【完結】汚泥より這い出で、荒野を渡れ   作:不知東西屋

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第5話:衝突を未然に防ぐための、賢明な棲み分け

<Side:グレイナイザー&アオイソニドリ(三人称視点)>

 

 スクールカースト、基本的にネガティブなニュアンスで扱われるこの言葉。

 とはいえ、言葉が一般的になる前から状況は存在したし、トレセン学園も無縁ではない。

 

 むしろ、名門・寒門の出身差、素質・実力の評価、さらには本人の気質や嗜好等が組み合わさり、なかなかに複雑な様相であった。

 

 デビュー済みの娘が多くなる中等部3年目以降は戦績が大きなファクターとなるので、むしろシンプルな尺度になるが、入学直後の時期はまさに混沌である。

 

 それでも、さすがに教育の行き届いた名家の子女が多いだけに、(少なくとも表面上は)和やかに日々がすぎていく。

 

 まあ、呼び方やイメージはともかく。生まれや育ち、気質や嗜好の違うものたちが閉鎖的な環境で過ごすうえでの棲み分けという意味なら、肯ける人もいるのではないだろうか。

 

 そんな中、我らがグレイナイザーとアオイソニドリのポジションはと言えば、圧倒的下層。

 

 休憩時間は、シンボリルドルフをはじめとした名門出身者を中心にしたグループが教室後方で談笑するのを横目に、教室前方の窓際で控えめな声で会話を交わす。

 そんなポジションである。

 

 しかも、この2人。他に3名いる一般家庭出身者とも別グループになっているのである。

 理由は単純。トレーナーと担当契約しているからだ。

 

 同じ一般家庭出身者でありながら、生まれた差異。

 それが他の3名との間に微妙な距離を生じさせていた。

 

 談笑することもあるし、授業での班分けでは一緒になることも多い。

 ただ、昼食は別々に食べる。

 だいたいそんな感じであった。

 

 と、いうわけで昼休みである。

 

 昼食を摂る場所としては、教室、カフェテリア、中庭などがある。

 その中で、今日のグレイナイザーたちは中庭。

 目立たない木陰で弁当(手作りではない)を広げていた。

 

 普段はカフェテリアを使うことが多いが、気分次第であちこち動いているのである。

 

「「いただきます」」

 

 グレイナイザーは肉野菜炒め弁当、アオイソニドリは大盛チーズハンバーグ弁当だった。

 

 おはようからおやすみまで一緒にいる二人だが、食事時もそれ以外でも、基本的にはアオイソニドリの方がたくさん喋る。

 その比率、だいたい6:4から7:3。

 

「そしたら、シエスタちゃんが、、、」

 談笑を交えつつの食事中、ふいに会話が途切れる。

 

(ナイザーちゃんの目つきが鋭くなった!)

 眼鏡のため、わかりづらいが、ソニドリが感じた通り、ナイザーが鋭い視線を中庭の一角にむけている。

 

 視線の先では同期のハーディービジョンやトウカイローマンなど、名門のウマ娘たちがキャッキャっとしながら食事をとっていた。

 

 今はちょうど苦手な野菜の押し付け合いをしているところだ。

 

 グレイナイザーは授業中や休み時間でも周囲のウマ娘の観察に余念がない。

 その時は目つきが若干鋭くなるため、唯一変化に気が付いているアオイソニドリから「ナイザーちゃん目つき悪ッ」と言われている。

 

 観察対象は主にデビュー後に対戦する可能性が高いウマ娘たち。

 内容は趣味嗜好から、教室での雑談まで多岐にわたる。

 

 トレーナーもウマ娘も一般家庭であり、ツテとコネによる情報収集が不得手なのが、グレイナイザーたちのチームの弱点。

 それをわずかにでも補うべく、常に観察は怠らない。

 

 例えば、友人間のイタズラに対して、驚くか、怒るのか、それとも面白がって笑うのか。

 生じた動揺がどの程度で落ち着くのか。

 

 レースと学園生活は違うから、そのまま活用できる可能性は低い。

 それでも、ライバルのパーソナリティは重要なファクターだ。

 

 だから、グレイナイザーは日々の観察をやめないし、トレーナーとも協力して情報の整理にも時間を割く。

 

「、、、。話の途中でごめんね。それで、コモレビシエスタがどうしたって」

 視線をソニドリに向け直すグレイナイザー。

 それでも耳はレーダーのように周囲に向けられている。

 

「うん、中庭でお昼寝してたらしいんだけど、起きたらなんと!?横に誰がいたと思う?」

 

 ちなみに情報収集について、アオイソニドリの役目がないわけではない。

 適性を鑑みて、グレイナイザーのサポート役になっているだけである。

 

 グレイナイザーのいない時に見聞きした面白エピソードを報告するのが、彼女の役割なのだ。

 ほとんどは他愛もない雑談だが、たまに、興味深い情報が紛れていたりする(グレイナイザー談)のだ。

 

 と、このまま平和に昼食をとり終えていれば、微笑ましいトレセン学園の1日だったのだが、今日はちょっとしたアクシデントがあった。

 

「そういえば、グレイナイザーの話って聞いた?」

「あー、なんか隠し子だとか、何とかってヤツ」

「最初聞いたときはドキッとしたけど、名門とかでも才能のある娘を養子にするとかあるっていうし」

 

 目立たない位置に腰を下ろしていたグレイナイザーとアオイソニドリに気づかずに、当人たちのすぐそばで噂話を始める3人のウマ娘。

 

 アオイソニドリは心臓がぎゅっとなった。

 内容もそうだが、しゃべっているのがクラスメイトの一般家庭出身者たちだったからだ。

 

 動揺し、口の中に入っていたハンバーグの欠片をろくにかまずに、ゴクリと飲み込んだ。

 思わずグレイナイザーの顔色を見てしまう。

 

 だが、友人の顔には予想したような困惑や動揺は見られなかった。

 あったのは、興味深そうな、底意地の悪い微笑。

 静かにしておくように目線で制され、コクコクとうなずいた。

 

「あれさぁ、隠し子じゃなくて、愛人とか援助交際とからしいよ。」

 

 アイジン?エンジョコウサイ?

