幻想滅失録   作:メイア・カルテシア

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そういえば前回で合計30話でしたね。
ここまで見てくれている皆様、ありがとうございます!!


底無しの闇

『ねえ、お姉ちゃん』

 

うるさい

 

『どこに行くの?』

 

やめて

 

『聞いてるのー?』

 

お願い

 

『お姉ちゃーん?』

 

さとりは耳を強く塞いだ。

塞ぐその手で耳が少し痛くなるくらいに。

 

何も、入ってこないように……

 

何も、聞こえないように……

 

 

強く、強く耳を塞ぎ、目も閉じる。

聞きたくない、見たくもない。

 

聞こえる声は私を責め立てる。

 

見えるそれは私を苦しめる。

 

 

謝った

 

願った

 

懇願した

 

慈悲を乞うた

 

言われた通りにしたこともあった

 

苦しかった

 

怖かった

 

痛かった

 

責めらた

 

罵倒された

 

何回も、何回も、何回も……

 

 

何で?

 

どうして?

 

私が何かしたの?

 

教えて……

 

 

あなたは誰なの?

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

それはある日突然現れた。

 

 

 

 

「………」

あの日、私はただボーッとあの部屋の扉を見つめていた。

 

 

この部屋、何だっけ……

 

そこにあるのは自分の記憶にない部屋への扉。

 

でも何故だろう……

私はこの部屋を知っている気がする。

 

この部屋が何かを知りたい。

なのに、足は動かない。

 

震えていた。

足はガタガタと震えて、動かなかった。

 

怖かった。

その部屋の中を見るのが、怖かった。

 

ただ扉を見つめているだけで頭が痛くなる。

この部屋に何があるのかを知りたい好奇心と、それを止める私の中の理性のようなものが争っている。

 

 

その二つの争いは別の何かによって終わりを迎えることになった。

体は何かに導かれるように勝手に動き、気付いた時には私はその部屋の中にいた。

 

 

 

その部屋に入るなり、不思議な感覚が私を襲った。

それと同時に、私は心の底から後悔した。

 

 

そこにあったのは、生活感の残る奇妙な部屋。

 

その部屋には自分の部屋にある物の色違いや、全く同じ物、それだけでなく私の部屋には無い物まであった。

まるで誰かがここに住んでいたのかと思えるほどの、生活感溢れる部屋。

 

 

何も言葉が出なかった。

その部屋を見ての感想さえ浮かばなかった。

 

 

その部屋に入り、一通りその部屋を見渡した時のことだった。

突然、とてつもない頭痛に見舞われた。

同時に体中から力が抜け、私は膝から崩れ落ちた。

 

息切れを起こし、冷や汗がダラダラと流れ、溢れ落ちた汗が床に染みを作っていくのが見える。

猛烈な目眩によって吐き気を催し、それを我慢して飲み込むと、胃液の味が喉を伝うのを感じた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

立ち上がれずにいたその時だった。

視界の端に、黒いモヤが現れた。

 

その黒いモヤに目を向ける。

 

次第にそのモヤが晴れていき、最初は何なのか分からなかったそれの姿が露になっていく。

 

少しすると、モヤの中から足が見えてきた。

さとりは恐る恐る頭を上げて、その姿を確かめようとする。

 

 

「──ッ⁉」

 

 

その顔を見た時だった。

私は言葉にもならない叫びを上げていた。

 

 

こうなる前に引き返しておけばよかったと、後になって思った。

その顔を見る前に、気分が悪くなった時点で部屋を出ていれば……

 

後悔先に立たず──

ただそうとしか言えない。

 

 

私が見たのはまるで子供がクレヨンで書き殴ったかのような黒に覆われた顔を持つナニか。

口元は見えるものの、目元は見えずどんな顔なのかの識別は難しい。

 

しかしまさかその姿が、ここまで脳裏にこびりつくとは思いもしなかった。

まるで焼き印のように、それ(・・)は私の脳に焼き付けられることとなった。

 

 

私はすぐに頭を抱えてうずくまった。

 

怖かった。

ただただ怖かった。

 

訳のわからない恐怖に駆り立てられて、無意識にそうしていた。

「ごめんなさい」

その言葉が口から漏れる。

 

カチカチと、歯と歯が当たる音が聞こえる。

目を瞑り、体を震わせて怯えていた。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

謝った。

とにかく謝った。

謝れば許してもらえると、そう思っていたのだろうか?

