アリアレドナの砕け星   作:地底土竜

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かつての世界

 翼の獣と相対する空に立つ人間の介入者はチラリと少女に目を向けて、その無事を確認すると安堵したように息を吐いて獣を見下ろす。

 獣はまた動く対象を見つけてその動きを殺すために力を振るう。黒片の雨が人間へと吹き荒れる。

 

 だが近づいたそれらは人間を避けるように曲がって見当違いの方向に突き刺さった。

 介入者が乗る巨大機構、その周囲をよく見ると薄っすらと外と内を区切るような線が乗っているものを中心として球形に存在しているのが見える。

 

 雨の軌道が反れる。星のような球形に重力が反転したような斥力を受けて目的へと届かない。

 人間が懐から何かを取り出す。現れたのは銃の握把部分だけが引き抜かれたような撃つことは到底不可能に思える代物だった。

 それに力が込められる。目には見えない不可視の流れ。世界に形を与えた魔力という力が人の持つ保全器という器官により引き摺り出される。その魔力は空間に満ちるものとは何か違った。満ちる力を押し退けるように進んでグリップの内側を抉り取って生み出された形、魔法文字へと流れ込む。

 注ぎ込まれた魔力が遥か彼方の遠い昔に砕け散った断片と接続される。

 

 魔法という法が敷かれる。

 

 人間が乗る灰色の巨大機構の側面に接続されている大型の様々な何かを強引に一つにまとめて出来ている歪な形をした不気味な装置が淡い光を放つ。

 

 その前方に紫の薄い刃に見える物質が三つ生み出されていた。それらが三重螺旋の軌跡を辿りながら翼の獣を穿とうと伸びる。

 

 回避、しかしその先に灰色の機体が突撃を敢行していた。人間の姿はその上にはない。いつの間にか内側に乗り込んでいた。

 伸びる五本のアームの先端には機械仕立ての足または盾のようにも見える部品が取り付けられている。

 それぞれの足の底は機体から離れる方向、爪先は獣を正面に捉える方向に向いていて、その底の部分は爪先から踵方向の中心線上がへこんでいた。

 そのへこんだ部分の両側面から飛び出ている複数の歯車の群れが回転すると、金属同士が擦れ合う高音を打ち鳴らしながら火花を散らして機体全身が高速で進む。

 

 その速さは獣を遥かに超えていた。圧倒的な勢いで獣と斥力が激突する。獣は斥力と圧倒的な速度の狭間で壁にへばり付いたように押さえつけられ、身動きが封じられる。しかし内側の人間はその速さと衝撃に対して大した反動を受けた様子も速さに耐える様子も無い。

 さらなる魔法が発動する。

 獣と機体にある空間に風が吹く。異常な速さで渦を巻くそれは大槍の穂先が如き形となった。

 

 対処する為に暮れを噴出させるが黒に変じるより槍が速い。暮れの空間変曲による距離の歪みで到達を一瞬遅らせるのが限界だった。獣の翼がガリガリと音を立てて削り取られる。

 さらに風の槍の回転軸に針状の緑の物質が形を成していた。先刻、少女が目にした空間を歪め回転する災い。それと同様の緑が回転により産み落とされている。

 空間を歪めるほどの現象に対してただ風を渦巻かせるだけで同等のものを現出させた。とはいえ異なる点が多い。緑の出現時期、収束の度合い、強固さ。ただ違う現象なのか、それとも何かしらの繋がりがあるのかは分からない。しかし強力であることは明白だった。

 

 

 それが獣を討つより速く、斥力に押し止められていた翼が下へと層を滑るように落ちていく。

 その直下で獣が地面に着く前に大質量が叩きつけられて起こった重低音が満ちる魔力を揺らす。

 

 透明な物質を本体以上の質量になるまで生成し、それを斥力が引き離す力で本体ごと危険地帯から離脱した。急場は凌いだ。だがだからといって傷が減った訳では無い。少女が一枚に大穴を開け、人間が別の一枚を半壊させた。

 そこでようやく翼の獣の内部が露わになる。

 

 杖だ。樹木に近い茶色の大型の杖が長らく翼で隠していた獣の中核としてあった。

 底には砲筒の形に近い空洞が空いている。最上部の持ち手だろう部分からは握把的な部品が飛び出ていてその底にも同じような空洞がある。横に倒すとその姿は巨大な銃とも思える様だった。

 

 人が扱うには重く見えるその杖から生える翼の総数は三。歪に接合されたそれらで正常といえるのは最早一枚のみ。

 機体のアームの爪先が一斉にそれへと向く。合わせて機体も回頭、急激な方向転換による反動で動きが止まる。

 明確な隙、だが攻撃の手段はない。

 

 三重螺旋の紫が再び獣を穿ちに掛かる。距離が近い、前のようには避けられない。それを暮れ色の魔法を展開することで遅らせて回避する。

 

