アリアレドナの砕け星   作:地底土竜

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石像の祈り

 瞬く間に詰められる距離、時間は僅か。起こせる行動は最早一つが限界だった。攻撃という選択は飛来物が同種である可能性に生じた躊躇いに潰えた。逃げろと叫ぶ本能を踏み潰し、石像を包む水塊へと意識を移す。

 

(な———)

 

 石像を遠くへ離す。何時もより速く、何時もより繊細に。正面から来る黒色に対して十字路の左へと。そのための集中に少女の動きは致命的に遅れる。回避は出来ない。起こせる行動はもう一つの水塊を盾とすることだけ。

 

 全身を黒く染めた飛来物の軌道が軋むような音と共に変わる。石像を追うように曲がった。

 

「!?」

 

 勢いをほとんど殺さずに正確に捉えている。今の動きでは直撃する。だがこれ以上に速度を出せば石像を傷付ける懸念があった。

 

 激音が走った。衝突によるというよりは雷が轟いたというべき音が二度続く。

 

 少女の前を横切り、二人の間に位置した黒色に雷撃は当てられる。

 あの速度は瞬きほどで災いを都市ごと貫いた。距離なんて関係ない。だが直線で狙えば石像を巻き込む。だから指向を進行の中で変えた。

 一度目で石像への直線上から逸れた軌道で黒色の真横へと、二度目で水塊を叩き込む。指向変更の時期は完全に直感だった。

 

 家の外壁を砕きながら少女らがこの都市へと入る際に使った門の方向へと飛んでいく。しかし、届かない。その半ばで停止する。

 

 先程までは黒に包まれて鮮明に視界に映せなかった強襲者の姿が克明になる。それは翼だった。幾翼かが何かを包むようにして成り立っている。その白い翼に傷や欠損は見て取れない。

 

 少女の中には安堵があった。石像を守るためとは言え同類である筈の存在を殺したと思っていたから。

 だがそれ以上に恐れがあった。白が飛んだ方向はどちらだったか。人を見かけて入った入り口の方向だ。あの人間は倒れる白の付近にいた。

 石像を破壊させない為の咄嗟の雷撃はかなり乱雑なものだった。飛んだ先に人がいることを考慮なんて出来ていない。あの人間が獣と衝突しなかったのは単に運が良かったからだ。

 

 心の中でその二つが混ざり合う。胸の中で膨れ上がり、息が詰まるような感覚だった。

 

 そんな少女の先で再び何かの軋む音がする。倒れていた白が起き上がる。

 まだ何も終わっていない。

 

(童よ! な、いや······まずは奴の視界から姿を隠すのじゃ!)

 

「無理だよ! あの人が危ない!」

 

(···ならば魔法を都市の外へ放れ! あの獣は釣られる筈じゃ!)

 

 迷いなく言葉に従う。意図は分からない。しかし疑う必要はない。

 

「っ!!」

 

 雫を即座に生成し、白翼の頭上を通り過ぎる都市の遥か上を行く軌道で飛ばす。翼の獣の移動速度は把握した。体感した今なら全力とその速さの間を狙うことは不可能じゃない。まずはゆっくりと飛ばす。

 すると高速で移動する雫を追っているかのようにその身体がぐるりと向きを変えて、全身から溢れ出した暮色を纏い始める。それが全身を覆った頃には一部は黒へと変じていた。凄まじい速度で全体を染めると空を走り抜ける雫へと破裂音を伴い飛び立った。雫の速度を上げる。翼獣の速度より少し速い状態を維持し続ける。前にある赤の樹を迂回するような弧を描く軌道で。

 離れていく黒、調整には成功した。足場だった場所に大きく砕けた跡が残る。

 

「なんとかなった····?」

 

(いや、また戻ってくるじゃろう。そして学べば通用しなくなる可能性もある。獣であるならの。魔法は貯めておくことじゃ)

 

「····そっか。ねえ、石像。獣なら喋れたりしないのかな」

 

(言葉を解するというのは希少じゃ。そしてそれが出来るのであれば主の声に反応していたじゃろう。無かったということはその可能性は低いじゃろうな)

 

「そっか」

 

 これで終わるなら誰からも死は遠ざかる。人たち、石像、そしてあの翼の獣にも。だが獣は思考ができる。それでも言葉が通じるならという希望もここに潰える。簡単には終わらない。少女は落胆を感じていた。

 

 水の魔法を起動する。あの獣は再び来るのなら迎え撃つ武器は欠かせない。

 

(では奴についてじゃ。あの瞬間の我らの差は声と動き。そして我の声は思念接触でしか伝わらん。よっておそらく、狙いを変えたのは動きの差が原因じゃろう。肉声に関しては分からんがの)

 

 石像の分析を聞いて少女は思う。それは翼の獣がこちらを発見したことについてだった。白に見つかった際の石像と少女は言葉を交わしていたくらいで特に行動していた訳では無い。

 ならば動きが微細でも感づくということ。人々は呼吸をしていた。見つかれば襲われかねない。

 

 やっぱり危なかったんだ。良かった···! 

