幻想滅失録   作:メイア・カルテシア

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投稿が遅くなり、申し訳ありません。


神の子

『ガラ』

とある世界にて産まれた、天使と悪魔の血を引く混血児。

 

光の杭はガラの中にある天使としての力により具現化された聖なる光であり、その光は悪しきを焦がす。同時に悪魔の血を引くガラはあらゆる呪いへの耐性と、強大な魔力を持つ。

 

ガラは天使と悪魔、その二つの性質を持ち、その力を完全に制した。

 

 

産まれ持った才覚と、その出自から付いた異名は──

 

 

『神の子』

 

 

 

────────

 

 

 

ガラを中心に周囲に数千もの弾幕が一斉に放たれ、拡散する。

 

 

魔理沙と彩乃は魔力の起こりを察した瞬間に距離を取ったのだが、弾幕の速度や密度はそれを無意味にするようなものだった。

無数の弾幕はまるで神経のように張り巡らされていき、そこに逃げ道は存在しない。細かく枝分かれし、空間を埋め尽くす程の密度の弾幕が一斉に襲いかかってくる。

 

 

魔理沙は咄嗟に防御を展開、防ぎきれなかったとしてもダメージを最小限に抑える。

彩乃は弾幕を張り、能力を発動、確実にここを耐えきる。

 

二人はそれぞれの方法でガラの攻撃に対抗する事を決め、行動を開始した。

 

 

防御魔法に結界、自身の使える防御手段をフルに使って魔理沙は迫ってくる弾幕に備える。

彩乃は弾幕をぶつけて相殺し、弾数を減らして残りは能力を使いつつ躱す。

 

そこら中で轟音が聞こえてくる。

地面が破壊される音、弾幕の爆発音。

爆風が襲い、視界は弾幕の光で遮られている。

 

それは暫く続いた。

どれ程の時間が経ったのかは分からないが、その体感時間は実際よりもずっと長いことだろう。

 

 

 

 

敵味方関係なく放たれた弾幕が収まりを見せ始めた頃、同時に外界もその姿を見せ始める。

 

周囲に居た者全てが無差別に攻撃され、その残骸がそこら中に飛び散り、何もなかった世界に大量のクレーターやヒビを作っていた。

 

 

「ゴフッ……」

口から血が溢れる。

飛んできた弾幕の幾らかは防げたものの、その内の何発かは喰らってしまった。

 

自動的に発動する回復魔法が、抉られた右腹を治していく。

 

(──残りの魔力が半分を切ったか……)

死にかけの状態から目覚める時に行った身体の完全修復、高頻度の防御や回復、初めてやる技となるとやはりどの程度の事までできるのかの感覚が掴みづらい。

 

(元の魔力量がほぼゼロだったというのもあるが、改良の余地はあるな……その為にも、もう少しこの状態に慣れないとだな……)

そんな事を考えながらも、彩乃の姿を探していた魔理沙は、まだ煙の立ち込めるその場所に人影を見つけた。

 

彩乃の方は大丈夫だろうかと、魔理沙はその人影を注視する。

 

「……」

だがそれは要らない心配だったようだ。

パッと見彩乃の身体に傷は見当たらない。どうやったのかは分からないが、上手く躱す事ができたのだろう。

 

 

そんな安堵も束の間、この場に再び凄まじい圧の魔力が現れる。

ガラだ。その姿を見ずともそれが分かる。

 

 

魔力の感じた方を確認すると、やはりそこにはガラが居た。

 

「……」

ガラもこちらの姿を見るが、それに対して言葉は発さない。その沈黙にすら緊張が走る。

 

 

「──!!」

その沈黙に耐えかねてか、魔理沙の口が言葉を出そうと開いた瞬間、声が外へ出るよりも先にガラが眼前にまで迫っていた。

 

言おうとした言葉を飲み込み、魔理沙は咄嗟に回避を行う事に脳を切り替える。

 

 

伸ばされた手から放たれるレーザーを首を傾けて避け、続けて放たれた拳をいなすと流れるように行われた回し蹴りを体を反らして躱す。

そのままバク転の要領で後ろへと下がると、十分に離れた位置からレーザーを放つ。

 

 

そのレーザーをガラは片手で掻き消すと、後退した魔理沙に急接近しその顔を鷲掴みにする。

接近した際の勢いのままガラは魔理沙を大きく崩れた崖に押し当てる。

 

