【完結】汚泥より這い出で、荒野を渡れ   作:不知東西屋

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なお、主人公ではない。


第1話:アオイソニドリ登場

 日本各地の学校で入学式が行われる春。

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称「トレセン学園」でも真新しい制服に身を包んだ新入生が初々しい表情で正門をくぐっていた。

 

 無論、国民的スポーツ・エンターテイメントである「トゥインクルシリーズ」を駆け抜ける未来のスターたちの入学とあって、正門前には報道陣も詰めかけている。

 

 正門脇に仕切られた報道スペースから初めての登校に緊張するウマ娘たちの表情を撮影するのだ。

 映像は今日の夕方のニュースでお茶の間に届けられるほか、ウマ娘たちがGⅠを制した時など、折に触れて振り返られることになるだろう。

 

 もっとも、全てのウマ娘を均等に追いかけているわけではない。

 全国から優駿の卵が集まる中央校といえど、いや、だからこそと言うべきか、小学生時代の実績や家柄により、特に有望とされている者はすでにマスコミ関係者にも周知されていた。

 

 例えば、サクラトウコウ。

 あるいは、ハーディービジョンやロングハヤブサ。

 そして、なんと言ってもシンボリ家の秘蔵っ子、シンボリルドルフ。

 

 両親、あるいは使用人に付き従われ彼女たちが正門を通過するときなど、報道陣が騒めき、カメラのフラッシュが一際激しく瞬いた。

 

 そうしたスターウマ娘候補生たちを、他の新入生はそれぞれ興味深げに見つめたり、あるいはライバル心をのぞかせていたりする。

 

 新入生の1人、アオイソニドリはどちらでもなかった。

 

 そもそもそんな余裕はない。

 中央トレセン学園ではかえって珍しい一般家庭出身のウマ娘は、周囲の同級生から放たれる(少なくとも彼女にはそう感じられる)上流階級の圧(ハイソなオーラ)に気圧されて、意味もなく緊張していた。

 

 同じ制服を身に着けているのに、いや、同じ制服だからこそ、何気ない仕草に宿る気品、ちょっとした小物からあふれる高級感がいやが応にも彼我の差を感じさせる。

 

 そもそも、周囲を歩いているのは本当に自分と同じ新入生なのだろうか。

 身長といい、スタイルといい、あなたたちは本当に先月までランドセル背負っていたんですかと問いただしたくなる。

 

 アオイソニドリ、中等部1年、青鹿毛のポニーテール。

 身長150cmに満たない小柄な新入生。その身体は平坦であった。

 

 そんな小柄かつ平坦なアオイソニドリが両親と別れ、恐る恐る教室へと足を踏み入れる。

 

 今日からクラスメイトとなるウマ娘たちには極力目を合わさないように(まだ慣れていないから)、素早く室内の状況を確認。

 

 黒板に貼ってある座席表を速やかに確認し、なんとか無事に自分の席(不運なことに左端の最前列。おお、三女神よ、寝ているのですか!?…、単純に50音順で最初なだけである。「アオイ~」だからね。)へと辿りついた。

 

 困難なミッションを1つやり遂げ、流石に少しは落ち着くと、周りの様子も目に入ってくる。

 アオイソニドリはそこで初めて自分の隣の席に1人のウマ娘が腰かけていることに気が付いた。

 

(小さい、私と同じくらいかな。それに葦毛…、)

 

 自分と同じくらいの小柄な体つき(彼女もまた、平坦であった。)、くわえて走らないと言われて中央トレセン学園ではめったに見ない葦毛。

 

 つい、まじまじと見てしまった視線に気が付いたのか、葦毛のウマ娘がアオイソニドリに顔を向けた。

 

 肩にはかからない長さのくすんだ灰色のショートヘア、その下の眼鏡。小柄さゆえの幼さと勝ち気な瞳の知的さがどこかアンバランスだった。

 

「はじめまして」

 ニコリ、と笑顔で投げかけられる挨拶。

 

「あ、は、はじめまして」

 アオイソニドリは盛大にドもったが、相手にそれを気にした様子はなかった。

 

「私はグレイナイザー。あなたは?」

「わたしは、アオイソニドリです。」

 

