「アリス……?」
突如起こったアリスの変化に、魔理沙は動揺していた。
「動かない方がいいですよ、傷が広がります」
そんな中、目の前の彼女は淡々とそう告げた。
「……お前は、生きていたのか?」
ガラは突然様子の変わったアリスへとそう問い掛ける。
「いいえ、ちゃんと死にましたよ。あなたのせいで」
淡々と機械的に話す彼女だったが、その言葉を返す彼女の声は、どこか憎しみを感じるものだった。
その後に、私はただの亡霊ですよ、と彼女は最後に付け足していた。
彼女とガラの会話に魔理沙は聞き耳を立てるのだが、いまいち内容は理解できない。
目の前の彼女が敵か味方かも、ガラとの関係性も会話の内容だけでは把握しきれない。
しかし、現状彼女とガラはあまり良い関係ではないことは分かった。
「成程、己の存在を切り分けてその人形の中に潜んでいたのか……」
「ええ、この機会をずっと待っていましたよ。意識だけで何もできなかったので、本当に長く感じましたよ……」
「……あくまでその身体の主導権は先程の人格、今は一時的に表に出てきているだけだろう?」
ガラは急な変化に動じることもなく、冷静に分析を進める。
「見ていることしかできないというのは、辛いものですよ」
「そうか、だがお前の苦労もここまでだ。お前のおかげで我の疑念は確信へと変わった」
「久方ぶりの自由を噛み締めながら逃げていれば良かったものを、お前がそうしてまで守りたいということは、そうなのだろう?」
「………」
その言葉に、彼女は黙った。
まるでアリスを守るように人格が切り替わった。そこからアリスが彼女にとって重要な存在だということは十分推測できる。
この事実がある以上、何と返しても無駄だと思ったのだろう。
すると彼女は防御魔法を維持しながら、周囲に新たに魔法陣を展開する。
「『Ⅹ─
詠唱と共に放たれるは、全てを焼き尽くす炎。
それはガラを徹底的に攻撃し、しばらくすると、炎に包まれガラの姿が見えなくなった。
次に彼女は首を曲げて横目でこちらの様子を確認する。
それに対し魔理沙は少し警戒する。
「博麗魔理沙、アリスがお世話になりましたね。色々とお話ししたいことはありますが、今は兎に角手伝ってください」
「……何で私の名前を──」
「アリスの中で見ていましたので」
魔理沙が質問しようとすると、彼女は即座に答えた。
「……手伝えって言われても、そもそもお前は誰なんだよ」
目の前の彼女が何者なのか、それが分からないまま協力することはできない。
「……名前でも名乗ればいいのでしょうか?この身体の名称であるアリスを名乗るのは……ややこしいですね──」
彼女は少しだけ考えた後、口を開いた。
「意識だけの存在となった私に名はありませんが……そうですね、一先ず『ピース』と名乗りましょうか」
ピースと名乗った彼女は、片手を魔理沙に向けて魔法を使用する。
「名乗りはしたのでこれでいいですか?回復は施しますので、あなたも戦ってくださいよ?」
そう言うピースにより、魔理沙の傷が塞がっていく。
「私はあくまで一時的に表に出てきているだけです。もう暫くは大丈夫ですが、これが最初で最後。次に私が顕現することはありません」
「……それって──」
「時間が来れば、私は消えます」
「そもそもこの身体に意識の一部を移すことも無理矢理行ったことですので、そうなることは当然と言うべきでしょうね……」
ピースはそうぼやくと、改まって魔理沙を見る。
「そしてもう一つ、私ができるのは時間稼ぎのみ──」
「はっきり言って私ではガラに勝てません」
「ど──ッ!!」
どういうことかと魔理沙が問おうとした時、ピースの背後に人影が現れる。
「……ッ」
その人影が仕掛けてきた攻撃を、ピースは防御魔法で咄嗟に防ぐ。
「……こういうことです」
百聞は一見に如かず、それを実演するように現れたガラには傷はおろか埃一つなく、何事もなかったかのようにそこに居る。
「やはり、私では無理ですか……」
ピースの中に僅かながらに存在した希望を現実が打ち砕く。
防御魔法に仕込んだトラップを爆ぜさせ、ピースはガラとの距離を取る。
「……お前はアイツの能力が何か分かるか?」