 その先に水塊が置かれていた。少女のものとは違って秘める力を持て余すように軽い小爆発を起こし続けている。爆発は徐々に大きくなって、そして———

 

 

 獣を飲み込んだ。

 

 

 魔力により構成された肉体は魔法と注がれた魔力の量でその強度を決める。暮れの利用は最小限に抑え、それ以外の全てを黒の構築に回していた。透明物質を操り、それらを前面に集中させて壁となったが意味を為さない。拮抗すらなく獣は完全に消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何で躊躇ったの?』

 

『敵は殺さないとみんな死ぬよ』

 

 

 

 

「———ぅ」

 

 少女の意識が覚醒する。

 建物の中の寝台で横になっていた。

 その前に自分に似た声を聞いた気がした。

 

「目が覚めたみたいね」

 

(良かった···)

 

 声が気に掛かっていたところで横から知らない声と頭に響く知っている声。振り向くと石像と人間がいた。

 

「ぇ、ひと···?」

 

 揺らぎもなく言葉を話す人間を初めて見て困惑する少女に人は感慨深そうに微笑む。

 

「ええ、はじめまして。私はイシュリア、よろしく」

 

「うん····ここは」

 

(あの都市の建物の一つじゃ。倒れた主をイシュリアが運んで寝かせて今に至っておる)

 

 ぼんやりした意識の中で石像の言葉から記憶がゆるやかに思い出される。

 

「倒れた···私は」

 

 獣に完膚なきまでに敗北したことを。

 

「あなたが助けてくれたの?」

 

 少女が生きているということはあの獣を打ち払った誰かが居るということ。そしてそれに合うのはただ一人。

 

「そうね。間に合って良かった」

 

(本当に、感謝する···!)

 

「感謝····あ! そうだね! 私も感謝!」

 

 その言葉は石像から聞いて知った謝意を示す言葉と逆の意味を持つ言葉だった。石像に背中を押された時の感情がピッタリと嵌まり込む。

 

「構わないよ。助けられたのは私の方もだから」

 

「イシュリアも?」

 

(何故じゃ?)

 

「生きている人に、話せる誰かにまた会う事が出来たからよ。もう二度とないと考えていたけれどここまで来て良かった」

 

(····そうか。お主も、となるとこの都市以外も)

 

 石像は都市の崩落からの長い時間を思い返す。おそらく同じ苦痛を味わったであろう人間に共感をしつつ言葉から外の世界の状況を推察する。この状況は周辺に限ったものではないのだろう、と。

 

「ええ、これまで巡ってきた21の都市には話せる状態の人は誰一人いなかった。全員この都市と同じ状況だったわ」

 

 思考を失った人々が跋扈する骸のような都市。イシュリアが過去に巡った全ての都市がそうだったのだと言う。

 

「私も、ということはあなた達も他の人には会っていないのね」

 

(そうじゃな。我らが目にした都市は二つだが片方はこの通り、もう片方には人そのものがいなかった)

 

「人そのものが? そんな都市があるとはね。あなたは石像さんと同じ?」

 

 少女へと目線が切り替わる。

 

「うん。私、目が覚めてすぐに石像にあってからずっと一緒なんだ」

 

「目が覚めてから···その前は?」

 

「分かんない!」

 

「あら」

 

 人は人から生まれるもの。しかし少女はあの寝台で目覚める前を知らない。あの始まりが少女にとっての誕生だった。

 

(童にはそれ以前の記憶がないのじゃよ)

 

「そういうことだったのね。そんな事があるなんて一体どこの都市だっていうの?」

 

(エルデュランデじゃ、知っているかの)

 

 イシュリアの顔が驚愕に染まった。

 

「それって始都の名前じゃ···」

 

 同様に少女も驚いていた。

 

「え、都市って名前あるの?」

 

(ああ)

 

 二つの質問に同時に答える石像の声が聞こえる中で少女は疑問を浮べる。

 

 都市って結局どんなだっけ? 

 

 建物が多くあって法維炉心という魔力の源泉がある場所ということ以外分からない。何のためにあってどういう経緯で生まれた概念なのか。多くあるのはイシュリアと石像の会話で分かったもののかつてどうあったかは判然としていない。

 

「ねえ、都市のこと色々わかんないんだけど教えてー始都とかエルデュランデとかって何?」

 

(うむ? ···そうじゃった。肝心なところを説明しておらなんだのう。済まなかった、童よ)

 

 やけに沈んだ声で謝る石像を不思議に思うと同時にその言葉が少女が獣に負けて抱いた感情を掠めていることに気がついた。

 

 これだけじゃ足りない? むむむむ····

 

 自分の中の未知が分かりかけてわからない感覚にもやもやしながら気になる都市についての話を促す。

 

「謝らなくて良いよ。で、まずエルデュランデって何?」

 

