私は猫舌なので冷たい飲み物派です
フゥーと、一度息を吐く。
息は白く、瞬く間に空気中へと消えていく。
地面にヒビが入る程に力強く踏み込み、一気にその距離を詰める。
「──っ」
拳を握り締め、彩乃は勢いよくその拳を振り下ろす。
その拳は地面に振り下ろされ、氷でできたその表面を盛大に砕く。
ツドラはその場から飛んで離れ、すぐに氷を放つ。
彩乃は砕けた氷を使っていくらかその攻撃を打ち消しながら避ける。
攻撃が避けられたのを見ると、ツドラは氷の地面へ急降下し、地面から無数の氷を槍のように突き上げる。
元から氷が張られている地面では、どこから氷が出てくるかが分かりづらい。
彩乃はツドラから距離を取りつつ、弾幕を放ち着地した直後のツドラを攻撃する。
弾幕は氷を砕きながらツドラへと接近する。
それに対し、ツドラも弾幕を放ち相殺する。
弾幕同士がぶつかったことによって生じた爆発が周囲の氷を砕き、爆風と共に飛び散る。
その中を突っ切って、彩乃が間合いを詰めてくる。
ツドラは即座に拳を握り締め、迎え撃つ。
タイミングを見極め、彩乃目掛けて瞬時に振り下ろす。
「──っ⁉」
しかしツドラの拳が捉えたのは、人の頭蓋ではなく氷の地面。
すぐに敵の居場所を探そうとすると同時、左腕を中心に衝撃が身体中を駆け巡る。
そのままツドラの体は吹き飛ばされ、地面を何回かバウンドするもすぐに体勢を立て直し、氷の塊を飛ばす。
飛ばした氷は軽々と避けられてしまったが問題はない。
彩乃は再びツドラへ接近し、攻撃を仕掛けようとする。
その時にツドラは自身の翼を大きく広げ、地面に打ち付けるように羽ばたかせる。
彩乃はその動作を見て即座に離れると、直後にツドラを中心として円形に氷が広がる。
そのままツドラは羽ばたいた勢いを利用して、空へ飛び上がる。
無数の氷塊を生成し、無差別かつ広範囲に放つ。
氷塊は氷でできた地面に降り注ぎ、その氷を砕いていく。
それにより、足場がどんどん悪くなっていく。
だがそんなことはお構い無しに、彩乃はツドラのいる高さまで飛び上がると、そのままツドラを蹴って地面へ打ち落とす。
大きな衝突音を立てながら氷へ突っ込んだツドラに追い討ちをかけるように、彩乃がツドラ目掛けて勢いよく降ってくる。
ツドラを足場に、砕けた氷の中へと突き進む。
勢いが収まれば、ツドラを蹴り上げ浮いたその体を蹴り飛ばす。
吹き飛んだツドラの体は突き出た氷に叩きつけられ、重力によって地面に落ちる。
「ゴフッ……」
口から血が吹き出てくる。
視界がぐらぐらする。
そんな状況が、ツドラの思考を巡らせる。
何で……こんな……
負ける?
私が?
人間に?
頭に浮かんでくるのは、敗北の言葉と──
自分の嫌いな奴らの姿。
あの悪魔共と同じだと言うの?
私が?
死ぬの?
ここで?
折角、生き延びたというのに?
このまま死ぬの?
あいつらと同じだと言うの?
呆気なく死んだあいつらと……
自身よりも下だと見くびって、みすみす逃がしたあいつらと?
逃がして……
ツドラの中でそれが引っ掛かった。
あの二人は敵を逃がしてしまったが、死んではいない。
だが、今の自分はどうだろうか?
人間に殺されそうになっているではないか。
それはもう、そう言っているようなものではないのか?
……
ふざけないでよ……
私を……
あいつらよりも下だって言うの?
ツドラの手に、力が戻っていく。
悪魔よりも……下だって言うの?
腕に力を入れ、上半身を起こす。
あんなゴミよりも……下だって言うの?
足に力を入れ、ツドラは立ち上がる。
認めない……そんなこと……
絶対に……認めない。
私は悪魔なんかよりもずっと優れてる。
あんなクズやゴミのような奴らよりも、ずっと優れてる。
それなのにあいつらよりも下だなんて……
私があんな奴らよりも下な訳がない!!
認めない
認めない
認めない
認めない
認めない
認めない
認めない
私は天使だ。
穢れなどない。
ずっと高潔で、ずっと高貴で、ずっと優れている!!
