【完結】汚泥より這い出で、荒野を渡れ   作:不知東西屋

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遅くなって申し訳ありませんでした。
投稿再開します。
最終話まで執筆済みなので、ここからはノンストップです。


第13話:ビゼンニシキ

<Side:グレイナイザー>

 

 私とソニドリは1日3度の食事のほとんどを一緒に摂る。

 他のクラスメイトと仲が悪いわけでもないが、同席するのは稀だ。

 

 他の娘たちも大体は固定のメンバーで行動を共にしている。

 大体は距離の適性がかぶらなかったり、チームメイト同士だったり、対戦の可能性が低くて気のあう相手とつるむことが多い。

 

 いくらターフ外では友達だとしても、人生のかかったレースの前にライバルと屈託なく付き合える娘ばかりではない。

 その都度グループを入れ替えたり、ギクシャクしたりするのが面倒で、より皆にとって楽な形に落ち着いたというところだろう。

 

 ただ、3月上旬のその日は少しイレギュラーなことが起きた。

 

 チームミーティングが白熱し、いつもより夕食の時間が遅くなった私とソニドリは 二人で連れ立って食堂へ向かった。

 

 ほとんどの生徒は食事を済ませたのだろう。

 人影まばらな食堂で、食事の載ったトレイを受け取って、席に座る。

 

 さあ、食べ始めようというタイミングで1人のウマ娘が食堂に入ってきた。

 

 すらりとしたモデル体型。柔らかな栗毛に一直線の流星。

 同期のウマ娘、ビゼンニシキだった。

 

 ついさっきまでトレーニングをしていたのか。学園指定のジャージを身に着けていた。

 クールダウンは終えている様子で、シャワーも浴びたのだろう。こざっぱりとしている。

 ただし、その気迫、張りつめた表情を見れば相当に自身を追い込んでいるのは明白だった。

 

 数日前の弥生賞。

 ジュニア期からシンボリルドルフ、ロングハヤブサとともに3強と評されていた彼女は、シンボリルドルフに次ぐ2番人気に推されていた。

 

 結果は2着。

 

 評判通りの力を示したと言えるが、一方で評判以上ではなかったという声もある。

 彼女は他の出走者から頭一つ抜けた実力を示した。

 しかし、シンボリルドルフはその彼女をさらに一段、明らかに上回っていた。

 

 世間では、格付けは済んだという声もかなり大きい。

 

 普段、同じ教室で授業を受けてこそいるが、親しく言葉を交わすことはない。

 昼食も別々だ。

 

 にもかかわらず、今日に限ってビゼンニシキは食事のトレイを手に取ると、こちらへと近づいてきた。

 

「ここ、いいかな?」

 示したのはアオイソニドリの隣、私の斜向かいの席。

 

 気遣うような視線を向けてくるアオイソニドリに小さくうなずいてから、ビゼンニシキに答えを返す。

 

「もちろん。」

 少し、気を引き締める。

 相手の意図は分からないが、彼女もクラシック戦線における敵の一人だ。

 こちらも練習後で疲れている。妙な失言などして、余計な情報を与えたくはない。

 

「ありがとう」

 どこかぞんざいでボーイッシュな口調。

 それでも、一つ一つの所作は細やかで、育ちの良さがうかがえる。

 

「珍しいですね。」

 なにか用事があるとは思うが、いきなり本題には入らないだろう。

 そう考えて、当たり障りのない投げかけをする。

 

「それは夕食の時間が遅いこと。それとも、君たちに話しかけたこと?」

 笑みを浮かべるビゼンニシキ。

 

 私は小さく肩をすくめて見せる。

「後の方です。時間が遅いことの理由は、正直、推測できますから。」

 実際に対決し、このままでは届かないことを骨の髄まで叩きつけられて、それでもあきらめないなら、やることは一つだけだ。

 

 ビゼンニシキの笑みが苦笑に変わる。

「そりゃそうか。とはいえ、本題の方は食べてからでいいかな。」

「かまいませんよ。」

 

 話はそのまま、当たり障りのない雑談へと移る。

 本題に入ったのは、言葉の通り夕食をきれいに平らげた後。

 

 ビゼンニシキは水で口を湿らせた。

「さて、本題とは言ったけれど、そんなに大げさなものじゃないんだ。君たちに話しかけたのも、たまたまいるのが目に入ったからだしね。雑談の延長で話してくれればうれしい。」

 

「わかりました。」

 私がうなずくのを待ってから、ビゼンニシキが口を開く。

 

「君から見て、皐月賞の私の勝率はどのくらいある?」

 

 それは意外な問いというべきだろう。

 クラシック期のウマ娘の話題、それも1か月後にまさに皐月賞を控えているとすれば、それほど不自然ではないのだが。

 

