【完結】汚泥より這い出で、荒野を渡れ   作:不知東西屋

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東京 芝 1600m オープン戦
出バ表
1枠1番:シンボリルドルフ
2枠2番:カスケード
3枠3番:グレイナイザー
4枠4番:ハルーダ
5枠5番:オキタカオリ
6枠6番:ミヨノニシキ



第12話:恐れすぎてはいけないが、慣れてしまうのはさらに悪い

<Side:グレイナイザー>

 

 東京 芝 1600m オープン戦

 

 秋晴れの東京競バ場にファンファーレが響き、ゲートインが始まる。

 初めにシンボリルドルフ、次が私だ。

 

 ゲートは苦手ではない。ただ、好きにもなれない。

 特に今日はことさらに圧迫感を感じる。

 

 ライオンとともに狭い檻の中に押し込められているような。

 源はもちろんシンボリルドルフだ。

 

 別に威嚇をしようとしているわけではない。

 ただ、たとえどれほど大人しかったとしても、容易に自分を凌駕する力の持ち主が同じ部屋の中にいたら、くつろげるものもくつろげないだろう。

 生殺与奪の決定権を握られている不快感。

 

 意識してゆっくり深く呼吸をする。

 何をいまさら。そんな状況は()()()から慣れっこだった。

 

 集中し、意識をレースへと向けていく。

 

 今日のレースは英字のUを横倒しにしたような左回りのコース。

 2つの直線にはそれぞれ坂がある。向こう正面をスタートし、緩やかなカーブでつながった2つのコーナーを過ぎて、最終直線へと向かう。

 

 出走者は少なく、紛れはおきにくい状況。

 自分の中に勝因を見いだせなかった。だからこそ、相手の隙を狙う。

 

 強さをあきらめるわけではない。それでも、自分の弱さを認めるところから私のレースは始まる。

 

 集中が高まる。

 あわせたように全員のゲートインが完了する。

 

 一拍の間。

 ゲートが開き、思考を置き去りにして体が始動する。

 ターフ、秋空、歓声の只中に駆け出していく。

 

『今スタート。そろったが、3番オキタカオリ後ろに控えた。先行争いは2番のカスケード、前を行き、ペースを作っていく。ここまで土つかずの2連勝、圧倒的人気のシンボリルドルフは2番手』

 

 カスケードが逃げ、シンボリルドルフが先行の位置につく。

 

『その外側に6番ミヨノニシキ、1バ身遅れてこちらも2連勝中のハルーダ、内側を行く。続いて3番グレイナイザー。少し離れた最後方にオキタカオリ。』

 

 私の位置はここだ。

 シンボリルドルフを内側後方でマークする位置についたハルーダの背後。

 

 空気抵抗を避けられる。

 いわゆるスリップストリームを利用できる位置。

 

 小柄な私は他の出走者を風よけに使いやすい。それを生かし、フィジカル差を埋めるための技術として、デビュー前から磨いてきた。

 

『第3コーナーから第4コーナーに向かっていきます。800mを通過して、1番人気のシンボリルドルフは2番手キープ。バ順に変動ありません。』

 

 淡々とレースが過ぎていく。

 隙や仕掛けどころを探していないわけじゃない。

 順当に走ってしまえば、順当にシンボリルドルフが勝つ。

 それが誰にでも分かってしまうから、シンボリルドルフ以外の全員が突破口を求めている。

 

 だが、動けない。

 シンボリルドルフの分厚さがそれを許さない。

 

『3番手ミヨノニシキ、4番手にハルーダ、グレイナイザーと続く。オキタカオリが徐々に距離を縮めてきているぞ。』

 

 レーシングカーが一般の車とエンジン音から違うみたいに、こうしていてもわかってしまう。

 相手と自分の出力上限の違いが。

 

 例えば無理に突っかけたり、反則ぎりぎりのラフプレーを選択し、シンボリルドルフのペースを若干乱したとしても、あちらが先にゴール板を通過するだろう。

 むしろ、余計なアクションをした分、こちらの形勢が悪くなることすら十分にあり得る。

 

 軽はずみに動いても勝てないことが分かってしまうから、だれも動けない、

 

 結果として、分が悪いとわかっていても王道の展開、正面突破に賭けざるを得なくなっている。

 

 こみ上げる焦燥に歯を食いしばり、自分に言い聞かせる。

 勝算を測るな、速さを競うな。

 

 ただ、一瞬の勝機を信じて待つんだ。

 

『さあ、第4コーナーから、最終直線へ。ここで来た。シンボリルドルフ。グゥっと上がってきた。』

 

 兆候はかすか。

 だが、変化は劇的。

 

 コーナー終盤、シンボリルドルフがトン、とギアを1つ上げた。

 ごく軽い調子で外にステップし、そのまま加速。

 アッと思った時には先頭のカスケードに並びかけている。

 

