(——そうじゃ。奥の赤の構造体を越えた先に都市は見える)
「りょーかい!」
少女たちの視界の先には幾つもの赤い枝のような物が絡み付いた様にして出来た構造体があった。そしてその手前には赤い泉が存在して、その中心には18メートルはある巨大な三角柱のような装置が存在した。三角柱の上半分からこの先100メートルは続く緩やかな傾斜に沿うように地面へ突き刺さりながら伸びている。
下ってから赤い枝々の隙間から先へと通り抜ける。
越えた先にも続く下り坂を見下ろすと8メートル程の壁に覆われた無数の建物群、都市があった。
その都市の中央から壁の半分の径の円上の等間隔の4箇所に一際大きな建物がある。咲いた花のように上に拡がる構造をしているがその全てが斬撃でも食らったかのように両断されている。
更に下って壁際へと到達すると細心の注意を払いながら石像を立て掛けるようにして水塊から降ろす。
「ぶはぁ、着いたぁ。入る前に一旦休憩しよー疲れたしぃ」
(そうしよう。····よく頑張ってくれたな主よ。とくと休むが良い)
額を伝う汗を手で拭いながら壁にもたれ掛かるように座り込む少女。その視界の先には通り過ぎた赤の姿があった。
「そういえば凄かったねアレ。赤い水たまりも伸びてるのもどういう魔法なんだろ、気になる」
(そうじゃな。しかし調べるのは危険じゃぞ?)
「分かってるー。でも知らないままは嫌だしこの都市みたいに色んなとこ見つけて、石像に会ったみたいにたくさん出会ってたくさん知ってからまた調べに来ようね。落ちてきちゃったあの都市にも」
(···ああ、また来よう)
「これからが楽しみ···ん?」
これまでの道のりをぼんやりと振り返りながらまだ見ぬこれからの未来へと思いを馳せていると過去に抱いた疑問を一つ思い出す。
全体重を預けても背の壁には崩れる様子がない。軽く握った手の甲で数度ノックするように壁を叩く。
ちょっと痛····。
傷一つ付きはしなかった。最初の都市で砂のように砕けた構造物とはまるで違う。目覚めた建物も同じように壊れなかったがその違いは何だったのか。
(どうした?)
「こっちの壁は壊れないなーって」
(ふむ?)
「前の都市は壁とか触ったら砂みたいにサラサラになっちゃってたからさ。石像なんでか知ってる?」
(その事か。災いが来る直前の我の言葉を覚えておるか?)
「光がなんとかって話だったよね」
(うむ、主が訪れる少し前に光の柱があの城ごと辺りを引き裂いていったんじゃよ。おそらくそれが原因じゃろう)
斬り裂いた、か。そういえばさっき見た都市にもそんな跡があったっけ。それは先で聞けばいっか。まずはサラサラのこと知りたいし。
「何で?」
(物質は魔力により構築される。しかし、ただ一度構築すれば良いというものではない。魔法が及ぼす効果は魔力を注ぎ続ける事で維持できる。物質がそこの壁のように強固であるのは魔力供給の源泉があるからじゃ。都市を都市たらしめる心臓、
「そんなのがあるんだ。あれ、なら石像は?」
(辺りの魔力を使っておる、らしいの。実感は無いが都市による魔力供給を受けずとも思考を維持できておる以上この知識に間違いは無さそうじゃ)
周辺の魔力を利用する。それは少女が雫の生成に利用する工程とよく似ていた。
「あ、それ私と同じだ! 魔法を使う時って周りから力を集めてるし」
(真か!)
「うん!」
(ふむ、人であり獣でもあるのか。いやそれとも人である獣か····)
「獣?」
(ああ、我に知恵を授けた人々は周囲の魔力により己を成す思考存在を獣と呼んでいた)
「じゃあ私たち獣かー、なんかカッコイイね! よっと」
互いの間に見つかった獣という共通項に少女は何故だか嬉しくなりながら背で壁を叩き、反動で起き上がる。
「んじゃ体力も回復したことだし行こっか!」
(じゃな)
左手で水塊を構築して再び石像を包むと上から降りてくる際に確認していた巨大な門へと向かう。
門の正面で足を止めて、中の様子を確かめる。
「あれは····もしかして」
建物と建物の間に続く道、その真ん中に人型があった。
「人だ!」
(いや、これは····何だ?)
