「ん……んぅ……」
言葉にならない声を洩らしながら、重い身体を微弱に動かす。
背中側に感じる固い地面の感触で意識は次第に浮上し、まるで朝起きる時のような重い瞼を開けると、そこには見慣れた天井があった。
それは神社──自分が住む博麗神社の一室の天井だった。
「……」
木造の天井から目を逸らすと、ほんのり開いている障子がある。そこから外の光が入り込み、床に一筋の光の線を引いている。
そんな中で自分は布団も被らず、直に床で寝そべっている。
(何してたんだっけ……)
何故こんなところで寝ていたのかという疑問もあるが、それよりも自分が寝る前にしていたことが気になった。
何かをしていたような気はするのだが、それが一体何なのかが分からない。
だが忘れる位なら大したことはしていなかったのだろう。最終的に魔理沙が行き着いた結論はそれだった。
取り敢えず体を起こし、魔理沙は障子を開けて外へ出た。
部屋を出て少し歩くと、そこには二人の人物がいた。
気味が悪い。
その二人への感想を述べるなら、一番に出てくるのはそれだろう。
そこに居たのは、私のようで私じゃない奴と、私じゃないのに私みたいな奴──
魔法使いのテンプレートみたいな帽子を被った金髪に、私の服を着た見たこともない知らない黒髪の女が縁側で喋っている。
私はそのやり取りを後ろで見ていた。
声は聞こえない。
聞こえるのは自然の音だけ。
二人の身体には触れられない。
触れようとしても、手は身体を貫通して向こう側へ出る。
前に回り込んでも顔は見えない。
二人の顔は上手く思い出せない記憶のように白くぼやけている。
なのに……話しているということはわかる。
笑っているということも、怒っているということも、そうでない時だって、何故か分かる。
身振り手振りのお陰かもしれないが、それがなくたって分かる気がした。
暫くすると、そいつらは境内に出て戦い始めた。
どういう経緯で戦うことになったのかは分からないが、私は少し離れた所からそれを見ることにした。
だが暫くそれを見ていたのだが、戦いに進展はほぼ見られない。
そいつらは四方八方に弾幕を撃っているだけで、一向に相手に当たりゃしない。
それによく見たら弾幕の間には隙間がある。
あれでは避けられてしまうではないか。
勝つつもりはあるのか?
思わずそんな考えが過る。
お互いにどこか楽しげにしていることから、本気の殺し合いではないのだろうが……
だとしたらこれは何をしているんだ?
何度考えてもその答えは分からなかった。
だけどその戦いを見て、感想を言うとするならば──
綺麗だった。
────────
私はその光景を何回も見た。
ここが夢なのか何なのかは分からない。
二人が戦って、決着が着いた時、まるで夢から覚めたように元の部屋に戻っている。
夢のようだが、それにしては妙に実感がある。
走馬灯のような過去の記憶という訳でもない。
死んだのか?私は……
何度か考えたが、どうしてもそれに行き着いてしまう。
もしそうだとしたら、せめてどうして死んだのか位は知りたいものだ。
戦いは大抵、巫女服の彼女が勝つ。
その戦いのルールは分からないが、もう一人の彼女はいつもあと一歩届かないというような感じがした。
ソイツは何度も巫女服の彼女に挑んで、何度も負けていた。
何度も
何度も
何度も
日が暮れるその時まで戦って──
いつも負けていた。
戦いに負けた時、ソイツは悔しそうにしている。
笑って、負けて残念そうな顔をする。
だけどあの巫女が見ていない所では、実力差に打ちのめされたような、劣等感に苛まれているような顔をする。
時折、彼女を羨むような顔をすることもあった。
それもあってか、勝った時はそれはもう嬉しそうにしていた。
やっと勝てた。
ようやく勝てた。
ついに勝てた。
そんな感想が、言葉が聞こえずとも聞こえてくるようだった。
でも、その姿を見ることはあまりなかった。
勝った次は、必ず負ける。
巫女が連勝することはあれど、彼女が続けて勝つことはなかった。
巫女服の彼女が本気を出す時は、いつもある技を使っていた。
声が聞こえないから名前は分からない。
(名前なんて無いかもしれないが……)
その技が使われた時、アイツは必ず負ける。