 遅れずに外へステップし、ハルーダの影から飛び出せたのはレース中、ずっとその背中に集中していたから。

 だが、そこまでだった。

 

 そのままスリップストリームを利用して追走できれば、少数点以下でも可能性があった。

 ……、かもしれない。

 

 だが、すでに距離が開いてしまっている。シンボリルドルフの背後に貼り付けない。

 そして、速度が違う。相手はまだ余裕を残している。トップギアを出していない。

 

 それなのに

 

『カスケード頑張っている。ハルーダも追いすがるが。シンボリルドルフはまだ余裕がある。いま、悠々と2バ身の差をつけて1着でゴールイン。着差以上の力を見せつけました。2着は微妙。4着にグレイナイザー。さらに遅れて、5着オキタカオリ。6着がミヨノニシキ。』

 

 必死に足を、頭を動かしたが、私が勝機を見つけるよりも、シンボリルドルフがゴール板を駆け抜ける方が速かった。はるかに。

 

<リザルト>

 

1着 1番 シンボリルドルフ

2着 4番 ハルーダ     2バ身

3着 2番 カスケード    ハナ

4着 3番 グレイナイザー  アタマ

5着 5番 オキタカオリ   3バ身

6着 6番 ミヨノニシキ   半バ身

 

………。

 

 視線の先ではシンボリルドルフが彼女のトレーナーと何事か言葉を交わしている。

 シンボリルドルフのトレーナーは、若手の最有望株であると学園でも噂になっていた。

 

 はたから少し見ただけでも、2人の間にある信頼関係がうかがえる。

 シンボリ家だから担当しているわけではなく、互いに自分自身で手繰り寄せた縁だと信じているような。

 

(強く、美しく。素質に、環境に、人の縁に恵まれ、重圧すら力に変え、倦まず、弛まず、正道を駆け上がっていく。と、)

 

 まったくもって、気に入らない。

 

 世の中にあふれる醜さを、汚さを、耳にし、目にし、心痛めることはあったとしても、自身で味わうことは決してないだろう。その姿。

 

(ならば、私が成し遂げよう。一点の曇りもない、お前の未来に、お前の名前に、敗北の汚泥を思い切りぬりつけてやる。)

 

 踵を返す。行先は自分のトレーナーとチームメイトの元へと。

 

 決戦は1年後。

 クラシック路線の集大成「菊花賞」。

 

 敗北はいつだって、痛くて苦い。それも糧にして進むだけだ。

 

………。

 

<Side:シンボリルドルフ&トレーナー(三人称視点)>

 

「…、グレイナイザーか。」

「3番の彼女か。どうかしたかい。」

 

 つぶやいたのはシンボリルドルフ。

 応じたのは彼女のトレーナー。

 

「いや、すさまじい闘志だったと思ってね。」

「そうなのか。そこまでの迫力は感じなかったけれど、」

 

 トレーナーは小さく首をかしげる。

 シンボリルドルフは微笑を浮かべて言葉を付け加えた。

 

「内に秘めるタイプなんだろうね。私も実際に戦うまでは大人しく影の薄いクラスメイトという以上の印象はなかったから。」

 

 一旦、言葉を切り、電光掲示板に目を向ける。

 1着は自分自身。グレイナイザーは4着。

 出走者6人中と考えれば、惨敗といっていい結果だ。

 

「今日のレース。程度の差はあれど全出走者が私を意識し、研究し、挑戦してきた。そのうえで私が勝った。10回やって、10回勝つ。そういうレースをした。」

「見事だったよ。」

 

 トレーナーの言葉は心からのものだった。

 応じるシンボリルドルフの顔からは微笑が消えている。

 

「必要だったし、次があっても同じことをするだろう。しかし、競走相手の心を折るたぐいの、ある種、傲慢で非情な行為をした自覚はあるんだ。」

 

 だけど、と続けながらシンボリルドルフは小柄な同級生に目を向ける。

 二言三言、観客席のチームメイトたちと言葉を交わした後は、そそくさと控室へと帰っていこうとしている。

 

「あの娘は最後の最後まで、私の隙を、一瞬の勝機をつかみ取ろうと目を光らせていた。」

「…、なるほど。油断ならない相手ってことだね。」

 

 あくまでシンボリルドルフの主観。

 直感頼みの根拠の薄い感想だが、トレーナーは真顔でうなずいた。

 ウマ娘という、理屈では説明できない存在を相手にしているのだ、精神的な部分や感性を軽視するトレーナーはいない。

 

「これは完全に勘なのだけど、彼女はまた私の前に立ちはだかってくる気がするよ。今よりも、ずっと強くなってね。」

 

 愛バの言葉に、トレーナーはしっかりとうなずいた。

 

「その時は、君も今よりずっと強くなっているはずさ。」

「もちろん。君のことも頼りにしているよ。」

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