遅れてごめんなさい
古明地さとり──
彼女に会いに行くのは久しぶりのことだ。
その理由は三つほどある。
まず、そもそもとして会いに行く理由が無いこと。
次に、会いに行く時間が無かったこと。
そして最後に、その立地故に……
彼女の住む『地霊殿』、それがある場所が問題なのだ。
地霊殿があるのは、幻想郷の地下──地底
確かに、地底に行くということだけでもまあ面倒なことなのには変わりないのだが、問題なのは地底に行くまでではなく、地底に入ってから。
地霊殿へ行く道中にある、旧都と呼ばれる場所──そこは凶暴な妖怪がわんさかいる、まさに地獄。
正直、何でそんなところに住んでいるんだと思うが……
まあ、文句を言ってても仕方がないか……
「っと……」
そうこうしていたら、例の場所にまで来たな……
そこに入る前に、一度体を伸ばして体をほぐす。
入ったらノンストップで地霊殿まで飛んで突っ切る。
奴らに見つかる前に行けば、特に何事も無く行ける。
恐らくこれが一番無難な行き方になるだろう。
まあ、それなりの速度は必要になるのだが……
その話は置いておこう。
◆◇◆◇
「……」
魔理沙は静かにその場所に降り立つ。
あの後、予定通り特に何事も無く旧都を抜け、地霊殿に今到着したところだ。
そこは薄暗く、所々が荒れている。
相も変わらず辛気臭い場所。
じめっとした空気に加えて、掃除されていないのか埃っぽくもある。
柱や壁の隅には蜘蛛の巣が張ってあり、あまり長居はしたくない。
正直ここにいるだけで気が滅入る。
「さとりー?」
そう呼び掛けるも返事は返ってこない。
まあ、予想通りだが……
結局こっちから探すしかないのか……
とりあえず付近の扉を開く。
しかしそこには誰もいない。
「はぁ……」
魔理沙はあまり長くならないことを願うことしかできなかった。
◆◇◆◇
「………」
ここで最後……
最後の扉を前にして、魔理沙は立ち止まっていた。
それもそのはず、目の前の扉からはただならぬ雰囲気を感じるのだ。
他の扉とはまるで違う異質で異様な気配。
正直この部屋には入りたくないのだが……
この部屋ではないことを願って、自然と体がこの部屋を避けていたのだが、もうこの部屋しか残されていない。
嫌だ
入りたくない
怖い……というものではない。
そこに怪物のような何かがいるとか、そこにとてつもない奴がいるとかではない。
どちらかと言うと気味の悪さから来るものだ。
入ってはいけないという雰囲気が漂ってくる。
中から嫌な陰気が漏れ出ているような感じさえする。
しかし、この部屋に入るしかない。
もう他の部屋に居ないということは確認し終えてしまっている。
「すぅーー」と息を吸う。
その後に吸った空気を吐いて、覚悟を決める。
一応、入る前に扉を叩く。
「さとりー?居るかー?」
返事はない。
もう入るしかないようだ。
「入るぞー?」
そう言って魔理沙はドアノブを回して扉を開け、中に入る。
「……」
部屋の中は意外と綺麗だった。
特に変哲の無い、緑を主体とした可愛らしい部屋。
あれは自分の勘違いだったのだろうか?
嫌な予感がした気がしたのだが、それといったものはない。
明かりがついておらず、薄暗い部屋を見渡していると、それが目に留まった。
ベッドに膨らみがある。
それはつまり、ベッドの中に誰かがいるということ。
探し求めている人物だろうか?