「ぐッ──!!」

その後も続けて二回、三回と何度も何度も魔理沙を崖へと叩きつける。

 

「どこまでも……どこまでも、どこまでも癪に障る奴だ」

魔理沙を崖に押し当てながら、ガラは言葉を洩らした。

「何故抗う?何の為に戦う──⁉」

その声は次第に荒く、憎悪の籠ったものになっていく。

 

 

「貴様には何の大義があって我の邪魔をする⁉」

 

 

「……大義?そんなのねぇよ……」

魔理沙を掴む手の指の間から、じっとこちらを見る目が覗いている。

「ただアイツらが……アリスやエリシアが……助けて(・・・)って言ったから私は戦うんだ」

 

「──そんな下らぬ事でか……?」

「下らなくねぇよ……アイツらは…アイツらは私に助けを求めたんだ!!」

「だから何だ!!所詮は他人、悪魔と生物ですらない人形の戯言だ!!」

 

 

「私は博麗の巫女だ!!困っているなら話を聞く、助けが欲しけりゃ手を差し伸べる。それが私の、巫女としての役目だ!!」

「ふざけるな!!」

「ふざけてねぇよ、それが博麗の巫女なんだ」

 

「本気で助けて欲しい時程、助けてが言えない奴はいるんだよ。それでもアイツらは私に助けてって言ったんだ」

 

「それに応えない訳にはいかねぇだろ、博麗の巫女ってのは……お節介な巫女の事だからな!!」

その言葉と共に、魔理沙は密かに溜めていた魔力をレーザーとしてガラに放つ。

「逆に聞いてやるよ。お前の戦う理由と、お前の大義をな!!」

 

 

「我は……我は王にならなければならないのだ!!」

ガラは至近距離でレーザーを喰らいながらも、魔理沙を掴むその手を離す事はなかった。

「それが我の責務だ!!その為にも、貴様らは邪魔なのだ!!」

 

「随分独裁的な王だな──!!」

「黙れ人間!!我の統べる世界に、お前のような奴は必要ない!!」

掴む手により一層力が入ると、ガラは思いきり魔理沙を投げ飛ばした。

 

 

投げ飛ばされた魔理沙は大岩に激突するも、すぐさま体勢を立て直し再びガラへと接近する。

「こっちだって、お前のような王は必要ねぇよ」

頭目掛けて思いきり振り下ろした腕はガラに躱されるも、その拳は地面を砕き、ガラのバランスを崩す。

そこへ放たれる蹴りをガラはいなし、カウンターとして手に集束した魔力を魔理沙に向けて一気に放つ。

 

魔理沙は防御魔法を展開し、破壊されるまでの一瞬の間にレーザーの軌道から逸れ、ガラの背後へと回り込む。

すぐに拳を叩き込み、後ろに下がった体にレーザーを直に打ち込む。

 

 

だがレーザーを放つその腕をガラは掴んだ。

それと共に骨の砕ける鈍い音が鳴り、魔理沙の体はそのまま遠くへ投げ飛ばされる。

吹き飛ぶ魔理沙にガラは蹴りを入れ、まだ後ろへ飛ぶエネルギーの残った魔理沙を地面に叩き落とす。

そこへ急降下して魔理沙の体を地面に押し込むように着地する。

 

更に追撃を行おうとガラは跳び上がるが、その瞬間背中に何かが触れた。糸や線、何かしらのトラップが作動するような仕掛けに触れたような感触だった。

横目で確認すると、その正体は御札であった。

 

触れた者を拘束する類いのトラップだろうか?

そんな事を考えながらも、拳を握り締め、裏拳でガラはそのトラップを破壊する。

 

 

その時、下から湧き上がるように現れたレーザーがガラを飲み込んだ。

だが、この程度の事はガラにとって問題ではなかった。腕に魔力を込め、蝋燭の火を風圧で消し去るように腕を振る。

 

だがそれは想定内──

 

レーザーを掻き消したガラを、魔理沙は踵落としで下へ叩き落とす。

 

「魔砲『マスタースパーク』」

更にそこへレーザーでの追撃、そしてレーザーが止むと同時に握り締めた拳をガラに捩じ込む。

 

ガラはその状態から足を魔理沙との間に入り込ませ、腹目掛けて思い切り蹴り上げる。

 

 

魔理沙の体が宙を舞う内に、ガラは追撃を掛けようと距離を詰める。だが完全に迫るその寸前、どこからか飛んできた弾幕がそれを邪魔する。

 

