魔力の溜まった八卦炉が、私の方へと近づいてくる。
その光景は遅く見えた。
ゆっくりと、だんだんと、じわじわと近づいてくる。
私の頭くらい吹き飛ばせるであろう物が、そこにある。
『強がっているの?』
『それはそっちだろ』
突然その会話が脳裏に浮かんできた。
その通りだ。
私は強がっていただけだ。
ずっと、死ぬのは怖かった。
何度も何度も、死のうと思った。
だけど、できなかった。
ライラのあの言葉を、無下にしてしまうような気がしたからだろうか?
仇がいるにも関わらず、何もせずに死ぬのが嫌だったからだろうか?
きっと両方だろう。
言い聞かせた。
自分に、
その者を見つけることができるならば、命も惜しくないと。
それが自分の役目だと。
そう言い聞かせて、生きていた。
命が惜しくないのなら、自分であいつを殺そうとすればよかったのに……
私は逃げた。
大切な人の仇を前にして、私は逃げた。
そして、誰かにその役割を押し付けようとした。
その誰かが見つかることを願って、私は多くの人を殺した。
なのに、心が痛むような感じはしなかった。
私が悪魔だからだろうか?
いや……元から私はそんな奴だったのだろう。
他人の命を軽々しく奪って、容赦なく踏みつけにして……
あの時から何も変わっていない。
ライラ……ごめん。
きっとあなたと同じところへは行けない。
私は、あなたの仇を討つことができなかった。
それどころか、関係の無い人を巻き込んでしまった。
怖かったのかもしれない。
あなたを殺した奴に挑むのは……
意味もなく死ぬことが怖かったのかもしれない。
生きろと言ってくれたのに、こんな結果になってしまった。
本当にごめんなさい、ライラ……
そして──
(ありがとう、魔理沙)
私を殺してくれて、ありがとう。
(そして……お願い、博麗魔理沙。どうかガラを殺して……)
私にはできなかったけど……あなたなら、きっと……
(私に勝った……あなたなら……)
あなたと初めて会ったあの日から、私はあなたならガラを倒せるんじゃないかと思った。
あなたからは、可能性を感じた。
こんなことを押し付けるのは悪く思う。
だけど、あなたは強いから……
だから……お願い……
エリシアはゆっくりと目を閉じた。
これから訪れる死を、ただ受け入れるために……
ドゴォ!!
「──⁉」
鈍い音がした。
力の入った一撃が当たる音が鳴った。
頬から頭全体に衝撃が行き渡る。
その音と共にきた衝撃を、エリシアは理解できなかった。
突然襲われたその衝撃で、エリシアは尻餅をつく。
「え……?」
打撃──
レーザーなどではなく、ただの打撃。
それも、魔力も何も籠っていない純粋な力だけの拳。
何故?
八卦炉は下ろし、魔理沙がこちらを見る。
「……ッざっけんなよッ!!」
怒りの混じった叫びが吐き捨てられる。
「はぁ……最初からそのつもりだったのか?」
うんざりしたような雰囲気で、魔理沙はボソッと呟いた。
「……?」
「お前……死のうとしただろ?」
「……どういう意味?」
エリシアは困惑の混じった声で聞いた。
何を言いたいのか、ということを聞いたつもりだった。
「そのまんまの意味だよ」
「さっきの攻撃──お前、わざと撃たなかったな?」
先程の瞬間、銃口は確かにこちらを向いていた。
しかし、そこから銃弾が放たれることはなく、魔理沙はエリシアの側にまで何事も無く近づけた。
「勝負を決するトドメの一撃を放つように見せかけて、わざと隙を晒す──」
「それは死のうとしてる奴の動きだ……」
「そう……だからどうしたの?」
だとしても、それは私を殺さない理由にはならない。
「死なせねぇよ」
「何で?私は敵よ?」
「だとしても、自殺志願者の手伝いをする気はねぇよ」
「……」
そう告げる魔理沙の目からは、並々ならぬ思いが伝わってきた。
「お前の目は死ぬことがこれっぽっちも怖くないって奴の目じゃねぇ……」
「死ぬこと以外にもう道が無くなったって奴の目だ」
「……死にたい理由があるなら言えよ」
「言って何になるの?」
「言わなきゃわからねぇだろ」
「聞いてもわからないでしょ」
「ああ、わからねぇよ……」
「……?」
「わからなくても聞くって言ってんだよ……だから言えよ!!」
「どいつもこいつも、なんでそうやって何も言わずに死のうとするんだよ……」
「どうして黙ってやられようとするんだよ?」
「助けてでも何でも言えばいいのに……死ぬ瞬間になって
「そうやって黙って消えようとして……最後は戦って死んだっていう正当な理由作りでもしてぇのか?」
「そんなにカッコつけていなくなりたいのか……?」
「……」
「だから……言えよ……いくらでも聞くから……」
「私に……殺させないでくれよ……」
この場に、一粒の涙が落ちた。
地面に付いた涙の跡は、雨によってすぐに掻き消される。
この時は、身体が濡れても構わなかった。
溢れだしてくる感情を洗い流してくれるなら、雨なんて気にならなかった。
思い出した嫌な過去を、この場で全部吐き出したかった。
「……けて──」
雨の降る音の中に、か細い声が混じる。
「助けて……」
小さく蹲ったエリシアが、涙の混じった声を出す。
「お願い……助けて……」
「もちろんだ──」
魔理沙はエリシアの頭を胸に当て、雨で濡れた身体をそっとさすった。
────────
受け止めてほしかった。
認めてほしかった。
助けてほしかった。
ずっと……ずっとずっとすっと、助けてほしかった。
父が死んだ時の母のように、誰かに助けてほしかった。
ライラのように、側に居てほしかった。
助けてほしいって分かっているのに、何で素直に言えないのかな?
