アオイソニドリのメイクデビューから数日。
チーム・ティコのトレーナーである蜂谷雀子は部室で一人の来客と向かい合っていた。
相手は月刊トゥインクルの乙名史記者である。
白いパンツスーツを着こなす女性、美人なのだが、むしろ奇行とウマ娘に対する情熱が半端ないことで有名な名物記者である。
「本日は取材を受けていただいてありがとうございます。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
お互い社会人同士無難な立ち上がり。
挨拶は実際大事。
今日はまだ世間的にはそこまで認知されていないチームや新人ウマ娘を紹介する企画ページの取材である。
「実はチーム・ティコにはフェザークレインさんたちが未勝利脱出したころから注目していたんですよ。」
「GⅢ制覇した時も取材していただきましたよね。よい記事を書いていただいて、本人も喜んでいました。」
蜂谷トレーナーが礼を言うと、乙名史記者ははにかんだ。
「そう言っていただけると、記者冥利に尽きます。フェザークレインさんたちを含め、以前担当されていたウマ娘は一般家庭出身でしたよね。そして、今年契約したお2人も一般家庭出身です。なにか、こだわりがおありなのでしょうか。」
想定されていた質問。蜂谷トレーナーは微笑みを浮かべて口を開く。
「いえ、意図したものではないんです。めぐりあわせの結果ですよ。駆け出しのトレーナーのスカウトに応じてくれるウマ娘は限られますしね。」
その言葉に、記者は深くうなずく。
「確かに、一般家庭出身のウマ娘を担当する駆け出しのトレーナーはそれほど珍しくありません。しかし、一般家庭出身者のみを担当し、その多くを勝利させているトレーナーはほかに聞いたことがありません。なにか、秘訣があるのでしょうか。」
蜂谷トレーナーは苦笑した。
「ここで、企業秘密ですと答えれば格好がつくのかもしれませんが、何も特別なことはしていないんですよ。」
「そうですか。では、ウマ娘を指導する際に気をつけていることなどは?」
「秘訣とは違いますが、指導の始める前に一般家庭出身者と名門出身者の状況の違いはしっかりと説明するようにしています。」
「名門出身者との違い、といいますと?」
掘り下げてくる記者に対して、さらに言葉を付け加える。
「代々蓄えられたノウハウ、受け継がれた血統、幼少期からの英才教育。名門には、そう呼ばれるだけの理由があります。」
「なるほど」
「入学時点で名門出身者が先を行っているのは当然で、さらにはその差は容易に埋まるものではない。」
記者はトレーナーの話にうなずくが、少し困ったような顔になった。
内容は理解できるが、全面的には首肯できかねるといったところか。
「名門出身のエリートが優秀なことに異論はありませんが、それでは一般家庭出身者は名門出身者に勝てないということでしょうか。」
トレーナーはかぶりを振った。
「いえ、今のは相手の優れたところを認めるべきという話です。もちろん、一般家庭出身者には一般家庭出身者の強みがあります。」
「おお、その一般家庭出身者の強み、というと?」
「名門ほどの英才教育を受けてないにもかかわらず、ひとまずトレセン学園に入学できた。つまり、もともとの素質としては劣っておらず、また伸びしろも大きい場合があります。また、しがらみが少ないので、レースの選択やトレーニングのメニューに本人と
記者は大きくうなずいて見せた。
「なるほど。素質、伸びしろ、レースや練習メニューの選択における裁量。確かに小さくないメリットですね。」
納得の表情を見せる記者に対し、今度はトレーナーが困り顔で肩をすくめて見せる。
「ただ、現実にはこうした立ち位置の理解が足りないまま、入学当初に自分と名門出身者を比較して、心が折られてしまう。そんな一般家庭出身者が多いのです。」
「心が折れる、ですか。それはまたどうして」
「学園に入ってくるウマ娘はほとんどが地元では負け知らずの天才です。」
中央トレセン学園が入学できただけで偉業といわれる所以である。
「ただし、その内容には大きな差があります。」
言わんとするところを察したのか、記者が口を開いた。
「誰でも出られる草レースしか知らないウマ娘と、名門に連なるエリート同士で競わされてきたウマ娘では当然差が出るということですね。」
わが意を得たり、とトレーナーはうなずいた。
「入学直後に模擬レースなどを行い、完成度の違いから大敗する。結果、差を埋めようと無理なトレーニングをして故障してしまったり、逆に闘志を失って、訓練もほどほどに流すようになってしまう娘は意外と多いのです。」
「なんというか、もったいない話ですね。」
「そうなんです。学園に入学した時点で環境の差は縮んでいます。焦らずに、1年、2年とトレーニングを積んでいけば、いずれ名門出身者とも勝負できるようになる。このことは担当するウマ娘には繰り返し伝えていますし、担当外の、今まさに悩んでいるウマ娘にも知っておいてほしいと思います。」
もともと、このことが言いたくて受けたインタビューである。
しっかりとメッセージが伝わってくれることを期待して記者を見れば、何かをこらえるようにブルブルと震えていた。
「す、」
「す?」
「素晴らしいですっ!!」
「生まれにかかわらず、すべてのウマ娘に全身全霊、1年365日24時間、人生かけて向き合おうというその姿勢。感動しました!!」
「ええ?」
いきなりぶちあがった記者のテンションに、トレーナーは困惑した。
そこまでは言ってないし。
困惑したが、そんな相手の様子には気づいた様子もなく目をらんらんと輝かせた記者は荷物をまとめるとあっという間に帰っていった。
曰く、「この熱が冷めないうちに、文章を起こします。記事、楽しみにしていてください。」とのこと。
「だ、大丈夫かなぁ」
トレーナーは記事の出来が心配になった。
結果、大丈夫だった。