それとも……
「……」
魔理沙は一応警戒する。
警戒するに越したことはない。
慎重にベッドへと近づいて行き、手を伸ばせば届く範囲に来たところで、布団の端を掴み──
──思いっきり引いた。
布団が引き剥がされ、その者の姿が露になる。
その者はベッドの上に丸まって寝転がっていた。
ピンクっぽい色をした髪の彼女は動じることなく、そのままの体勢でいる。
「……誰?」
その者はこちらを見ずに聞く。
「博麗魔理沙だ」
その問いに魔理沙はフルネームで答える。
すると、彼女に隠れて見えなかった何かが浮かび上がってこちらを見てきた。
それは一つの大きな赤い目玉。
まるで全てを見透かすようなその目は、魔理沙のことをじっと見ている。
大きく見開かれたその目は、魔理沙のことをただ見つめるだけだった。
しばらくすると、寝転がっていた彼女が体を起こした。
依然として目玉は魔理沙を見つめているが、それに加えて、頭だけを動かして彼女が横目で見てくる。
「ノックぐらいしなさい……魔理沙……」
彼女はそう苦言を呈する。
「……したよ。それに、入っていいのかとも聞いたぜ」
魔理沙がそう返すと、彼女は少し考えた後に返答する。
「……そう、なら次はもっと大きな声で言いなさい」
「……はいはい」
彼女の言葉に魔理沙は適当に返事する。
「……それで?一体何の用?」
「いや、別に用はねぇけど……たまにはお前の様子を見ておかないとと思ってな」
そう言うと、彼女はその発言を怪しむような目でこちらを見てくる。
「あの吸血鬼が何か余計なことでも言ったのかしら……?本当に、私のことを何だと思っているの?」
自分の中で何か完結させたのか、そう言って彼女はベッドから降りる。
「……」
両者に沈黙が訪れる。
何だか気まずい。
そう思った魔理沙が何か別の話題を考え始めたその時、頭の中にあることが思い起こされた。
「……あー……なあ、さとり……腹減ってないか?来る前にいろいろと買ってきたんだが……」
そう言って、魔理沙はここに来る前に人里で買っておいた食材などを見せる。
さとりはあまり外に出ないため、食材とかが少なくなっているだろうと思って一応買ってきたものなのだが……
「……別に、いらないわ」
さとりはあっさりとそれを断るが、魔理沙は引かなかった。
「いや……さとり、とりあえず何かは食べておいた方がいいぜ……」
魔理沙はさとりの顔を見て、考えが変わった。
目元にはひどい隈、決していいとは言えない顔色、明らかにさとりの体調は優れていない。
軽くでも何かしらは食べておいた方がいいだろう。
「……そう、なら好きにしなさい」
すると、さとりはそう言って部屋を出ようとする。
──が、その途中でさとりは少しよろけた後、体のバランスを崩した。
「………」
次の瞬間、倒れそうになったさとりの体を魔理沙が腕で受け止めていた。
「……はぁ、大丈夫か?」
「……ええ」
さとりは小さくそう答えた。
「……肩貸してやるよ」
魔理沙はさとりの腕を自身の肩に回して、部屋から出ていった。
◆◇◆◇
「ここでいいか?」
ちょうど良さそうな長机と椅子を見つけた魔理沙は、さとりを席に座らせる。
(食材はあるし、飯は私が作ればいいか……)
「えーっと──」
台所はどこだったかと魔理沙が思い返していると、さとりが口を開いた。
「キッチンはあっち」
魔理沙が何か言う前に、さとりは指を差してそう言う。
「……わかった、少し待ってろよ」
そう言って、魔理沙は買ってきたものを持ってさとりが指を差した方へと歩いて行った。
「………」
少し気になって後ろを振り向くと、おとなしく席に座っているさとりの姿が見えた。
◆◇◆◇
料理を作り終えた魔理沙は、さとりのところへと戻って来た。
魔理沙はさとりの前に料理を置いてから、自身の分の料理が置かれたさとりの前の席に座る。
「いただきます」と言って、魔理沙は先に食べ始めた。
「……いただきます」
そう言って、少し遅れてさとりも食べ始める。
「……どうだ?口に合ったか?」
少し経ったところで魔理沙はそう聞く。
さすがの魔理沙も、あまり関わることのなかった人への手料理は少し不安に思うところがあるのだろう。
「……そうね、あなたが料理をできるなんて思わなかったけど……味は悪くないわ」
「そ、そうか……」
一言多いような気がする発言だったが、一応魔理沙は褒め言葉として受け取ることにした。
二人の食事は黙々と進んでいる。
しかしその静寂は気まずいと思えるものだった。
夢中になって食べているという訳ではなくて、ただ何も話していないだけ。
その状況に対して、魔理沙は最近あった出来事でも話して場を和ませようと考える。
「……そうだ、最近──」
「彩乃、ねぇ……それともアリスとやらの方のことかしら?」
しかし、彩乃やアリスのことでも話そうと思った矢先にそう言われる。
「ああ……両方……かな?」
とりあえず、二人のことでも話して場を繋ごうと魔理沙は思った。
────────
その後も色々と話題を出したのだが、やはりあまり会話は弾まなかった。
どの会話も、すぐに終わりを迎える。
途切れ途切れの会話と、食器の当たる音だけがこの場所に響いている。
そしてとうとう話題が尽きた。
……いや、正確には一つだけ残ってはいる。
だが、それを聞いて本当にいいのだろうか?