側に来たピースに魔理沙はそう聞くが、ピースは苦い顔をして答えた。
「正確にはまだ……ですがこの身体での分析で後少しというところまでは来ています。もう少し、情報が欲しいところです」
「……とりあえず、お前は味方ってことでいいんだよな?」
分かってはいるが、最後に一応の確認として魔理沙は聞いた。
「私はアリスが無事ならそれでいいので──」
──と、ピースがそう言った直後、魔理沙が何かリアクションをする間もなく、二人に向けてガラの放った弾幕が迫ってくる。
「……」
それをピースが防御魔法で防ぎ、魔理沙がレーザーで反撃する。
「能力が分かったらさっさと教えろよな──!!」
そう言い残して、魔理沙はガラへ接近する。
八卦炉を構え、レーザーと共に複数の弾幕を放つが、ガラはレーザーと弾幕の隙間を通り抜け、逆に魔理沙へ接近する。
ガラは拳を握り締め、魔理沙目掛けて放つが、ピースが即座に防御魔法を展開することにより、それを防ぐ。
防御魔法によってガラの攻撃は阻まれたものの、その動きを止めることができたのは一瞬だけあり、すぐにその防御は破られた。
だが魔理沙は動きの止まった一瞬の間にその場から離れ、ガラに向けて弾幕を放つ。
しかしガラはその弾幕を片手で弾くと、同時にピースの放った攻撃を躱す。
「贖罪の槍──」
「──ッ」
魔理沙は背後から飛んできた紅い槍を咄嗟に躱す。
(あの槍……)
最初にガラと戦った時にフランを執拗に攻撃していた槍、一瞬見ただけでも、その槍から魔理沙は嫌な気配を感じ取った。
槍は魔理沙の横を通り過ぎると、一直線にピースへと向かった。
「──ッ」
「『Ⅹ─
ピースは咄嗟に広範囲に防御魔法を展開し、槍の猛攻を防ぐ。
弾いても弾いても向かってくる槍をピースは何度も防ぐのだが、防ぐ度にヒビが入る防御魔法から言い表せぬ嫌なものを感じ取った。
(あの槍……喰らったら不味い気がしますね……)
「魔砲『マスタースパーク』」
一方魔理沙はガラに向けて攻撃を続けていたのだが、何度攻撃をしてもガラには一撃も当たらない。
何度躱されても魔理沙は諦めずに攻撃するが、当たる気配は一向になかった。
(何故当たらない、何故当てれない……)
何度も攻撃を仕掛ける魔理沙の様子を見て、ピースは解析を進める。
『当たらない』というより『当てられない』。
ここまで来ればその表現が一番似合う気がする。
魔理沙の猛攻を受けて、一撃も当たらない。
自分自身、直接この目で魔理沙の戦闘を見たことはないが、アリスを通して見た情報だけでもここまで攻撃が当たらないというのは異常としか思えない。
だがその異常がガラの能力を解き明かす鍵となるのだろう。
防御に特化した能力というような感じではない。
ならば回避に向いた能力?
いや、当てられないというのは回避とは少し違うような気もする。
どうやって避けている?
どうして当たらない?
それとも、攻撃自体がガラを避けている?
(いや……もしかして……)
「『Ⅸ─
槍を防ぎながらピースが放ったのは、対象を追尾する雷。
魔法陣から放たれた電流はガラへと向かうのだが、それはガラに当たる寸前でガラの横へと逸れた。
(……やはり──)
知りたいことは知れた。
その様子を見たピースは改めて情報を整理する。
(この身体による解析によって得た情報も合わせて考察するならば、『当てられない』で確定……)
(そしてそれは概念レベルの何かで定められている。もっと言うならば、攻撃は当たらないことになっている)
ピース、もといアリスの肉体が答えを導こうと演算の速度を速める。
この肉体でなければその答えを得ることはできなかっただろうと、ピースは思った。
(……それが、ガラの能力──)
肉体は、答えを導き出した。
「分かりましたよ!!」
ピースはそう叫んだ後、魔理沙にそれを伝える。
「奴の……ガラの能力は──」
「あらゆる事象の『適用』」
「……」
ガラの横をレーザーが通り過ぎる。
「私たちがガラにダメージを与えられていないのは……『ガラに攻撃が当たらない』という事象が適用されているからだと思われます」
(事象の適用……?)
