える物が空を食い破るように蝕み、建物の残骸のようなものが宙空に幾つも留まっている。
「わー、凄いことになってるね。これも魔法なの?」
『そうじゃの。これらは大方災いの残滓のようなものじゃろう。この世界に起こる事象は大抵魔法によるものじゃ。災いもその例には漏れん』
「災いって魔法なんだ! ···というか魔法ってどういうものなの?」
青光の雫、夕暮れ、そして災い。その全てが魔法だった。雫は少女自身で、それ以外は石像によって知ったもの。災いに関しては謎の予兆を感知できるなどそれぞれには細かな違いがあった。しかし差の要因を考えるどころか魔法というものの基礎についてすら少女はまるで分かっていない。ようやく巡った知る機会、逃す手もなく聞いてみる。
『魔法というのは我らが触れられぬ場所にある事象の起点であり万物の設計図、世界片こと事象基盤に万物の素である魔力で干渉して基盤に刻まれている事象を魔力で形作ることじゃ。都市にあった建物らも、人も、災いもそうして生まれた』
「事象基盤に魔力···」
そう口にしながら石像の言葉を復唱する。世界片に事象基盤、魔力、聞いたところで意味は表れない。しかし流れから大まかに推察できる。
「事象基盤っていうのに魔力をぶつけて魔法ができる···ってことは私があの雫の魔法使うときもそうなんだよね?」
『そのはずじゃ』
「そっかそっか」
魔法の動作工程を振り返る。外から力が流れ込み、それを一点に集めて変換、移動させて放つ。
(さっきの話に置き換えてみたら···流れ込んでくるのが魔力で、集めて変換の時に事象基盤使って魔力を雫に変えてるって感じかな。でも、それなら···)
「人間は複数の魔法で生きているって話してたじゃん。それってどうやって動かしてるの?」
『人間はその身に保全器という臓器を持つ。それにより魔力を引き出し、刻まれる魔法文字で以て人としての活動を成り立たせる全ての魔法を機能させておる。魔法文字とは詳しくは分からぬが人が扱う魔法起動用の文字のことじゃ。臓器は分かるか?』
「臓器、臓器····うん、分かったよ」
『そうか。災いを討ち果たした主の魔法もそのように現したのじゃろう』
(···?)
石像の言葉に違和感を覚える。それではあの雫の発現の工程と食い違う点があった。魔力は全身から内へと渡るものだった。しかし石像の言葉の通りなら力は内側から現れるべき筈だ。
『···そういえば主の言葉の意味を解する力では魔法のことは分からなんだのかの?』
「うん。何が違うんだろうね」
『ふむ、魔法とは世の基幹に当たる力じゃ。教えぬ必要はないはずじゃが···見つけたぞ』
「え、何を?」
『傷を止める術のあるであろう場所じゃ。会話の間に思念を放って周囲を探っておった』
「思念って放てるんだ」
『うむ。主に初め声をかけたのもこの方法じゃ』
「便利! でもあの時は光見えなかったよ?」
『思念を放つというのは我の意識であるこの光を引き伸ばして行っておる。加えて探査への割り振りは少ない。目に見える光量ではないの。現に主は我が辺りを探査していたことに気付いておらなんだじゃろう』
光は変わりなく石像の周囲で揺らめくばかりで変化は見て取れない。
「ほんとだ。変わんないね」
『近くには見当たらなかったが少し遠くに建物の群れを確認した。距離がある分精度は落ちておるが故に内部は分からぬが、明確に存在が分かる程に巨大だ。都市じゃろうな』
「都市! どっちにあるの?」
『後ろの黒い壁の先じゃ。じゃがあれは避けよ。我の思念が触れた瞬間に立ち消えた。危険じゃ』
言われて後ろを振り返る。あるのは言葉通りの黒い壁。黒、その二文字で思い浮かぶのは夕暮れ色のあの空間を染め上げた先刻の脅威。そしてこれは思念を消した。
「さっきのと同じやつなのかな」
『さてな。ともかく警戒するに越したことはない。そこな黒は球形に広がっておる。回っていけば先の都市を安全に目指せるぞ』
至近で見れば壁のようだが黒と空の境目へと視線をずらすと緩やかな傾きが確認できた。
「そうみたいだね。じゃあ行こっかー! 石像は·····自分で動けたりする?」
石像は少女の背丈より大きい。通常時でさえ運ぶのは困難だろうことは想像に難くないが今は更に右手が使えない。得た知識からは石像が自ら動くことは記されていなかったが思念という道を持っている。それなら動くことも不可能ではないのかもしれない、と希望を込めて少女は聞く。
『出来ぬな』
「そっかぁ。どうやって運ぼっか」
『ふむ、主よ。何か案はあるか?』
「うーん····思い付かない」
『我も同じじゃな。よし、置いていけ』
あっさりと石像は言う。
「え?」
想像だにしていなかった返答に気の抜けた声が漏れる。
「置いていけって····そのままの意味?」
『言葉の通りじゃ。方法がない以上仕方ない』
「私行っちゃったら災い来た時どうするの?」
『術は無いがその傷を癒す方が先じゃろう』
「先じゃないよ。石像死んじゃうじゃん!」
