【完結】汚泥より這い出で、荒野を渡れ   作:不知東西屋

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第3話:チーム・ティコ、正式始動

<Side:トレーナー・蜂谷雀子>

 

 入学直後の逆スカウトから1か月、アオイソニドリとグレイナイザーというウマ娘とトレーニングを行ったわけだが、2人に対して、私は「悪くない」という評価を下していた。

 

 アオイソニドリについては、フィジカルも技術面も未熟だ。

 だが、裏を返せば伸びしろがあるといえる。

 

 変な癖もついていないし、素質自体は悪くなさそうだ。素直で明るく、まじめだから、シニア級からが本番のつもりで、じっくりと力をつけていきたい。

 適性は、今のところ芝の中距離、脚質は先行といったところ。

 

 グレイナイザーは、フィジカルも技術面もある程度完成しているが、素質的にはソニドリに劣ると言わざるを得ない。

 

 特にフィジカル面では、華奢で筋肉が付きづらい体質。

 さらには右脚にわずかではあるが歪曲が見られた。

 これは、彼女の生い立ちに関連するハンデかもしれないが、今となってはどうすることもできない。

 適性は、強いて言えば芝の長距離、逃げ。

 

 フィジカルエリートの集うトレセン学園にあって、素質面では見るべきものの少ないグレイナイザーだが、彼女の武器はフィジカルではない。

 

 劣勢の中に活路を見出す知性であり、常に最善を期そうとする執念だ。

 

 それだけに、腑に落ちないところもある。

 

 彼女は真摯を通り越して、時に狂気を感じさせるレベルの熱心さでトレーニングを行う。

 さらに、まだ入学直後にも関わらず、ライバルとなる同級生たちの情報収集や分析に精を出す。

 

 先を行く競技レース家系のウマ娘たちに対抗するために必要とはいえ、普通ではない。

 そのモチベーションの源泉はなんなのか。

 

 仮契約期間を終える前に、確認しておくべきだと私は考えた。

 

 コンコン、と部屋の扉がノックされる。

 

「トレーナー。グレイナイザーです。」

「入ってくれ。さすが、時間通りだね。」

 

 土曜日の昼過ぎ、練習前に呼び出したことを詫びながら、ソファを勧める。

 素直に腰かけたグレイナイザーのまえにコーヒーを置き、対面に腰を下ろす。

 

「今日は、どういった御用ですか?」

 尋ねられ、単刀直入に返答する。

 

「君とソニドリについて、正式に契約を結ぼうかと考えているんだが、その前に1つ、確認しておきたくてね。」

 

「確認、というと?」

 眼鏡の奥から、暗褐色の瞳、知性の奥底に熱を宿した双眸がこちらを見ている。

 

「君のモチベーションの源。真に目指すところ、それを聞いておきたい。」

 

「菊花賞を目指す。とか、そういう話ではなくですか。」

 

 かすかに挑むような色があった。彼女にとってデリケートな部分なのだろう。

 しかし、こちらも退きはしない。

 

「君は賢く、忍耐強い。性格的には、特定のタイトルに執着を示すタイプではないように見える。本来は、勝率の高いレースを選んで挑戦するタイプだ。その君が唯一あげた具体的な目標が菊花賞だ。相応の理由があるんじゃないか?」

 

 半分以上はトレーナーとしての勘だ。

 

 だが、先に成し遂げたい目標があり、その手段として菊花賞制覇があるのではないか。

 目線を合わせたまま、ゆっくりとそう問いかける。

 

 呼吸1つ分、その時間でグレイナイザーは考えを決めたようだった。

「トレーナーが指導するうえで、必要だということですか。」

 

 この質問は確認、というか念押しだろう。

 

 私は肯いた。

 

「ああ、担当ウマ娘を指導するにあたって、相手が真に求めているものを把握するのは大事だと考えている。そうでないと、トレーニングや出走レースの選択で相手の意向とすれ違いが生じる恐れがあるからね。」

 

 例えば、入学したてのこの時期、クラシック3冠路線、あるいはトリプルティアラ路線を目標として掲げる新入生は多い。

 

 ただ、必ずしも本人の適正とマッチするわけではない。

 

 その時、短距離やダートへの路線変更を検討するのか、それともあくまで芝の中長距離を目指して適性の克服に挑むのか。

 

 ウマ娘の性格や切り出すタイミングによっては、トレーナーから路線変更を提案するだけで、信頼関係が損なわれる場合もある。

 

 だからこそ、正式契約となる前に、腹を割って話をしておきたい。

 

 私がそう説明すると、グレイナイザーは口を湿らせるようにコーヒーを一口飲み、それから口を開いた。

 

「ご推察の通り、私の目標は菊花賞そのものではありません。」

 小さく微笑むグレイナイザー。

 

 瞳の奥で溶岩が揺らめく様子が見えた気がした。

 

「シンボリルドルフ」

 

 予期せぬ名前が出て、思わず尋ね返してしまう。

「シンボリ家の秘蔵っ子の?」

 

 グレイナイザーは肯いて、先を続けた。

「そうです。トレーナー、私は、間違いなく私たちの世代の中心となる、あのウマ娘に、出来るだけ大きな舞台で、出来るだけ大きなキズをつけてやりたいんです。」

 

 無意識に、ゴクリと喉が鳴っていた。

 

 グレイナイザーの瞳の奥で、真っ赤に輝く溶岩がうなりをあげている。

 

 中等部に入学したばかりの少女に似つかわしくない執念。

 いや、もはや怨念というべきか。

 

 なぜ、シンボリルドルフなんだ?

 その疑問も胸に沸いたが、口にすることなく飲み込んだ。

 

 尋ねても返答はないという確信があった。

 

 すでに彼女は可能な限り胸の内をさらけ出してくれている。

 それ以上は、今の私には触れることが許されない、グレイナイザーの核心に迫るモノなのだ。

 

 代わりに何か言おうとしたが、すぐには言葉が出てこなかった。

 

 気圧されていた自分に気がつき、情報を整理しながら、気持ちを立て直す。

 

「確かに、シンボリルドルフはクラシック3冠路線に進むだろうし、君の適正的にも、勝ち目があるとすれば長距離の菊花賞だ。しかし…、」

 

 トレーナーという立場から濁した台詞の最後。

 それをグレイナイザーはためらいなく口にした。

 

「わかっています。勝ち目はほとんどない。入学してほんの1か月ですが、見ていれば分かります。彼女はモノが違う。」

 

 そして、さらに問いかけてくる。

 

「私を、無謀だと笑いますか。」

 

 私はトレーナーとしての矜持でそれに応じる。

 

「いいや。笑わないよ。勝率を0から1に、1から2へと向上させるのが私の仕事だ。そして、その勝率を100%の勝利としてつかみ取るのが、」

 

「私の仕事です。」

 

 右手を差し出す。

 グレイナイザーも握手に応じ、それが正式契約の合図となった。

 

 その後、合流したアオイソニドリに正式契約を告げたところ、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでくれた。

 

 対照的に純真なリアクションに思わず、グレイナイザーの方をチラリと見たら、ジト目でにらまれてしまった。

 

 ……、心を読むのはやめてもらっていいだろうか?




※グレイナイザーは取り組む姿勢こそ超熱心ですが、ハードトレーニングをしているわけではありません。体質的に耐えられないので、その分、練習の密度を上げることや、情報収集や分析に取り組んでいます。
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