(エルデュランデとは人が最初に創り上げた都市じゃ。主が目覚めたあの場所の事じゃな。魔法文明始まりの都市として始都とも呼ばれている。イシュリアが言っておった始都とはそういう意味じゃの)

 

「そっか。あそこが始都でエルデュランデ···ここの名前もあるんだよね?」

 

(ある、が名そのものは分からんな。お主はどうじゃイシュリアよ)

 

「私も知らないわね。惑星変動の後は各都市位置が完全に変わってしまったし、都市の特徴にはそこまで詳しくない訳では無いもの」

 

(惑星変動? そんな事が)

 

「なにそれ〜」

 

 都市の話の中で聞いたことのない言葉が出てきた。惑星変動。石像も知らないようで純粋な疑問を声色に滲ませていた。

 

「え? あー、そうね。惑星変動というのは100年近く前に起こったことでこの星が砕かれて組み直されたらしいわ」

 

「星? ···星が!?」

 

 知識によると星とは人が踏みしめる大地そのもの。あの見果てがなかった最初の都市ですらその一端でしかない。それが過去に砕けた。事実なら思考を壊す獣の光を遥かに超えた現象。知識から想像するだけでも恐ろしい話だった。

 

「想像つかないでしょう?」

 

「うん。そんなこと出来るんだ」

 

「本当に何が原因でそんな事が起こったんだかね。だけど確かにあったことだそうよ。その前は空が青くて星は丸かった。よく聞かされたよ。私の都市でさ。他に何か都市について聞きたいことはある?」

 

「その惑星変動ってやつの前はどんな感じだったの? あと都市が何で生まれたのかとか知りたい! あとあとイシュリアの都市の事とかも!!」

 

「まずは変動前の世界について、ね。始都について話をしていたけどそこがかつての世界の中心だったのよ。そんな始都から央四都という大都市が四つ四方向に伸びた場所に作られていてそこを起点に枝が生えるように都市が連なっていたらしくてね。二十とか目じゃない程にはこの星中に都市が広がっていたらしいわよ」

 

「そんなに沢山あったんだ! 人もいっぱい?」

 

「ええ、全ての都市でその都市を満たすほどにはいたって話よ」

 

「すごいね!」

 

「ね。それで都市が生まれた目的は暮らせる場所を手に入れるためね。魔法がなければ····魔法とか魔力って分かる?」

 

「石像に教えてもらったよ!」

 

「よしよし、法維炉心って言葉は?」

 

「聞いた!都市の魔力の源泉だって」

 

「その通り。魔法がないとあなたが今寝ているベッドとか家も無くなってしまうけど人の魔力を供給し続けるのも難しい上に面倒よね。だから炉心という莫大な魔力を常に広範囲に供給できる装置が組み込まれた都市っていう機構が作られた訳よ。ベッドどう?」

 

「ふかふか!」

 

「良いでしょう。他にはは炉心の魔力は人が使える魔力より圧倒的に多いから災いも破壊しやすいというのもあるわ。それが色々な場所に置けたら安心でしょう? 大体それが理由ね」

 

「災いかぁ。そうだね、私の魔法じゃ無理そうなのもあったし」

 

 空間を歪めて回転する災いは少女で打ち払えたかは不明だった。そしてそれに類する自然発生と思われる獣に負けている。

 

「それで最後に私の生まれ育った都市の話ね。さっき話した央四都の一つのゼリオロットという名前のところよ。水竜の都市とか呼ばれてたっけね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女とイシュリアの話の横で石像は思考を深めていた。

 

 惑星変動·····あの滅びはおそらくその日のものであろうな。全ての元凶がそこに···何故人々を滅ぼした。星を砕いたのだ。それがなければ我も少女も人間もこのようなことにはならなかったというのに。

 

 憎悪が湧く。理不尽な終わりの元凶については考え続けてきていた。己の力なさに向けるものと同等の怒りがそれには向いていた。それだけの力を持っているというのに片鱗すら感じられない。壊すだけ壊してもう死んでいるのか。もしくは星から立ち去りでもしたのかもしれない。あまりに得体が知れなかった。意思あるものが元にあるのか、それとも災い的無意識なのか分からない。

 

 何故じゃ····何故·····! 

 

 湧き上がる憎悪が水をかけられたかのように突如凪ぐ。

 

 だから、何だというのじゃ。

 

 憎悪を燃やしても石像できることはない。この憎悪に意味はない。先刻の獣との戦いで少女は死に瀕した。それは背中を押した石像によってのことだ。憎悪を燃やすべき対象は石像自身に他ならない。

 

 知識を持つものは現れた。これで我は····

 

 二人目の正常な人間に会うことができた。知識を持っていて、獣を圧倒する強さを持っている。これで今度こそ石像に価値はなくなった。ただの重りになった。安堵に包まれながら石像は自らの終わりを思い描いていた。

 

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