幻想滅失録   作:メイア・カルテシア

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ついにシフ戦か……


青二才の咎人

突如として聞こえてきたその声に動きが止まる。

すぐさま声の主の方を向き、その顔を見る。

 

 

「──っ」

そこに居たのはあの夜、博麗の巫女とともに自身を追い詰めようとしていた者。

「怪しいのがいるなぁ、って思ったら……当たりだったとは……つけてきた甲斐があったよ」

 

(いつの間に……気配がしなかった……一体いつから?)

 

 

「げ、現行犯って何のことかな?」

とっさに首を絞めていた手を離し、そう言う。

 

「私たちはただ遊んでいただけだよ」

「これもただのじゃれあいで……」

 

「私たちはただ、この先にある花畑を見に行こうとして……」

「そしたら、少し迷っちゃって……」

「あ、そうだ!もしよかったら、人里まで連れていってくれないかな?」

「こっちの子はちょっと疲れちゃったみたいだし……」

「お、お願いできないかな……?」

 

そうやって誤魔化すための言葉を並べ、ただひたすらに無実を言い張る。

 

「あ、でも…いきなりこんなこと言われても困るよね……ううん、大丈夫……やっぱり、私たちだけで人里まで戻るね」

そう言い、少女は側にいたもう一人の少女の手を引いて、人里の方へと歩いていこうとする。

 

 

そうして、彩乃の横を通りすぎようとした時だった。

 

「──⁉」

手を引く少女──もといシフの顔面に衝撃が走る。

 

「ガハッ……」

突如として襲った衝撃により、シフの体は吹き飛ばされその先にあった木へと激突する。

 

「な、何を……?」

シフはただ自身を襲った出来事に困惑し、その言葉が口から漏れ出た。

 

「誤魔化せるわけないだろ」

「な、なんのこと……?」

シフの声からは焦りが感じられる。

 

 

「えーっと、シフ?だったか……?いや、何だっていい」

「………」

「今ので確信したよ」

 

 

「──少なくとも、お前は人間じゃない」

「な、何をもってそう言いきれるの?」

 

 

「──体温、かな?」

「?」

 

 

「あの夜お前を殴った時、変な感覚がしたんだ。人間を殴っているはずなのにそうじゃないような変な感覚が」

彩乃はシフと名乗る妖怪と出会った時のことを思い出しながら語り出した。

 

 

「──なんというか、冷たかった。生きている人間の体温じゃなかった」

 

「……ただ体温が低かっただけじゃない?」

「いや、あの感覚には覚えがある」

 

 

「──あれは死体を殴った時と同じ感覚だ」

「そして、今さっきお前を殴った時、あの夜と同じ感覚がした」

 

 

「生きている人間にしては冷たく、意思のない肉塊を殴るような感覚が──」

「……そんな、そんなことで私を人外だと判断したのですか?」

シフは「ただの思い違いじゃないですか?」と、子供のように言い訳を続ける。

「いや、それだけじゃないさ」

「?」

 

 

 

「──お前、微妙に妖力がこびりついてんだよ」

 

「──⁉」

シフはとっさに自身の腕を見る。

 

「どちらかと言うと残穢に近いものだ」

「妖怪と一緒に住んでいるっていうやつの付き方でもない」

「それだったらもう少し付いている妖力も濃いはずだ」

 

 

「それは、正体を巧妙に隠している妖怪か、妖怪に襲われたやつの付き方だ」

「いや、お前の場合は両方か?」

 

 

「お前は子供に化けているんじゃない」

「──文字通り、そいつ自身になっているんだ」

 

 

彩乃はシフを指差し、続ける。

「その体、ガワはその子供の死体だろ」

「お前が襲って、殺した子供の……」

 

 

「……」

シフは何も言わずに黙っていた。

(……隙を見て逃げるべきか?)

頭に浮かんだのは、自身の生存本能からくる『逃亡』

 

 

(……いや──)

シフは何か大事なとこを思い出したかのように目を見開いた。

(……逃げる?何を考えている?)

生物として、生き続けようとする本能が鳴らした警鐘

──それはすぐに否定された。

 

(何故逃げる?どうして逃げる必要がある?)

(背を向けて……惨めに逃げるのか?)