「貴様も大概しぶといな──」

ガラが弾幕の飛んできた方向に目をやると、灰の髪をした彼女がそこに立っていた。

彩乃は続けてガラに向けて弾幕を放ち攻撃する。

 

弾幕を相殺するため光の杭を放とうとするのだが、今度は魔理沙がそれを妨害する。

それによって弾幕に被弾、魔理沙は再び攻勢に出る。

 

 

立て続けの武器の破壊、未だ終わりの見えぬ戦い、じわりじわりと押されてきているのを感じる。

ゆっくりとだが、確実に一歩ずつ進んで来ている。

 

 

魔理沙の攻撃に加えて伸びてくる彩乃の手。

直感で触られてはいけないと分かるその手。

本来であれば何も問題はなかったであろうそれは、今のガラにとってはその命すら危うい程のものとなっていた。

 

 

ガラが数年前に受けた『(あかつき)』その炎はただの炎ではない。

それは悪しきを焼き付くし、灰へと帰す焔。

その炎は今でも、ガラのその魂を焦がし続けていた。

 

それに加えて彩乃による二度の接触。

ジワジワと焼かれた魂に付けられた傷は、大きなヒビとなってその魂を蝕んでいる。

 

残された猶予は一回か二回、それ以上は恐らくない。

触れられる事は、もう許されない。

 

 

当然警戒するは彩乃の行動、例えそれが罠だとしても警戒しない訳にはいかない。

そして勿論ガラが真っ先に狙うのは──

 

 

「──ッ」

彩乃である。

 

そんなことは相手も分かっているだろう。

それを加味して計算している筈だ。

 

 

ならばあの巫女を先に倒せばいいのか?

違う、恐らくそれも想定している。

 

どちらが先に狙われてもいいように考えている筈だ。

その上で相手の想定を崩す方法──

 

それは単純明快。

 

相手の想定を上回る速度で彩乃()を潰す。

 

 

魔理沙の攻撃に合わせて攻撃してくる彩乃の腕を即座に掴むと、その華奢な腕をへし折りつつ投げ飛ばす。

その時ついでに何処かから飛んできていた流れ弾に当てて、それの処理も行った。

次に向かってくる魔理沙の腹に蹴りを入れ、距離を取りつつダメージを与える。

 

魔理沙と彩乃、二人の距離を離したところで彩乃へ一気に畳み掛ける。

 

まず防御を崩しつつ、顔面に一発蹴りを入れる。

怯んだところで足を払いバランスを崩し、その頭を一気に地面へ捩じ込む。

 

頭を持ち上げその身体を浮かすと、そこで手を離し蹴り飛ばす。

 

反撃の隙は与えない、的確にダメージを与え確実に殺す。まずは面倒なその手を腕ごと潰し、次に足を使い物にならなくする。

 

吹き飛んだ彩乃に追い付いたガラは、その身体を足で押さえつけて身動きを封じる。

 

腕は残り一本、付け根から引きちぎってやる。

 

 

そんな時だった。

「どうした?そんなに必死になって──」

これからその腕を引きちぎろうというタイミングで、うつ伏せに固定されている彼女は言葉を発した。

 

命乞いではない、焦りは見られない。

だけど少しばかり、癪に障りそうな声。

「もう余裕はないのかな?」

その言葉は頭に血をどっと押し上げるが、理性がそれを抑え込む。

 

「──ほら、今少し力が強くなった……図星かな?」

こちらが明確に反応を示さずとも、神経を逆撫でするような言葉を彼女は続ける。

時間稼ぎか、挑発しているのか、目的は分からないがさっさとした方がいいだろう。

そうして腕を握る手と、身体を押さえている足に更に力を加える。

 

「どうせ後で治すんだ、腕くらいくれてやるさ」

 

 

 

その時、鮮血が舞った。

爆ぜるように飛び散った血と、空いた穴から漏れ出る血。それは彩乃の腕から出たものと、ガラ(・・)の頭から吹き出ているものだった。

 

(何だ……何が起こった?)

一瞬、腕を引きちぎろうとしたタイミングで何かが見えた。掴んだ腕から飛び出るように、何かが勢いよく向かって来た。

 

何か、小さな塊……

 

鉄のように固い……塊──

 

(弾丸……!!)

だとして、いつコイツの中に……

(そうか……あの時──!!)