 

「お願いします……」

 

「許して……」

 

「ごめんなさい……」

 

「嫌だ……」

 

「ごめんなさい……」

 

「許して……」

 

「お願い……」

 

「こいし……」

 

「ごめんなさい……」

 

「謝るから……」

 

ぶつぶつと、何度も何度もそんな言葉を言っていたところまでは覚えている。

 

 

しばらくして、私は気を失った。

 

 

────────

 

 

次に目を覚ました時、私は何かを食べている最中だった。

 

「……?」

ゴクリと、今口に含んでいるものを飲み込む。

 

随分と変な舌触りと喉越しがした。

生暖かい生肉を食べているような感じに加えて、何か糸のようなものがその肉に絡み付いているようだった。

 

私はふと、手元の皿を見た。

 

 

すると、赤いスープの中から虚ろな目で猫がこちらを見ていた。

 

 

────────

 

 

口に水を注ぎ込み、吐き出す。

何度も、何度も、何度も。

 

血生臭いキッチンのシンクへと、水を吐き出す。

味は取れても、その感触は取れてくれない。

 

こびりついた食感がその味を思い起こし、味を落とすためにまた口をすすぐ。

 

忘れろ

 

考えるな

 

頭の中でそう念じ続ける。

 

(どうすれば……)

(どうすれば忘れられる?)

 

『頭を打ち付けたらいいんじゃない?』

 

なるほど……そうか、それは思い付かなかった。

私は一歩、二歩と下がり、丁度いい位置で──

 

 

シンクの縁に向けて、頭を振り下ろす。

 

 

────────

 

 

「………」

『そうそう♪良くできました~♪』

 

言われた通りに結べたことを褒められ、少し気分が良くなる。

 

『じゃあ次は、あの輪っかに頭を通そうね~』

 

そう言われ、私は台の上に立って輪に頭を通す。

 

『さあ、その台を蹴っ飛ばして♪』

 

私は思いきり、台を蹴っ飛ばす。

すると、体が一瞬宙に浮き、直後に重力によって下へ引っ張られる。

 

 

 

 

「──グッ……⁉」

私は足をバタつかせて抵抗しようとするが、足を動かす度に縄が首に食い込む。

 

「ウッ……アァ……」

段々と視界が暗くなっていく。

 

 

その時、頭の中に何かが流れ込んできた。

 

「──ッ!!」

完全に意識を手放す直前、私は体を宙に浮かして首が絞まるのを止める。

天井と結ばれている縄を弾幕で焼き切り、地面に降りる。

 

「ハァ……ハァ……」

私は一心不乱に息を吸い込む。

まだ首に残っている感触で息苦しくなる。

 

 

何を……していたの……?

頭の中に疑問が浮かんでくる。

 

私は……死のうと……していたの……?

自ら命を絶とうとしたことへの困惑と、後少しでそれが成されていたことへの恐怖からくる疑問。

 

何で……?

 

ど──

『ねえ、何でやめちゃうの?』

「──ッ⁉」

 

『何してるの?最後までやらないとダメでしょ?』

冷たい声が聞こえてくる。

思い通りにならなくて、不服そうな声が耳に入ってくる。

 

「ご、ごめんなさい……」

不意に、謝罪の言葉が出てきた。

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

私は何度も自分を傷つけた。

 

何度も死のうとした。

 

その度に、何かが私にブレーキをかける。

 

『ねえ、何回目?いつになったらちゃんと死ぬの?』

耳を塞ぎ、その言葉を聞かないようにする。

 

 

 

それ(・・)の言葉は甘かった。

甘く甘く、まるではちみつのように甘いものだった。

 

 

その言葉を聞けば、体がスーッと軽くなった。

 

その言葉を聞けば、悩みが全て吹っ飛んだ。

 

その言葉を聞けば、心が満たされた。

 

その言葉は実に心地よかった。

その言葉を聞いていれば、何もかもどうでもよくなるように感じた。

その言葉は私の中の欠けたものを満たし、充足感に包んでくれる。

その言葉は私の全てだった。

 

それに従っていれば、何も恐くない。

生きたままの動物を食べることも、自分の体を傷つけることも、何ともなかった。

それが美味しいと言えば、美味しく感じた。

それが怖くないと言えば、怖くなかった。

 

それは私を導いてくれた。

私に何も考えなくていいと言ってくれた。

 

それに従っていれば幸せ……の、はず。

 

 

私が目覚める時は……いつも、苦しかった。

 

死ぬ直前になって、初めて何かが私を叩き起こしてくる。

 

夢の終わりを告げる目覚まし時計のように、死の苦しみが、痛みが、私を叩き起こす。

 

 

痛い

 

苦しい

 

 

私の頭に残るのはその記憶だけ。

夢のような幸せな記憶はあれが全部持ってっちゃう。

 

返してと言っても、聞いてはくれない。

 

返してくれるのはあれに従っている間だけ。

盲目的にそれに従って、妄信的にそれを信じていれば、私を甘い夢で酔わせてくれる。

ちゃんと言うことを聞いていれば、あれは私を満たしてくれる。

 

でもその後にくるのは苦しい苦しい目覚め。

 

 

その度に縋りたくなる。

私を夢心地にしてくれるそれを求めてしまう。

 

 

言われたものを食べた。

 

言われたことをした。

 

言われた通りに動いた。

 

 

なのに……何で……?