頭に浮かんだ『逃亡』の二文字を、自身の矜持が拒絶し、かき消していく。

 

 

(……いや、ここに居るのはあいつだけだ、博麗の巫女はいない……)

(それに、あいつをこのまま放っておいたら、いずれ邪魔になるかもしれない……であれば、ここであいつを殺るべきだ……)

 

 

己の辞書に逃亡の文字はない。

あの夜行ったのは、『戦略的撤退』だ。

 

己にそう言い聞かせ、逃亡の案を捨て去る。

 

「………」

 

「反論はしないのか?」

「……そっちが言ったんだろう?誤魔化しは無駄だと」

そう言って、シフは戦闘体勢に入る。

 

 

「何だ……逃げないのか?」

彩乃はシフへそう問う。

「逃げる…?なぜだ?どうしてお前ごときから逃げなければならない?」

 

 

彩乃はその答えを鼻で笑い、続けた──

「ハッ、尻尾巻いて逃げた奴の台詞には到底思えんな」

「お前こそ逃げなくていいのか?博麗の巫女も居らず、私の傍らには人質となりそうなガキが居るというのに」

彩乃が放った挑発を、シフはすぐに返す。

 

 

「お前程度に博麗の巫女さまは時間を割いてはいられないんだよ」

「あ"?お前は人間だろ?ただの人間が私に勝てると?」

「ああ、さっきからそう言ってるだろ?耳が遠いタイプの妖怪だったか?」

 

「人間風情が……ペラペラとよく回る口の自慢はもう十分だぞ」

「ああ、悪い悪い、お前程度の脳みそじゃあこれ以上はきついか、ごめんね分からなくて」

 

「人間ごときがどの口で私にそんなことを言える?」

「この口だよ。目も悪かったか?」

彩乃は自身の口を指差して言い、ついでと言わんばかりにそう付け足した。

 

 

彩乃は溜まっていた鬱憤を晴らそうとするように、シフへ侮蔑の言葉を送る。

対して──彩乃の蔑み、見下し、小馬鹿にしたような言動に、シフは怒りが込み上げてくるのを感じていた。

 

「私を誰だと思っている?「クソガキ」──黙れ!!」

 

「私をそこらの底辺の妖怪どもと一緒にするな……」

「私を貴様ら人間風情と一緒にするな……」

シフの放つ言葉は怒気を帯びていた。

 

 

初めての感覚だった。

自身の心の内に、他者が踏み入れるのを許さぬ領域に、あろうことか土足で踏み込み、己の尊厳を、プライドを容赦なく踏みにじられようとしている感覚は……

 

 

「私を!侮辱するな!!下等生物(人間)!!」

彩乃の挑発に激昂したシフは声を荒げてそう叫びながら、近くにあった木の枝を掴み、彩乃へと投げた。

 

 

 

(やっぱり……ああいう奴は簡単に挑発に乗ってくれるな)

彩乃はしてやったというような顔でシフの激昂を聞いていた。

 

シフの投げた木の枝は勢いよく彩乃へと向かっていく。

 

 

「……!」

しかし、次の瞬間、彩乃の目が写したのは自身へと向かって飛んでくる包丁(・・)の姿だった。

 

彩乃はとっさに体を横に反らしてそれを避ける。

 

 

「……チッ」とシフは舌打ちをした後、距離を取り再び彩乃を睨む。

 

 

「やはりそういう感じか……」

「何が言いたい?」

「ああ、ごめんね、勝手に喋って……黙ってるね」

「──ふざけるのも大概にしろ」

シフの怒りは明白だった。

 

 

「──さっさと言え」

「はぁ……何なの?黙れとか、喋れとか……」

シフはただ、無言で彩乃を睨んだ。

 

「わー怖い怖い」と呟いた後、彩乃は言った。

「……お前の能力、なんとなく分かったよ」

「は?」

 

 

 

 

「『指定した対象同士を入れ替える』─そんなところか?」

 

「さっきお前がしたのは物と物の入れ替え──」

「お前が飛ばした木の枝と包丁を入れ替える、初見殺しとしてはいいんじゃないか?」

 

 

「そして、お前が子供の死体に入っているのも、その能力の応用といったところか?」

 

(そこまで……)

シフの頬に冷や汗が垂れる。

 

