幻想滅失録   作:メイア・カルテシア

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出会いの記憶──


銃創─弐─

彼女の名前は『ライラ』──

私と同じくらいの年の、心優しい少女だった。

 

傷だらけでボロボロだった私を心配して、ライラは私を自身の家に連れていった。

 

 

周りに自然の広がる、木造の一軒家が彼女の家だった。

年季が入っていても、しっかりとした作りの家だった。

 

 

「お爺ちゃん、傷薬ってどこだっけ?」

その家には、一人の老人がいた。

 

手当てをされながら聞いたところ、この家はライラとライラの祖父の二人で暮らしているということらしい。

 

 

「あなた、名前は?」

ライラは私を見て、そう聞いた。

その言葉に、私は変な感じがした。

 

私の姿を見ても、浴びせられるのは罵声だけだった。

罪人の娘だと言って突き放されることばかりだった。

 

今では血で汚れた私を見て、人殺しと言われることが多かった。

みんな私を拒絶した。

 

 

だけど、彼女は私の名を聞いた。

今まで無かったその質問に、新鮮な感覚がした。

 

「……え、エリシア……エリシア・アールヴェル」

ぎこちなくも、私は答えた。

 

 

◆◇◆◇

 

 

「へぇー、街から来たんだ」

「うん……」

 

手当てをしてもらった私は、ライラから出された食事を食べていた。

 

久しぶりのまともな食事だった。

母が死んで以来の、ちゃんとした食事。

ライラの料理の腕は分からないが、その時はとても美味しく感じた。

そして同時に、普通の暮らしを懐かしく思った。

 

 

羨ましかった。

私の失くした生活を、ライラはまだ持っているのだということが、私には羨ましかった。

 

それに対する劣等感のようなものすら抱いた。

 

「エリシアちゃんは……迷子になったの?」

「エリシアでいい……」

ちゃん付けなどと、親しみを籠めた呼び方には慣れていなかった。

 

「えっと……じゃあ、エリシアのお父さんとお母さんは?」

 

「……」

私は黙った。

別に言っても構わなかった。

でも、思い出したくは無かった。

 

辛い記憶と一緒に、思い出なんか、全部忘れたかった。

もうそこに無いと自覚する度に、胸が苦しくなった。

思い出す度に、もういないという現実が、私の目に色濃く映し出される。

 

後から思えば、私は両親との思い出を思い出さないために、誰かを殺して記憶を上塗りしようとしたのかもしれない。

 

 

ライラは察しの良い子だった。

それ以降、ライラが私の両親について聞くことは無かった。

 

 

◆◇◆◇

 

 

ライラは行き場のない私に、一緒にこの家に住まないかと聞いた。

正直複雑な気分だった。

 

嬉しいと思う反面、また失うことが怖かった。

 

私は知っている。

ずっと側に居てくれる人なんていないことを。

 

 

それでも、その時の私は、何かに縋りたかった。

 

 

 

ライラの祖父も、私のことを受け入れてくれた。

それからの日々は、私はライラとその祖父と共に過ごした。

 

 

◆◇◆◇

 

 

基本的に私は、ライラの手伝いをすることが多かった。

食事や洗濯、掃除など、母の手伝いをした時以来やったことのないことばかりで、手間取ることが多かった。

 

 

形は違えど、あの日の──家族みんながいた日々のようだった。

 

 

だけど私には、二人に言っていないことがあった。

 

私が追われているということ。

そして、その理由──

 

いつか言おうと思って、結局言い出せないままでいた。

 

怖かった。

言ってしまえば、今の暮らしが失くなると思った。

 

軽蔑されるだろうか?

血で汚れた私を、受け入れるだろうか?

 

そんなことを考えて、口に出すことができなかった。

 

 

◆◇◆◇

 

 

ある日のことだった。

ライラと一緒に家の掃除をしていると、窓の外に人影が見えた。

 

遠くの方から歩いて来る、二つの人影。

 

「──っ」

あの服装には見覚えがあった。

 

 

「エリシア」

どうしようかと戸惑っていると、椅子に座っているライラの祖父が私を呼んだ。

 

「クローゼットの中に入りなさい」

そう言って、ライラの祖父はその重い腰を上げた。

椅子に座って、本を読むことくらいしかできないらしいライラの祖父が立ち上がった。

 

 