自分の中の何かがそれを止めようとしているのだ。
しかし、話す内容もそれ以外にはもう無いし、もしヤバかったら途中で止めればいいだろうということで結局そのことを聞くことにした。
「………なあ、さとり」
「……?」
魔理沙は声のトーンを下げ、改まってそう言う。
「お前……いつからこうなったんだ……?」
それはここに来てからどこか気になっていたこと。
ここに来るまでは何とも思っていなかったのだが、ここに来てからというものの、何だか言葉では言い表せない変な感じがする。
まあ、ここの衛生状況のせいかもしれないが……
それを差し引いても、だ。
思い返せば、いつからさとりがこうなったのかの記憶が無いように思える。
自然とさとりはこうであると、いつの間にか受け入れていたような気がする。
ただの気のせいかもしれないが、一応聞いておきたい。
「………それは……」
さとりの言葉が詰まる。
「私の記憶違いか……?」
記憶違いならそれでいい。
「何だか……」
大丈夫、たぶん私の勘違いだろうから……
「ここに……
それに対する返答を待っているその時だった。
「はぁ……はぁ……」という荒い呼吸音が聞こえてきた。
その音の発生源はさとりだった。
「さとり……?」
魔理沙はそう声をかけるが、反応はない。
さとりは手が震えていながらも、料理を食べる手を止めない。
そんなに美味しかったのか……とかそんなのではないことくらい誰にでもわかる。
どちらかと言えば、今さっきまで行っていた『食べる』という動作を機械的に繰り返しているだけに見える。
その証拠に、料理をうまく取れなかったために空気だけを口に運んでいる時がある。
「大丈夫か……?」
再びそう声をかけるが、さとりの耳には届いていないようだ。
手は震え、汗をかき、息は荒く、目の焦点は合っていない。
その目が見ているのは、手元の料理ではない。
震える目で、何もないところを見ているのだ。
到底普通とは思えない異様な光景。
こうなった原因なんてわかりきっている。
「……すまん……こうなるなんて思っていなかった……」
自分が、あんなことを聞いたせいだ。
恐らくその耳に届いてはいないだろうが、一度謝罪する。
とりあえず今はさとりを正気に戻さなければ……
そう思ったその時、食器の当たる音が聞こえてきた。
さとりの手元を見ると、皿にあった料理が無くなっていた。
──にも関わらず、さとりは食べる動作を続けている。
「嫌……」
すると、くぐもった小さな声でさとりが何かを発した。
「ごめんなさい……」
「許して……」
「お願い……」
「もう……」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
これはまずい、そう思った魔理沙は身を乗り出し、さとりの肩を掴む。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「さとり」
肩を揺らしながら、魔理沙は呼び掛ける。
しかしさとりは変わらずだった。
「さとり……」
もう一度同じことをする。
いや、戻るまで何度でも繰り返す。
「さとり」
「さとり!!」
何も反応がないことへの焦りからか、魔理沙は思わず叫んだ。
「──っ⁉」
すると、それが功を奏したのか魔理沙のその叫び声でさとりは我に返った。
自分でも何が起こったのか分かっていないのか、さとりはキョロキョロと辺りを見回した後に魔理沙のことを見た。
「大丈夫か……?」
「……え、ええ」
魔理沙が声を掛けると、さとりは震える声でそう返した。
改めてさとりを見ると、額に汗をかき、顔は青白く、体調が悪いであろうことが一目でわかるような状態だった。
「……なあ、さとり」
「お前……本当に大丈夫なのか?」
改めて、そう聞く。
(今さっきまでもう何もない皿をずっと……目も全く焦点が合っていなかった……それに、何かぶつぶつ言って……)
(一体、何が……)
さとりの『大丈夫』の言葉は痩せ我慢としか思えないのだが──
「大丈夫」と、さとりはもう一度そう言った。
「少なくとも、今は落ち着いたから……」と、さとりは付け加える。
「それよりも、少し疲れたから休んでいいかしら?」
「あ、ああ……食器は片付けておくよ……」
休んでくれるならそれでいいかと思い、魔理沙はそう答えた。
そうして、さとりは席を立って部屋へと歩いて行った。
かなり久しぶりですね……
まず始めに、私が別枠で上げていた滅失録の前日譚「私が光となれたなら」の方が先月最終回を迎えました。
そこからかなり日が空いてしまったこと、お詫び申し上げます。
前日譚をご覧になっていない方がおりましたら、気が向いたら見ていって下さい。
感想、コメント等お待ちしてます。