こいつはどこまでわかっているのか?どこまでバレているのか?それを考えたら気が気じゃない。

 

 

「──人里のポストは知っているか?」

「………」

 

「この幻想郷に於ける三大異変の一つとして数えられている異変による影響で、人里にあったポストは森の中へ行き、代わりにポストのあった位置に木が現れたらしい」

 

 

「──お前だろ」

 

「……撹乱か、興味本意かは知らんが、少なくともそれの影響でお前の行った誘拐はあまり人に知られていない」

「まあ、当然かもしれないな……人里の─それも一部で起こっている行方不明事件と、幻想郷全体で起こっている異変。事件のスケールが違うからな、話題性に差は出るだろう」

 

 

「誘拐とポストの件、この二つを結びつける奴はそういないだろう……おかげで、この二つは別のもの扱いになり、めでたくお前の誘拐事件は巷で起こった不祥事程度となった」

「お前は幻想郷のいろいろな場所で同じような入れ替えを起こし、より注目を集めている三大異変の影で自身の本当の目的を進めていた、というところかな?」

 

 

「どうだ?合ってるか?」

「……まあ、人間にしては上出来と言ったところか……」

シフは見下すように言った。

 

 

「だが決めた」

 

 

 

「──貴様はここで必ず殺す」

 

 

彩乃はクスッと笑い、乾いた笑みを浮かべて続けた──

「最近いろいろあったからな……思いっきり殴らせろよ?

 

 

 

 

 

 

彩乃は身を屈め、足を強く踏み込んだ後に瞬時にシフの懐へと接近する。

 

「──っ⁉」

シフは咄嗟に少女を盾とするが、彩乃は少女をかわしてシフに拳を入れる。

 

「ぐっ……」

シフは殴り飛ばされると同時に、少女を落とした。

 

「うっ……」

振り落とされた少女は地面に叩きつけられ、その場に倒れ込む。

 

 

彩乃は手に弾幕を作り出し、シフに向けて放つ。

シフは手元にあった小石を横に投げ、飛んでくる弾幕を投げた小石と入れ替わり、避ける。

 

だが、シフが避けた先に先回りでもしていたかのように、シフが能力を使った直後に彩乃の蹴りがシフに当たった。

 

蹴り飛ばされたシフは身を翻し、地面に着地する。

その直後に彩乃は着地したシフ目掛けて石を投げた。

 

 

「グッ……⁉」

次の瞬間、石はシフの右腕の肉をえぐった。

(何が……⁉)

 

シフがえぐれた右腕を押さえ、困惑しているところへ彩乃は即座に近づき、蹴り上げる。

「……ッ!」

蹴り上げられたシフを彩乃は飛び上がって蹴り落とす。

シフは地面に叩きつけられ、何度か跳ねた後、その先にあった木へ叩きつけられる。

 

 

 

 

防戦を強いられるシフは相手との実力差を感じていた。

(強い……)

(ただの人間じゃあない……)

「はぁ……はぁ……」

シフは揺れる視界のなか、彩乃()の姿を視界に入れる。

 

(なぜだ…まだ足りないのか……?負けるのか?人間ごときに……なぜ?)

 

 

ザッ、ザッと奴が歩いてくる音が聞こえる。

「そういえば、一つ気になっているんだけど」

唐突に彩乃はそう言った。

「?」

「何で、愛を求めていたの?」

「はは……何の話だ……?」

「さっき言ってただろ?『愛を頂戴』だとか」

 

 

「……お前は…愛がわかるのか?」

「………さあ?よくわからない」

シフは彩乃へ問い返すも、少し考える素振りをした後にそう答えられる。

「ハッ……ならお前も同類だな……」

 

 

「私は、その『愛』とやらを知りたいだけだ…」

「ただの興味でしかないさ……」

ぶっきらぼうにシフは言った。

 

 

彩乃は少し考えた後に口を開いた。

「一緒にするなよ。私でも愛される条件くらいはわかる」

彩乃は嫌そうな表情をしてそう言った。

「あ……?どういう意味だ……」

「お前、わかってるでしょ。愛されないだろうってことくらい」

「それをわかった上でやってるんでしょ?その状態で愛されようって」

 

 