当たり前の優先順位を語るように声を響かせる石像、しかし少女は納得できない。死は生命の活動を止める。そうすれば何かを知ることは勿論、全てが出来なくなる。少女はそれを望まない。石像もその筈だと少女は考えていた。
『し、しかし放っておけば痕が残るやもしれんのだぞ?』
「それぐらい良いよ! 血もほとんど止まってるんだし。石像と一緒に行く方法を探す方が先だよ。聞いてないことも沢山あるんだし!」
石像に掌を見せつけるように前に突き出しながら言う。少し前でも少量垂れる程度だった血は既に止まっていた。
『そうか···そうじゃな。すまなかった』
「謝らなくていいけど何であんなこと言ったの?」
思い直した、というよりはただただ沈んだ声音の石像に少女は真意を問う。
『我は思念の一つに過ぎん。ただ言葉を解するだけの存在でしかない。故に優先されるべきは主だと考えた』
「···よく分かんない。こんな傷なんかより石像の命の方が大事だと思うんだけどな」
石像には知識がある。思念という少女が持たない力もある。そして、命がある。ただ手が軽く裂けた程度の怪我と釣り合うわけが無いと少女は思う。
『命か』
囁くような僅かな声が少女を掠める。言葉を明確にするほどには響かず意味を掴み損ねた少女は石像に聞き返す。
「何て?」
『気にせんで良い。しかし、童よ。どうやって我を運ぶつもりじゃ?』
(石像を運ぶ方法。周りには無さそうだけど、魔法で何とか出来ないかな)
少女が扱った魔法は雫ただ一つ。他には思い当たる節もない。
(普通にやったら石像を壊しちゃう。この魔法で石像を運ぶとしたら···)
少女の掌から雫が生成される。
『何か思いついたのか?』
「うん。この雫の流れを抑えられたら動く足場みたいにできるんじゃないかなって」
雫の指向や指向を与える瞬間は少女が選択していることだ。ならばその勢いも掌握できるのではないかと考えた。
生成された雫は下へと流れる。
雫の解放を行う際には走り出す時のような力みが必要だった。その力の入れ具合を手始めに最低に調整し、指向を指定する。
「ふん!」
解放と同時に雫の落下の速度が少し緩やかになる。しかしそれも僅かな間で元の速さに戻った雫は地面に落ちる。
『おお!』
「これ行けそう!」
雫と自身の感覚的な繋がりを切断するイメージで魔法を解除すると、少女の視界の外側で地面と衝突した雫がザラリと砂のように砕けた。軽い余波のようなものが足元を撫でるのを感じながら次の試行へ移行する。
『成功か!』
試行回数が二桁に到達したところで雫を宙空に留め置くことに成功する。
次に目指すのは石像全体を包む程の規模を生成し、その上で今のように操ること。
「次はデカいのでやってみよー」
まずは雫を生成、そのまま力を変換し続け水塊という言葉が似つかわしくなったそれへの力の供給を断つ。落下が始まった水塊に培ったばかりの停止の指向を与える。
ピタリと静止する水塊。
「ぬぬ···!」
水塊の操作は水滴を操作するより遥かに困難だった。無数の水滴へ同時に同等の指向を絶えず与え続けることでようやく塊という形を維持している。少しでも力加減を間違えれば急速に瓦解しかねないほど繊細だった。
『大丈夫か?』
「何とか。でもこれ動かすのすっごい難しい」
水塊の各部分への力配分を変えながら形を変えようとするが想定通りの形を作れない。しばらく力加減の感覚を体に馴染ませてからトーラス状にした青の水で石像を囲むように移動させる。縦に伸ばし、大きなブレスレットのような形へと変容させて石像を包むように円を小さく絞っていく。石像の思念との接触前に少女は確認を投げかける。
「そういえばなんだけど思念ってこのまま持ち上げても大丈夫?」
本能の警告は無い。しかし少女は思念について知らない。少女に供給される知識には魔法についてのような重大な欠けがある。下手をすればまた石像に異変が起こるかもしれない。だから石像の知識による確証が欲しかった。
『問題ないの。魔法同士の接触はその魔法の在り方、強度にもよるが基本的に敷かれた法が異なるか、連関性が無ければ干渉し、敷かれた事象を及ぼすのみじゃ。見たところ、その魔法と我の思念と繋がりは無さそうじゃからの』
「良かったー」
石像を思念と共に斜め上に押し上げるような指向で軽く浮かせると下に魔法の水を滑り込ませて完全に持ち上げることに成功する。
「持ち上げたけど痛かったりしない?」
『うむ。あの魔法をこうも上手く扱うとは素晴らしい操作精度じゃな、童よ』
「す、すごいでしょー。ぬぬ···!」
ただ維持するための指向にゆっくりと移動するための指向を与えていく。石像への負荷にならない様に指向の変化は最低限に、全ての水滴はより繊細に操るように意識する。
『相当な集中力を必要とするようじゃのう。道の些細は我が示そう』
「ありが、とうね···それじゃー出発、だね!」
石像の声を頼りに、まだ見ぬ都市へと歩を進め始めた。