<Side:チーム・ティコ(三人称視点)>
夏、それは秋のシーズンを目指し、各ウマ娘が一層のトレーニングに取り組む季節。
有名チームをはじめとして、多くのものが合宿に繰り出し、普段と違う環境下で切磋琢磨する。
そんな中、われらがチーム・ティコの3人は普段と同じく学園のコースで練習を行っていた。
原則。1年生は合宿参加が認められていないからで、グレイナイザーやアオイソニドリにしても了解済みである。
とはいえ、せっかく普段よりも広々とコースが使える状況。ほかのチームが合宿で特訓を行っている今、いつも通りのトレーニングではいかにも能がない。
ゆえに、トレーナー・蜂谷雀子、一計を案じた。
7月下旬の某日、練習前のチームルーム。
アオイソニドリとグレイナイザーの前、応接セットを挟んで見慣れぬウマ娘が3人、並んでいた。
トレーナーは両者の間、お誕生日席の位置、間に合わせのパイプ椅子に座っている。
もともとさして広くはない部屋だ、6人の人間で窮屈である。
だから要件を急いだ。と、いうわけではないが、最初に口を開いたのはトレーナーだった。
「今日から8月の終わりまで、週2回ほど併走トレーニングに付き合ってもらう。全員、去年学園を卒業した私の元担当だ。遠慮なく、胸を借りるように」
「「よろしくお願いします。」」
グレイナイザーがキレイなしぐさで頭を下げ、つられるようにアオイソニドリもワタワタと頭を下げる。
「こちらこそ、後輩と会えてうれしいよ。私はフェザークレイン、よろしくね。」
一人目は、細身で長身、サイドテールに結った黒鹿毛が印象的。かつてこのチームのエースであり、GⅢをとったウマ娘だ。
「わたしはラッキーピジョン、よろしくー。」
「スマートコッコです。よろしくお願いします。」
ラッキーピジョンはフワフワとした明るい鹿毛、ショートヘアのトランジスタグラマー。
スマートコッコは赤っぽい鹿毛を長く伸ばし後ろでひとくくりに結んでいる。
戦績はフェザークレインに及ばないものの、どちらもオープンクラスまで到達した優駿である。
アオイソニドリはきらきらとした尊敬の目で三人を見ていた。
(グレイナイザーもだが、平静を装うのがうまいので、気づかれてはいない。)
「夏休み中は、基礎能力の向上と並行して、3人にほかのチームを加えて併走、模擬レースを多く行うことで、実戦的な経験も積んでいく方針だ。2人とも、少しでも多くのものを吸収するように」
「「はいっ」」
トレーナーの訓示に2人が元気よく返事をして、夏の特訓は始まった。
………。
「今回は無理を聞いてくれて、ありがとう。」
休憩時間、蜂谷トレーナーはスマートコッコに話しかけた。
現役時代、気まぐれなエースのフェザークレイン、天然のラッキーピジョンをまとめるしっかり者のリーダーがこの娘だった。
フェザークレインとラッキーピジョンは併走の感想戦か、グレイナイザーたちとコースの端で車座になって話をしていた。
「いえいえ、トレーナーのお願いとあれば。3人で集まってトレーニングするのも楽しかったですし」
「思った以上に仕上げて来てくれたみたいで、その点も感謝しているよ。」
実は、今回の話を持ち掛けたのはグレイナイザーたちと正式な担当契約を結んだ直後の5月だった。
それから2か月、OGの3人は引退後に受験などでついた錆を自主練で落として、今日を迎えてくれていた。
「お力になれるのも今年だけだと思いますし、その分、バイト料は期待していますよ」
冗談めかした口ぶりに、トレーナーの口にも微笑が浮かぶ。
「ああ、わかってるよ。」
実際、来年になれば、成長した2人の練習相手はOGでは務まらなくなるだろう。
そのため、併走や模擬レースには他の残留組にも声をかけたのだ。
来年以降に向けたツテの強化も目的の一つである。
「それで、お前からはあの2人はどう見えた?」
前置きの会話が終わり、本題を切り出す。
スマートコッコは車座になっている4人に目を向けると口を開いた。
「ソニドリちゃんは一生懸命でかわいいね。素直な頑張り屋だし、バ群の中でのルートの取り方がウマいから、混戦のほうが力を発揮できそうかも。」
「気性は同感だったが、そうかルートの取り方か。そのあたり意識して伸ばしてもいいかもしれないな。」
やはり、自身の方針にも詳しいウマ娘が近い距離で見たことを伝えてくれると、わかることも多い。
「ナイザーちゃんはクレバーさと、劣勢でも最後の最後まで突破口を探し続ける諦めの悪さがいいね。」
これにはトレーナーも同意。
「自分の弱みを認めつつ、あくまで勝機を探せるのはあの娘の得難い強みだ。」
「でも、ちょっと心配になるね」
そういって、視線をトレーナー側に戻したスマートコッコは苦笑気味の顔。
これにもトレーナーは同意である。
「…、そうだな。」
「頭がよくて、覚悟もありそう。だから余計、必要だと思い定めたら、ためらいなくオールインしちゃう。そういう、危なっかしい思い切りの良さを感じるよ。」
「長所といえないこともないのが、悩ましいけど、どんなウマ娘でも担当した以上は、より良い方向へ導くのが私の役目さ。」
スマートコッコは微笑んだ。かつての自分への指導を思い出したのかもしれない。
「まあ、中央のウマ娘なんて、大なり小なり危なっかしいヤツばっかりだしね。」
「お前たち3人組にもさんざん心配させられたしな。」
わざとらしくジト目になるトレーナー。
スマートコッコはクスクスと笑った。
「それについては、まことに感謝しております。ってね。」
「気持ちはありがたく受け取っておきましょう。さあ、そろそろ休憩も終わりだ。あの娘たちに声をかけてちょうだい。」
「はーい。」
朗らかに返事をして歩いていくスマートコッコの背中に、彼女たちとの時間を思い出す。
負けても、負けても、歯を食いしばって立ち上がり、挑み続けた数年間。
彼女も、グレイナイザーも、アオイソニドリでさえ、その心中に獣を宿している。
勝利に飢え、我が身を喰らうことすらいとわない、獰猛な獣が。
そして、トレーナーとはそんな獣の獰猛さに魅入られた、業の深い人種のことだ。
息を吸い、吐く。
湿って熱い夏の大気。
秋、そして冬を超えれば、メイクデビューの春が来る。
与えられた時間は平等に短い。戦いは、すでに始まっているのだった。
蜂谷トレーナーが担当した中で、1番の成果を出したのが今回登場した3人娘。シニア級3年(本作時空では高等部3年)で引退し、外部の大学に進学しました。
他にも担当したウマ娘はいましたが、多くは未勝利の壁を突破できず、また、突破できたものもクラシック級(中学3年)の終わりに、地方への転向や引退を選択して外部へ進学しました。
その辺のタイミングの関係で、グレイナイザーたちの入学時点では担当0になっていました。
トレーナーは本人の想像以上に周りからの評価が高いですが、ここまで独立独歩でやってきたこと、担当もほぼ一般家庭出身者だったことから、競技レース家系の人間も声をかけあぐねています。
今年グレイナイザー達を担当してなかったら、どこかから「ウチの娘、担当してみない?」と声がかかったんじゃないでしょうか。