俺たちはずっと一緒だった。
風が吹こうと、雨が降ろうと、雪が積もろうと、俺たちは二人で乗り越えた。
俺たちに親はいない。
気付いた時には俺とフェイラの二人だけだった。
きっと、捨てられたのだろう。
それでも、寂しくはなかった。
フェイラが居てくれるだけで、寂しさなんて吹っ飛んだ。
俺たちが居たのは貧民街の一角。
寝床となる家が無ければ、食うものも無い。
ぼろ雑巾のような布の服は、当然寒さなんか防いでくれない。
瓦礫の枕で寝て、泥水で喉を潤す。
誰かの残飯を漁って、雑草をむしって、日々食い物とは思えないもので腹を満たした。
「悪い……こんなものしか無かった」
「ううん……大丈夫、今半分に分けるから……」
「いい、お前が食え」
「でも、それじゃあ……」
「大丈夫だ、明日はもっといいのを見つけるからな」
何も食えない日なんてざらにあった。
腹一杯、食わしてやりたかった。
不自由なく、暮らさせてやりたかった。
ちゃんとした家に、住ませてやりたかった。
そのためなら、この身を捨ててもよかった。
ある日の事だった。
俺たちに転機が訪れたのは──
「お前、戦えるか?」
こんな場所には似つかわしくない綺麗な装いの男がそう聞いてきた。
頭がおかしいのかと思った。
こんな痩せ細った奴が戦える訳がない、肉壁にすらならない。
そんなこと、俺でもわかった。
だが、それはこんなゴミ溜めから出られる契機だった。
戦えば、金が貰えるかもしれない。
日銭があれば、もっといい暮らしができる。
こんなまたとないチャンスを、俺は逃せなかった。
「それで?どうだ、戦えるのか?」
「……条件がある」
こんな奴に頼むくらいだ。
世程切羽詰まってるか、何かしらの訳があるのだろう。
多少なりとも、融通が利くだろう。
妹の生活を保障するのと引き換えに、俺はその話に乗った。
男に連れられ、俺は戦えるように色々と教え込まれた。
どんな苦痛があろうと、俺は耐えた。
これで妹がいい暮らしをできるのなら、そう思って耐えてきた。
それから俺は男に言われた奴を殺すようになった。
言うなら殺し屋なのだが、これは少し違う。
後から聞いた話なのだが、男はどこかのお偉いさんと繋がりがあるらしい。
つまり俺はそのお偉いさんにとって邪魔な奴を殺して、もしもの時は簡単に切り捨てられるような奴になってしまったということらしい。
だが、それでもよかった。
知らない奴を殺そうと、妹が無事ならばよかった。
──のだが。
「お前……何で……?」
ある日男に二人での殺しを依頼され、相方となるそのもう一人に会いに行った。
だが、そこに居たのは──
「フェイラ……」
今頃どこかで平和に暮らしているはずの妹だった。
「……えっと、その」
フェイラは気まずそうにしていた。
俺も何を言ったらいいのか分からなかった。
「……兄貴想いのいい妹じゃあないか」
その様子に見かねたのか、そんな中声を発したのはあの男だった。
「こいつが自らお前と一緒に戦いたいって言って来たんだ」
「ってことで今回はお前らで殺れ」
そんな適当な言葉で済まされようとした時は流石に頭にきた。
「あの嬢ちゃんは運がいいねぇ」
「ん?どういう意味だ?」
あの後、二人で話したいと言われ俺は男に連れ出された。
「あいつは用済みだと思ったらすぐさま消すタイプでねぇ、時期的にあの嬢ちゃんがそうなってもおかしくはなかった」
「でも、嬢ちゃんに殺しをする気があるなら当分は大丈夫だろうな」
「あんた……何でそのことを……」
「聞かれてねぇからな。あと、嬢ちゃんの生活援助は俺の仕事じゃねぇ」
「……あんたに言っても無駄か」
「そういうこった」
「なあ、ラクルス」
「……?」
「お前、親がどんなやつかは覚えてるか?」
男は唐突にそう聞いてきた。
「……いや、全く」
「そうか……」
「それがどうかしたのか?」
「……不思議に思ってな」
「あの嬢ちゃんは才能がある。ああ、才能って言っても殺しの才能じゃねえぞ」
「
「あの嬢ちゃんはお前より天使の血が濃い」
「あれなら、貴族レベルはないとしてもそこそこの暮らしは出来たはずだ……」