「──理解が出来ない。お前は絶対に愛されない状況で愛を求めているんだぞ?そもそも愛されるための努力もしたことないだろ?なぜ?どうして?」

「私が愛されないんじゃない、あいつらが愛さないんだ。愛せと言えども、そう振る舞っても、結局あいつらは私に対する愛を与えない」

「折角私があいつらと同じように振る舞ってやっているというのに……」

シフは自分の方が正しいと言うように、そう不満を漏らした。

 

「お前は愛を求めている。それは知識欲からくるものではない。自分の持ち得ないものを得ようとする欲望だ」

「?」

 

 

「お前が愛されるように振る舞わないのは、お前自身のプライドだな。お前のことだし、見下している人間に縋るようなことは絶対にしたくないだろうしね」

 

 

「プライドだけは高いお前のことだ。愛を求めるのは劣等感か?」

「何が言いたい」

シフのその言葉はまるで、それ以上言うなと言っているようだった。

「人間に対する劣等感。基本、人間なら誰もが持っている他者からの愛を、お前は持っていなかった」

「──人間のほとんどが持っているものを自分だけが持っていない。それが許せなかった。ただそれだけ。知識として知りたいとか、そんなのは関係ない。ただ持っていないものが欲しいだけの子供と同じだ」

「そのために合理的な手段なんて考えない。自分が気にくわないことは行わずに、他者に無償で提供してもらうことを求めている」

 

 

「──お前はただのわがままなクソガキだ」

「変に劣等感を拗らせただけのな」

 

 

「ふ……」

「?」

「ふざけるなァァァ!!」

シフは声を荒げながら、近くの木の枝を投げ、包丁と入れ替える。

 

しかし、その攻撃は彩乃に容易くかわされる。

 

「劣等感だと…?私が……人間に……嫉妬していると?」

 

 

「舐めるなよ人間。私は貴様らなどとは違う!私はこの幻想郷で頂点に立つ存在だ!!」

「人間どもの魂は私の糧となるのだ!生け贄にしか成れぬ者どもに劣等感を抱くだと?ふざけるな……」

 

 

「そうやって言い訳するのも、子供らしいよ」

 

そう言い終わると同時にシフの前に立ち止まる。

シフは自身の前に立つその者を見上げる。

 

 

「……ッ⁉」

その時感じたのは『異質感』

今まで見てきたどの人間とも違う、異様で異質な気配。

それはある一種の圧のようにも感じた。

 

 

シフの手は震えていた。

その理由はシフにもわからない。

ただ一つ言えるのは、この場に於いて狩る側なのは、シフではなく彩乃であるということ──

 

 

シフは目の前に立つ者をただじっと見ている。

黒いフィッシュテールスカート、白いシャツのような服と襟元の赤いリボン、白寄りの灰色の髪とどす黒い目。

深淵のような、何も写さぬほどの黒い瞳はじっとこちらを見つめている。

 

今自分が感じているのが恐怖なのかなどわからない。

いや、わかりたくないのかもしれない。

 

 

言葉は出なかった。

口は開かない。

 

 

逃げろ

脳が一度消した考えを引っ張り出してきた。

 

だが、妖怪としての本能はそれを否定し続けている。

──戦え、と。

 

矜持(プライド)はそれを拒絶している。

──逃げるな、と。

 

いかに相手との実力差があろうとも、シフには逃げることを許さぬ矜持(プライド)があった。

 

 

「……!」

その時、彩乃が突然大きく跳躍した。

 

(上から攻撃するつもりか……)

シフは彩乃を下から見上げる。

(──だが、空を飛べるとしても、飛び始めるその瞬間は無防備)

シフは木の枝を手に取り、彩乃へと投げようとする。

 

 

「──ッ⁉」

その瞬間、シフはそれ(・・)感じ取った。

すぐさまシフは地を蹴り、後ろへと下がる。

 

それと同時、シフの目と鼻の先を光の奔流が地面をえぐりながら通り過ぎた。

 

「ぐっ……」

ほんの少し掠った足が焼けているのが見えた。

 

 

 

 

「悪い、待たせた」

その声とともに赤い巫女服の少女がこの場に現れた。




ここに来てやっと彩乃の見た目を書いた者です。
煽りあいとか書いてたら長くなってた。
感想、コメント等お待ちしてます。
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