 

 渦巻く安堵の中で石像の声は続く。

 

(急げ、主はこの人間たちを守りたいのだろう。都市の外ならば守りに割く力は要らん。我もここに置いていけば全力を自由に引き出せるようになる)

 

「! ···石像! ·····」

 

 石像が言ったのは背中を押す言葉。少し前は問答になって少女の心に明確な悲しみを生んでいた。それが喜びに転じる。

 それを伝えたいと思った。だがその心の動きを形容する言葉を知らなかった。

 

 最初に浮かんだ無数の知識があった。それらを使った喋り方も喋る方法も対して苦も無く少女は扱えた。昔にそうだった事があったかのようによく馴染んでいった。だけど妙に欠けている。それがとてももどかしかった。

 

 適した言葉を探していると雫との接続が突如途切れる。

 

「どうやって···!?」

 

(何があった)

 

「私の雫が壊されたみたい! なんとかしてくるからここで待ってて! 何かあったら声で何か言ってね!」

 

(待っておる。気をつけるのじゃぞ)

 

「うん!」

 

 石像を水塊から下ろし、少女は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(·······)

 

 その背中を思念の波による空間解析により見つめる石像は自分の判断について考えていた。

 

 我の選択は正しいのか? これで童は危険に身を晒す事になる。

 

 しかし、と少女の言葉を思い返す。ここにいる人間を助けようとしていた。

 

 そうじゃ。童はそう望んでおった。それを我が否定して良いのか。ただ一つの思念風情が。

 

 少女は人だった。人間、かつて文明を興した存在。そして石像に繁栄を見せた者たち。石像は振り返る。初めて意識と呼べるものを獲得したあの日に認識した、人が組み上げた巨大な都市を。

 

 我はそれを美しいと感じた。その所以は時間を経て理解した。

 意思の始まりから我は人から多くを受け取った。知識を、体験を。そうして知った。人が途方もない時間を進み続けて来たということを。

 人間が文明が興してから3000年を超えた時間が過ぎていたのだと言っていた。それだけの時間を存続して尚、停滞を知らなかった。

 魔法を探求し続け、星の上に都市という新たな生活圏を築き上げてみせた。そこでは止まらず、星穿を為し、その先へ進むという新たな目的の為に魔法という糸口から世界への理解を深めようと手を尽くしておった。その圧倒的なまでの熱量を好ましいと思ったのじゃ。

 都市とはその途方もない研鑽の断片。形を成した人の技。ならばそれに美しさを感じぬ筈もない。

 その進歩の一端を傍らで見続けることが出来れば、と思っていた。

 

 だが石像の望みは唐突に潰えた。都市は滅びた。

 終わりが来た日、石像の思念は強力な何かによって正常な動作を失い、状況を解せなかった。だから恐ろしい破壊が起きていた事を惨状を通して知るのみで原因を知らない。

 それが終わり、静かになった後に残ったものは破壊の跡ばかりで人は完全に消えていた。原因は不明なまま都市の残骸に石像は一つ取り残されていた。

 それから、無限と見紛う時間の中を孤独に晒された石像は欠乏を知った。苦痛というものを理解した。しかし出来ることは都市の残骸という記憶の残り香で思い出を反芻する事と思念で都市を探る事しかない。石像はただある意識だった。自らでは動く事も思考を絶やす事も出来ない置物同然の存在でしかない。それが、

 

 童に出会えた。

 

 同じ都市で眠り続けていたのだと言う少女が石像の元を訪れた。生きている人間と再び見えたのだ。半ば諦めていた奇跡が起こった。

 石像からすれば少女は形を成した希望そのものだった。問いに答え、助けになれる事は至上の喜びを与えた。

 

 しかし、我が童に出来たことは何だ。知識を与えただけだ。あの日の滅びから何も変わってはおらん。ただの思念でしかない。

 それどころかあの右手の傷を生む要因になった。共に戦うことも盾になることも出来はしないというのに。

 

 知識があるだけの荷物でしか無い、と石像は自らを認識した。知識を全て譲渡する術と自らを滅ぼす力があるのならば少女にこれ以上の負担を強いることはない。だがそんなものは存在しない。

 