その言葉を聞き終えて、魔理沙の思考が一瞬止まった。
その言葉を理解するのに、自分の中の何かが拒んだ。
(……そんなのを、どうしろと──?)
次に魔理沙を襲ったのはどうしようもない絶望感。
『私ではガラに勝てません』
その言葉に現実味が帯び、その理由が理解できる気がした。
事象という大きな壁が立ち塞がったことが、魔理沙の絶望を後押しする。
「……ッ」
その時、一瞬の隙ができた魔理沙にガラの鋭い蹴りが突き刺さる。
「くッ……」
その様子を見て、ピースは咄嗟に広範囲に展開している防御魔法を解き、自身と魔理沙に転移魔法を使う。
そしてガラから離れた位置へと二人は移動した。
槍は地面に突き刺さり、その場から動かなかった。
その様子にピースは嫌な予感がした。
何度弾こうと自身に向かってきた槍が、地面を抉ってでも向かってきた槍が、動きを止めた。
直感を信じ、ピースは咄嗟に自身と魔理沙を囲むように防御魔法を展開した。
「『
その直後、突如もの凄い衝撃が魔理沙とピースに襲いかかる。
展開した防御魔法は砕け散り、ガラス片のようなその欠片が宙に舞う。
「──ッ⁉」
(何故……?即席とは言え九世代魔法ですよ……それをこんな簡単に……)
動揺するピースはすぐに魔法で反撃するが、やはり攻撃は当たらない。
二人は後方へと吹き飛ばされ、何度か地面を跳ねてから止まった。
ピースはすぐに顔を上げ、立ち上がる。
周囲を見渡し、魔理沙の姿を見つけるとピースはすぐに駆け寄った。
「気をしっかり持ってください。絶望している暇はありませんよ」
両手を地面について下を向く魔理沙に、ピースは声を掛ける。
「……事象って、そんなのどうするんだよ──」
返って来たのは、後ろ向きなそんな言葉。
もう数え切れない程に攻撃を仕掛けた筈なのに、相手には一切当たっていない。
そんな状況が彼女からその言葉を引き出したのだろう。
加えてそのタネが分かったところで、今のところそれを突破する方法はゼロというのも響いたのかもしれない。
だが、今はそんなことを言っている暇はない。
「それを考えるのがあなたの仕事です。言いましたよね、私ができるのは時間稼ぎだけだと──」
「魔法しか脳のない私では、ガラにダメージを与えることは絶対にできません!!今、この場でガラを攻撃できるかもしれないのはあなたしか居ないんです!!」
「私が無理ならばアリスは言わずもがな!!あなたが挫けている場合ではないんですよ!!」
声を荒げ、ピースは叫ぶように言う。
柄にもないその様子が効いたのか、魔理沙は顔を上げてピースを見た。
「……悪い、いつになく弱気になってた」
ピースのその圧に押されてか、魔理沙は一度謝罪した。
「分かったのなら立ってください」
そう言われて、魔理沙は立ち上がり八卦炉を構える。
ピースは魔理沙が立ち上がったのを見届けると、ガラに向き直る。
「ちゃんと合わせてくださいよ」
「そっちこそ──」
ピースと魔理沙は一度体勢を整えた後、共にガラへと攻撃を仕掛けに行く。
ガラの頭上から魔理沙は狙い、ピースはガラを囲むように魔法陣を展開する。
「『Ⅹ─
「『ノンディレクショナルレーザー』」
ガラを囲むように放たれる全方位からの攻撃。
そこに避ける場所などない、その筈だった。
なのにガラはその攻撃の数々を躱している。
攻撃と攻撃の間の僅かな隙間を潜り抜け、逃げ場のない攻撃はガラを避けるように攻撃自体が曲がる。
その後も何度も攻撃を仕掛け、種類も変えるのだが、そのどれもがガラに当たることなく終わってしまう。
顔色一つ変わらないガラに対し、こちらの体力は消耗するばかり。
(これでも当たらないですか……)
スピードを上げてもダメ、密度を上げてもダメ、種類も関係ない。
ここまでやっても何の手掛かりもない。
ガラに攻撃は当たらない、その事象を突破する為にはどうしたら……?