石像の不穏な言葉は右から左へ、新たな知恵者を発見した少女は器用に水塊を維持しながらそれへと近づく。
「ねえ!」
呼びかけには応えない。さらに接近し、人型の姿がより正確に見えるようになる。すると少女を強烈な違和感が襲った。理由はない。少女からは背姿しか見ることは叶わないが知識上の人間と確かに合致していた。姿勢からして空を見上げている。見るからに状態が異常というわけではない。しかし、拭えない。
「聞こえてる!?」
再びの呼び掛け、これにも返答はない。人を追い抜き、振り返りあるはずの顔へ目を向ける。
「————」
確かに顔はあった。しかし輪郭が定まらない。視界にノイズが走っているかのように目の前の形を正しく認識できない。髪の色、瞳の色、骨格、全てが分からない。
「どう、なって」
呼吸音は聞こえる。生きている筈だ。だが固まったかのように動かないそれを、未だ視界の内で揺らぎ続けているそれは無機質的に感じられる。生き物と認識することを本能が拒絶する、そんな感覚が少女を巡っていた。
「人、なんだよね····?」
目、顔、腕、胴、足。人を人たらしめる要素を全て持っている。少女の知識で考えるなら人だ。だが、その状態はあまりに異常すぎた。確信が持てない。
(····分からん。この人間には主に行っている思念による言葉の投げ掛けが出来なんだ。これまで出会った全ての人間には感じられたものが無かった。思考という機能を持っていないかのようじゃ。しかし·····)
「·····」
石像の声色が少しずつ萎れていく。現状を分析していくのを苦痛に感じているように。
(この都市を改めて思念により探索したが、この人間と近い状態の人間が都市中におる。家らしき建物にも、それ以外にも。そこらの家々には家族のような構成で止まって·····もしそれらが人でないのなら、都市の主である筈の人の居場所が無くなってしまう。人である可能性は高い)
可能性ではある。とはいえ、今それ以上の根拠はない。
「そんな···」
よく見ると道の先に三人の人がいる。その手前にある十字路まで歩く。石像を疑っている訳では無い。自分の目で確かめたいと思った。
十字路の分岐の先に目を向ける。幾つかの人影があった。どれも同じく静止している。幾つもある家の窓の一つからも揺らぐ顔を覗かせる人影を見つけた。そこまで見ていく中で人たちに共通点があることに気が付く。
窓の人も道を歩いてる人たちもみんな空を見てる·····?
少数切り裂かれた建物を見上げる人間もいるが、大半の視線が収束していたであろう場所はそこでは無い。都市の中央、その直上の虚空だった。
(この事態を起こした存在は空より現れたということか)
「あの斬られた跡を見てる人もいるし両方ともみんなが見てるヤツがやったって事だよね」
(じゃろうな。あれ程の傷、平常時で治さぬ手はない)
思考を殺し、都市を斬り裂いた超常。石像は言っていた。光が都市を斬り裂いたのは少女が目覚める少し前の出来事だと。
「どこかにまだ、いるんだ」
怖気が走っていた。都市を滅ぼした存在はまだ生きている。もし、出会ってしまったら少女も同じようになる。思考を失い、人とすら感じられない存在になってしまう。知ることも話すことも何も無くなってしまう。それが恐ろしくてたまらなかった。
(都市間にはかなりの距離がある筈じゃ。斬撃の跡はあの4箇所のみ。攻撃対象の取捨選択に自らの移動すら可能としている、のか)
「選んで壊すって····」
まるで思考しているようだ、と思った。少女が知る脅威とは災いのみ。災いにそのような事ができるのか。それに類さない未知の脅威か。
「災いなの?」
(おそらく、獣じゃな。似たようなものじゃが)
「獣って私たちの事だよね····?」
(うむ。獣とは周辺の魔力により己を成すと言ったが実を言うとそれは災いと同じなんじゃ)
「····あ」
人と獣、都市の魔力の充填方法については聞いていた。しかし災いについては聞き漏れていた。
(原因が同じである以上、発現状況もまた同じ。つまり災いのような自然発生もあり得る。確率は著しく落ちると言う話ではあったがの)
私たちと同じ存在、それがこれだけの人を、都市を····こんな風にしたんだ。
「石像、私たちって———」
警鐘が鳴り響く。頭の内で、思考の深くで、これから来る災いを予期して強く。
(また、災いか···! しかしこの反応は)
「遠い?」
感じる危機の収束点は前のように近くはなく今いる都市から少しだけ遠い前方の空だった。少女らがいる場所が端で、見ている方向が中央というだけあって、少女の視界に収まる位置だった。更に青光の雫を生成しながら出現を待つ。
また、あの時のように予感が弾ける。
····?