「なのに何で手放したんだろうなって、気になってな」
「……さあ、居るだけで邪魔だったんじゃないですか?」
「………」
「ラクルス、お前の妹は護身術くらいはできてもそれ以外は大したことねぇ。距離を詰められたら、嬢ちゃんは一巻の終わりだ」
「だから、妹はお前が守れ」
「……そんなこと、言われなくても」
「そして、お前のことは妹が守ってくれる……」
「……?」
「嬢ちゃんの力があれば、お前たちはそう簡単にはやられん」
「あの嬢ちゃんが一番輝く場所は──」
────────
(後衛……)
(あの後ろの翼の生えた奴の仕業だな……)
彩乃はラクルスの後ろにいる者に目をやる。
彩乃は体を傾け、飛んでくるものをかわす。
(先程与えた攻撃の傷はもう治ったか……)
(後ろのあいつは完全に援護に集中している。恐らく、前にいるこいつの身体能力の強化、耐久力の向上、傷の回復を常に行っている)
身を低くして、横に薙ぎ払うように飛んできたそれを避ける。
長い鎖に、先端に付いている刃物を使ってラクルスは攻撃を仕掛けているのだが、彩乃は飛んでくるそれを軽く避ける。
(何なんだ、こいつ……涼しい顔して避けやがって……)
「フェイラ、少し下がってろ」
ラクルスは彩乃に聞かれないよう小声で言う。
「わかった……」
それにフェイラも小声で答える。
ラクルスは彩乃に向けて思いきり鎖を飛ばす。
それを彩乃は体を反らしてかわす。
鎖はかわされるもそのまま直進を続け、その先にあった木を先端に付いている刃物が突き抜ける。
「っ……」
ラクルスは力いっぱい鎖を引き、その先にある木ごと自身に引き寄せる。
「へぇ……」
彩乃は弾幕を放ち、鎖によって引き寄せられている木を粉々にする。
それと同時、彩乃に向けて鎖のもう一端が接近する。
彩乃はそれをギリギリで避け、ラクルスに弾幕を放つ。
「チッ……」
防ぐものが無かったラクルスはそれに直撃し、後方へ吹き飛ばされる。
「お兄ちゃん……」
その光景に、フェイラが声を漏らした。
(
加護は私にできる最大限の手助け。
この力があれば、お兄ちゃんを守れる。
けれど、常に加護を維持するためには集中しなくてはいけない。
それに加えて私の力量では加護を与えられる距離に限界がある。
故に私は常に無防備となる。
私も、戦えたらよかったのに……
私がお兄ちゃんを護り、お兄ちゃんが私を守る。
私たちは常に、二人で乗り越えてきた。
今回だって、勝ってみせる。
私たちで──
『
ラクルスは鎖を振り下ろし、刃物を地面へ突き刺す。
その直後、ラクルスの持つ鎖に青い電流が迸る。
「──!」
彩乃はすぐに飛び上がる。
その瞬間、凄まじい轟音と共に地面を電流が駆け巡り、周りにあった木を一瞬にして黒炭へと変える。
ラクルスはかわされたことを確認すると、すぐさま鎖を引いて刃物を引き抜き、間髪入れずに攻撃を続ける。
『
彩乃との距離を詰め、電気を纏った鎖を自身の周りに展開するように高速で動かす。
彩乃は後ろに下がりそれをかわすが、ラクルスは追い討ちをかけるようにすぐさま鎖を彩乃に向けて飛ばす。
だが、その攻撃は彩乃に当たる前に止められる。
「なっ……」
電気が迸る鎖を、彩乃は素手で掴んでいた。
彩乃が掴んだ鎖を引っ張ると、予想外の出来事に困惑していたラクルスがそれにつられて引き寄せられる。
引き寄せられたラクルスを彩乃は蹴り上げ、浮き上がったラクルスの体を続けざまに蹴り飛ばす。
「クッ……」
(決着がつかねぇ……こっちには加護があるから何とかなっているが、このままじゃあジリ貧だ……)
(こっちには加護があるんだ。多少の無茶はできる……)
ラクルスは鎖を引き寄せ、先端の刃物を手に持つ。
彩乃もナイフを持ち、ラクルスの方へと歩みを進める。
(この違和感は何……?)
一方、その様子を見ているフェイラは違和感を抱いていた。
(お兄ちゃんがダメージ覚悟で一撃与えようとしていること?)
フェイラはラクルスのことを見るが、ラクルスからは違和感らしきものは感じられなかった。
(違う……お兄ちゃんじゃない……)
(だとしたら、あいつ……?)