あの時防いだ流れ弾、それが弾丸だった。

そして命中した弾丸は貫通せず、そのままその腕の中に留まっていた。それをこうして腕が伸び、その先がこちらへと向いたタイミングで打ち出した。

これならば腕から弾丸が出てきた理由は説明がつく。

まるで腕そのものを銃身のようにして、弾丸を放ったのだ。

 

(いや……まて……)

腕に埋まった弾丸をどうやって打ち出した?

勢いが残っていたのなら、とうに腕を貫通していなければおかしい。

 

となれば、後から動力を与えられた?

一体どうやって?

 

それができるような者が──

 

(エリシアか──!)

エリシアの能力なら、後からでも止まった弾丸を動かす事はできる。

だとしたら先程のあれはエリシアが能力を使うまでの時間稼ぎ?

 

 

腕に当たった弾丸をエリシアの能力で打ち出すまでの……

 

()に、当たった……?

 

 

コイツを押さえている時に服に血が滲んでいるのが見えた。そして滲んでいる血の中心には、穴が空いていた。

恐らく弾丸が命中した時にできたものだろう。

だがそれは腕じゃない、背中にあった。

つまりあの時命中したのは腕ではなく、背中。

 

なのに弾丸は腕から出てきた。

あれはエリシアを待つ為の時間稼ぎじゃない。

背中から腕へと弾丸を移動させる為の時間稼ぎだった。

だが背中から移動させて打ち出したとすれば逆にかかった時間が短いような気もする。恐らく時間稼ぎを始めたタイミングでは既に弾丸の移動は始まっていた。

あれは偶々飛んできた流れ弾ではなかった。最初から狙って放たれた凶弾だった。

 

 

仰け反る身体を気合いで止めたガラは、一気に仰け反った分の身体を起こすと再度彩乃の姿を捉え、胸元を掴み、こちらへと引き寄せる。

 

二人の額同士がぶつかり合い、互いの目が至近距離で睨み合う。

「小賢しい真似を……」

「いくら文句を垂れても、まんまと嵌まった事には変わりないよ?」

 

その時、今ガラが彩乃にしているように、ガラの胸ぐらを彩乃は掴んだ。

(こいつ……腕が……)

掴んでいるその腕は、初めに折った腕。

(まさかあの時──!!)

あの時、弾丸が腕へと移動するのを待つと共に、彩乃はもう一方の腕の修復をしていた。

 

その場から動かぬよう、とても強い力で彩乃は掴む。

ガラの背後から迫る莫大な魔力。

両者、その気配を察知した瞬間同じ考えに至る。

「さあ、どれだけ耐えれるかな?」

 

互いに相手をその場に固定し、自分諸共レーザーに巻き込む。

 

それはただの我慢比べ、どちらが先に焼き尽くされるかの戦い。普通であれば乗らないような戦い。それを互いの矜持と意思が、その勝負へと駆り立てている。

 

 

レーザーがすぐそこにまで迫る。

今ならまだその範囲から逃れられるかもしれない。

だが二人の足はその場から動かない。

 

これは単なる度胸試し(チキンレース)ではない。

これは互いの意地と覚悟を懸けた戦い。

故に最初から、逃亡という選択肢は眼中にない。

 

 

直後、レーザーが二人を飲み込む。

固い地面を軽く抉り、進んできた道にその跡をはっきりと残すレーザーに二人は包まれた。

 

当たる魔力が肌を焼き、魔力の流れが肉を削ぐ。

それでも二人は動かなかった。

 

そんな二人に応えるように、魔理沙はレーザーを維持する。ここで魔力を出し切る事になろうとも、その時までは止めるつもりはない。

 

 

ジワジワと減っていく体力と、それに比例して近づいてくる限界。最初に限界を迎えるのはガラか彩乃か、それともレーザーを放っている魔理沙か──

 

 

 

それは一瞬の出来事だった。

 

 

ほんの僅か、一度瞬きをする程度の時間だけレーザーが止むのが早かった。

 

「──ッ!!」

(こんな時に──)

八卦炉に膨大な魔力を流し込み続けた事によるオーバーヒート、ここまでの戦いでろくな休みも与えずに使用した事も原因の一つだろう。

恐らく内部の回路がショートした。

 

(幻想輪音(この状態)に慣れるまでは八卦炉の使用は控えた方がいいな……)