私はすぐにクローゼットの中に入った。

 

 

中に入って少しすると、ドアを叩く音が聞こえてきた。

 

 

「何かな?」

ドアを開けて、ライラの祖父が訪ねて来た者の相手をする。

私は息を殺して、その会話に聞き耳を立てることしかできなかった。

 

「少しお時間よろしいですかな?」

「いいぞ、年寄りに然程時間は無いがな」

 

 

「この近くで、金髪で髪の長い少女を見かけませんでしたか?」

 

「いや、そんな子は見ておりませんな。迷子か何かですか?」

 

 

「……殺人の容疑が掛かっている容疑者です。現在は逃亡中で、捕まえるために向かった警官ももう何人も殺されました」

「そうですか、それは大変ですな……」

 

「ええ、もしかしたら付近に潜伏している可能性もありますのでお気をつけを」

「はい、ご忠告ありがとうございます」

 

「では──」

 

 

ドアの閉まる音がして、ライラの祖父がクローゼットを開けるまで、私はそこから動かなかった。

 

 

◆◇◆◇

 

 

「まったく……最近の警官はザル捜査もいいところだ」

あの後、私はライラの祖父と二人でいた。

 

状況を呑み込めず、戸惑っていたライラは、祖父に言われて夕飯で使う山菜を取りに行かされていた。

 

 

「……」

何て言われるか分からなかった。

この家を出ていくことになるのかと考えて、一人勝手に怖くなっていた。

 

 

「お前さん、何かあるとは思っていたが……殺しか……」

言葉の一つ一つが重く感じた。

 

 

「やはり……そうか……」

「……?」

 

 

「そんなに心配せんでも、追い出したりなどしない。追い出そうとしても、ワシのような老い先短い老骨、指先で小突かれるだけで死んでしまうわい」

 

「……何で?」

殺しをした私のことなんて、誰も受け入れない。

 

それが普通だった。

 

みんなそうだった。

 

なのに、どうして?

 

 

「……ワシがお前さんをとやかく言う資格は無い」

 

 

ライラの祖父は遠くを見て語り出した。

「……昔のことだ──」

 

「昔、まだこの国が戦争をしていた頃のことだ」

 

 

「まだ若かったワシは、戦争に行くことになった。そ の時はワシみたいな若者はみんな戦争に出ていたし、それが自分の運命なんだと思った」

 

「戦争で沢山死者が出ていることは知っていた。ワシも戦場で築かれている屍の山の一部になるのだと思った」

 

 

「だからせめて、死ぬ前に両親に孫の姿でも見せてやりたかった。親孝行のようなものだ。前から孫の顔が見たいと言われていたしな」

 

「戦争に本格的に投入されれば、生きて戻ってこれる保証はない。そんな考えで、ワシは結婚した」

 

「ワシが言うのも何だが、妻はべっぴんさんだった。村一番の美人じゃったから、嫉妬の目を向けられて大変だったわ」

 

 

「そして妻との間に、一人の子を授かった。それがライラ(あの子)の父親じゃ」

 

「子が産まれて、すぐに両親に顔を見せてあげた。両親はすごく喜んでいたよ」

 

 

「……だが、それからすぐのことだった」

 

 

「ワシもとうとう戦場に行くことになった」

 

 

「ワシは妻に別れを告げて、家を出た。その時妻は、帰って来てねと、最後に言ってくれた」

 

 

「その言葉を胸に、ワシは戦場──それも前線に向かった」

 

「そこは地獄のような場所だった。自分と年の変わらぬ者の死体も、そこら中に転がっていた」

「……いっぱい殺したさ……戦争だから仕方ないと、自分に言い聞かせて……」

 

 

「だけど、その時のワシはまだ知らんかった」

 

 

「──妻のいる村が、戦火に巻き込まれていることなど……」

 

その目は、今にも泣きそうだった。

深い悲しみと、後悔が目に浮かんでいた。

 

「町外れの村だったからな……加えてワシが前線にいたこともあって、情報が届くのはその三日後のことだった」

 

「ワシは走った。前線が落ち着いたこともあって、一時的に戻ることを許してくれた」

 

 

「だが……そこには何も無かった」

 

 

「結局、生き残ったのはワシの方だった。いつまでも、そこで待っていてくれると思っていた……」

 

「こんなことなら……もっと、愛してやればよかった……」

ボロボロと涙を溢しながら、私のことを見た。

 