「……ッ⁉」
考え事をしている中、その意識が外へ引き戻されるような衝撃が襲う。
体を見ると、何かが脇腹に刺さっていた。
それは細長い光のようなもの。
刺さっている箇所に焼けるような痛み……いや、実際に焼かれているのだろう。
ピースはすぐにそれを引き抜くと、魔法で回復する。
ガラの厄介な点は攻撃が当たらないことだけではない。
攻撃の一つ一つが致命傷になり得る。
今すぐに殺そうというような感じはないことが唯一の救いだろうか?
攻撃を受けなかったのであろう魔理沙は、ガラの背後から攻撃を仕掛けようとしている。
恐らくその攻撃も無意味だろう。
ピースはそう思い、次の攻撃をどうするか考える。
「『ヘルヘイム』」
その時、突如地面を突き破って不思議な見た目の植物が姿を表した。
突き刺さるような痛み。
肉を抉り体内へと無理矢理入り込むような感覚。
吐き気と共に沸き上がってくる鉄の味。
ゆっくりと進む時間の中、ふと自身の体を見た。
見えたのは、自身の胸に植物のツルが突き刺さっている光景。
ツルが身体から引き抜かれると、そこから血が噴き出す。
それを見届けると、魔理沙の意識は眠るように落ちた。
「なッ……」
その光景にピースは目を疑ったが、すぐに魔理沙の回収に動き出した。
「くッ──」
魔理沙の身体を抱え、転移魔法ですぐにガラとの距離を取る。
回復魔法を全開にして、ピースは魔理沙の傷を癒そうと試みる。
身体の傷が次第に塞がり始めた時、魔理沙の胸に空いた穴から突然植物の根が伸びてきた。
「なっ、何ですか……これは⁉」
その根は魔理沙の身体中に張り巡らされていき、やがて芽が出る。
その芽はどんどん大きくなっていき、すぐに花が咲き、実が生った。
「……」
その光景に、ピースは言葉を失った。
咲いた花は経緯にさえ目を瞑れば綺麗なものだったが、ピースにはそれがとても恐ろしいものに見えた。
その時、コツコツと冷たい足音が背後から聞こえてきた。
背筋が凍るようなおぞましい気配が、ゆっくりと近づいてくる。
ピースは恐る恐る背後を見ると、ガラがこちらへと歩いて来ているのが見えた。
「どうすれば……」
魔理沙の身体に纏わりつく植物をどうにかする術が分からない中でのこの状況が、ピースを焦らせる。
引っ張って、魔法で焼いて、切り裂いて、花を摘んで実を捥いで、できそうなことは色々と試すのだが、その植物は失った部分をすぐに再生する。
ジワジワと、ガラが迫っている。
ピースの目線は何度も魔理沙とガラを行ったり来たりした。
根っこをどうにかしようにも、その大元となりそうな部分は心臓の辺りにある。
身体の一部を切除して、根を取り除く事もできない。
どうすればいいのか、ピースは頭をフル回転する。
だが、そんな時間は残っていないようだった。
ゆっくりと近づいていたガラの足音が止まった。
ピースが振り返ると、そこにはガラが居た。
「──ッ」
ピースを覆うように防御魔法が張られる。
ピースの本能が、咄嗟にそれを展開した。
だが、いくら防御したところでいずれは破られる。
こんなものはただの時間稼ぎでしかない。
「──ッ」
防御魔法を展開しているにも関わらず、無意識に腕で身を守るような素振りをしたその時だった。
背後から放たれた蹴りを、ガラは腕で防いだ。
ガコンッという音が聞こえてきそうな……
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