ずっと……ずっと言えなかった。
母の前では強がって、ライラの側では偽っていた。
助けてと、言葉に出せなかった。
素直に涙を流せなかった。
誰かに頼ることができなくなっていた。
失うことが怖くて、一人になろうとした。
何もかも投げ出して、消えようとした。
「……ライラ……これでいいの?」
彼女は何も言わずに、静かに微笑んだ。
「何か言ってくれないと……分かんないよ……」
────────
タオルで髪に付いた水分を拭き取る。
「こんなもんでいいか?」
「……うん、ありがとう」
そう言われた魔理沙は拭くのを止め、彼女の方を向いて座る。
「じゃあ、そろそろ話でも聞くとするか──」
◆◇◆◇
「──で、結局なんでガラはアリスを狙っているんだ?」
「わからない……でも、奴は彼女のことを手に入れることだけが目的のようには思えない……」
「どちらかと言うと、それはただの通過点のように私は思う」
「通過点?」
「奴は彼女のことを
「キー?」
「ええ、何のための鍵なのかは知らないけれど……奴にとってとても重要なものなのだと思う」
「ガラの本当の目的は知らないのか?」
「何度でも言うけど、知らないわ……それどころか多分、誰も知らないと思う……」
だがそう言った直後に、エリシアの頭に一人の人物が頭を過る。
「──いや、カリエルなら……」
私たちは所詮、ただの寄せ集め。
ガラが襲ったいくつもの世界から集められただけの存在。
故に、ガラの本当の目的など誰も知らない。
私も、ログも、ツドラも……
だが、カリエル──私たちの誰よりもガラに近い存在。
彼ならあるいは……
「そいつなら知ってるのか?」
魔理沙はエリシアが呟いた人物についてそう聞く。
「……可能性はあるわ」
可能性はある。
だがそれだけだ。
「でも、知っていたとしても教えてはくれないでしょうね。アイツは私たちの誰よりもガラに忠実だもの……口は割ってくれないでしょうね」
「つまり、ガラの目的を知る術は無いってことか……」
結局、ガラの目的は分からないという結論に行き着いた。
魔理沙はこの結果に、困った顔をした。
「……そんなに重要なことかしら?」
だが、対してエリシアは何をそんなに難しく考えるのか、と言うような顔をしていた。
「……?」
「やるべきは目的を知ることじゃなくて、どうやって奴に勝つかじゃない?」
相手の実力は未知数、ならばどうやって戦うかを考えることを優先すべきということだろう。
「それもそうか……」
エリシアの意見も一理あるのか、魔理沙は素直に受け入れた。
「……ガラの居場所は知っているのか?」
「ええ……けど、もう行けないようになっていると思うわ」
「……何でだ?お前らが
「私もログも、帰ってくるなって言われたのよ。多分、ついでにツドラも処分したかったんじゃない?」
「今頃ログが帰れなくて喚いているんじゃないかしら?」
────────
「──ざっけんじゃねぇ!!」
「お前らはもう用済みだと?」
「そう言いたいのかクソッタレッ!!」
その頃ログは、一人叫んで壁などを殴って八つ当たりしていた。
────────
「私たちは見捨てられた」
「……いえ、最初から見捨てる気だった……」
最初から分かっていたことだ。
生きているだけマシだろう。
「……私は見捨てないからな」
魔理沙は優しくそう言った。
「……ありがとう」
エリシアは少し照れくさそうにそう言うと、改めて魔理沙を見た。
「ねえ、魔理沙」
「何だ?」
「どうして私を助けたの?」
私に助けられる理由なんて無い。
寧ろ、その逆のはず。
そう思ったエリシアは魔理沙にそう聞いた。
魔理沙は少し間を空けてから話した。
「……もう、あんなことはしたくないからな──」
「……?」
あんなこと、それが何かは分からない。
でも、エリシアはそれ以上深く聞くことは無かった。
「……にしても、これからどうするか……」
魔理沙は頭を掻いて、困ったような仕草をする。
「敵の根城に行けないんじゃあ、あっちが攻めてくるのを待つしかできないのか……?」
そんなことはしたくないというのは、それを言う声から伝わってきた。
「場所ガ分カッテイルノナラ方法ハアルワ」
「ああそうだな、方法はあ──」
魔理沙は言い切る寸前で止まり、声のした方を見る。
「久シブリネ、魔理沙」
「紫……」
お久しぶりの紫さん。
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