どんな種族よりもどんなやつよりも、ずっとずっと素晴らしい存在!!
ふざけるな。
人間如きが、私に泥を付けるか?
私に膝をつかせるか?
私に地面を這わせようとするか?
あり得ない。
あり得てはいけない。
地面を這うのはお前だ、断じて私ではない!!
殺す。
殺してやる。
何としてでも殺す。
ツドラにある意地とプライドが、彼女の体を突き動かす。
ツドラの目に、決意が灯る。
殺意と信念の入り交じった瞳が、そこにはあった。
「フゥー……」
ツドラは深呼吸をして、息を整える。
次の瞬間に、ツドラは動いた。
砕けた氷を伝い、蛇行するように移動する。
飛んでくる弾幕をかわし、速やかに接近する。
「『
腕を振り、彩乃目掛けて薄く鋭い氷の刃を飛ばす。
彩乃は体勢を低くして、その刃を避ける。
(動きが……変わった?)
その攻撃を見て、彩乃はそう思った。
先程までの、こちらを見下して自身の方が上であると確信しているかのようなものではない。
何がなんでも勝つという執念が、そこにある。
彩乃は低くなった姿勢のまま、ツドラへ足払いをする。
ツドラは軽く跳んで足払いを避け、氷を彩乃のいる位置に生成する。
当たった感触はない。
そう認識した瞬間に、後ろに気配が現れる。
「──っ⁉」
ツドラは咄嗟に腕に氷を纏って防御する。
「チッ……」
氷を纏った腕で攻撃を受け止めることには成功したが、氷は一撃喰らっただけでヒビが入る。
こいつの攻撃はそう何発も耐えられない。
長引けば長引くだけこちらが不利になっていく。
腕を払い除け、即座に反撃をする。
だが何回も腕を振るうが、その全てがかわされるか受け止められる。
肉弾戦では勝てない。
それはもう明白。
疲れている様子も見られない。
こいつに体力の限界はあるのか?
ツドラはまた地面へと叩き落とされる。
対して自身は着実にダメージを蓄積している。
どうして?
何故勝てない?
下等な人間に!!
まだ能力を使っていない相手に!!
何故⁉
「……!」
雲が立ち込める。
日光は遮られ、次第に辺りは暗くなっていく。
しかしそんな場でも……いや、そんな場だからこそ、
ツドラは咄嗟に氷で壁を作り、弾幕を防ぐ。
「……?」
彩乃はすぐに距離を詰めて、ツドラを攻撃しようとするが、そこにツドラの姿は無かった。
「やっと……背中を見せてくれたわね……」
背後から、声が聞こえてきた。
最後のチャンス──
これで仕留める。
「『
その時、無数の氷の弾が辺りに飛び散る。
四方八方に、まんべんなく氷の弾は飛んでいく。
彩乃は飛んできた弾を避ける。
物量はあれど、避けてしまえば何も変わらない。
だが、それはまだ終わってはいない。
放たれた氷の弾の形が変わっていく。
弾からいくつかの突起が生えたかと思うと、急速にその長さを伸ばす。
それに加え、針のように伸びた氷から枝分かれするように、また氷の棘が伸びていく。
ツドラが放った無数の氷の弾が茨となり、この場を覆い尽くしていく。
(この氷、見た目以上に固い……)
氷の棘は片手で作った輪っか程度の大きさでしかない。
だがその棘の強度は、これより前に生成していた数々の巨大な氷以上。
自然と、彩乃の氷を壊す手足に力が入る。
彩乃は弾幕を使いつつ、自身に迫ってくる氷の棘を片っ端から叩き折る。
(もう少し……)
一方のツドラは絶えず氷の棘を伸ばし続ける。
折られても折られても、何度でも続ける。
この攻撃も、結局は奴にダメージを与えることはできなかった。
だが、それでもいい。
その役目は、しっかりと果たしているのだから!!
