【完結】汚泥より這い出で、荒野を渡れ   作:不知東西屋

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第2話:レディ・ミーツ・ガールズ(三人の一般家庭出身者)

「いやー、まさかって感じだね」

「縁があると言えばいいのか。一般家庭出身者をひとまとめにしたとみるべきか悩みますね。」

 

 中央トレセン学園に2つある寮のうち、美浦寮の1室。

 それぞれのベッドに腰を下ろしたアオイソニドリとグレイナイザーが向かい合っていた。

 

 読者諸兄のお察しの通り、2人は寮のルームメイトなのだった。

 

 入学式とガイダンスを終え、昼食後から始めた私物の荷解きが終ったところ。

 グレイナイザーは既に荷解きが終っていたので、不思議に思って聞いてみれば、家庭の事情で数日前から入寮していたとのこと。

 

 2人でアオイソニドリの荷物を片付けていたのだが、それでも慣れない作業である。

 アオイソニドリは表情からしてくたびれていた。(グレイナイザーは涼しい顔だ。)

 

 ガイダンスで伝えられた夕食の時間まではあと2時間弱。

 明日からは授業も始まるし、今日くらいはのんびりしてもいいよね。と呑気に構えていたアオイソニドリの目の前で、グレイナイザーがなにやらゴソゴソと動き出し、机の引き出しからファイルなど取り出していた。

 

「ナイザーちゃん、自主練でも行くの?」

 荷解き作業のために2人ともジャージに着替えていたのでそう思ったのだが、ルームメイトの返答は想像の斜め上だった。

 

「いえ、入学前から目星をつけていたトレーナーの所へ逆スカウトに行こうかと」

「ぎゃ、逆スカウト!?まだ入学初日だよ?」

 

 驚きの声をあげるアオイソニドリだったが、グレイナイザーはそれこそが狙いであると肯いた。

 

「だからこそです。まだ他の子が動き出していないからこそ、強い印象を与えられるはず。そもそも、名門の中には入学前からトレーナーが内定している子も少なくないと聞きます。のんびりなど、していられません」

「た、たしかに!!」

 

 この台詞にアオイソニドリは小さくない衝撃を受けた。

 

 そうだ。

 すでに学園生活は始まっているのだ。

 それはつまり、競技人生もスタートしていることと同義。

 

 夕食までのんびりしていようなどと考えていた3分前の自分がとんでもない愚か者に思えてくる。

 

「わたしも、一緒に行っちゃダメかな!?…あ、いやムリならいいんだけど」

 言ってから虫のいい提案であるような気がして、しりすぼみになるアオイソニドリだったが、対するグレイナイザーに気を悪くした様子はなかった

 

 だた、少し考えている様子。

「今から訪問するトレーナーはまだ若手で、重賞こそ1つ勝利していますが、手腕については少し未知数なところがあります。それでもいいですか?そもそも、門前払いされる可能性も低くありませんよ。」

 

 そういうグレイナイザーにアオイソニドリは力強くうなずいた。

「うん、大丈夫。何でも経験。ダメで元々、当たって砕けろだもん」

「出来れば、砕けたくはないですけどね。」

「アハハ、それはそうだね」

 

「じゃあ、行きますか。」

「うん、いこういこう」

 

 そういうことになった。

 

 

<Side:トレーナー・蜂谷雀子>

 

 職業について、世間でのイメージと実際の現場の状況が大きく違うなんてことはよくあることだろう。

 

 中央トレセン学園のトレーナーもその1つだと思う。

 トレーナーである私自身が言うんだから間違いない。

 

 世間的には、優秀な人材揃いで、激務をガリガリとこなしながら、ウマ娘とともに二人三脚でレースに勝利し、高給をつかみ取る華やかなりし職業と思われている。

 しかし、そんなものは一握りの一流トレーナーの話。

 

 ほとんどのトレーナーは薄給に甘んじ、さらにはその少ない給料すら使う暇もないほどの激務に忙殺されているのが現実なのだ。

 

 私は蜂谷雀子。しがない若手トレーナーで、もちろん後者の薄給トレーナーでもある。

 

 そんな私の目の前に今、2人のウマ娘が立っていた。

 

 今日入学したばかりの新入生がトレーナールームを尋ねて来たのだ。

 どちらも、150cmないであろう小柄な体をおろしたてのジャージにつつみ、やる気十分と言った顔つきだ。

 

「初めまして、私はグレイナイザーと申します。蜂谷雀子トレーナーでよろしいですか。」

 先月まで小学生だったとは思えない落ち着いた口ぶりで自己紹介したのは葦毛のショートヘアに眼鏡をかけた方。

 

「あ、はじめまして。アオイソニドリです!」

 あわてて頭をさげた長い青鹿毛をポニーテールにした方は年齢なりの印象だ。

 