 それに、童は我の終わりを望まなかった。それどころか我を人と同等の命だと思っている節すらある言い様じゃった。それが途方もなく嬉しかった。同時に己の無力が際立つのを感じた。我に童を助ける力がないということは変わっておらぬのじゃから。

 

 少女は自身の魔法の新たな活用法を編み出した。

 

 自ら望みを叶えてみせた。そうだ、人間は進み続ける事のできる存在じゃ。だからこそ人は歩みを止めなかった。

 

 少女はこの都市の人間をもとに戻すことを考えていた。それに対して石像は少女の命を第一に考えた。都市から逃げれば少女は助かる。だが都市の人々を戻せばそれ以上にこの世界を、人の世を呼び戻す切っ掛けにもなり得るかもしれない。

 

 価値あることだ。我はその発想を浮べることすら出来なんだ。変わり果てた人を見ることが耐え難かった。この都市から離れたいとさえ思ってしまっていた。確かにそこにいたのは我が焦がれた人だと言うのに。

 

 石像は少女の行動にかつて感じた人の在り方を重ねていた。だから望みを叶えることが出来るだろうとも思いつつあった。

 

 ······。

 

 それでも恐怖はあった。都市は滅びたのだ。

 少女が命を失えば全てが終わる。こんな機会は二度と無いかもしれない。そして、石像を人と対等に思った少女は一人しかいない。

 

 生きていてくれ。

 

 石像は願うしかない。少女の無事を、勝利を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足音が響く。

 紫の手術服とその藍の髪を揺らしながら、少女は走っていた。

 その姿は門を越えて坂にある。その傍らには四つの水の塊があった。魔法による生成物だった。石像を運ぶ中で培った操作技術は乱雑な一塊として扱う分にはこれだけの数を走りながらでも維持できる程になっていた。

 本能により行使できたこの力は凄まじい速度で手足のように馴染んでいっている。

 

「いた!」

 

 視界の先には黒い塊。白い翼を持つあの獣が少女を観測し、突進を繰り出すところだった。上空にいる獣を発見するのが少し遅れていた。しかし、少女は焦らない。

 

 水の塊が走る。一秒という間さえなく獣へ到達し、衝突する。

 つんのめったように動きが止まる。次の水塊の生成を行いながら獣に声を掛ける。

 

「ねえ! 何で襲ってくるの!」

 

 低い可能性でもやってみなければわからない。

 

 しかし返事はない。反応する素振りもない。

 

 駄目だ···。止めるのはどうすればいいんだろ。逃げてくれたら良いのにな。

 

 少女は同種を殺したくないと思っている。だからただ下へ降りてくる翼の獣の様子を眺めながら追い返す方法を探っていた。

 

 この魔法で捕まえて遠くへ連れてっちゃうとかどうだろ。あの黒いの使われたら捕まえられないかな。

 

 翼の獣は行動を起こさない。暮れを纏う様子がない。思考と警戒を続けているとその不動具合に不審が芽を出す。

 

 なんで止まって———

 

 風を切る音、思考が途切れた。

 

「がっ!?」

 

 背中に衝撃があった。地面に倒れていた。

 頭に鈍痛が響く。

 

「痛っ」

 

 ガン、と打ち付ける音があった。少女の視界に白の獣が映り込む。空へと獣が飛び上がっていた。その白の翼から暮れが噴出する。押し潰そうとするように落ちてくる。

 

「うわぁ!」

 

 飛び起きて落下範囲外ギリギリを転がり避ける。

 思考が途切れた時に全ての水塊との接続は途切れていた。一瞬で安定が消え失せた。

 

 どうしよう! それにアレ何!? 

 

 未知の攻撃があった。存在を気取れない不明な一撃。その前兆には風を切る音があった。

 

 音が聞こえるってことは何かあるってことだよね。速くて見えないって感じなの? それとも透明で見えてないとか? 

 

 頭を回す。空の獣はまた行動を起こそうとしている。打開策を組み上げなければならない。あの獣の手はこれで終わりなのか。それすらも分からない。しかし少女の手札はこの魔法だけだ。

 

 なんとかしないと。

 

 石像の言葉を思い出す。

 

 守る。

 

 少女の行動をそう形容した。それが表現として腑に落ちた。

 

 やっぱり石像、いっぱい知ってる。

 

 その理由までは分からない。でも少女は守りたいと思った。

 

 でも·····

 

 あの獣にも似たような感覚を持っていた。けれどそんな余裕はない。未知の攻撃に魔法を消す黒に空間を歪める暮れ。複数の水塊という手札は一瞬で失われた。翼の獣は止まらない。

 

 もしも全てを選べないのなら。望みを叶えられないのなら。秤にかけるしかないのなら。

 

 ·······

 

 少女は────────

 

 

 

 

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