 アオイソニドリは混乱した。

 ふいに飛び出てきた言葉を知ってはいた。知っていはいたが、具体的なイメージを持ち合わせていなかったからだ。

 

 そんな彼女とは対照的に3人の噂話は続いていく。

 

「え、つまり、どういうこと?」

「だから、トレセン学園の学費とか、トレーニング費用とかを出してもらう代わりに、お金持ちのおじさんの養子になって、その」

「あ、エッチなことしたってこと!?」

「ちょ、声が大きいってば」

 

 アオイソニドリはさらに混乱した。

 え、エッチなこと?私たち、まだ中学生ダヨ?

 

「でもさ、そんなことあんのかな。トレセン学園入学前なら、まだ小学生だし。グレイナイザーは特に幼児体型じゃん。」

 

 この発言、それまでは柳に風と聞き流していたグレイナイザーがちょっとグヌヌとなっていた。

 

 アオイソニドリはその様子に笑いそうになったが、おかげで緊張で強張っていた体の力が抜けた。

 口の中がカラカラになっていることにも気が付き、お茶を一口。

 

「チッチッチッ、世の中にはそういうのにコーフンするロリコンおじさんがたくさんいるんだ。」

 訳知り顔でそんな講釈を垂れる一般家庭出身者A。

 

 それに対して一般家庭出身者Bが返答しようとした時、一つ、凛とした声が割り込んだ。

 

「妖言惑衆。聞くに堪えないような噂話でクラスメイトを貶めるのはいただけないな。クラスの間の信頼関係だけでなく、君自身の品位も損なうことになる。」

 

 美しい鹿毛に三日月形の流星。堂々として風格すら感じさせる佇まい。

 

「し、シンボリルドルフさん。」

 

 クラスメイトにして、1番の注目株の登場。

 死角にいるため、アオイソニドリたちから一般家庭出身者たちの表情は見えないが、それでも驚き青ざめていることは容易に想像がついた。

 

「昼食中に邪魔してすまない。しかし、食事中の雑談とはいえ、話題にはもう少し気を付けたほうがいい。私のように、通りすがりに聞きとがめる者もいるからね。」

 

 穏やかに諭すような口調ではあったが、言われたほうはそうは受け取れなかったらしい。

 

「は、はい。ごめんなさい」

 

 そんな風に口々に謝罪を口にすると、食べかけの弁当などをまとめるのもそこそこにバタバタと中庭を出て行ってしまう。

 

 取り残されたのは少し顔をしかめたシンボリルドルフ。

「うーん、怖がらせるつもりはなかったんだが」

 

 応じたのは一歩下がった位置にいた鹿毛のウマ娘。同期のダイアナソロンだ。

「まあ、やましいところがあれば、ああいう反応にもなるでしょう。」

 

 ダイアナソロンは名門出身者の中でもシンボリルドルフと仲がいい。

 本人はティアラ路線を明言しているので、三冠路線のシンボリルドルフと衝突しないことも一因であろう。

 

「さあ、もう少しで昼休みも終わるわ。教室に戻りましょう。」

「そうだな。付き合わせてしまって悪かった。」

「別にこれくらい、かまわないわ」

 

 そんな会話を交わしながら2人が去っていったあと、アオイソニドリは思わず大きな息を吐いた。

 

「なんか、ドキドキしたよ。」

 

 ゴールデンウィーク以降。時々、似たようなことはあったが、いつまでたっても慣れることができないのだった。

 

 話をされている当人。グレイナイザーはそれこそ聞こえていないかのように平静なのだが、そんな様子もアオイソニドリを余計にハラハラさせてしまう。

 

 ただ、この日のグレイナイザーの様子は普段と違っていた。

 興奮しているとか、取り乱しているとかではない。

 

 一般家庭出身の3人が話しているときにはあった少し趣味の悪い笑みが消えていた。

 それだけではない。

 一切の表情を出さない、奇妙なまでに静かな表情。

 

「ナイザーちゃん、どうかした?」

 思わず、尋ねる。

 すると、すぐさまグレイナイザーの表情が切り替わる。

 自然な笑みへと。

 

「ううん、何でもない。それより、私たちももう戻りましょう。ぼんやりしてると遅刻しちゃう。」

「う、うん。そうだね」

 そう促され、それ以上混ぜ返すこともできずに、アオイソニドリは弁当箱を片付ける。

 

 ただ、立ち上がり、中庭から立ち去ろうというその時、グレイナイザーの声を聞いた気がした。

 

 あるかなきかの声量。

 聞き違いか勘違いの可能性も高い。

 

「聞くに堪えないような、か…」

 

 アオイソニドリには、グレイナイザーがそう呟いたように聞こえた。

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