「はじめまして。たしかに私が蜂谷雀子だけど、どうしたの?」

 問いを投げかけると、葦毛のウマ娘。グレイナイザーがスッと前に出た。

 

「はい、蜂谷トレーナーに私たちの担当トレーナーになっていただきたく、お願いに参りました。」

 

 半ば予想していたはずのなのに、実際に口にされると少しばかり驚いた。

 アオイソニドリの方も緊張しているなりに、激しく肯いて賛意を示していた。

 

 トレーナーの数が慢性的に不足しているトレセン学園では、生徒からの逆スカウトやそれに準ずる売り込みも珍しくない。

 しかし、入学のその日に、大した実績のない私に対してだ。

 

 しかも、グレイナイザーもアオイソニドリも聞いたことがない。

 名家出身者は把握しているし、寒門でも有望と評判ならチェックしているから、つまり二人は箸にも棒にもかからない寒門か一般家庭の出身ということになる。

 

 さて、どうするか。

 少し考えてから、私は言った。

 

「立ち話もなんだから、入ってちょうだい」

 どうするにしても、話くらい聞いても損はない。

 

「ありがとうございます。」

「あ、ありがとうございます。」

 

 2人とも、素直に肯いて部屋の隅のソファに腰を下ろした。

 私は何を出すか考えたが、迷うまでもなく今この部屋にはインスタントコーヒーしかなかったことに気が付いた。

 

「それで、あなた達の用件は私への逆スカウトってことで言いのかしら?」

 コーヒー、ミルク、砂糖をテーブルにならべ、早速本題に入る。

 

 答えたのはグレイナイザーだ。

「はい、そうです。蜂谷トレーナーは今、担当しているウマ娘がいないと聞いています。ぜひ私たちを担当していただけませんでしょうか」

 

 言いながら、差し出されたのは薄手のファイルにつづられた資料だった。

 

 アオイソニドリは頭が状況に追いついてないのか、ガチガチに緊張している。

 新入生らしくて微笑ましいが、ひとまずグレイナイザーの方と話をすることにする。

 

「これは君が作ったのか?」

「はい、父が頼んでくれたコーチに教えは受けましたが、作ったのは私です。」

 

 ファイルを手に取り、中を見てみる。

 新入生にしてはよくまとまった、グレイナイザーのパーソナルデータ。

 適性は強いて言えば長距離、ギリギリ入学できるくらいの成績が信ぴょう性を感じさせる。

 

「なぜ、私を選んだんだ?」

 能力だけなら、私より優れたトレーナーは何人もいる。

 だから、べた褒めを期待していたわけではないが、グレイナイザーの返答は思った以上に実際的だった。

 

「私を担当してくれる可能性のあるトレーナーの中で、貴方が1番適任と思ったからです。」

「もう少し、具体的に説明してほしいな」

 

 掘り下げを要求しても、考える様子もなく返事が返ってきた。

 それだけで、この場での思い付きではなく、以前からよく考えてきていることがうかがえる。

 

「まず、担当ウマ娘がみんな卒業して、確実に新しい担当をスカウトするタイミングだったことが大きいです。加えて、長距離の重賞を勝利した経験があるものの、まだ名門から声がかかるほどには評価が高くないことが魅力でした。私が割り込める可能性があると言う意味で」

 

 その言葉は的を射ていた。

 

 確かに、この年度末に卒業した3人の担当ウマ娘のうち、1人がGⅢを勝利していた。

 私にとっての初めての重賞。

 

 しかし、依然として私の扱いは駆け出しの若造。

 1回だけなら、フロックかもしれないからだ。

 

 中央トレセン学園は実力主義だが、同時に名門を中心としたコネ社会でもある。

 

 名門の有望なウマ娘たちは、家単位で付き合いのある有能なトレーナーに入学前から担当が内定していたりするのが普通だ。

 

 寒門以下のウマ娘たちにとって伸るか反るかの大勝負である選抜レースも、名門のウマ娘にとっては周囲への顔見せとカタログスペックの証明の場に過ぎないし、そもそも参加しないことも多い。

 

 一等のクジは既に手中にあるのだから、わざわざ抽選に参加する必要はないのだ。

 

 同じことが、トレーナーの側にも言える。

 

 有望なウマ娘は基本的に最初からトレーナーが決まっている。

 実績のない若手トレーナーに有望な新入生のスカウトなど、不可能に近い。

 

 ごくまれに運命的な出会いや偶然から、スカウトできる場合もあるが、その場合、先輩トレーナーや名門の顔に泥を塗ることになる。

 結果として、育成にも、レースにも、有形無形のプレッシャーがかかる。

 

 なかなか、厳しいレース生活になるだろう。

 

 では、新人トレーナーはどうするか。

 

 方法は主に2つ。

 

 1つ目は、コネやツテを辿って、どこかのチームやベテラントレーナーに見習いやサブトレーナーという形で師事する方法。

 