遊びの戦いの時も、喧嘩でもしたのか本気でぶつかり合っていた時も、その技一つで戦いは終わる。
その技を見る目は負けた時のように悔しそうで、どこか羨ましそうで──
憎そうだった。
巫女の方は才能に恵まれた奴、魔法使いは典型的な努力家のような印象である。
そんな巫女と魔法使いの差は明らかだった。
端から見れば二人は互角だろうが、あの巫女は努力をすればもっと強くなる。それに対してあの魔法使いはひたすらに努力を積み重ねた上であれだ。
巫女は才能を振りかざしているだけで、魔法使いの努力はその才能に追い付く為のものでしかない。
巫女がちょっと努力をすれば、その差はすぐに開く。
だがそんなことは、魔法使いの彼女も分かっているようだった。
いつも勝てない彼女、努力しても届かない彼女の才、自身を容易く打ち破る彼女の技、それに対しての劣等感と憎しみが、彼女の中には確かにある。
でも、そのことを巫女服の彼女に言うことはなかった。
己の内にあるものをさらけ出すことはなかった。
良くも悪くも、彼女との友情がそれを踏み止ませているのだろう。
それを私は、ただ見ることしかできなかった。
干渉できない私にはどうすることもできなかった。
その二人が何かはわからない……
でも、どちらにも自分と似たところを感じる。
その理由もわからないし、何なら理由なんてないのかもしれない。
特にあの魔法使いは私は一緒だ。
アイツがあの巫女を羨ましく思うように、私はお前らが羨ましい。
私にないものを持っている二人が羨ましい。
誰よりも自由な彼女に届かないお前のように、私はお前らに触れられない。
羨ましくて、憎たらしい。
隣に立ってくれる者という存在が羨ましい。
私が失ったそれを持っているお前らが羨ましいんだ。
◆◇◆◇
昔言われたことがあった。
私にはその代名詞となるような技が無いと。
使えば勝利が決まるような、所謂大技が無いと。
あの技は彼女の象徴なのだろう。
あの技を突破することが、彼女を超えることなのかもしれない。
きっとあれが彼女の奥義。
私に求められているものは、ああいうものなのだろう。
私は魔法使いの隣に立ち、巫女服の彼女を共に見据える。
遠くから観戦するのと、実際に体感するのでは得られる経験値が違う。
魔法使いが動けば私も動く。
常に隣に立ち、同じ目線で巫女を見る。
それを何度も繰り返した。
何度も、何度も、何度も……
魔法使いの彼女が届かないあの技と、私が触れられないこの二人。その二つは不思議と似ている気がした。
だからこれで何かを得られるような気がした。
変わらない光景を変える為に、少しでも何かをしたかった。始めた動機はそんなものだった。
そんなある時だった。
いつも通りあの部屋で起きて、あの二人の所へ行く。
もう慣れ切ったその風景に、今回は大きな変化があった。
いつもの縁側に、あの二人が居なかった。
そのことを不思議に思いつつ、神社の中を歩き回ると、いつも二人が戦う境内に人影を見つけた。
あの巫女だ。
魔法使いの姿はなく、彼女が一人そこに佇んでいる。
鳥居の前に立つ彼女はこちらの姿を見るや否や空中へ浮上し、弾幕を張る。
その意図は、言葉が無くとも伝わった。
不思議なことに、彼女が飛ばしてくる弾幕には実体があるようだった。
今までは二人と同様に弾幕もこちらの身体をすり抜けていたのだが、今回はちゃんと当たる──当たればダメージの入る弾幕だと直感で分かった。
だが彼女の弾幕は何度も見た。
それらを避けることは簡単だ。
だが、あくまであの技を超えることが目標であり、彼女を倒すことは目的ではない。
だからこちらからは弾幕を一発たりとも放っていない。
戦いの本番は彼女が
──と、そんなことを思っているときたようだ。
中々使わないから少し待ちくたびれていたのだが、漸く使ってくれて嬉しいとはならなかった。
「……」
その光景は実に嫌なものを思い出させる。
だが、これも運命なのかもしれない。
夕日を背に、巫女はあの技を発動した。
八卦炉を構え、巫女に向かって動き出す。
飛んでくる弾幕を掻い潜り、巫女に迫る。
触れられないものに触れる。
超えられないものを超える。
巫女の放った弾幕を、細かいレーザーで撃ち抜く。
切り開いた道を進み、私は巫女に手を伸ばした。
不可能なんてない、能力の解釈を広げろ──
『