 投げかけられた質問の扱いを私が迷っている間に、相手はさらに言葉を加えた。

「さっき言った通り、雑談の延長だよ。ただ、率直に答えてくれると助かる。」

 

「なぜ、私にそんなことを?」

 逆に投げかけた私の問にビゼンニシキは迷わず返答してきた。

 

「なぜって。君も私と同じ、こっち側のウマ娘だと思うからさ。」

「こっち側?」

 相手の言葉の意味を察しつつ、時間を稼ぐようなことを言ってしまう。

 

「ああ、こっち側だ。だって、君は全然あきらめていないだろう。シンボリルドルフに勝つことを。」

 一瞬、息が止まりそうになった。

 

 直接言われるとやはり響くものがある。

 ビゼンニシキはかまわずに続ける。

 

「完全にあきらめて、ファンガールを気取るヤツ。あきらめきってはいないけど、ただ相手の失敗による棚ボタを期待するしかできなくなっているヤツ。そういうのとは違う。あいつの首を絶対に獲ってやるという気概が、君にはある。」

 

 驚いた。

 名門出身で、シンボリルドルフの対抗バとまで言われる彼女にそこまで見透かされていることに。

 見透かされるほど、彼女が私を見ていたことに。

 

「だから、聞いてみたいと思った。君から見た、私とシンボリルドルフの現在地を」

 ビゼンニシキは真っすぐにこちらを見つめてくる。

 

 動揺が急速に去り、腹が据わるのを感じる。

「雑談程度とはいえ、せっかくの情報です。なにかお返しが欲しいですね。」

 

 相手は苦笑したが、気を悪くした風はなかった。

「なるほど、それじゃあ私の皐月賞の感想でどうかな。レース後に機会を設けるよ。実際にGⅠの舞台で闘った体験談は貴重だろう?」

 

「そうですね。こちらがもらいすぎなくらいです。」

「それじゃあ、」

「ええ」

 

 うなずきを返し、一拍。

 内容を反芻してから、私は口を開いた。

 

「今後、ビゼンニシキさんが理想的に力を伸ばしたとしても、皐月賞までに現在の力関係はひっくり返らない。10回やって1回勝てるかどうかだと思います。」

 

 辛辣ともいえる私の評価。

 しかし、ビゼンニシキは静かにうなずいてそれを受け取った。

 

「勝率1割以下、それが君の分析か。」

 口調こそ淡々としているが、目の奥には闘志がほとばしっている。

 

 その熱に釣られるように私は言葉を付け加える。

「出走が予想されるメンバーを見ても、シンボリルドルフさんを脅かせるのは貴方くらいで、他の人はそれほど脅威でない。つまり、シンボリルドルフさんとしては貴方にかなりリソースが割ける。」

 

 結果、状況は1VS1のマッチレースに近づき、実力差がそのまま結果に反映しやすくなる。

 

「そうだな、私も同じように分析しているよ。」

 

「もう一人、シンボリルドルフさんを脅かせる出走者がいれば、注意が分散して勝ち目もかなり出てくるとは思いますが」

 例えば、ロングハヤブサ。

 と、思うがそこは口にしない。

 

 昨年、阪神ジュブナイルフィリーズ(阪神三歳ステークス)を制し、最優秀ジュニアにも選出された同期は今、故障のため長期離脱中だった。

 

「それも、同感だ。まったく、ままならないものだね。」

 深呼吸をするようにビゼンニシキはそう言った。

 わずかな揺らぎ、それは一瞬で消え去り、元の決然とした表情が戻ってくる。

 

「参考になった。ありがとう。」

「それほど目新しいことは言えなかったと思いますが、」

「いいや。そんなことはない。おかげで一層の覚悟が決まったよ。」

 

 立ち上がり、去っていく。

 とっさに声をかけそうになった。「頑張って」とかなんとか。

 

 そんな言葉が浮かんできたのは、きっと

 彼女が私を「自分と同じ(こっち)側」だと言ったからだろう。

 

 ビゼンニシキ本人にそんなつもりはなかっただろうが、すべてに背を向けていた生物学上の母(あっち)(こっち)の間にも線を引いてくれたように感じた。

 体の奥、私を支える芯がわずか太くなった気がした。

 

 ただ、親し気なセリフは喉につかえて止まり、代わりに出てきたのは

「おやすみ、ビゼンニシキさん」

 そんな無難な言葉だった。

 

「ああ、おやすみ」

 ビゼンニシキの返事もシンプル。

 

 つまるところ、彼女も私も互いに敵なのだから。

 慣れあう理由も、メリットもない。

 それでも、彼女の健闘を祈るくらいはしてもいいか、そう思った。




※ちなみにですが、ビゼンニシキの産駒にダイタクヘリオスがいます。
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