「やはり、天というのはより優れた存在を味方する!!」
ツドラは空へと羽ばたき、宙に浮く。
指で天を差し、目を地へと向ける。
「我が名はツドラ・エルフェル。お前を討ち滅ぼす者の名を、しっかりと脳裏に刻み付けなさい!!」
生憎の曇り空、日が差したりはしない。
だが、ツドラにとってそれは最高の天候であった。
ポツリと、ツドラの羽に水滴が落ちる。
一滴落ちればその直後に二滴、三滴と続けて空から降ってくる。
ツドラは周囲に冷気を放つ。
雨粒はその冷気の層に入ると、鋭い氷柱として再びその姿を現す。
「『
雨の勢いが増すごとに降ってくる氷柱の数も増えていき、やがてこの場は氷柱の雨に埋め尽くされる。
物量は申し分ない。
降り注ぐ氷の数は、雨の強さと比例する。
例え弱い雨だとしても、降ってくる雨粒の数など計り知れない。
だけど、今はそれとは比べ物にならない大雨。
まさに
「無数の氷に貫かれて死ね、人間」
その時、いくつか弾幕がこちらに向かって飛んで来ているのが見えた。
「悪足掻きかしら?」
ツドラは飛んでくる弾幕を軽く避ける。
弾幕が不発に終わり、お返しとばかりに下にいる彩乃目掛けて容赦なく無数の氷の矢が降り注ぐ。
先程の氷の棘の対処で体力は削れているはず。
その状態で今度は上から降り注ぐ氷の雨。
弾幕だけでどうこうできるような量ではない。
だからと言ってかわすことも不可能。
それに加えてこの氷の雨は雨粒の降る速度を落とさずに凍らせている。
簡単に言えば質量を持った雨。
それも先端を尖らせた、殺傷能力をさらに上げたもの。
下手に捌こうものなら、その体を氷の雨が貫く。
「さあ、あなたは何秒耐えられるかしら?」
ツドラは氷の雨の中にいる者に、そう問いかける。
「──そうだな……」
彩乃は隠し持っていたナイフで氷の雨を捌きながら、答えた。
「三秒ぐらいじゃないか?」
「──
「──?」
その時、ツドラの左翼を何かが貫いた。
訳もわからないまま、貫かれた翼を見ると同時に今度は右翼が貫かれる。
(何……が……)
弾幕ではない。
氷でもない。
ならば一体何が、翼を貫いたというのだ?
(まさかッ──⁉)
翼を貫かれ、バランスを崩し裏返った体に凍っていない雨粒が当たる。
雨粒はまるで弾丸のように体に食い込んでいき、捩じ込まれた雨粒はそのまま体を貫いていく。
(魔力?)
微かに、雨粒から魔力のようなものを感じた。
(雨に魔力を混ぜて、威力を上げているのか……)
魔力を混ぜれば、多少は質量の代わりになる。
(でも、いつの間に……)
先程の雨粒だけに魔力が籠っている訳ではない。
降ってくる雨の一粒一粒全てに魔力が混じっている。
なら怪しいのは雲の方なのだが、そんなことをする時間なんて……
「──っ!!」
(さっきの弾幕!!)
先程かわした弾幕──
外したと見せかけて、最初から雨雲の方を狙っていたということ?
(でも、それだけじゃない……)
雨雲に魔力を混ぜただけではない。
(まだ別の何かがあるはず……)
雨に魔力を混ぜているとは言え、雨は雨だ。
これほどの威力を出せる訳……
だがそんなことを考えている暇もなく、自身に無数の雨粒が襲いかかってくる。
(避けきれなッ……)
何か打開策を考える前に、弾丸のような雨によって身体が下に落とされていく。
氷の雨を作るための冷気の層を維持しきれず、代わりに自身の体を貫く雨がこの場に降り注ぐ。
「ガッ……」
地面に叩き落とされた後も雨が止むことはない。
無防備となったその体に容赦なく降り続ける。
氷で屋根を作っても、雨は氷を貫いて私の体を狙う。
耐久力を上げても、それを上回る量の雨が降り続けている。
ピキッ、と氷にヒビが入る音が聞こえてくる。
「はぁ……はぁ……」
己の命に、『死』がその冷たい手を掛けている。
ヒビの音は次第に大きくなっていく。
それはまるで、命にヒビが入っていく音のように聞こえた。
「あ……あぁ……」
まるで巨大なガラスが割れたような、大きな音が周囲に響く。
「……!」
彩乃はすぐに氷の地面から飛んで離れる。
直後に湖に張られた氷が砕け、水の中へと消えていく。
微かに残った氷の欠片も、雨が全てを消していく。
湖には何も残らなかった。
しばらく経てば何事も無かったかのように、もとの姿へと戻っていた。
おまけ
人物紹介コーナー(ミニ)──
襲撃組『ミラシュ』
鏡の悪魔と呼ばれる悪魔であり、彼女の実体に触れることは誰にもできないのだとか。
虹の瞳は光を屈折させることでそう見せていると言われている。
色々と真偽不明なところが多く、どこかミステリアスな彼女に引かれる者がいるとかいないとか……
感想、コメント等お待ちしてます。