 チームの下働きをこなしながら信用を得て、割り当てられたウマ娘で実績を上げて独立を目指すのだ。

 

 トレーナーでも名門と言われるところは、一門のチーム内でトレーナーの育成もしてたりするが、それも大きく括ればこの方法だ。

 

 2つ目は、将来化けるのを信じて、まだ無名のウマ娘をスカウト。独力で実績を積み上げる方法。

 

 完全な一般家庭出身でコネもツテも皆無な私にはそもそも選択肢が存在しなかった。

 

 後ろ盾がない状態で、下手に1つ目の方法をとると、チームの書類仕事ばかりが押し付けられて、トレーナーなのか事務職なのか分からなくなって幾星霜と言うことが、よくあるのだ。

 

 ともかく、ペーペーなりに無我夢中で担当ウマ娘とトライ&エラーを繰り返し、幸運にも重賞を1つ勝たせてもらった。

 

 ただ、まだ足らない。

 あと1つか、2つ。

 重賞を掴んで、自分の実力を証明しなければならない。

 

 そこで初めて、名門から声をかけてもらえる可能性が発生する。

「ちょっとよさそうなトレーナーがいるから、(本命というほどの素質は感じられない娘の中から)相性よさそうな娘を担当させてみようか」

と、言う具合だ。

 

 そこからさらに成功を積み上げ続けた先に一流トレーナーと呼ばれるポジションがある。

 

 まあ、今の私にとっては絵に描いた餅。まさに絵空事だ。

 

 それよりも、今は目の前の2人、グレイナイザーとアオイソニドリの事だ。

 

「確かに私の担当が去年、長距離のGⅢを1つ勝利した。グレイナイザー、君はステイヤー志望なのか?」

 

 グレイナイザーは迷いのない表情をしていた。

 暗褐色の瞳の奥深くで真っ赤な炎が揺らめいた気がした。

 

「はい、三冠路線の有終。菊花賞が私の目標です。」

 

 私は思わず考えこんでしまった。

 

 痩せっぽちの新入生の提案を。断る理由ならいくらでもある。

 それこそ、グレイナイザーが葦毛である一点だけでも理由としては十分だっただろう。

 

 ただ、私は新入生に似つかわしくないほど理性的に話しながら、瞳の奥に熱を隠しもつ少女を面白く感じ始めていた。

 彼女の担当契約を検討の余地はあると考える程度には。

 

「アオイソニドリ、君もグレイナイザーと同じ考えなのか」

 判断の材料を増やそうと、青鹿毛をポニーテルにしたもう1人の新入生に話をふる。

 

「わ、私はナイザーちゃんみたいなしっかりした考えはなくて、ただ、一緒にできたらなって」

 急に自分に振られたからか、ワタワタとまとまりなく話す様子が年相応で安心する。

 

 グレイナイザーの方へと視線を向けると、尋ねる前に説明を始めた。

 

「教室の席が隣で、ルームメイトでもある。一言で言えば、縁を感じたんです。蜂谷トレーナーも一般家庭出身者ですから、3人の一般家庭出身者が名門出身のウマ娘たちに挑むなんて展開、三女神様も喜びそうじゃないですか。」

 

 縁を感じた。

 他ならともかく、このトレセン学園では無視できない言葉だ。

 

 そもそも、ウマ娘自体が理屈では説明しきれない半ばオカルトな存在だし、縁や運命というべき出会いによって結成されたチームやタッグが、周囲からの圧力などものともせずに、輝かしい結果を出した例も多いのだ。

 

 単純に実利面だけ見ても、ルームメイトがチームメイトも兼ねるなら、機密の保持が容易になる。寮の自室で気兼ねなくライバルの研究や作戦会議が出来るのは小さくない利点だろう。

 

 なんだろう。

 まだ、全く情報は足らないが、それでも。

 この二人を見逃すのが少しだけ惜しく感じられる。

 

 これは、予感だろうか。

 

「グレイナイザーは私のことはかなり調べてくれているようだが、私は君たちをよく知らないし、アオイソニドリも同様だろう?」

 

 グレイナイザーは真っすぐにこちらを見ている。揺らがないなこの娘。

 アオイソニドリは不安そうに頷いた。別に責めているわけじゃないんだよ、という意味をこめて意識的に微笑む。

 

「だから、一旦お試し期間を決めるのはどうだろう。」




 この世界のトレーナーの給与は基本給は低く、戦績によって賞金の一部と各種手当が入るシステムで、トップ層は超高給だけど、駆け出しは薄給になると考えています。

 蜂谷トレーナーは年齢の割には稼いでいる方かと思われますが、比較対象がトップ層なので、自己評価が低くなっていて、加えてトレーニングのために自腹を切ることが多いので金欠気味なのではないかと。
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