八卦炉は一度死にかけた時に何処かへ落とした。

その為、今までは八卦炉の代わりに自身の手を使っていた。いつもは効率等を考えて八卦炉を使うのだが、今のこの状態ではすぐに八卦炉の許容量を超えてしまうようだ。今は手での使用に戻した方がいいだろう。

魔理沙は先程回収したばかりの八卦炉をしまい、次の手を考える。

 

(残りの魔力的に、後一発か……良くて二発、か……)

 

 

 

一方、二人の戦いには動きがあった。

 

 

理由は何であれ、どちらか一方が倒れるか、レーザーが止んだその時点で二人の勝負は終わりを迎える。

レーザーが終わる、それを直感で感じ取ったガラと彩乃の両者は即座に動いた。

 

最後の瞬間まで逃さぬよう片手はそのまま相手を掴み、もう片方の手で相手をありったけの力で殴る。

魔力を十分に込める時間もない、レーザーをまともに受けた直後の速さ比べでの決着。

 

 

 

──勝ったのはガラだった。

 

勝敗を分けたのは殴る腕に蓄積されたダメージの差。

ガラは背後からレーザーを受け、その腕は半分程焼けていた。対して彩乃もガラを風避けのようにしながらも正面からレーザーを受け、腕を焼いた。

前側か後側かの違いはあれど、表面上ダメージの差はない。だが、腕の内部には差があった。

レーザーに飲み込まれるよりも前、彩乃とエリシアによりガラの不意を突いた一発の弾丸──それを放った腕。

 

腕の内部を抉りながら突き進み、最終的には完全に突き破った。その直後のレーザー、それを耐える為にも彩乃は肉体を強化しながら身体全体を回復するようにリソースを割かなければならなかった。

それ故に腕は完全に回復するには至らなかった。

 

そしてそれが、勝敗を分けた。

 

 

 

彩乃の体が後ろへ倒れていく。

その時だった。大きな音が鳴り響くと同時に地面に大きな亀裂が駆け巡り、崩壊した。

 

先程のレーザーでヒビが入っていたのを、何者かがそれを押し広げたがためにこのように崩壊したのだろう。

地面に残る魔力の残穢からして、恐らく魔法を使ったのだろう。

 

そしてこの魔力からしてそれを行ったのは──

 

「この世界の知識で、私に勝てると思わないでください」

そう一言、アリスは言った。

 

ここには大きな空洞がある。それをガラは知らない。

魔理沙がレーザーを放っている最中に、こっそり魔法で地面の亀裂を広げていたのだがガラはそれに気付かなかった。目の前の事もあるが、そもそも今の状況で地面に意識を向けるという考えが湧いてこないだろう。

 

あったとしても、それは相手の攻撃を警戒している時。

だが、今その警戒すべき相手はレーザーを放つのに集中している。その他の者はそもそも干渉してくる事自体が殆どなかった為に、多少警戒はしてもあまり意識は向けていないだろう。

 

そしてできた隙と、ここの地理を知らないが故の危機感の欠如。突如崩壊を始めた事に対してガラの反応は一瞬遅れていた。

 

 

地面が崩れ、足場がどんどん悪くなっていく。

そんな中でもう力の残っていない彩乃の体は、その崩壊に飲み込まれる。

 

 

──かと思われた。

見ると、倒れかけている体を立ち直れる寸前で止めている足が後ろに出ていた。

気合いで出したその足で彩乃は踏ん張り、仰け反った体を一気に戻すと共に地面を強く蹴った。

 

彩乃の体はガラに急接近し、もう一度その体に触れようと腕が伸びる。

 

「──ッ」

その腕に触れられる事はまずい。

ガラは咄嗟に後ろへ下がる事を考えたが、それがまともにできる程足場は良くない。

上へ飛んで逃げる事も難しい。

 

ガラの思考が急速に回転する。

今できる事で、この手の接触を回避できる方法──

 

シンプルに避ける事はできない。

 

何かを間に挟む事も無理。

 

逆に距離を詰めるのは論外。

 

方法はない。避ける事はできない。

だからガラは、発想を変えた。

 

避けるのではなく、触れられても問題のないようにする方法へと──

 

ガラは自身の魂とは別に、いくつか魂をストックしている。それは体の中ではなく、ガラしか知らない特別な場所に確かに存在している。

 

だが、ガラがそれを使うことは滅多にない。

魂のストックはもしもの時のため。

 