 

「お前さんはあの時のワシにそっくりじゃ……」

 

「全てを失って、行き場のないモヤモヤを……誰かにぶつけたくてしょうがなかった……」

 

「生きる意味を失ったのに、言い表せぬ恨みや怒りが体を突き動かす」

 

 

「だけど、ワシには戦場があった。ワシにはまだ家族が残っていた……両親と、難を逃れた息子……その三人はまだ残っていた」

 

 

「だが……お前さんには何も無い……」

「その怒りをぶつける場所が無ければ、支えとなってくれる人もいない……」

 

「そんなお前さんを見ていられなかった」

 

「まるで、あったかもしれない自分の姿を見ているようで……辛かった……」

 

 

「ワシはお前さんを責めん。ワシも、お前さんのようになっていたかもしれんからな……」

「お前さんを否定することは、自分自身を否定することだ。それだけはできん。妻のためにも……自分の過去を否定することはできん……」

 

 

「それに、お前さんは自分で思っているより悪い奴では無い。その顔を見れば分かる」

 

「お前さんの父親だったか?そいつのことは分からんが、少なくともお前さんには何の罪も無い」

「お前さんは、普通に生きていいんだ」

 

「……っ」

私はその言葉で、何かから解放されたような気がした。

自分を縛り付けていた鎖が外れたような……そんな気がした。

 

 

「お父さんのことを……何で?」

「……ワシの息子じゃよ。今はお役所に勤めていてな、ずっと前に顔を見せにきた時に言ってたんじゃよ。同僚が捕まって大変なことになっているとな」

 

「お前さんの名前を聞いた時はピンとこなかったが……暫く経ってようやく思い出せた。これも年というやつなのかの?」

 

 

「ただいま~」と、話が終わったタイミングでライラが帰ってきた。

「さて、そろそろ飯にするかの」

 

 

◆◇◆◇

 

 

それからの日々は少し変わった。

二人と暮らすことの中に、不安は無かった。

 

二人は私の側にいてくれるのだと思って、安心した。

 

 

 

バンッ

「ふむ、なかなかの腕前じゃな……誰から教わった?」

「──お父さんが昔」

ある日はライラの祖父と共に山の方へ狩りに出た。

 

「そうか……」

 

「一つ、お前さんの腕を見込んで頼みがあるのじゃが……」

 

 

その日のご飯は豪華だった。

山で狩った獣の肉を三人で食べた。

ご馳走を前に、魔法の勉強をしていたライラが勉強を止めて駆け寄ってきたのを覚えている。

 

 

 

またある日は、ライラと一緒にピクニックをしたりした。

まあ、ピクニックと言っても、歩いてすぐのところにある場所だったけど。

 

 

平和、ただその一言で表せそうな生活だった。

 

 

だけど、避けられないことはあった。

 

 

「エリシア、最後に一つ……頼みがある」

 

「ライラの側に……居てやってくれ……」

 

その言葉を残して、ライラの祖父は深い眠りについた。

 

 

ライラは一日中泣いていた。

母は病死、父は仕事で居ない彼女を、親代わりに育ててくれた祖父が亡くなったのだ。

 

それはもう泣いていた。

私はなんとか泣き止ませようとしたのだが、結局泣き止むことになったのは一日経った後だった。

 

私も悲しかった。

私をこの家に居させてくれた人が亡くなったことが。

長い間、家族のように過ごしてきた人が亡くなったのが。

 

 

でも、それはどこか違った。

私の両親が亡くなった時の悲しみとは、何かが違った。

 

必然とも言える別れだったからだろうか?

その理由は分からない。

 

私はライラほど落ち込まなかった。

 

 

◆◇◆◇

 

 

「大丈夫、私はライラの側にいる」

 

「私がライラのことを守る」

 

誓った。

 

私が守ると、そう決めた。

 

 

ライラは力のある悪魔だった。

それ故、その事をどこかから嗅ぎ付けた貴族などが、こぞってライラを狙っていたのだ。

 

 

私はライラが危険な目に遭わないよう、ライラを守ることにした。

 

恩返しの気持ちもあった。

薄汚れた私を救ってくれた彼女に、少しでも幸せになって欲しかった。

 

 

いつかライラとも別れることになる。

そんなことは分かっていた。

 