 笑顔の自己紹介。それだけでアオイソニドリはグレイナイザーの事が半分好きになっていた。

 溺れるものは藁をも掴むとは言うが、そもそもアオイソニドリにチョロインの才能があるのかもしれなかった。

 

「アオイソニドリさんは、ひょっとして一般家庭の出身?」

「うん、そうだけど。なんでわかったの?」

「教室に入ってきたとき、知り合いを探す素振りが全然なかったし、緊張してるみたいだったから」

 

 グレイナイザーによれば、名門出身は言うまでもなく、いわゆる寒門の出身者でも、競技ウマ娘の家系であれば、入学前から独自のコミュニティに属して知り合いを作っている。

 

 そういう娘であれば、そもそも知り合い同士連れだって教室に来るか、1人で来てもすぐに知り合いを探して挨拶をする。

 だから、初めから知り合いがいない前提で行動しているアオイソニドリは一般家庭出身者と分かったとのことだった。

 

「そうなんだ」

 教室に入った時から見られていたことは少しばかり恥ずかしいが、それよりもすでに友達グループが出来ているという言葉にアオイソニドリの元気がちょこっとなくなった。

 

 たしかに、まだ半分ほどしか揃っていない生徒たちはみんな3~5人のグループになって仲良さげに話をしている。

 

「競技ウマ娘の家の子は、程度の差はあっても、皆、英才教育を受けて来てる。専門的で効果的なトレーニングとレース知識を小さいころから授けられてる。」

 

 追い打ちをかけるようなグレイナイザーの言葉。

 アオイソニドリが今度は青くなる。

 

「そうなんだ。わたし、ついていけるかな」

 思わずこぼれた不安。

 

「あ、ごめんなさい。別に脅かすつもりはなかったの。ただ、私も同じだから、一緒に頑張ろうって言いたかっただけ」

 

「え、同じって?」

「私も一般家庭出身者だから」

 

「そうなの?」

「そうだよ、だから、アオイソニドリさんが教室入ってきたときはホッとしたよ。あ、あの娘、一般家庭出身者っぽいって」

 

 フフフ、と笑うグレイナイザー。

 その笑みは自然かつ、自信が感じられるもので、アオイソニドリの感じた不安が和らぐようだった。

 

「改めて、これからよろしく。」

 差し出されたグレイナイザーの右手をアオイソニドリはしっかりと握り返した。

 

「うん、わたしこそよろしくね。ナイザーちゃん」

「ナ、ナイザーちゃん?」

「うん、私のことはソニドリでいいからね」

「あ、はい。ソニドリ、よろしく」

 

 急に距離感が詰まったことに、グレイナイザーは若干戸惑った様子だったが、アオイソニドリは気づかず、結果として2人が友人になったという事実だけが残った。

 

 新学期特有の期待と不安にフワフワとした空気のなか、ニコニコ顔でグレイナイザーと話をしていたアオイソニドリだったが、ふいに教室の雰囲気が変わったのが感じられた。

 

 入り口に視線を向ければ、美しい鹿毛に三日月形の流星が印象的なウマ娘が入ってくるところだった。

「シンボリルドルフさん」

 その声は自分のものか、それとも近くの誰かのものだったか。

 

 入学前から、将来を有望視される名門出身ウマ娘の1人。

 自分と同い年とは思えない、風格すら感じさせる佇まい。

 

「なんだか、雰囲気がある…、」

 そういいながら、視線を出来たばかりの友人に戻したアオイソニドリだったが、言葉が途中で止まってしまう。

 

「どうしたの?」

「ううん、何でもない。ただ、シンボリルドルフさん、雰囲気あるなって」

「そうだね。流石は名門シンボリ家の秘蔵っ子ってところかな。」

 

 言葉に詰まったのは、振り返った一瞬、他の誰でもない、グレイナイザーの目に煮えたぎるマグマのような熱を見た気がしたからだった。

 

 今の穏やかな笑顔からは想像もつかないような。

 単なる負けん気や闘志とも違う、執念じみた熱。

 

 それは既に気配すら消えていた。

 

(…、気のせいかな。)

 

 結局、アオイソニドリはそんな風に結論付け、担任教師が入学式への誘導に来る頃には、記憶も頭の隅に追いやられていた。

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