自身の身に何かがあった時のために、念の為に置いてあるだけである。

ストックした魂と自身の適用、その組み合わせで魂の修復等を目的としたものであるが、今までにそれが使われたのはこれと言って関係のない実験のみである。

 

実際に試した事はない。そもそもそんな窮地に立つ事がなかった。

 

 

この時までは──

 

 

彩乃の腕がすぐそこにまで迫り、そして触れた。

その手は衣服越しであるにも関わらず、まるで氷に触れた時のように冷たく感じた。

 

完全な一発勝負の本番、ガラが取った行動は──

 

魂の『身代わり』

 

ストックした魂に、自身の魂が受ける効果を代わりに受けるように適用する。自身の魂で受けるのがダメならば、別の魂に代わりに受けてもらえばいい。

 

 

彩乃の手はガラの身体に触れた。

それも指先だけが当たったというようなものではなく、掌全体で──

 

だが、ガラの身には何も起こらなかった。

その身体は消えることなく、そこにある。

 

成功した、その事はすぐに分かった。

 

 

地面が崩れ、そこに穴ができていく。

もう触れられる事は怖くない、今はこの場から離れ体勢を整える。崩壊に巻き込まれないよう、ガラは早々に離脱する事を試みる。

 

 

地面を蹴り、空中に浮かび崩壊から逃れる。

足下には崩れていく地面と、それに飲み込まれる彩乃の姿がある。

 

 

──筈だった。

 

「──?」

身体は空中に浮かぶことなく、落下を始めていた。

 

(何だ……?何故、我は落ちている……?)

 

確かに地面を蹴った、力は入っていた、足場が悪かった訳でもない、転けてもいない。歩く時に何も考えずに足が出るように、自然な流れで跳んでいた。

 

ならば今上へ向かっていなければおかしい。

なのに何故、下へと落ちている⁉

 

(先程のあれが上手く行かなかったのか──?)

初めに疑ったのは魂の身代わりの失敗。

だが、身体が消えているような感覚はない。

見える範囲で見ても、消えているような箇所はない。

 

それもその筈、一か八かの魂の身代わり、それは確かに成功していた。彩乃がそれまでと同様に能力を使っていれば、防ぐ事ができていただろう。

だがしかし、彩乃が能力を使ったのは魂に対してではない。ガラの身体そのものに対してである。

それ故に、魂の身代わりはその効果を発揮することなく終わっていた。

 

ガラがその答えに辿り着いたのは、自身の()に彩乃の姿が見えた頃。

(まさか、コイツが消したのは──)

 

彩乃が能力で消したもの──それは『浮力』

ガラが空中に浮く為の浮く力、重力に対抗する要素、それらをまとめて彩乃は消した。

 

故にガラの体は、何の抵抗もできずに落ちていく。

 

 

底無しの闇が広がる穴の中へと、ガラは落ちていく。

穴の中がどうなっているかなど分からない。

 

穴の中には何がある?

 

ここに落ちたら、戻ってこれるのか?

 

一寸先は文字通りの闇。

自然と湧いてくる不安、底の見えぬ事への恐怖。

それらを掻き消すように、ガラは足掻いた。

 

周囲に無数の光を生み出し、ガラは上へ向けて放った。

 

当然狙ったのは──彩乃

 

現状、ガラは上へと逃げる事ができない。

飛ぶことは勿論の事ながら、能力を使って穴の外へと出ることもできずにいる。体に僅かに付着した彩乃の魔力が、能力の使用を阻害しているのだ。

できる事と言えば、自身以外のものへの能力の使用ぐらい。何もしなければ、ただ落ちて行くのみ。

 

だがこのまま一人やられるつもりはなかった。

 

まずはそこにいる彩乃を落とし、次にここら一帯の地面を全て破壊し全員道連れにする。

 

まだ終わっていない、決着はこの穴の底でつける。

 

 

彩乃に今どうこうできるような体力は残っていない。

向かってくる光を防ぐ事はおろか、落ちていく体を穴の外へ逃がす事もできない。

 

 

その時、彩乃へと向かう光を、勢いよく飛び出してきた魔理沙が全身で受け止めた。

 

「グゥッ──!!」

光は受け止めた、だが想定よりも光の威力が強かった。

光を受け止め、そのまま彩乃を向こう岸へと押し出すつもりだったのが、飛び出した際のエネルギーを相殺されて向こうまでは飛ばせなかった。

 

このままでは、彩乃諸共落下する。

(まだだ……)

