【完結】汚泥より這い出で、荒野を渡れ   作:不知東西屋

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第11話:オープン戦

<side:シンボリルドルフ&トレーナー(三人称視点)>

 

 11月の東京競バ場。

 ジャパンカップの開催日というだけあって、観客席は大入り満員。

 

 メインにはまだ早いオープン戦だというのに、常にない熱気が控室まで伝わってくる。

 それを心地よく感じながら、シンボリルドルフは出番を待っていた。

 

 リラックスしているようで、心身の充実が滲みだしているような迫力。

 今年デビューのジュニア級、3戦目のウマ娘の風格ではなかった、

 

「今日はすごい人出だ。朝日杯FSではなく、オープン戦に出たいと言われたときは驚いたけど、この熱気を感じると悪くない選択だったと確信できるね。」

 口を開いたのはまだ20代と思われる男性トレーナー。

 

「ええ、ジャパンカップと同日、同じ会場で日本と世界の優駿をできるだけ近くで感じたかった。」

 そう言うシンボリルドルフの口調には普段のレース以上に熱が感じられた。

 

「今日は君なりの挑戦状というわけだね。」

「どちらかといえば、決意表明というべきかな。来年、私は主役としてこの舞台に立つ、という。」

 

 発言の一部が初耳で、トレーナーは少し驚いた顔になった。

「来年?クラシック期で出場するつもりなのか」

 

「大言壮語、ジュニアのウマ娘の身の程知らずと言われるかもしれないけれど」

 口調とは裏腹に、表情には確固たる自信が垣間見える。

 

「いや、君ならできるだろう。そして、その道を整え清めるのが私の役目だ。ただし、大きな目標には、勝利を1つずつ積み上げなければ到達できない。」

 

「わかっているよ。まずは今日のレースに全力を注ぐさ。」

「ああ、今日も勝つのは君だ。」

 

 油断も慢心もない。

 その瞳は今も真っすぐゴールを見据えていた。

 

<side:グレイナイザー>

 

 パドックでのお披露目を終えて、ターフに出る。

 まだメインレースではないというのに、超満員の観客席からは物理的な圧力すら感じられそうだった。

 しっかり自分をコントロールしないと掛かってしまうかもしれない。

 

 芝1600mのオープン戦。

 出走者は私を含めて6人。

 

 できれば、もう少し多い方がうれしかったが、ないものねだりをしても仕方がない。

 

 返しウマの合間に、他の出走者を観察する。

 大勢の観客に緊張しているのか、すこし浮ついている娘もいるが、明らかに調子の悪そうなものはいない、

 

 中でもシンボリルドルフはいつも通り、落ち着いていて、なにより空気があった。

 

 張りつめてはいない、たるんでもいない。

 ただ自然に、あるがまま強くある。

 

 2戦2勝、そして今日3勝目を積み上げようとしているシンボリ家の秘蔵っ子。

 実戦の場で見る相手は、教室で見るよりも一回り以上大きく見えた。

 

 対して私は4戦1勝3敗。

 9月、10月、11月とおよそ3週間に1度のペースで出走し、そのいずれでも敗北した。

 経験と取得賞金額を求めてハイペースで出走することはトレーナーとも話し合った結果だった。

 

 メイクデビューの時の、一つの壁を越えた「領域(ゾーン)」とでもいうべき感覚。

 あれもあの時以来、掴めてはいない。

 

 自分に常勝の力がないことを飲み込んで、敗北の苦渋を糧にすることを覚悟して、それでも悔しさは私の心を毎回焦がす。

 

………。

 

 一通り眺めたところでコースわきにいるトレーナーたちのところに駆け寄る。

「レースプランに変更は?」

 トレーナーの言葉に短く返す。

「ありません。」

 

「こういう超満員の状況だと歓声に圧されてペースが想定より早くなってしまうことがあります。気を付けてください。」

 最後のアドバイスをくれるトレーナーの横でアオイソニドリがこぶしを握っている。

「ナイザーちゃん頑張ってね。」

 私自身よりも肩に力が入っているチームメイトの様子に余計な力が抜けていくのを感じる。

 

「うん、応援よろしく。」

 2人に手を振り、ゲートの方向へと向かう。

 

 作戦に変更はない。

 息をひそめながらシンボリルドルフの隙を狙う「火事場泥棒作戦」。(※アオイソニドリにより認可され、正式名称となった。)

 

 格上に対する戦法としては、相手を徹底マークするヒットマンスタイルもある。

 そちらも当然検討はしたが、すぐに断念した。

 

 ヒットマンスタイルを得意とするウマ娘の中には、足音やささやき、あるいはあえて斜め後方に位置することで、相手に自分を意識させ主導権を握る人もいる。

 うまくはまれば、相手のペースを乱し、格上殺しを達成できるかもしれない。

 

 ただ、今日の私には向かない方法だ。

 

 付け焼刃でできるほど簡単な技術ではないし、そもそも、まともに意識されたら正面からつぶされるだけだ。

 相手を崩す小技も、崩れた相手に勝てるだけの実力がなければ意味がない。

 

 常に付きまとう最大の問題。それは私の弱さだ。

 ただ、それをあきらめる理由にはしない。

 

 勝ち目があるとすれば、乱戦の中での空き巣、あるいは火事場泥棒。

 

 間違いなくレースの中心となるシンボリルドルフの後方から、こっそり隙を伺うのが唯一の勝ち筋だろう。

 レースとしても、情報収集の面でも、だ。

 

 目を閉じ、大きく深呼吸をする。

 気のせいか、鼻の奥にかすかに埃っぽいにおいがよぎった。

 

 暗くて湿っぽい、押し入れのにおいを思い出す。

 

 まだ、あの女と暮らしていた時期のある日。

 学校にも、家にも居場所がなくて、アパートの押し入れに隠れたことがあった。

 

 膝を抱えて、息を殺して。

 暗闇は怖かった。ただ、もっと嫌なもの、怖いものが外にはたくさんあった。

 

 じっと動かずに、少しずつ闇のなかに溶けて消えていく自分を想像していた。

 

 目を開ける。

 明るいターフ。そして、観客席。

 

 メインレースではないが、それでも観客の関心は高いように見える。

 とはいえ、注目を集めているのはシンボリルドルフだ。

 ジュニア級のウマ娘はチェックしていないライト層ですらわかる雰囲気があるからだろう。

 

 胸の中でウマソウルがいななくのを感じる。

 

 まもなく、ゲートインだ。

 ゲートが苦手でないのは、ひょっとしたら押し入れの思い出があったからかもしれない、

 

 あの日、結局最後はどうしたんだっけ。

 あの女に探されることもなく、おなかがすいて、外に出た気がする。

 

 フゥー、と深呼吸を一つ。

 どこにいようと、何をしようと私は私以外の誰かにはなれない。

 逃げ込んだ押し入れの中から、結局私のままで出てきたみたいに。

 

 だから、私のままでお前に挑む。

 勝負だ。シンボリルドルフ。

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