 

何で苦しみを残して行くの?

 

何で痛みを焼き付けるの?

 

何でそんなことを言うの?

 

 

苦しみが、痛みが私に恐怖を刻み、それを避けさせる。

味わいたくない苦痛と、酔いしれたい声が、私を滅茶苦茶にする。

もう本来の自分すらも見失ってしまった。

 

私に残ったのは幻影と傷痕のみ。

酔いしれ苦しみ、私は他者に冷たい言葉を吐き捨てる。

そうしないと、自分というものを保てなかった。

 

憎かった、何も苦しんでいないやつらのことが……

妬ましかった、幸せというものをありのまま噛み締められるということが……

 

私だけが苦しむ。

私には幸せをそのまま与えてくれない。

 

 

どうして?

教えて……

 

 

お願い……

 

 

こ──

 

 

────『また私に聞くの?』────

 

 

「………」

 

『ねえ、お姉ちゃん』

それはまるで諭すように話しかけてきた。

 

『何度私に聞くの?』

「それは……」

 

 

『都合のいい時だけ聞く癖に、肝心な所で無視する愚姉に、何で教えないといけないの?』

 

『言ってるよね?お姉ちゃんは図々しいクズだって』

 

『まさにその通りでしょ?』

「………」

 

『死ねって言ってるのに、死なない。言うことを聞けと言っても聞かない。そのくせ自分では分からなくなったら教えろだの……もしかして本当に自覚無いの?』

『本当に救いようがないね、そんなだからこうなってるんでしょ?何度言ったら分かるの?』

 

その時だった。

プツリと、何か糸のようなものが切れた気がした。

 

『私はお姉ちゃんの為に言ってるんだよ?私は「黙って」

 

私の口から、勝手にその言葉が出ていた。

 

『また「黙れ」

 

 

「分かってるわよ……それくらい……図々しくて、どうしようもないクズだなんてこと……私の方が分かってるわよ!!」

 

私は何を言っているのだろう?

 

「そっちこそ幻覚(・・)のくせして知った風に語ってんじゃないわよ」

 

何を今更、こんなことを言っているの?

 

「どうせ私の記憶か何かから読み取ってんでしょ?なのに物知りぶるの?」

 

でも……一度くらい、いいよね……

 

「ハッ、それはあなたが物知りなんじゃなくてわたしが物知りなだけよ」

「あなたはただ私の記憶から読み取った知識でイキがっているだけなのよ」

 

「そのくせして私より偉いとか思っているの?」

 

 

「本当にみっともないわよ?」

 

「そんなんでよく私のことを色々言えるわね……」

 

「結局あなたも私と同じなのよ」

 

 

「同じくらい図々しくて、同じくらいバカなのよ」

『はあ……何かと思えば八つ当たり?』

 

『いくら言ってもお姉ちゃんが私のお人形だったことは変わんないんだよ~?』

「私がお人形?だったら糸引いて操ってみなさいよ」

 

さとりは足の力を抜いて、床にへたり込む。

「ほら、やってみなさいよ」

『はあ……お姉ちゃんって、本当に面倒くさいね』

 

 

『ああ言えばこう言って……それで自分が強い立場にいると思っているの?』

『お姉ちゃんが今やっているのはただの強がりだよ?』

 

『無理して強がって、それで何か変わると思ったの?』

『強がってても、お姉ちゃんはな~んにも変わらないんだよ』

 

『その強がりも、結局自分の首を絞めているだけ』

 

『お姉ちゃんの言葉は誰に向けた言葉なの?』

 

 

『周りを見なよ、誰もいないでしょ』

 

 

『それはただの独り言。お姉ちゃんが勝手に自分を罵倒して、勝手にそれに反論してるだけの滑稽なもの』

 

 

『ただの幻覚、たかが幻覚』

 

『私とお姉ちゃんは同じ』

 

『すごいね~、よくわかってるね~』

 

『で?それで?だから?』

 

『それが分かってどうするの?それを言ってどうしたいの?』

 