まだ、レーザーを一発打てるだけの魔力は残っている。

それでせめて、彩乃だけでも向こう側へ押し飛ばす。

 

魔理沙は魔力を溜め始めた。

角度を調整し、レーザーの反動で彩乃の体を飛ばす。

 

それを実行しようとした瞬間──

 

周囲の光を弾きながら現れたフランが、二人の体を受け止め崩れていない地面の方へと離れた。

 

「フ……ラン……?」

「もう無理をする必要はないわ、ゆっくり休みなさい」

そう言って、フランは魔理沙と彩乃をそっと地面に下ろした。

 

 

一方、突如現れたフランと共に、ガラの視界にはあるものが映った。それは、空に浮かぶエリシアの姿。

穴へと落ちていくその姿を見下ろすように、エリシアは上空に浮かんでいる。

 

「潔くくたばりなさい──」

何か憎悪の言葉でも掛けてやろうと思ったが、結局出たのはその言葉だけだった。

 

そしてエリシアはすぐに行動に移った。

右腕を上げると、すぐにその腕を勢いよく振り下ろす、何かを投げるような、あるいは何かを落とすような仕草をエリシアはした。

 

 

その動作の直後、上へと向かっていた無数の光の動きが変わった。まるで重力という存在を思い出したかのように、打ち上げた光は雨となってガラに降り注ぎ始めた。

 

「裁きを受けるのはあなたの方よ」

 

天から降り注ぐ光は、ガラをさらに下へと押し込む。

その時だった。ガラのいる位置よりもさらに下、真っ黒な闇しか見えない穴の底から何かが伸びてきて、ガラの体を掴んだ。

(腕──?)

穴の底から伸びてきたもの──それは腕だった。その腕は穴の底に広がる闇のように黒く、誰のものなのかは分からないが腕であるということは認識できる。

 

 

「まさか……これは──」

そしてそれに似たものを、ガラは知っている。

 

「怨念ですよ、あなたが今まで奪ってきた命の──」

その様子を淵から眺めるアリスはそう告げた。

「あなただって散々利用してきたのでしょう?」

 

「……好き勝手に奪って、利用した……その報いですよ。普段のあなたじゃ無理ですけど、ここまで消耗してくれたのなら問題はありません」

それを話している最中も、ガラは腕によって穴の底へと引きずり込まれていく。抵抗はするが、ちょっとやそっとの力では腕はびくともしない。

 

「ふざけるな……こんな、ものに……!!」

上へ飛ぼうとしても体が浮く事はない。

まだ浮力は失ったままであり、上からは光が降り注ぎ、下からは黒い腕が引っ張ってくる。

今自身を取り巻く要素の全てが、この体を穴の底へと押し込もうとしている。

 

こんな(・・・)もの?」

ガラの言葉を聞いていたエリシアの口から思わず言葉が洩れた。

「違う、あなたがやってきた事は『こんな』では済まされない。一体どれだけの事をしたと思っているの?」

 

「どの口でそんなことを……!!」

「あなた的には減らず口かしら?」

 

「舐めたことを──!!」

「尊敬できるような部分がないのが、悪いんじゃない?」

 

言葉を返す度に、ガラに怒りが積もっていっているのが見て分かる。初めて見たその顔は、滑稽にも思え、哀れにも見え、それと共にここに来るまでの道のりが頭の中に浮かんだ。

 

 

腕と光によってガラの体はどんどん下に落ちていき、気付けばその背は穴に広がる闇に触れていた。

「あなたがやってきた事を、その身を以て思い知るといいわ」

「何処に行くのかは知りませんけど、精々楽しんで来てくださいね」

それを見たエリシアとアリスは、ガラに向けて最後にそう言い放った。

 

それを聞いたガラは声を荒げて叫ぶが、聞く耳を持たない黒い腕は容赦なく闇の中へと引き込んでいく。

 

「ふざけるな……ふざけるなぁぁああ──!!」

 

 

瞬間、ガラの姿が穴の底へと消えた。

その姿も、声も、気配も、何もかもが一瞬で消えた。

腕に引っ張られ、闇に包まれた瞬間全てが消えた。

 

 

何が起こったのかは誰にも分からない。

 

 

その穴の先は誰も知らない。

 

 

そして再びガラの姿を見た者は誰もいなかった。




ちなみにガラの行った実験で成功したものは、魂から魔力等のエネルギーを抽出するというものと、霊的存在及び世界への干渉。

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