【完結】汚泥より這い出で、荒野を渡れ   作:不知東西屋

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第20話:17番人気

菊花賞

京都 芝 3000m GⅠ 出走:フルゲート18名

 

出バ表

1枠1番 ハーバークラウン

1枠2番 ロングハヤブサ

2枠3番 ミスタールマン

2枠4番 グレイナイザー

3枠5番(単枠) シンボリルドルフ

4枠6番 カルストンイーデン

4枠7番 スズマッハ

5枠8番 マチカネホンドーリ

5枠9番 ゴールドウェイ

6枠10番 サクラトウコウ

6枠11番 ラッシュアンドゴー

6枠12番 ニシノライデン

7枠13番 コガイチマル

7枠14番 フジノフウウン

7枠15番 フォスターソロン

8枠16番 ポットマーチン

8枠17番 リキサンパワー

8枠18番 サウンドパーソ

 

………。

 

<Side:グレイナイザー>

 

 

 レース前、真新しい勝負服を身にまとう。

 配色はグレーと銀が中心。

 

 頭には羽のエンブレムの入ったキャスケット帽。

 ボーイスカウトを思わせる無骨な生地の半そでシャツとショートパンツ。

 足元は皮のブーツ。手にもグローブ。

 眼鏡はゴーグルを思わせるゴツめのフレームのものに変わっている。

 

 勝負服としては地味すぎる印象の中、唯一鮮やかなのが首元を覆う真紅のマフラーだった。

 

 デザイナーとの打ち合わせで、なんとなく思いついた。

 「夜間飛行」のパイロットという言葉からイメージされたらしいが、私の小柄さもあいまって、これでは探検隊ごっこの子供ではないかと思う。

 

 まあ、しっくり来ているし、着用しての練習ではタイムも上がっていたので文句は言えないのだけど。

 

「ナイザーちゃんすごく似合ってるよー。」

「練習の時にさんざん見ているでしょう」

 試着の時から見ているのに、変わらないテンションで盛り上がっているアオイソニドリに苦笑する。

 

「ナイザー、そろそろパドックの時間です。」

「ありがとうございます。」

 

 タイムキープしてくれているトレーナーに礼を言って、部屋を出る。

 そのまま、地下通路を通って、パドックへ。

 

 ひとつ前の番のウマ娘、黒鹿毛のミスタールマンと交代する形で舞台に上がる。

 

『17番人気、4番、グレイナイザーです。』

 

 満員の客席と、澄み切った秋の空が目に映る。

 6年前のあの日と同じ空の色だと思った。

 

『地道にキャリアを積んできました。初のGⅠ挑戦。頑張ってほしいですね。』

 

 特に決めポーズもないので、ステージ中央まで歩いていき、軽く頭を下げる。

 

 パドックも大入り満員。

 しかし、私への歓声はまばら、観客の様子もどこか上の空。

 

 まあ、無理もない。皆が待っているのは私じゃなく、私の次のウマ娘だろう。

 

 踵を返して、舞台裏へ戻る。

 私の歩みと比例するように、会場の期待感が膨らむのが背中越しにもわかった。

 

 前方から、皆の待ちわびる本日の主役が歩いてくる。

 一目見ただけでわかる心身の充実。

 

 事前の知識がなかったとしても、誰もが彼女を本命に挙げるだろう。

 

『1番人気、5番、シンボリルドルフです。』

 アナウンスと同時に爆発する歓声。

『前人未到、無敗の3冠に王手をかけた皇帝の登場です。』

 

 パドックからの歓声が振動となって、背中を叩く。

 

 ファンの数も、歓声の大きさも関係ない。

 

 ファンやその他の何者かに望まれたから、私はここにいるんじゃない。

 私は他の誰でもない、自分自身の望みに従って、ここに立っている。

 

 他の17人と同様に。

 

………。

 

 本バ場入場前のわずかな時間にトレーナーたちと最後の確認を行う。

 

「この天気では、領域は使えないでしょうね。」

 今日の見事な秋晴れに、蜂谷トレーナーがそうこぼす。

 

「まあ、もともと使うつもりはなかったですし、」

 私の領域は私のPTSDに起因するために、あの日のシャワールームを強く想起させる雨天時やバ場の状態が悪い時以外は使えない。

 

 しかも、あれは私自身にもデバフがかかる。

 3000mという未知の長距離で使うつもりはもとからなかった。

 