誰か……ライラの結婚相手が現れて……

そしてライラが結婚すれば、きっとライラは街の方へ行くことになる。

 

 

だけど、私はそこへは行けない。

 

 

忘れたことはない。

幸せな日常を過ごす中でも、頭の片隅にはそれがあった。

 

 

街に行けば、きっと私のことを知っている人だって居る。

そんな所で、ライラと一緒に居るところを誰かに見られる訳にはいかない。

 

 

ライラを、巻き込みたくはない。

 

 

だから私は、せめてその時まではライラを守ってあげたかった。

 

 

私が隣に居られる時はせめて……

 

 

いずれ来る別れの時までは……

 

 

ずっと、側で……

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを思っていたからこうなったのだろうか?

 

 

 

それは忘れることはない日──

 

 

焼ける臭い、燃える街。

全てが崩れ去った。

 

 

全てを壊された日──

 

 

三人で過ごした家の前で、私は膝をついた。

 

「はぁ……はぁ……」

勝てない。

これ以上の絶望を、私は見たことが無かった。

 

 

そこら中で黒い煙が上がる中、塵一つ付いていない、黒の混じった金髪の人物は、私の前に立っていた。

 

 

「動きは悪くない。だが、その程度だ」

私を見定めるような言葉を奴は言うが、これっぽっちも嬉しく無かった。

 

「それよりも、お前の後ろに居る奴は誰だ?」

「行か……せない……」

私は震える足で立ち上がった。

 

こいつをライラに近づける訳にはいかない。

そんな思いで、私はひたすら体に鞭を打った。

 

 

アイツは突然現れた。

どこに居たのかは知らないが、今までこんな奴を見たことも聞いたこともない。

こんな奴が今まで誰にも知られていないと言われても信じられない。

それほどまでの存在感。

 

 

「退け、お前にはもう用は無い」

その言葉の節々から感じる圧迫感から、自身の死を連想させられる。

 

 

奴は静かにこちらに手を伸ばした。

 

 

死ぬ。

頭に浮かんだのは、ただそれだけだった。

 

 

「エリシア!!」

動けずにいた私の体が、誰かに突き飛ばされた。

 

 

「ライ…ラ……」

突き飛ばされている中、辛うじて認識できたのは彼女の姿だった。

 

「あなたは、生きて……」

 

 

私はそこで意識を失った。

 

 

後悔している。

この時、私も一緒に戦えたら……

 

 

何か、違った未来があったのだろうか?

 

 

----------------

 

 

「少しやり過ぎてしまったか──」

ぼやける意識の中、そんな言葉が聞こえてきた。

 

「う……うぅ……」

 

私が目覚めた時には、もう全てが終わっていた。

 

ドサッと倒れる音が聞こえて、頭をそちらへ向けた。

嫌な予感しかしなかった。

 

 

「あっ……ああ……」

 

案の定と言うべきか、そこにあったのは変わり果てたライラの姿だった。

 

 

守れなかった。

 

 

また失った。

 

 

何で?

 

 

何で?何で?何で?

 

 

どうして?

 

 

「……多少骨のある奴だったが、まあいい」

 

 

「そこの奴でいいだろう。連れていけ──」

そいつは背を向けて歩き出した。

指で誰かに合図をしたかと思うと、突然首筋に衝撃が走り、再び意識を奪われた。

 

 

 

奪われた

 

 

失った

 

 

守れなかった

 

 

私には何も残らない

 

 

私には何も守れない

 

 

守ると誓っておいて、守られたのは私の方だった。

 

 

ずっとそうだ。

 

 

母も、ライラも、私を守ってくれたのに、みんな居なくなった。

 

 

もう……嫌だ。

 

 

もう……大切なものを奪われたくない。

 

 

お父さん……

 

 

お母さん……

 

 

ライラ……

 

 

私……もう疲れたよ……




おまけ

人物紹介コーナー(ミニ)──
『ラクルス&フェイラ』
天使の兄妹。
兄のラクルスが攻撃、妹のフェイラが後方支援担当。
いつも後ろで見ていることしかできないことにフェイラは悩んでいるらしいが、ラクルス曰く「フェイラが無事ならそれでいい」とのこと。
幼い頃から両親がいないため、ラクルスが親代わりにフェイラを育てた。
あの日二人で分けあったアイスクリームの味は、決して忘れない。

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