景色が変わった様子が無い。
「あれ」
(! 音だ。何か聞こえるぞ)
耳を澄ませば砂を擦るような音が聞こえていた。音は少しずつ大きくなっている。そうなるとそれは何かを引き摺っているかのようにも聞こえ———
それらの音を掻き消す程の鐘の音が響いた。
(ぬうっ!?)
「っ!??」
鐘の残響も消えた頃、予感の収束点の周囲が薄っすらと緑に色づき始める。収束点を軸にして、緑や周辺の空間が歪みながら回転していく。
渦と化したそれはさらに多くの空間を巻き込んで増大化し、それどころか渦の中心はこちらへ接近しているようにも見えた。
こっち来てる····! けど私の魔法当たるのかな?? なんか透けてるけど······んん??
移動する歪曲の渦、その真上にいつの間にか形があった。遠く定かではないが切っ先が下を向いた白い刀身のように感じられる。発生の兆しは無かった。
(災いの一端か、それとも)
そんな白の先端から橙色が液体のように溢れ出す。少女はその色に見覚えがあった。
「落ちてきた時の!」
(各所の黒の源か!)
落下する暮色に黒が差す。黒は球形を型どり、空に停止したまま少女が扱う雫のように大きく広がっていく。
渦に匹敵する程になった球は落下を開始し、渦と真っ向から激突した。軽く低い、何か割れるような音を境に球の下端が少し崩れる。その状態で完全に静止した。しかし未だに暮れは注がれている。球形の肥大化は止まっていない。拮抗は瞬く間に崩れていった。
石像らまで届く激突音に加えて歪曲とは異なる空間そのものが軋んでいるような、空が締め付けられているような音が響いていた。回転が著しく弱まっている。歪曲した空間が上から押さえつけられてさらに歪む。
ついに耐えかね、渦は跡形もなく消失した。
まるで暴風のようにそれを形作っていたものが形を変えて吹き荒れる。余波のようなそれは離れた少女らの元へも至るほどだった。
「わっとと」
態勢を崩さないように踏ん張りつつ、水塊との接続を繊細に維持する。空に座する白を注意深く見る。止まったまま動いていない。
(今すぐここから離れるぞ。あれから距離を取るべきじゃ)
「いやでも、あの人たちは·····!?」
人と感じられなかった、人。獣によってそうなってしまった。それが獣の手よって今度こそ完全に殺されようとしている。
新たな知識が得たい。少女が目覚めてから望んでいることで、人を戻せば得られる。それだけじゃない。石像の思念の乖離を見た時、あれにも死のような取り返しのつかない終わりを見出して阻止しようと動き出した。あの時、早く止めなければならないと思った最初の要因は石像に起こる取り返しのつかない変化を感じ取った際の忌避感だった。
今も同じ感情が少女を巡っている。石像の心配を飲み込めない。
(主の命には代えられん·····それにどうにかする手立てもない)
「方法なら、後で分かるかもしれないよ?」
(災いや獣は今のようにまた現れるじゃろう。ここに術がなければ、我らはここを離れねばならん。その時はどうする)
「······でも、もっとめちゃくちゃになったらもっと治せなくなるかもしれない。今ここにいるんだし、何とかしようよ!」
(·····何故、そこまで)
なんで····
理由のない忌避感が生まれるのは何故だろうと自分の中の未知に意識が行こうとしたところで遠くから音がした。
「!?」
あの白の方向からだった。
(童よ! 空を!)
あの白がいた場所を見る。暮色の巨大な塊が写っていた。
黒へと変わっていく暮れが瞬く間に拡大されていく。都市を縦断して接近していた。接敵まであと僅か———。