『な~んにもない♪それはただ自分の考えを言っただけ、それ以上でもそれ以下でもない自問自答』

 

『気は済んだ?』

 

『それともまだ分からない?』

 

『お姉ちゃんはひとりぼっち、周りには誰もいないし、誰も近寄らない』

『孤独で無力で無意味な存在』

 

 

 

『でも安心して、私がいるよ』

 

『ずーっと、ずーっと側にいるから、お姉ちゃんが朽ち果てるその時まで、一緒に居てあげる』

 

『私ならお姉ちゃんの孤独を埋められる』

 

『私ならお姉ちゃんの力になれる』

 

『私ならお姉ちゃんを解放してあげられる』

 

 

『もう一度やり直そう?』

『今度は大丈夫だから』

 

『だから、安心して私に身を委ねて?』

 

「………私……私は……」

『大丈夫、私の言う通りにしていれば、何も辛いことはないよ』

 

「それでも……」

『これはお姉ちゃんの為なの』

 

 

「私は……」

さとりは床に伏せた。

 

 

「は、ハハ……はぁ……」

乾いた笑いとため息が漏れ出る。

 

私は……何をしていたんだろう?

あんなこと言って……

気が動転してたのかな……?

とうとうおかしくなっちゃったのかな?

いや……それは元からか……

 

結局無駄だった。

何をしても意味は無かった。

突然湧いてきた勇気のようなものに頼ったところで何も変わらなかった。

結局こうして何かに縋りたくなっただけ。

 

縋るしかない、私にあるのはそれだけだった。

私の手綱を握るのは、そこにいる幻覚(それ)だった。

 

 

何も変わらない。

何も変えられない。

 

「………」

 

 

もう……いいかな……

 

 

疲れた……

 

 

何度も何度も苦しむのも……

 

何度も何度も抵抗するのも……

 

 

……疲れた

 

 

もう、嫌だ……

 

楽になりたい……

 

『さ、お姉ちゃん』

それはさとりへ手を差し伸べる。

 

「………」

その手を取ることも考えたが、それとは別の考えが私の中に浮かんできた。

 

 

いや……そうか……

 

何も、これに頼る必要なんてない。

 

死ぬなんて、自分一人でも出来ること。

 

それをこれは教えてくれた。

 

 

どうせ私は一人なんだ。

いなくなったところで誰も困らない。

 

 

ほんと……どうしたんだろう私……

 

すごく気分がいいような、悪いような。

どちらでもないような……

 

何だか……何もかも、すごくどうでもいい……

 

きっとあの時、私の中の壊れちゃいけないナニかが壊れてしまったのかもしれない。

ここまで耐えてきた何かがついに耐えきれなくなってしまったのだろう。

だけど、そんなこともどうでもいい。

 

それに……今なら、死ねる気がする。

何だか、怖くない。

むしろ死にたいと思っている。

 

なら……

 

 

「ニャー」

その時、うずくまるさとりの頭のすぐ側からそんな鳴き声が聞こえてきた。

「……?」

さとりが頭を上げると、そこには一匹の黒猫がいた。

 

 

「お燐……?」

猫はさとりへと近づき、さとりの頭へその小さな頭を擦り付ける。

 

優しく、そっと撫でるように──

「………?」

 

まるで我が子のように猫は擦り続ける。

「なん……で……?」

 

 

「わた……私……あなたの……」

さとりには猫がこうする理由がわからなかった。

 

この猫に何かしてあげた覚えはない。

むしろその逆──

 

この子と一緒にいた猫たちを私は食べた。

 

 

猫のその行動に困惑していると、バサバサと何かが飛んでくる音が聞こえた後、さとりの視界が何かで塞がれる。

「……?」

視界を塞ぐものを手に取ると、それは黄色のリボンがついた黒の帽子だった。

 

帽子を被せてきた張本人は猫の隣に降り立つ。

 

「お空……」

猫の隣に降り立った一羽のカラスはじっとさとりを見つめている。

その目は雛を見守る親鳥のよう。

 

「………」

この子だってそう。

たくさん酷いことをした。

 

それなのに、そんな目で見るのは何故?

あなたたちは何故、私を……

 

 

サードアイがその理由(わけ)を見ようとするが──

 

 

私はそっと、サードアイの視界を塞いだ。

 

何故か、分かるような気がした。

サードアイ(こんなもの)に頼らずとも、それは伝わってきた。

 

鮮明な灯りは要らなかった。

今はただ、このぼんやりとした温かな光を抱き締めていたかった。




ただの幻覚故に端から見るとさとりが一人でぶつぶつ言っているようにしか見えないという……
感想、コメント等お待ちしてます。
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