 変に選択肢が残るより、かえって迷いがなくなっていい。

「作戦通りにいきます。」

 もとより、何か一つでも私の思惑から外れれば、その時点で勝ち目は失われる。

 

 やっとの思いで紡ぎだした一筋の糸から落ちずに渡り切れるのか。

 今日はそういう勝負だった。

 

「ナイザーちゃん、頑張ってね。」

 私よりも緊張している様子のアオイソニドリに思わず笑みがこぼれる。

 

 右こぶしを差し出しながら言う。

「菊花賞ウマ娘になって、帰ってくるよ。」

 

 アオイソニドリは目を見開いた後、明るい笑顔になった。

「うん、待ってるね。いっぱい応援するから!」

 

 こぶしをぶつけ合い、地下バ道をターフに向けて歩き出す。

 

 薄暗い通路の先から11月の風が緩やかに吹いてくる。

 

 深く息を吸い、吐く。

 1歩進むごとに意識が研ぎ澄まされていく。

 

 青ざめた空、光を跳ね返す鮮やかなターフ、無敗の3冠を待ち望む大観衆。

 

 小学3年生の秋、京都競バ場(ここ)で与えられた屈辱が、私を今日まで連れてきた。

 

 ふいに歓声が爆発する。

 誰が入場してきたのか、見なくてもわかる。

 

 背後を振り返り、今まさにターフの上に姿を現した皇帝・シンボリルドルフに目を向ける。

 実戦の場で相まみえるのは1年ぶり、ジュニア級のオープン戦以来。

 

 勝負の場の皇帝も知っているつもりだったが、濃緑に金色で彩られた勝負服の彼女はさらに一段強そうに見える。

 体調は間違いなくいいだろう。

 

 望むところだ。

 一点の敗北(けがれ)もない、お前の戦績(ゆめ)に思うさま汚泥を塗りつけてやる。

 

………。

 

 菊花賞は京都競バ場の3000m、右回り、外回りのコースを1周半する形で開催される。

 

 京都競バ場自体はデフォルメされたニンジンのような、角の取れた二等辺三角形に近い。

 

 スタンドを下にした場合、ニンジンの先端が左側にくる形。

 向こう正面の途中の上り坂からスタートする。

 上り坂の頂上が右回りのカーブ(第3コーナー)で、下りながら第4コーナーをすぎて403.7mのホームストレッチ(第1コーナーまでは498m)。

 その先に連続する第1、第2コーナーを通過し、再び向こう正面へ、2度目の淀の坂を超え、再び第3コーナー。第4コーナーをクリアしたら403.7mのホームストレッチを通過してゴール。

 

 長距離に加えて2度の坂越えを含む。クラシック級の私たち全員が未体験のタフなレースだ。

 

………。

 

 出走者を観察しながらの返しウマが終わると、生演奏のファンファーレが歓声と一緒に秋空に吸い込まれていき、ゲートインが始まった。

 

 奇数番からのゲートインで、4番の私は後半になる。

 注目バを紹介するアナウンスを聞きながら、集中を高めていく。

 

『昨年の最優秀ジュニアを受賞した優駿がおよそ1年ぶりにGⅠの舞台に姿を現しました。復活した姿をファンに見せられるか、2番ロングハヤブサ』

 

 ふいに、アオイソニドリの声が聞こえた気がした。

 気のせいだろう。ただ、彼女が今、顔を真っ赤にして声を上げているのはやすやすと想像できた。

 

 肩から余分な力が抜けるのを感じ、かえって自分が緊張していることを認識する。

 緊張自体は悪くない。問題はそれを力に変えられるかだ。

 

『2番人気に推されています。無敗街道を進む皇帝を止めるのはこのウマ娘か。12番ニシノライデン。』

 

 自分の番になり、ゲートに入る。

 右隣りのゲートから、物理的影響がありそうなほどのプレッシャーを感じる。

 さすがは、シンボリルドルフ。

 

『今日の主役はこのウマ娘をおいてありません。前人未踏、無敗の三冠に挑む“絶対”の皇帝。シンボリルドルフ。』

 

 私はスターターに注意を向ける。

 知っている顔だ。何度も見た。この、京都競バ場のスターターはみんな知っている。

 通い詰めて、癖を分析した。

 

 まっとうに強くなって、まっとうに勝てるウマ娘ならしない努力。

 だからこそ、やる意味がある。

 

 全出走者のゲートインが完了。

 一呼吸分の静寂。

 

 スターターが深呼吸の直後、浅く、小さく息を吸って、止める。その挙動。

 誰より早く、私は始動した。

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