次にフェイラは彩乃の方を見る。
そこにいるのは、ナイフを片手に変わらない涼しい顔をした奴の姿。
「………っ」
それを見て、フェイラは違和感の原因がわかった。
(おかしい……あいつ──)
(余裕すぎる……)
お兄ちゃんには私の加護がある。
そう簡単に破れるとは思えない。
あいつがお兄ちゃんに与えたダメージだって、もう治った。
ならばどうして?
何か策があるの?
それとも……
「──っ⁉」
(まさか……何で……⁉)
ダメ……待って──
何で……加護が消えてるの⁉
(この一撃で突破口を見つける。一撃くらい喰らっても問題はない……覚悟を決めろ……)
ラクルスはタイミングを見計らい、その時を待つ。
彩乃はある程度近づいたところでナイフを構え、すぐに間合いを詰める。
(こいッ……!!)
ドスッ、という鈍い音がこの場に鳴り響いた。
「……は?」
────────
俺たちは全てを失った。
文字通り、全てを……
全てを壊され、何もかもを失った。
「そうだな……」
「お前が死ねば、その女を殺す。その女が死ねば、お前を殺す」
「お前らは片割れがいなくなれば、もう片方に価値などないからな」
俺たちは奴のことを許さない。
いつか必ず殺す。
全てを奪った、奴のことを──
「生かしてやるだけ感謝しろ」
絶対に殺してやる。
────────
「うっ……」
彩乃がナイフを引き抜くと、その者は呻き声を上げて後ろに下がる。
「フェイラ!!」
ラクルスはそう叫んで、自身の方へと倒れてくるフェイラの体を受け止める。
「フェイラ……おい、フェイラ!!」
「何で……おい、返事しろ!!」
ラクルスは必死に叫ぶ。
「よかった……」
「え……?」
そんな言葉が聞こえたと思うと、ラクルスの体は押し飛ばされていた。
「逃げて!!」
フェイラは必死に叫んだ。
「うっ──!!」
その直後に、フェイラの脇腹に激痛が走る。
「グフッ……」
フェイラの口から血が溢れ出す。
「そんなこと……」
「お願い……お兄ちゃんだけは……生きて……」
お兄ちゃんがいっぱい苦しんだことは知っている。
お兄ちゃんが私のために、いっぱい無理をしていたことも知っている。
だから……だからこそ……
お兄ちゃんには、私にしてくれた分だけ……
幸せに……なってほしかった。
だから……逃げて……
「お願い……」
「フェイラ……」
その目は知っている。
その目は……
あの日、お前が一緒に戦いたいと言った日と同じ──
フェイラが本気でやりたいと思っている時の目だ。
「クソッ……」
俺は背を向け、走り出した。
「──あ、逃げた……」
ありがとう、お兄ちゃん。
私……お兄ちゃんの妹で、本当に良かった。
ラクルスの背を見るフェイラは、微かに微笑んでいた。
────────
壊される時は、いつだって理不尽だ。
俺はまた生きた。
俺はまた生かされた。
あの時も、そして今も……
何で俺を助けるんだ?
どうして犠牲になってまで生かそうとするんだ?
どうして……俺なんかを……
ひたすらに走るラクルスの目に、涙が浮かぶ。
守れなかった。
あれだけ守ると言っておきながら、背を向けて逃げている。
結局、守られていたのは俺の方だったのか……?
「あああぁぁァァッ!!!!」
頭にいろんな想いが駆け巡る中、つんざくような悲鳴が聞こえてきた。
思わず振り返りそうになる。
フェイラが逃げろと言ったんだ。
ここで戻ったら、その思いを無駄にすることになる。
だけど……
だけど……
痛々しい悲鳴が、頭の中で反響している。
その悲鳴が胸を締め付けてくる。
ラクルスは静かに歯を食いしばる。
ごめん……
ごめん……フェイラ……
ごめん……
────────
フェイラの指はへし折られ、左肩は今にも引き裂かれようとしている。
「あ、お帰りー」
その存在に気付いた彩乃が、手を振ってそう言う。
「フェイラァァァッッ!!!!」
ごめん、フェイラ……
俺には……できない……
ちなみに、ラクルスはもともと片翼でしたが、貧民街にて食べられそうな物を探している時に、別の飢えた人と揉めてその時に剥ぎ取られました。
羽は掛け布団として丁度よかったので、それ以降の冬はフェイラの翼で暖まることになりました。
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